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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
盲信と英雄の第七章
122/136

鉄壁

 プロメテウスを体の中に取り込み、間髪入れずに振り返る。

 そこには想像を絶する光景が広がっていた。


 そこは一言で言えば盾の空間だった。

 盾から生えた盾は連なりあいながら自己主張を強くする。

 それらは空間を支配しようと盾の領域を際限なく広げる。

 クラスメイトはそれを壊そうとしているが、普通の盾でもなまじ強度がある分、相手がその領域を増やしていくことを防ぐことはできなかった。


「相手は呪いで覆ったはず......!」


 屋見がワナワナと慄いている。

 相手の視界が覆われているならば攻撃してくることは無い。

 そう思っていた俺達の一枚上手を取られてしまったのだ。


「相手は今も視界が見えていないはずだ。だがこの部屋がどれだけの大きさがあるのかは分かっている。それなら盾で埋め尽くして全部を潰してしまえば良い。フェンリルは潰されても生きているだろうからな」


 俺は額から冷や汗を垂らす。

 普通の盾が際限なく出てくることは何となく予想出来ていたが、ここまで手段を選らばず相手を倒しに来るとは思ってもみなかった。

 盾を完全に破壊できるのはクラスメイトの中でも限られた人間だけ。

 潰されても生き残れるのは俺一人。

 何としても阻止しなければ。


「幸い、これは諸刃の剣だ。俺達が相手の事を探し出せない代わりに、相手も俺達のことが見えない。盾に目が付いているわけではないから盾を壊してクラスメイトを一か所に集めておけば、何とか耐えられるはずだ」


 そしてあわよくば相手の所にたどり着き、オスカーを倒すことも出来るかもしれない。

 相手の場所の見分けはつく。

 リジェクト・イージスで覆われた場所、それが相手の居場所だ。


 俺は屋見を抱えながら盾に連打を叩き込み、粉砕していく。

 明らかに壊すスピードが遅い。相手の盾が生える方が100倍速い。

 盾の向こうに肌色の影が見えたので盾を粉々に砕きながら引っ張り出そうとする。

 しかし、中々引っ張り出せない。

 肉が盾と盾の間につっかえているのだ。

 俺は周りの盾を丁寧に叩き割りながらその巨体を引っ張り出した。


「いやー、すまないでござる。まさかこんなところで肥満が足かせになるとは思ってもみなかったでござるよ」

「卓男!」


 そこに居たのは長らく旅を共にしてきた卓男だった。

 ぽっちゃり体系がチャームポイントだ、といつか言っていたような気もするが、こういう事態を想定して少しはダイエットもしてほしいものである。

 そんな卓男は手に何かを握っているようだった。

 何か台のようなものだと思える。


「何だそれ」

「これは作業台でござるよ」

「何でそんなもん持ってるんだ?」

「これが無いと武器が作れないからでござるよ。拙者は皆の衆ご存じの通り、異世界一の鍛冶師でござるから」

「今から作るのか?」

「もう半分ぐらいはできているのでござるよ。見ててくだされ。田熊氏の度肝を抜いてみせるでござるよ」


 俺はそんなことが出来るのかと怪訝に思ったが、とりあえず卓男も抱えて盾の隙間をすり抜ける。

 少し開けた場所に彼らを置いたまま、俺は盾の空間の中に潜り込んだ。

 前方で聞こえる破砕音。

 おそらく金城もこれらを壊して回っているのだろう。

 そう思いながら前方の盾に正拳突きで風穴を開ける。

 槍の切っ先が風穴を切り裂いた。

 その切っ先は淡く青く光り輝いていた。


「ッ!!」


 俺の中で電撃の走るような緊張感が生まれた。

 小さな風穴を真っ二つに切り裂いて中から出て来た人物。

 見なくても分かる。

 俺は後ろに距離を取ろうとして、すんでのところで踏みとどまった。

 後ろには二人クラスメイトが居る。


「フェンリル......!」

「あの野郎、暴走しやがって! こんなに盾を作ったら死なばもろともだろうがよ」


 そう言いながらも切っ先は寸分狂わず俺の心臓の位置に向いている。

 俺が足先をジリリと動かした。


 敵の姿が霞む。


 俺は反射的に打ち払いで胸のあたりに来るはずの攻撃を受けた。

 フェイント。

 突かれた腹のあたりからパッと血液がはじけ飛ぶ。

 フェンリルは飛び散った血液を分断するように血液を薙ぎ払った。


 フェンリルはゆっくりと近づきながら俺の真っ赤な血液に手を触れる。

 今の俺は鬼化していない。

 しかし、鬼化と同等の能力が使えている。

 体から流れる血液が黒くないのもそのおかげだ。

 血液や傷が勝手に戻って来たりするのは何故かはわからないが、そんな普通の血液に触れて何があるのだろうか。

 そんな考えは目の前で起こった出来事にあっさりと掻き消されてしまった。


 フェンリルの体の中に俺の血液が入っていく。


「もしも俺の体がお前とおんなじ何だったらよぉ」


 フェンリルがゾッとするような目でこちらを睨みつけた。


「俺もお前の魂が取り込めて良いはずだよなぁ」

「!!」


 俺の左肩が弾けた。

 剣先が、見えない!

 俺が人の魂を取り込んで強化されるように、フェンリルも強化されているのか!?

 フェンリルに触れられる前に取れた腕を掴む。

 右腕も切られるのを見越して、切っ先が切りつけられるとともに右腕を真上に蹴り飛ばす。

 上空高くに両手が打ち上げられた。


 このままでは手出しもさせないが手出しも出来ない。

 切りつけられても抵抗のしようがない。

 万事休す......!


 その時、後ろから何かが迫ってくるような気配にゾッとしながらそれを避ける。

 避け際に見た人物の姿。

 卓男だった。

 そして俺はその人物が持っていた物に度肝を抜かれた。


「リジェクト・イージス!?」

「だから度肝を抜くと言ったでござろう」

「お前、何で!?」

「異世界一の鍛冶師、鍛冶師スキルレベルEXを持つ拙者なら、武器という概念でさえあればどんなものでも複製することが出来るのでござる。努力の賜物、舐めないでもらいたいでござるね」


 卓男がふんすふんすと鼻を鳴らしながら流暢に語っている。

 敵の前でなぜそんなに緊張感のない真似が出来るのか分からないが、俺はとりあえず卓男を戦場から押し出しつつ、リジェクト・イージスの裏からフェンリルに押し付けるように蹴り上げた。

 フェンリルはそれを突き返そうとして止めたらしく盾の隙間を通って戦線を離脱した。

 俺は落ちて来た腕を回収しながら、一息つく間もなくリジェクト・イージスで盾の中を突進した。

 こちらに衝撃が来ないというだけでここまで楽に侵攻出来るのかと思いつつ、真っ直ぐに盾の中を突き進む。

 見かけた仲間を回収しながら合流するように促した。


 そこである一つの考えが浮かんだ。

 浮かんで来たアイデアを反芻する。

 試してみる価値はある。


 俺はリジェクト・イージスを構えながら周りに目をやった。

 今、俺の居る場所はどこなのか。

 そして、オスカーの居た場所はどこなのか。


「分かった」


 俺は盾を構えたままある方向に特攻する。

 それはあの男が立てこもった場所。

 暗く曇った呪いに囲まれて、鉄壁の防御に守られた、その最奥。

 足のバネを跳ね上げて盾を跡形もなく破壊しながら突き進む。


「見えたッ!」


 金色の装飾を施された盾。

 他の盾と一線を画すオーラを放っている。

 俺は手元に持っていたリジェクト・イージスを手から離し、その中の一つに蹴り込んだ。

 とてつもない速さで突っ込んだ盾同士、二つが触れて規格外の爆風が吹き荒れる。

 空間が裂けるほどの衝撃。

 真っ白な光が盾と盾の間から漏れる。

 かつて経験したことのないほどの衝撃。

 空気が固体なのではないかと思うほどの圧迫感。

 俺はその中を一歩ずつ進む。

 しっかりと踏みしめなければ立っていられないほどの強さの衝撃だ。


 そして俺が次に味わったのは『無』であった。

 盾の背後に回ったのである。

 何も感じない。

 先程までの衝撃が嘘のようだった。

 盾の塚を持つ。

 今でも爆風は吹き荒れていて、光も漏れ出している。

 なぜ光が漏れているのか俺には分からない。だがこれがエネルギーなのだと言われれば信じられるだろう。

 それだけゆっくりと周りにあることを分析できるほど、その中は無であった。


 俺は盾を握りしめる。

 息を長く吸い、目を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶのは、俺が手にしているものだった。

 強く強く握りしめた。

 そして。

 目を開けた。


 腕を力強く押す。

 空間が歪むような違和感と共に、リジェクト・イージスがひび割れた。


「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっっっっっ!!!!!」


 体に亀裂が入る。

 隕石が一つ降ってきて、体を押し潰すような痛み。

 死。

 近い。

 目の前に見える。

 光が死神に見える。


「ああああぁあぁっぁぁあああああああっっっッ!!!!!!!!!」


 死神が俺の体を真っ二つに切り裂いた。

 漏れた光が俺の体を突き抜ける。

 体が微塵になって消え失せる。

 幻視した未来。

 繋ぎ留められたのが何故か俺には分からない。

 盾の取っ手を強く握っていたことだけ覚えている。


 目の前に人影が現れたことに気が付いた。

 その人影は驚いた後、観念したように両手を上げた。


『魔拳滅殺』


 心の中でそう唱えながら俺は掌をオスカーの胸に当てた。

 盾の山が砂塵となって爆風にさらわれていく。


 振り返れば、そこに居たのは残る一人だけだった。

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