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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
絶望と渇望の第一章
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悪魔

 背中に悪寒が走る。

 目の前に立っていたのは紫紺のくせっけの髪の男だった。三白眼でキレの鋭い瞳の中には紛れもない狂気が棲んでいるように思えた。

 悪意の塊をぶつけられて委縮しそうになる体を無理やり奮い立たせる。筋肉に力を込めて震えてしまう体を止めた。この震えの事を武者震いと呼ぶのかもしれないなんて頭の片隅で考えていた。

 額に脂汗が浮かぶ。


 顔面に細く長い三日月を作りながら気色の悪い声で笑う姿はまるで怪物のようである。

 目の前に立たれただけで感じる圧倒的な力量差。


 だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 戦場で相手に背中を見せることは、降伏の宣言にはならない。殺してくれと言うのと同等である。

 荒くなる呼吸を少しずつ整えて、ゆっくりと膝を曲げ足の筋肉にいつでも力が入るようにする。両腕を肩の高さまで上げ相手をしっかりと見据える。


「なかなか見ない構えだなァ!」

「それがどうした。」

「キヒヒヒヒィハハハ!!!なんでもねぇぜぇ!少しは楽しませてくれると良いんだがなァァ!!!」


 甲高い声で笑うその男には余裕さへ感じられた。

 実際、余裕なのかもしれないが。


 フゥッと肺に溜まっていた空気を短く吐き出した。

 その瞬間に少しだけ腰を落とし、足の筋肉のバネを使って弾丸のような速度で駆け出す。

 俗に言うロケットスタートである。

 同時に相手の口元が動いた。


「『迷彩』」


 その瞬間、目の前の相手が掻き消えた。

 俺は動きを止めて周囲を警戒する。先程まで目の前に居たはずなのに消えた!?

 思い返してみれば、遭遇した時もそうだった。目を離していたとはいえいきなり現れたことに疑問を持つべきだったのである。

 どこだ。どこに行った!?


「『光矢纏雷(ビビッドアロー)!』」


 突如聞こえた左からの声に反応して、咄嗟に身を翻す。

 反応速度としてはコンマ3秒とかかっていない文句なしのスピードだった。しかし、相手の魔法弾はそれをはるかに超えるスピードで俺の脇腹を掠めた。

 通り過ぎる際に目を焼くような眩い光が視界を覆った。

 強い痛みが脳天を突き刺すように鮮烈に自己主張する。それと同時に体の動きを奪うような全身が痺れた。まるで全身の細胞を潰すように刺激に悶絶する。

 。

 傷口から血が噴き出したかと思うとすぐに止まった。傷口が焼けている。


 敵の姿は相変わらず見えない。相手の装填速度、発射位置が分からない以上、避けようがない。

 しかもあの攻撃、光を放っていた。芯に何も見えなかったことから純粋にアレが電気で出来ている可能性は高い。

 もしそうだとしたらアレの速度は俺の想像を絶するほど速いだろう。

 撃たれてからでは避けられない。籠手で受け流せる可能性もなくはないが、タイミングを合わせる方が難しいだろう。実質、あの攻撃自体には今の俺では対処が出来ない。


 しかし、あの男が使っているのはそれだけではない。

『迷彩』

 そのスキル名が言葉通りの意味であれば対策のしようはある。

 迷彩とは自分の姿を見えなくする方法である。それが実体を消してしまえるものであれば弱点は無いが、そうでなければまだ方法はある。

 目立った足音が聞こえなかったため周りの音も消せる可能性は高い。


 細く長く息を吐き、意識を集中する。

 ゆっくりと目を閉じる。

 周囲のもの全てに意識を払い、自分以外の存在を感じさせるものがあれば即座に反応できるよう体勢を整える。

 耳、肌、体毛の一つ一つにまで神経を張り巡らせるため、あえて視覚という人間の五感の中で一番重要な器官を封印する。

 一切迷いの無い選択。

 揺れ動く風の一点に淀みを感じた。だが、まだだ。

 体毛の数本が揺れ動く。風が若干温かみを帯びてゆく。少しずつ、温度が上昇していくのが分かる。


 誰かの息を吸うような音が小さく聞こえた気がした。

 ここだッ!!

 地面に飛び込むように受け身を取る。まるでエネルギーの塊のような凶悪な物体が空を切ったのが目をつぶっていても分かる。

 だがここで立ち止まっていてはサーチした意味が無い。

 受け身での起き上がりの瞬間に滑らかな重心移動を利用して方向転換。光の矢が飛んできた方向に向かって走り出す。

 装填速度が云々なんて知ったことではない!ここしか俺の勝ち筋は存在しない!!


 失敗は許されない。

 目を見開いた瞬間に背景がほんの少しだけブレた。

 近づけば若干だが違和感が見て取れるようになる。相手はこれを危惧して近づいてこなかったのかと納得する。

 体勢は十分整っている。筋肉に力をこめる。

 大気ごと切り裂くような一発が魔導障壁にぶち当たる。


「フゥゥゥゥッァァアア!!!」


 魔導障壁は鋼鉄のような硬さだった。団長の物を殴った時のような感覚を覚える。

 壁が壊れることは無かったが相手の肉体は放物線を描いて吹っ飛ぶ。俺は肩で息をしながら相手が落ちていった土煙の中を見つめた。

 相手はゆっくりと立ち上がる。

 口の端に笑みを浮かべながら、のっさりと。


「クヒヒヒヒ、アハハハハァァッハハァ!!!」


 俺は身構えると同時に飛んできた一閃を避けた。


「いいねぇ!そうだ!そうこなくっちゃあなぁ!!楽しませてくれるなんて言ってた相手がこの程度だったらお前も笑っちまうよなぁ!!!」


 閃光は土煙を払い敵の体を露わにした。

 じとりと冷や汗が流れる。

 笑い声がピタリと止まり無機質にこちらを見つめる。

 男はギラリとその目を見開くと、フッと息を吐き捨てるようにこう言った。


「笑えよ。」

「ッ!!」


 相手が発声した瞬間に間合いを詰めるために一歩踏み出した。


「しょうがねぇ。ちょっと本気出してやるよ。」


 相手が掌に雷光を纏わせる。それは一つの玉になり少しずつ大きく、強く光り輝いている。


「我がヴェニスの名において奇跡を賜る。神よ、我が身に力を宿したまえ。されば我は神敵を討つ者とならん。」


 ここで立ち止まったら終わりだ。


「『神雷激震(ゴッドスパーク)』」


 刹那、周囲の景色全てを雷光が飲み込んだ。

 全身を余すことなく稲妻が包み込んだ。これは電気というよりももはや炎に近かった。

 体中の痺れは感覚器官をも焼き焦がす。

 皮膚が熱線に溶けていく。ボタボタと体だったものが落ちていく。

 肺の中まで入り込む雷光にで焼けて血でみたされていくのが分かった。息をしようとしても喉につまった血液がゴフッという音とともに溢れ出る。

 体から感覚が抜け落ちた。


 ここで――

 ここで止まったら終わりだ。


 一歩ずつ足を踏み出す。

 自分でもなぜ動いているのか全く分からない。

 それでもある種の強迫観念にも似た感情が俺の心を支配していた。


 終わるなら。


「......といっしょにだ。」


 相手が目を白黒させながらこちらを見つめている。

 俺は最早感覚も筋肉も働いていない体で口角を上げて、籠手の自爆スイッチを押し込んだ。


 --------------------


 覆いかぶさった土の中から男が一人。

 魔導障壁で守られた体には傷一つついてはいなかった。


「ハハハハハァッ!!!こりゃすげぇ!」


 目線の先には男がもう一人。

 その男は地上に細く長い影を落としていた。

 夕日がその傷だらけの男を照らし出し、逆光で男の体は黒い輪郭を描く。


「立ったまま気絶してやがる。」


 男は口の端に三日月を浮かべた。

ニヒルな細長い笑みはまさしく悪魔そのもの。

だけれども詠唱の時は神に誓いをしている。神に誓いを立てたところで彼が天使になることはまずありえないでしょうね。


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