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異世界単騎特攻  作者: 桐之霧ノ助
盲信と英雄の第七章
118/136

頂上決戦

 俺は三人の英雄を見据えて立つ。

 もう恐れはない。


「行かせてもらうぞッ!」


 蹴り上げた足が地面を残して跳ね上がる。体は宙を舞い、跳ね上げられた足は天井を捉えた。

 足を柱にかけて筋肉を収縮させると、肉体がうなり弾丸のようにはじき出された。柱に亀裂が入る。

 俺は手始めに優男の顔面を掴もうとするが、かろうじて式神に阻まれる。俺はそのまま突っ込み、式神を食い破りながら手を伸ばす。


「やばっ」


 優男が後ろに半歩下がりながら片腕で術式を作る。

 俺の手が顔面に届く一歩手前、地面から生えた盾が俺の行く手を阻む。

 盾を掴みながら腕で軌道を変え、そのまま盾を乗り越えようとするが、盾からまた新しい盾が生まれ行く手を阻んだ。

 俺は舌打ちをしながら盾を踏み台にして距離を取る。


「人間離れしている」

「まるでバケモンみてぇってか? ハッ! 面白ぇじゃねぇの」


 攻撃的な男——フェンリルの右手には槍が握られていた。確か俺の体に打ち込まれていたはずだが。

 俺がその事実に目を見張るとそれを察したかのように話し出した。


「この槍はいわゆる概念みてぇなもんなんだ。つまるところ俺の『所持品』であれば良い。俺が持っていると自覚していれば壊れてもまた復活するのさ」

「理解できん」

「理解してくれとは言わねぇけど、理解したそうにしてたじゃねぇか、よッ!」


 フェンリルは槍の刃先に左手を添えて地面を蹴り出した。

 俺は体を翻しながらその突撃をひらりと躱すが、フェンリルは地面に足を着けると物理的に不可能な速さでクイックターンを繰り出し、俺の胴体に横一閃を刻む。

 体内に流れる赤い血液がパッとはじけた。だが、完全に俺の肉体の一部と化した血液には、液体の一粒一粒にまで感覚が行き届いている。血液はまるで生き物のように還る場所を探し求め、傷口に吸い込まれていく。


 フェンリルはひゅぅっと口笛を吹いた。

 同時に俺も彼も思ったはずだ。

 コイツは手強い、と。


「こりゃ正真正銘のバケモンだぜ? 人間は形だけだ」

「何を言ってる。今の俺はこれまでのどんな時よりも『人間』だ。俺は生きている」

「頭のネジもぶっ飛んでんな。全ての民を助ける、だ? そいつは狂気だぜ? もしくは呪いだ。そういうとこ自分でも分かって言ってんのか?」

「理解している」

「ホントにぶっ飛んでんな」


 槍の男は舌なめずりをした。

 その目には戦闘狂の狂気が宿っていたが、俺の目にもまた違う狂気が宿っていたのだろう。

 目線が交錯する。


 槍の柄の底に手をかけて腕をしならせる。

 高速で撃ち出された槍の軌道を見極めて俺は最小限の動きで躱す。途中で軌道が変わったのか俺の頬を掠めた。

 撃ち出されたと思った槍は男の手中にあった。

 二撃目、三撃目。放たれる斬撃が空を切り裂いた。常人ならざる肉体の動かし方で普通は避けられない攻撃をぬるりと避けた。

 俺の動体視力と身体能力を甘く見ているのか?

 否、俺の身体能力を測っているのだ。俺が相手の力量を測るように相手も自分の力量を測っているのだ。

 近接戦闘慣れしている。こんな世界で珍しい。


 俺はやってくる相手に対して一歩足を踏み込んだ。

 ここからは接近戦。超近距離戦闘だ。近距離でならこちらに分が——


「坊主、そりゃあちょっと思い上がりじゃねぇか?」


 フェンリルの槍の切っ先は尋常ならざるスピードで俺を据える。

 俺の体を突き刺そうとした後に、槍の持ち手を持ち変えて槍を翻しながら柄で脇腹を打つ。

 突き刺す槍を受け流そうとしていた俺は、脇から伝わる衝撃をダイレクトに受けた。内臓が傷つき、口から血液が弾けるように飛び出した。

 せめて壁に直撃する前に受け身を取ろうとしたが、地面から生えた盾に直撃した。

 直撃の衝撃を受けてもびくともしない盾のせいで俺は二重に傷を負った。ミシリと骨にひびの入る音がする。


 この男を侮っていたのは俺の方かもしれない。

 俺は近接戦闘でタイマンであれば絶対に負けない自信があった。

 人間離れした身体能力、元の世界で学んで来た武術の基礎、あらゆる敵と戦うことで養ってきた人智を超えた者に対する格闘術。

 それらを上回る者は無い。それが自分の一番のアドバンテージだと思っていた。

 だが、それを上回る人間がこの世に居たのである。


 久しく忘れていた敗北の感覚だった。

 だが、昔のような屈辱感は無い。これが戦闘だ。

 負けても諦めるな。

 上の奴が居るなら、今この場で超えるのだ。


 俺は息を胸いっぱいに吸い込んで、床の石畳の隙間に足の指をかける。

 テンポよく地面を蹴りながら相手との間合いを詰めていく。

 地面から生えた盾をアクロバティックに乗り越えながら、フェンリルに近づく。


「ちょっと、僕のこと忘れてるでしょ?」


 声がしたのは俺の体より少し後ろの場所だった。

 チラリと後ろを見て、俺は警戒すべき対象が前より後ろにあることに気が付いた。

 先程生えて来た盾の後ろで魔法陣が光っていた。


「しまッ——!」


 魔法陣から黒い腕が伸びる。

 例のごとく俺からは触れられないにも関わらず、黒い腕は俺の体の中に侵入し、内臓を握りしめる。

 声を押し殺して痛みを抑え込む。

 俺はやみくもに腕を掴もうとするが、結局五指は空を切る。

 内臓がズタズタに引き裂かれるのと同時に俺は体の中で内臓を作り変えた。


「俺は立ち直るまで待ってやれるほど甘ちゃんじゃないぜ?」


 俺は突き出された槍に()()()()()()()()()()()()()

 人差し指と中指の間で槍を掴みながら、拳に食い込む槍を内部の筋肉でも抑えていく。


「......へぇ」

「俺の体は壊れないのが取り柄だからな」


 フェンリルが槍を回転させて俺の腕を引き裂こうとする。

 俺は自分の腕を躊躇なく切り離し、地面を思い切り踏み込んだ。

 地面に亀裂が入り、大地が揺らぐ。

 相手が体幹を崩したその隙に、渾身の一撃を盾に叩き込むつもりで拳を振りぬいた。振りぬかれた拳は空気を圧縮し、ライフルの弾丸のような衝撃波を生み出した。

 盾にわずかながらに亀裂が入る。刻まれた魔法陣に傷が入り、魔法陣は光を失った。


「破壊は出来なかったが魔法陣を無力化は出来る......か。内臓を掴まれた状態で出来ることじゃないはずなんだけどね」


 あははとプロメテウスが力なく笑う。

 腕はドロドロになって消え、入れ替わるように俺の断たれた腕が復活する。槍にこびりついていた血は俺の体に戻っていく。


 俺の体は復活を果たすものの、これがいつまでも続く訳ではないことを俺は理解していた。

 砕けるたびに魂は分散して空気に溶け込んでしまう。

 今の俺にこの奔流を内側にとどめておく力はない。

 魂をとどめておくにはもっと......なんと言えば良いのか分からないが、力が要る。


「もっと、力が要る」


 俺は地面に腕を突き付け、領域を制圧するように神経を張り巡らせる。

 壊れかけた機械を見つけては、その中に取り残された魂を自らの体内に取り込んでいく。


「もっと」


 機械が震えだす。

 英雄たちは顔をしかめていた。彼らも所詮は死んだ魂を違う箱に入れているというだけの話。

 だが今の俺では彼らの魂をどうすることも出来ない。

 機械がその体ごと引きずられて俺に近寄ってくる。

 俺は機械に触れてその体を侵食する。

 機械の上に誰かが乗っている感覚がして、ふと上を見ると白焔の槍を持った金城が居た。

 金城は機械の表面を割きながら地面に降り立った。


「俺達の仕事まで全部奪おうとするんじゃねーよ」

「すまん」

「別にそれはそれで良いんだけどな」


 金城は英雄たちと向き合いながら唾を吐く。唾はほんのり赤くなっていた。


「満身創痍の第二ラウンドといこうじゃねーの」


 それを自分で言うのはいかがなものかと思いながらも、俺の口の端には笑みが刻まれていた。

 心強い。


「死ぬなよ、金城」

「死なねぇよ」


 俺は何も言わずとも金城と呼吸がかみ合うのを感じていた。

正統派の強さを持った敵ですね。

持てる全てを出し尽くして戦いましょう!

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