第七十一話 エロと食は関連深い
市場を歩き回り回です。
市場に向かうため田舎道を歩く3人と2匹。
いわずと知れたおっさんことアイバーと従魔のシュー・ブラン、セシリーとマーちゃん母娘だ。
「今の季節ってどんな野菜が旬なんですか?」
「そうですね、ジャガイモやルギス、キャベツ等でしょうか? あとは…タマネギやバールでしょうか」
大人組は会話しながら歩いており、子供組はかけっこしながら少し先行しては遊んで待っていた。マーちゃんはウルフライダーになる夢が捨てられないようで何度か従魔の背中に乗ろうとしていたのだが、シューもブランもそこは許していない。
「ルギスとバールってのは聞いた事が無いですね…」
「そうですか…露店市にあると思いますのであったら説明しますね」
ルギスはいいけど、バールは事件の凶器になりそうな名前だ。まあ、日本でも年々新しい野菜や果物が普及してたからな。
ズッキーニとかおっさんが小学生の頃には無かったもんな。見た目でかいキュウリだったし、イタリア人はキュウリを炒めて食べるのか、なんて思ってた。実際はカボチャに近いらしいが。
最近のアーチチョークとかロマネスコなんてどう食べるのかも分からんかった。セレブな若奥様とか、自分はやらなかったがインスタ女子学生が使ってそうなイメージしか湧かない。
「ママ、オジちゃん、手握って」
シュー達と遊びながら進んでいたマーちゃんだったが、飽きたか疲れたかアイバーと母親の間に陣取り手を握ってくる。
これはあれだな…
「よーし、マーちゃん宙吊りだ~」
「あ、はい」
「キャハハ~、もっとたか~く~」
日曜日にお出かけした子連れ夫婦がやるように両サイドから握った手を引っ張るのをやってみた。
見ていた時には冷ややかだったが、やってみると持ち上げる方も楽しいものだ。同世代でお父さんお母さんになった連中の気持ちが少しだけ分かる。
…それに父親が魔物に殺されてからこういうのをやってもらえる機会は無かったんだろうしな。
その後マーちゃんは急に電池が切れたかのようにおねむ状態になったので、セシリーさんがだっこして運んだ。
一応『代わりましょうか?』的な事を言ったのだが流石にそれは断られた。買い物の荷物と違って幼児を預けるのは一般的ではないらしい。よくよく考えれば事案一歩手前だしな。
女性が重いモノを持っているからといってなんでも持てばいい訳ではない、と学んだアイバーである。
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村の中心部の一角で開かれる露店市場に来るのは2回目だ。
「雰囲気としては東南アジアの青空市場に近いかなぁ…なんかちょっとだけ暗い感じだ」
木や布で組み立てられた簡易な露店は日光を通さない造りになっており、それらが連なることで奥行きのある影を産み出している。露店の天井部分も低く地味な色の布なので圧迫感もあるのだろう。
あくまでアイバーのイメージだが、ヨーロッパの青空市場はもっと明るい感じだ。フランスやイタリアの白を基調とした建物や道の建築様式の影響かもしれない。地面が土か石畳かだけでも反射光の量はかなり変わってくるだろうし、ヨーロッパのテントには薄くて明るい色の布が使われていた気がする。
ちなみに日本の青空市場のイメージは体育祭等で使われる鉄パイプとビニールで出来た組立式のテントと折り畳み式のテーブルと椅子のイメージしか湧かない。
「あれは便利なのは確かなんだけど、なんとも風情のない光景なんだよな…」
屋根部分に『○○商工会』とか『○○中学校』等と書かれてるとなんだか萎えてしまうのだ。日本のお祭りや縁日にはもう少しオリエンタルでミステリアスな雰囲気が必要だと思う。
効率を求めすぎるのも良し悪しだなと思うアイバー。
その点では東サイアン村の露店市場は悪くない。木箱を積み重ねて作った台の上にディスプレイされた野菜や果物が並んでいる。
乱雑に積まれていたり整然と並べられていたりとそれぞれで、売り手側の性格も見てとれるようで楽しい。
「なにから見て回りますか?」
「取り合えず、端から順に回ってみましょう。知らない野菜等があったら食べ方とかどんな味がするのか教えて下さい」
マーちゃんをだっこしたセシリーさんと一緒に回っていく。
見かけた野菜はジャガイモ、タマネギ、レタス、キャベツ、ニンジン、カブ、ダイコン、トマト、キュウリ、ショウガ、ニンニク、ニラ、バール、ルギス、バンミリオンetc…
ほとんどは前生の作物と同じものだったが、時おり見覚えのない野菜があり《鑑定》による基本情報とセシリーさんからの生の情報で補完していく。
ちなみにバールはゴボウをさらに固くしたような根野菜でルギスはドギツイ紫の葉野菜。バンミリオンはブロッコリーからアスパラガスが生えているような謎野菜だった。茹でて食べると美味しいらしい。
ちなみに従魔達は野菜に興味がないのか、終始静かに足元についてきている。
うん、見た感じだと色々なバーガーを再現出来そうだ。問題は調味料だな。砂糖は貴重品みたいだし、慣れ親しんだ和風系の調味料もまずないだろう。
転生物だと一から作るか和の国的なジャポネスクからの輸入品とかで手に入れるのが王道だ。前者は無理ゲーなので、後者に期待しよう。
元々和食にそこまで思い入れはないアイバー。コンビニ弁当でもスパゲッティとかグラタンとかドリアを選ぶような食生活であった。
「一通り見て回りましたね。
お陰で大体の方向性は決まりました。元来た道を戻りながらハンバーガーに使えそうな野菜を購入して帰りましょう。その後商店で調味料とかを購入の流れで」
「はい、それじゃあ…」
「ありゃ、アイバーじゃない?」
出発しようとした矢先、聞き覚えのある声に呼び止められる。
このぶっきらぼうさの中にも面倒見の良さを感じられる声はあの女だ。
「ミナさん、奇遇ですね。お買い物ですか?」
宿屋の次女、マイルドヤンキー娘ミナだ。
「うん、そう。今日は私が買い物当番なの。アイバーは…取り込み中だったかな~」
アイバーとセシリー母娘へと交互に視線を向けてニヤニヤ顔を披露するオヤジ乙女。明らかに面白がっている。
「言っときますけどミナさんが思ってるような関係じゃないですからね。
先日ちょっとした縁で知り合ったセシリーさんと娘さんのマー…マリアちゃんです」
「初めまして、セシリーです。確か宿屋の…」
「どうも初めまして…って言っても小さい村だからねぇ、お互い何度か見かけた事はありますよね。
宿屋『清湖亭』で看板娘やってるミナです」
同じ村の村民だけあって顔ぐらいは知っているようだ。そう言えば総人口とかどれぐらいなんだろう?
そうこうしている内に女性同士、そこそこ歳も近い2人だからかおしゃべりに華を咲かせていた。女性ならでは…この言い方はダメだな、相手の受け取りようによってはセクハラになってしまう。
こういう時は黙って待つのが一番だな。日本人独特の曖昧な笑顔で乗りきろう。
やがて…
「へ~えアンタ、セシリーさんに新しい料理を教えて商売始めるんだって? お世話になってるウチを差し置いていい度胸してんじゃない」
アイバーよりも少しだけ上背のあるミナがヤンキー仕込みのメンチをきってきた。とはいえその瞳に怒気は見られない。どちらかというと弟分をからかっているような感じだ。
ついでに姿勢が前屈みになっているのでお胸様がスゴい。チラチラと視線がいってしまう。
「う…すいません…」
食事処も兼ねている『清湖亭』なので、アイバー達が屋台を始めるということは客を取ってしまう事にもなりかねない。
宿泊客としてお世話になってる身としては少しばかり気まずいかもしれない。
「ま、美味いもんが増えるのは悪くないしね!!
…あの母娘の境遇も知ってるからしっかり助けてやんなさい」
後半はアイバーにだけ聞こえる程度の小声で情状酌量を伝えてくれる男前乙女である。
「あと、女をエスコートしてるんだから他の女の胸を見るのはご法度よ」
「イテッ」
デコピンを食らわせて離れるミナ。セシリーさん達にも挨拶して市場に紛れて行く。
「仲がよろしいんですね」
ミナを見送った後、なぜか笑顔の中に言い知れぬ迫力を込め持っている気がするセシリーさんと緊張感のある買い物を行ったアイバー。
このあとメチャクチャハンバーガーを試作した。
お読みいただきありがとうございましたm(__)m




