第六十七話 ンッガトット
今日もまた日が上る。
窓の木枠から漏れ入る朝日を見ると、ふとこの世界の天文学ってどうなってるのだろうとの疑問がわいたおっさんことアイバー。
ファンタジー世界って中世ヨーロッパベースだから天動説もありうる。プレート状の大地を何匹かの象が支えている絵面が思い浮かんだ。
「う~ん、ファンタジーなこの世界にならありうるか?
まあ、それはそれで楽しそうだ。カリブ海の海賊達の3作目のタイトルみたいになりそうで」
海水が滝のように落ちていく光景を妄想をしながらベッドから起き上がる。昨日は帰ってきてそのまま眠ってしまった為、少し体が痒い。
スッキリするためにシャワーでも浴びようかな、と考えたところで着替えがないことに気付いた。
「昨日、洗濯物頼んでから戻ってきてないや…聞きにいこ」
腹や脇の下をポリポリ掻きながら部屋を出て食堂に向かう。佇まいが完全におっさんであるが、幸いにして食堂までの廊下では誰にも出会わなかった。
従魔達はご飯でないことを念話したらまだ寝ているとの事だった。主人共々、宿屋での生活に慣れ親しんでいるようだった。
「マナさ~ん、おはよーございます…昨日預けたヤツ、どうなりました?」
カウンター越しに朝食の用意をしているマナさんに洗濯物の行方を聞くと、いつもの部屋に置いてくれたそうだ。忙しそうだったのでそれ以上は聞かずに部屋に戻ると窓際のサイドテーブルに畳んで置いてあった。昨晩は暗かったのと、朝方は注意不足だったようだ。
サッとシャワーを浴びて目を覚ましたアイバー。
「…おっし、着替え終わり!! 今日は冒険者業はお休みだから、武具はつけなくていいかな!? 一応刀だけは腰に差しとくか…」
その他の荷物はボロ袋に入れて食堂に向かう。
今度は従魔達も一緒だ。ご飯の気配に敏感な従魔達である。
「今日は朝食食べたらどうしよっかな?」
今日の予定を考えながら朝食を摂る。
今日の朝食ははパンと野菜スープ、豆と薄切り肉の煮込みだった。豆を見て豆腐とか出来るかな?と考えたが、にがりの詳細が分からずに断念した。従魔達は相変わらず肉だ。
朝食後、そのままテーブル席でゆっくりする。食後に紅茶らしきモノをサービスしてくれたのが嬉しい。砂糖やミルクはないストレートティーだった。
まだソコソコに騒がしいが、アイバーの知る限り清湖亭の客層は冒険者がほとんどだ。ということは、ほとんどの者は朝の依頼争奪戦に参加するはずなので、8時を過ぎる頃には皆出払うはずである。
「おはようニャ~♪」
「おはよ、あれ? アイバー、今日は皮鎧つけてないの?」
「フアァ…朝日が目にしみますぅ…」
顔見知りの冒険者3人娘が装備を整えて声をかけてきた。若干1名半目だが。
「おはよ、今日は1日冒険者業お休みだから」
「え~!? 余裕あっていいわね~、私たちは貧乏暇なしよ」
「稼がないとここの宿代も払えないニャ…簡易宿泊所には戻りたくないニャ…でも、お休み羨ましいニャ」
「働きたくないですぅ…ずっと書物を読んでたいですぅ…ムニャムニャ…」
「ポルカ…アンタ、いつもながらしっかりしなさいよね…
それじゃあね。 アイバー、ワンちゃん達♪」
「ん、頑張って」
「ガウ」
「ガウガウ」
ヒラヒラと手を振って宿を出ていく3人娘を見送る。ポルカだけ足取りがフラフラしていたが残りの2人が支えて事なきを得ている。低血圧なのだろうか?
「…そう言えば、ポルカって宵っ張りだとかいう話を聞いたっけ…寝不足か」
お茶を飲んで時間をつぶすと、従魔達がソワソワしだしたので念話でどうしたのか尋ねてみる。
どうやらじっとしているのが退屈らしいので、お茶を切り上げて外に出た。愛犬に朝の散歩をねだられた父親みたいな感じだ。
「今さらだけど、リードとかなくてもいいのかな…制御は出来てるからいいか!?」
今までシューやブランが他人に吠えたり襲い掛かったりするのは見た事がないのでいいか、と結論づけるアイバー。
従魔達はただ歩くのではなく、2匹でじゃれ合いながら前に進んでいる。遊びながら狩りの訓練をするってヤツだろう。
散歩ルートは村の中心部ではなく、港湾部の方へ足を伸ばしてみた。話には聞いていたし、遠目にチョロっとは見かけたことがあるが、間近で見てみたことはなかったのでいい機会なので見てみようと思ったアイバーである。
…あと、娼館も念のため場所と建物だけ確認しておこうかな!? 特に変な意味はないけど、ホント興味とかないけど、将来娼館から依頼がきたりとか娼館を目印にした道案内とかがあったら困るから、ホント興味とかないから!!
などと、初めて風俗店に行くと決めた大学生が店の下見をするような気分になっていた。最近はSNSで評判を調べたりするのが主流らしいが。
「お、分かれ道」
湖岸を見渡せる程度の距離になったところで、港湾部に向かって下がっていく道と丘陵に向かって上がっていく道に分かれている。
「下が港ってことは…上に向かう方が娼館か」
坂を登っていく方を選び登っていくと、建物が見えてくる。
塀に囲まれたお屋敷はお山の洋館といった感じである。現代日本にあれば幽霊屋敷とでも呼ばれそうだが、門の隙間から見える庭園や外観は整えられており今も使われている建物だという雰囲気だ。
「自分の常識だとそういうのって繁華街にあるイメージだけど、この世界だと郊外にあるんだな。
…日常の生活から離された場所という意味ではどっちも同じかな!?」
江戸の吉原も周りは堀だか囲いで隔離されてたって聞いた事があるし、案外そういうモノなのかもしれない。塀の中は赤線地帯ってヤツか。
そんな風に洋館の門前で風俗の歴史的考察にふけっていたアイバー。門前のおっさん、学校で習わぬ境界を思う。なんて考えていると、
「ちょっとぉ…こんな朝っぱらからお客さん? 悪いけどうちは夕方からの営業よ。半日してから出直してね」
大きな金属製の門のすぐ脇にあつらえられた小さな扉が開き声がかかる。普通に考えてこの館の住人、娼館の関係者ということだ。
ウェーブのかかったブロンドの20歳前後の女性と短髪アゴ髭の同じく20歳前後男性のコンビだ。
「いえいえ、最近この村にきた者で。
冒険者をやっているのですが、従魔の散歩をかねて村の散策をしていた所、こちらのお屋敷に興味をひかれまして見ていた次第です」
「ふーん、スラスラと淀みのない口調ね。あらかじめ答えを用意してあったみたい。
まるで、娼館に興味があって様子見にきたけど、それを誰かに見られたら恥ずかしいから、いかにも偶然ですって言い訳を考えてたみたいね?」
…なんちゅう察しのいい女だ。この俺の完璧な言い訳を一瞬で見抜かれるとは…
「ま、女に興味津々な年頃っぽいみたいだからしょうがないわね。
中で遊びたかったら、花代揃えていらっしゃい。私アイリスね。指名してくれたらサービスするよ」
そう言って体をくねらせ流し目をするブロンドの女性。男性の方はずっと無言だ。
「まあ、機会があれば」
「つれない返事ね。とっさにいい返しができないとモテないわよ。
『今夜、君を独占しにいくよ♡』とか」
痛いところを突いてくる女性であるが、後半の台詞はいい返しなのだろうか?と疑問符が付いてしまう。
「アイリス、そろそろ…」
「あ、ごめんなさい。さっさとお買い物済ませて戻って来なきゃね。私ももうちょっと寝たいし」
「あ、お買い物でしたか」
「そうよ、私たちだってお腹は空くの。
男のアレをしゃぶるとお金にはなるけどお腹は満たされないんだから。お金を食材に変える必要があるのよ、当たり前でしょ!!」
食うために稼ぐ。彼女から発せられたのは至極真っ当な理屈だ。
「失礼、そろそろ行かなくてはいけないので。
よろしければ娼館『磯の真珠亭』をご贔屓に」
アイバーと娼婦の会話を遮るように、短髪アゴ髭の男性がこちらに断りと社交辞令的な営業を伝えてきた。想像よりも高い声だ。
にしてもなんちゅう店名だ。直接的過ぎないか?
塀際に建てられた馬屋から、農家が使うような小さな荷車を馬に引かせて町に向かっていく男女。
夜の商売に生きる男女を見送りながら、自らも丘を下っていくアイバーだった。
お読みいただきありがとうございましたm(__)m




