第六十五話 ワンナイトLOVEる
「はいハンバーグの完成、召し上がれ♪」
食事の配膳を終えて席につくおっさんことアイバー。
本日の夕飯メニューは、
・保存に向いた堅いパン
・オーク肉ハンバーグ
・人参っぽい野菜の茹でたもの
・朝の残りの薄味スープ
である。スープとパン以外はまとめて盛り付けてある田舎配膳だ。食いたい分だけ取れ、というやつである。
一人一人配膳するやり方も悪くないが、アイバーはあまり好きではない。定食屋ならともかく、家族の食事は同じ皿からとった方が良いと思っている。鍋と同じ効果だ。
ちなみに従魔達にはタマネギっぽい野菜抜きのハンバーグを焼いてやった。念の為である。
「これたべていいの!?」
「どうぞ、1個目は取ってあげるね」
ハンバーグを焼き上げている時から目をキラキラさせていた幼女。食卓は小さいテーブルなので、手を伸ばしてパン皿にハンバーグを乗せてやる。
マーちゃんは木のフォークでハンバーグをブスリと刺して、口で迎えにいった…まあ、大人になれば正しいマナーも身に付くだろう。余所様のお子さんの躾に口を出すのはトラブルの元だ。
…特に今の母親の精神状態では。
「オイシイ~♪ ママもオジちゃんもたべて!! オイシイよ♪」
「え、ええ…」
「どれどれ、手作りは久々だけど…出来はどうかな?」
盛られたハンバーグの山から焦げた1つ選び出す。最初に焼いて焦がしたヤツだ。冷め始めるし最初に食べてしまおう。
パン皿上でフォークを使い半分に割ってみると、透き通った肉汁が木皿に滴り落ちる。そっちは後でパンにつけて食べようと思いながら半分に割られたハンバーグを口いっぱいにほおばるアイバー。
脂の甘さと塩味が絡み合い、えもいわれぬ満足感!!
ガブッ、ジュンワァ~ア、モムモム、ウンマァ~イ♪等と擬音でしか表せない己の表現力が憎い!!肉だけに!!
欲を言えば肉の臭みが気になるが、タマネギっぽい野菜をいれたことで多少軽減されているので問題ないレベルである。これ以上を望むなら胡椒のような香辛料が必要になるだろう。現状としては文句ない出来だと思う。自画自賛だが。
母親もハンバーグの山から比較的小さいのを1つ自分のパン皿に取り分けて、一口サイズに切って口に運ぶ。
「柔らかいんですね…ン、……………美味しい…」
何度か噛みしめて感想を言ってくれる。口を閉じて目を見開いた表情は、今までの沈んだ表情に比べて可愛らしいモノだった。
表情で気付いたが、この世界の顔面偏差値はどうにも高いな。これまで出会った人々皆美男美女の類いだ…フツメンレベルは鍛冶師のおっちゃんと肉串のオバちゃんくらいだな。シュミーズさんはおネエで濃い顔だけど顔立ち自体は整ってたしなぁ…
転生部屋で顔整形してもらえばよかったかな? 自分の顔ってんでサラッと流しちゃったけど、ダダ捏ねればいけたかも…今さらかあ。美白シミ抜きしてもらっただけでも良しとしないとな。
「オジちゃん、どしたの? へんなおかおしてるよ!?」
食べながら百面相しているとマーちゃんからお声がかかった。あくまで表情の変化が『変』というだけで素顔は普通のハズだ。
「ん~ちょっとね~、マーちゃんはオジちゃんの顔ってどう見える? カッコいい?」
「ふつー」
「そ、その…素朴な感じでいいと思いますよ!?」
「どうも…」
お母さんからのフォローがきてしまったが、まあ普通なら問題ない。『へーん』とか言われなけりゃそれでいいのだ。素直なお子さんの意見だからきっと忌憚のない意見だろう。
意見もそこそこにハンバーグにかぶりつくマーちゃん、すでに3つ目だ。他の品目が全然減ってないのが気になる。
「マリア、お野菜やパンも食べなさい」
「え~…いらない…」
「まあまあ、ハンバーグたくさん作ったから、食べきれない分は温め直したりスープに入れて具にしちゃってもいいんで食べて下さい」
「あ、申し訳ありません…」
「やった~あしたもたべれるんだ~♪」
騒がしくも温かい夕食が過ぎていき、やがて日が沈んだ。
いつしかおねむになったマーちゃんを寝床に運ぶが、まだ寝たくないとグズった為シューとブランをつけてやった。2匹と1人で布団に入るとすぐにコテンと眠りにつく。
………これでようやく大人の話ができる。
食事の後片付けを行いどちらともなく空いた食卓につく母親とアイバーの2人。しばらく無言で俯いていたが『ここは男が先に口を開くべきだろう』と根拠の無い男らしさ論を発揮する。
「マーちゃんも眠った所で、少しお話しましょうか…お母さん、あーそう言えばお名前を伺ってなかったですね!? よろしければ教えていただけますか?
ちなみに私はアイバーと言います。少し前から冒険者をやってます」
「あ、そう言えばそうですね…なにがなんだかという間に事態が進んでしまったので。
セシリーと言います。マリアの母親で4ヶ月程前からこの村で生活しています…」
ペコリと互いに一礼する。
「その、色々ありがとうございました。
広場での事や、夕食まで振る舞っていただいて…」
「いえいえ、自分でも何でかと言われると明確には説明できないんですが…まあ放っておけなかったというのと、なりゆきですかね?」
「ふふ、なんですかそれ?」
セシリーはクスリと、アイバーはハハハと笑う。
「アイバーさんは冒険者なんですよね? だいぶ若く見えますが…お幾つですか?」
「あ~、えっと15です」
「あら、成人したてじゃないですか♪ 若いっていいですね…」
「はあ、まあ…セシリーさんは…すいません女性に年齢の話はタブーでしたね」
どこぞのギルド長を思い出してしまったアイバー。明日以降会ったらこの時間にくしゃみをしたか聞いてみよう。アーニスでもそんな迷信はあるのだろうか?
「こんなオバさんにそんな気を使わないで下さい。25です。10歳差ですね」
「オバさんなんてそんな、お姉さんですよ」
「あら、嬉しい♪ 最近の男の子はお世辞が上手なのね……ふふ、こういう風に娘以外とお話するなんて久し振り、なんだか楽しいわね♪」
その気持ちちょっと分かる。コミュニケーション大事。
とは言え、肝心要の事を聞いておきたいのでそろそろ本丸に切り込んでしまおう。
「あのぉ…どうして昼間はその、マーちゃんを…叩こうとしてしまったんですか? よければその聞かせてもらっていいですかね?」
母親の肩がピクッと震える。忘れてはいないハズだ。
ホントはこういうのってもっと長い時間かけて信頼関係を築いてみたいなのが常道らしいけど、俺カウンセラーの資格とか持ってないしな。
でも、ほっとけないって気持ちもあるから俺なりに力になろうというのも本当だ。前生の知識もあるしな。
生兵法かもしれないが救えるものなら救いたい、せっかくの第2の人生なのだから。
「………私、その…聞いてくれますか!?」
「もちろん」
母親はゆっくりと事情を語り出した。
マンガでよくみる完全部外者の方が悩みを相談しやすいって法則がはまったのか、それともマーちゃんもといマリアちゃんをかばったり、連れ出したり夕飯ごちそうした甲斐があったのか?
どちらでもいいかもしれない。要はセシリーさんが助けを求める第一歩を踏み出してくれた事だ。
助かる気がないと助けられない気がするからな。
「私達…」
話を聞いてみると1年程前までは領都サイアン近郊の村で旦那さんと3人で暮らしていたらしい。
が、魔物の襲撃により旦那さんを亡くし、その年の不作も重なって借金、身売り寸前だったところをこの開拓村への移住でチャラにしてもらったとの事だ。
「その時は、奴隷に落ちなかっただけましだ。まだなんとかなる、と思ってたんです…」
本来移住者には、移住を進める為の初期特典として最低限の住居とある程度の耕作地が与えられる事になっているらしいのだが、セシリー親子に対しては借金の清算分耕作地がひかれてしまい、住居のみの提供となった。
「それでその…私は農家の生まれで土を耕して作物を作るという事しか知らないのです」
自分ができる事と言えば農業以外に無い。だが自分の土地が無いため、他の農家に頼み込んで手伝いをして僅かな賃金を得て生活していたという。だがそれも次第に先細りとなり、毎日あった仕事が2日に1度になりやがて3日に1度になっていき次第に給金も減っていったという。
「…恐らくですが、冒険者に『畑』の耕作を依頼するようになって安上がりな労働力に取って変わられたんでしょうね…」
「…はい、そうだと思います。
いつだったか、冒険者ギルドに行ってみて依頼表を確認したら銅貨30枚でしたから…私が村に来た頃は銅貨6~70枚で同じ仕事をしてました…娘がいるのでどうしてもそれくらいは必要だったんです…」
その少ない賃金から少しづつ貯蓄し、いつかは自分の土地を手に入れるつもりだったそうだ。まさに爪に火を灯すような生活だったらしい。
「ですが、その少ないたくわえも給金が下がった事や仕事を受けられなかった日の補填として使ってしまいました…どうにか助けていただけないかと教会や役所等にも相談しましたが…金銭的な援助等は難しいと…」
「…そう言えば、教会でお会いした事がありましたね」
なんか睨まれた覚えがある。
「そう言えばそうですね…その節は申し訳ありませんでした。私、目付きが悪かったでしょう?
気持ちも荒んでましたし、その………連れている狼達も村を襲った魔物を思い出してしまって………ですからどうしても…あ、今は大丈夫ですよ!? アイバーさんの狼の子供達はとても大人しいみたいですし…」
「それで………知らなかった事とはいえすいません…」
人にとってなにがスイッチになるか分からないモノだ。気を付けようが無いことだが…これから先もあり得る事だからな…どうしたものか…
話がそれたな…
「それで………もう、どうしようもなくなってしまって、今日………………」
その先が言いづらいのか口ごもるセシリー。
アイバーにも見当はついているのだが、彼女が話してくれるのを待つ。
「…娼館に行ってきたんです、働かせて下さいって…」
頬を染めながら恥じ入る様に言うセシリー。
娼婦。
世界の男連中にとってなくてはならない職業でありながら、社会的な地位でいえば底辺に近くなる職業。性を売り物にし、一時の悦楽を金銭へと変える事を生業とする女性達だ。
中には男娼なんてのもあるが、比率は微々たるものだろう。
「…でも断られました…アハハ、『アンタには向いてない』って…きっとこんなオバさんじゃ、女としての価値が…無いって…ハハ」
力無い笑みを浮かべるセシリー。
今後への不安に加え、生きる為の手段として娼婦という苦渋の選択をしたが、当の娼館側に断られたという。不安やら屈辱やら無力感やらが渦巻いての諦観故の表情だ。
「私はそんななのに…無邪気に笑っているあの子を見たら………」
「体が動いてしまった、と」
コクリと頷いたまま俯いてしまうセシリー。
「……勝手なお願いですけど…苛立ちまぎれにマーちゃんを叩いたりするのはやめて下さい。1回やっちゃうと歯止めが……そのぉ、かからなくなりそうで…
子育てもしてなくて、セシリーさんなりの躾とかもあるのに…生意気ですけど、でもお願いします」
「……ホントに勝手ね…でも、気を付ける。心配してくれてありがとう」
異世界でもDVはちょっとなあ…ソレ系のニュースやマンガを目にすると切なくなるんだ。
子供は健やかに成長して欲しい。元日本の平和ボケ独身アラフォーの願いだ。
にしても、どうにかしてこの家の経済を立て直せないものだろうか? この世のトラブルの半分は金残りの半分は愛憎だという話を聞いたことがあるが、経済状態を何とかすればこの家はなんとかなりそうだ。
俺が支援し続ければいいのかもしれないが、あんまり依存しすぎるのもな…何かしら軌道に乗るまではオーク肉なんかの差し入れをするかぁ。
「あの…」
農業以外の、もしくは農業と平行して行える様な副業かあ。考えつきそうだけど…
「あの、アイバーさん…」
農業しか出来ないと言っていたので、冒険者等の荒事は難しいか…ポルカ達に教えたように魔法で伐採作業や採取ならなんとか…
「………………」
シュルリ
あ、今日のコレもいいんじゃないか?
「アイバーさん…」
「ん? どうしまし…タァァ!!!?」
しばらく考えに没頭していたアイバー。呼ばれて顔を上げると、胸元の紐を弛めた未亡人セシリーの谷間が眼前に迫っていた。
「その、娼館には断られた女ですが……抱いていただけませんか…」
アイバーにとって予期せぬお色気展開である。
お読みいただきありがとうございましたm(__)m




