第六十四話 ロマンスのかあさん
「イヤイヤイヤイヤ、ちょっま!!」
母から娘に降り下ろされる拳を見ながらダッシュ、途中で《狂化》を発動しスピードを超強化して拳とマーちゃんとの間に体を滑り込ませるおっさんことアイバー。
体をぶつけたり腕を掴んだりしたら力加減を間違えてしまいそうなので、マーちゃんをかばう体勢で急停止。《狂化》は解除、途端超負荷のかかった踵や太ももが痛くなる。
ボコッ!!
「痛て」
それに比べれば一般女性の細腕から繰り出される一撃など大した事はないのだが、人に叩かれたりするとつい言ってしまうのはなぜだろう?
かばった甲斐あってか、母親の拳はアイバーの後頭部を叩いた。
「………あ、」
母親の顔を見上げると、自分で自分のしたことに驚いているようだった。アイバーを叩いた手をじっと見る。
「…あ…私…私」
「ママ、どうしたの? あれ? オジちゃん、なにしてるの?」
かばわれた事に気付かないマーちゃんは不思議そうにアイバーと母親を交互に見つめる。
「いや~…その、ね…」
マーちゃんに覆い被さるようにかばいながらも、ギリギリノータッチの不自然な格好。
何してるんだろう俺…
「ご、ごめんなさい!! 私…」
「あー、いえいえ、お気になさらず…色々大変なんでしょうし…」
なんとなくだが母親の置かれている状況は分かる。安直だけれど、貧困による問題なんだろうなぁ、と思う。抱き付いてきた我が子を疎ましく思ってしまうような精神状態…相当キツいんだろうなぁ…
親子の髪のほつれ具合や着るものの状態、何より母親の雰囲気が『追い詰められて限界直前の人』の佇まいだった。
ホントになんとなく分かる。
葬式直後の…少し前の俺だ…
「…私………ッ…ウッウッ…ウァ…ウァァァァ~…ァア~…」
あー、泣き始めちゃったか…
「ママ、どうしたの!? おてていたいの!?」
顔を覆って膝から崩れ落ちてしまうお母さん。
「ママ!? ママ!?」
「ッ……ァアァ……アア……ウァァ………」
道の真ん中で泣き崩れる母親。
決して人口の多い村ではないのだろうが、人目が無いわけでもない。今は数人だがこのままだと多くの人の目に晒されてしまうだろう。
マーちゃんのお母さんにしても、いい大人が公衆の面前でマジ泣きなんて後で悶えるぐらい恥ずかしいだろうし、俺からしても女性を泣かせているクズ野郎にしか見られない。流行りのWin-Winな関係とは反対のLose-Loseな関係だな…違うかな? 響きがルーズリーフみたいで懐かしい。
話が逸れた。
一番良いのは関わらずにいることだったんだけど…もうマーちゃんをかばっちゃったからな~、二番目に良さそうなのは…
「…マーちゃん、オジちゃんがお母さんを抱っこしていくから、お家に案内してくれる?」
「アァ…アァ…ウァァ~…ァ…」
「ママ…ママ…」
知らないオジちゃんの言葉より目の前のママ、と言わんばかりに母親にすがり付きアイバーの話が届いていないようだ。
ポンポンとマーちゃんの頭をなでて落ち着かせようとする。母親の不安がうつったのか目に涙を溜めているので急がないとヤバげだ。こっちも決壊する。
「大丈夫、ママはちょっとお胸が痛いんだ。美味しいゴハン食べて休めばすぐ元気になるよ」
「ホント!?」
「そ…ない……ウッ…も……ゥアァ……ムリィ…キャッ!?」
「今弱音を吐かれても何一つ処理できる気がしないんで場所を変えます、お母さん」
へたりこんだお母さんに、お姫様だっこの要領で膝と背中に腕を回す。
「ちょっ……離し、ヒッグ…ひ…ウゥ…」
抵抗しようとしたらしいが、それもあきらめたようだ。もうどうでもいいといった心境だろうか?
ここまでしたなら、どうせならマーちゃんも一緒に運んでしまえだ。
「マーちゃん、マーちゃんちに行くからオジちゃんの頭にのって!! 道案内よろしく」
「はい!!」
膝をついて首を指すと、子供の性なのか直ぐに背中に飛び乗ってよじ登り、肩車状態になった。
「頭頂に登頂…オヤジギャグの血が騒ぐ…
立ち上がるから気をつけて…セーッンノ!!」
「ワッ、たか~い♪」
母娘一組分の体重はそれなりだが、ヤングな肉体とレベルアップにより増強された我が身にはさして苦でもなかった。今ならウェイトリフティング100㎏も余裕かもしれない。
「……………」
「マーちゃん、家どっち?」
「あっち~♪」
指示された方向へエッホエッホと走り出すアイバー。走るといっても人を抱えて肩車しながらなので早歩き位の速度で進む。
従魔達もいつの間にか起き出してついてきてくれていた。眠かったはずなのにごめんなぁ~。
とにかく人が集まる前にこの場を離れるのが肝要である。すでに見られている人からの訝しげな視線は一時の恥だ。ガマンガマン、慣れれば気にならなくなる。
初めて隣町の本屋でエロ本買った時はドキドキしたが、今では近所のコンビニでも普通に買える…バーコードが読み取り易いように裏っかえして出すけど。それもスマホの普及で需要激減したものだ。
「そこをこっちだよ」
髪の毛を引っ張るマーちゃんナビで母娘の家へと向かうアイバー。そのうち、どうしてこんな人さらいみたいな事になったのだろう?と考えるが、答えは出ない。
きっとなるべくしてなったんだろうと母親と同じく諦めの境地に至ったアイバーである。
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母娘の家は村の東側にあった。木と石、煉瓦で作られた一軒家だ。
先ほどまでいた中心街は西側で港湾に面していたが、東側は畑ばかりの印象だ。
「ここ!! マーちゃんち♪ しゅーちゃん、ぶーちゃん、こっちおいで♪」
「ガウ」
「ガウガウ」
肩車を思いの外楽しんでいたマーちゃん。自宅につくと背中をつたって自ら降り立ち、従魔を引き連れて家の中に駆け込んでいった。
シューとブランにはマーちゃんの遊び相手になってもらうよう伝えてある。
「あの…もう降ろしてください」
アイバーの腕に抱かれていた母親も、移動中に多少落ち着いたようで降ろすよう言ってくる。
「あ~はい、勝手に抱き上げちゃって…すいませんでした…」
「いえ…その…とんだ醜態をお見せして…その、叩いてしまった所は大丈夫ですか?」
「ええ、平気ですよ。頑丈なんです」
まだ少し目が赤いが、周囲の事を見られるようになっただけましだろう。
「ありがとうございました…あの子をかばってくれたんですよね? 私…」
「その話はまた後に…取り合えずお腹に何かいれましょう♪ 俺、肉持ってるんで作らせてもらっていいですかね!?」
「は、はあ…」
「ママ♪ オジちゃん、おうちのなかであそぼ♪」
「マーちゃん、オジちゃん美味しいもの作るから台所に案内してください。今日はお肉だよ~♪」
「あ、あの」
「おにくぅ!? オジちゃん、おいしいものつくれるの?」
戸惑う母親を置いて家の竈に案内してもらうアイバー。
心の弱った人にはまず腹を満たしてもらう。心も体も弱った状態では直ぐにまたダメになってしまう。美味しいものを食べてゆっくり休んで、話はそれからだ。
母親もおずおずと家の中に入ってくる。
貴女の家なので遠慮しないでください。
マーちゃんは従魔達に相手してもらって、母親には台所らしきところで今ある食材や必要なモノを教えてもらう。今はまだマーちゃんと2人きりにしない方がいいかなと思ったからだ。
「パン粉は、牛乳はないから…そのままでいいかな? あれば肉の臭い消しにもなるんだけど。
お母さん、コレのみじん切りお願いしていいですかね? 1個分でいいんで♪」
「は、はい…」
思考停止状態の母親には簡単な指示を伝えて料理の下拵えを手伝ってもらい、体を動かしてもらった。何もしないで考えているだけだと、悪い方向ばかりにいってしまうというのはアイバーの経験談だ。
休日も、布団から出て無理にでも体を動かさないと昼まで寝てしまうからな。
「さて、ひき肉はっと…」
ボロ袋からブロック状のオーク肉を取り出す。ミンサー等はないので、ひき肉を作るなら包丁で叩くのが一般的なのだろうが…
「こっから先はちょっと無言で作業だな。せーの《狂化》」
スキル《狂化》で強化された握力でブロック肉を掴みゆっくりにぎり潰し、ひき肉を作るアイバー。横着者なのだ。
「ちょっと、あなた…ええ!?」
母親がその様を見て驚いているが、返事は出来ないアイバー。《狂化》の影響で発する言葉が全部『オオオオオ!!』の咆哮に変換されてしまうのでブロック肉をひき肉にしてしまうまではしゃべれないのだ。
「ふう…ひき肉完成、半分取り分けてっと。ここに塩とパン粉、お母さんにみじん切りしてもらったタマネギっぽい野菜を投入してコネコネ」
「……………」
母親にちょっとひかれながらも《狂化》を解除して肉ダネをこねるアイバー。
お気づきだと思うが今アイバーが作ろうとしているのはハンバーグである。着想はマーちゃんからである。
マーちゃん→子供→子供の好きなモノ→ハンバーグ
という訳だ。
「あの、これなんですか?」
「こういう料理って見たことないですかね? ハンバーグって言うんですけど…」
「知らないです…」
皆大好きハンバーグだが、これもまだアーニスでは普及していない料理なのかもしれない。少なくともこの辺りでは。
「この粘りけのある肉ダネを適量掬いとって、形を整えて…キャッチボール♪」
いわゆる空気を抜くという作業だ。中学校の家庭科の授業で作り方を教わって以来、この作業はアイバーのお気に入りだ。
たーのしー♪
「火の上にフライパン用意してもらっていいですか?」
かまどの火の上に鉄の棒が渡されており、そこにフライパンをのせて熱する。そこに中心部を凹ませた俵型ハンバーグをのせると…
ジュアア~
「いい匂い…」
「肉の焼ける音、たまんねっすな~♪」
やがて台所から漏れた匂いを嗅ぎ付けてきた腹ペコ達。
「おにくやいてるの!?」
「ガウウ♪」
「ガウガウ♪」
この家に久々の団らんの気配を感じ、その事に先ほどとは違う涙が溢れる母親。
それを見てちょっとだけ安心するアイバー。気が緩んだのか最初のハンバーグはちょっと焦げてしまいアイバーの受け持ちになった。
お読みいただきありがとうございましたm(__)m




