第六十三話 レモンスカッシュ飲みたい
「だっこする♪ マーちゃんはおねえちゃんだからだっこしてあげる!!」
ギルドから宿への帰路、ほんわか気分にひたっていたおっさんことアイバー。
後は宿までの数分の道のりを踏破するだけの簡単なお仕事のハズだったのに。
「オジちゃん、しゅーちゃんかぶーちゃんかして!!」
期待の笑みを浮かべながら、手を広げて迎え入れる体勢バッチリの幼女。すでに彼女の中では子犬(狼)を抱っこするのは規定路線であるらしい。子供だもんね…
「あ~、マーちゃん? オジちゃん、これからお家に帰るところなんだ。
シューちゃんもブランちゃんも今日は疲れてるから、お休みさせてあげたいんだよ…」
それでオジちゃんも休みたいの…
「ええ~、まだばんごはんにははやいよぉ~。だからマーちゃんのお家で休ませてあげる!! だからいこ!!」
いやいや、夕飯時にはまだ早いけど知らない人の家に行ってもくつろげないですよ。しかも貴女のお母さんにはキツく睨まれてますし…
「…あれ? そう言えばマーちゃんのお母さんは? いつも近くでお仕事してるんじゃないの!?」
「今日のおしごとおわってから、いくところがあるって向こうにいっちゃった…このひろばでまってるのよって!! マーちゃんママが来るまで、みちでおえかきしてたの♪」
道の1つを差すマーちゃん。湖の方を差している。
「あの方向って…港と…」
「そしたら、オジちゃんが来たの♪ ワンちゃん見せて♪」
…母親の用事を待っているところに、見知った子狼を抱えた俺が見えた訳か。そこそこ平和そうな開拓したての村とは言え、5歳児を1人で放っておくと言うのはどうなんだろう?
なんだかちょっとだけ付き合ってあげようか? という気分になってしまうアイバー。
「シュー、ブラン…スマン」
ギルドや教会などの大きな建物は円形の広場に面しており、その中心には石積みで作られた円形の舞台がある。そこに腰かけてお話しさせてもらおう。
「マーちゃん、あっちでお話ししよう」
「え~おはなし、つまんな~い」
「…オジちゃんちょっとお腹がすいちゃってさ、食べるもの買ってくるから…」
子供にはオモチャかお菓子だ、程度の対応力しかもたないおっさんである。広場には幾つかの屋台が見られ、軽食のようなモノを売っているようだった。
「いっしょにいく~♪」
「ガウ」『おなかすいた』
フィーッシュ!!
食べ物につられる幼女と腹ペコ狼1匹。ちょっと危機意識を持った方が、と余所のお子様だが心配になってしまう。
家の子シュー、お前は今の今まで寝ていただろう? 食い物の話題になると起きるんかい…と腕の中から飛び下りた従魔をジト目で見るが、素知らぬ顔のシュー。
ブランは腕の中で寝たままだが、時折脇の下とかに鼻先を突っ込んでこようとする。ペットって変なところの臭い嗅ぎたがるよな。
「今日の屋台はなにがあるかな?」
マーちゃんと手を繋いで屋台を冷やかすアイバー。
薄く焼いた生地に炒めた肉と野菜を挟んだモノで、トルティーヤとかケバブっぽいモノと幾つかの果物で作るジュース。
少し離れた所では石焼き芋を売っているようだ。
「もうちょっと甘いモノとかないのかな?」
屋台の店主達に聞いたところ、どうやら砂糖が稀少品らしい。甘いお菓子等は相当裕福な人間でないと口に出来ないようで、庶民は果物や野菜が精々らしい。
「ん~塩や砂糖の流通が十分でないとか、異世界あるあるだな…ごめんごめん、マーちゃんどれがいい?」
「いいの!?」
屋台をキラキラした目で見ている子供におあずけさせるほどS上級者ではない。
「いいよ♪ 前にお団子もらったから今度はオジちゃんがあげるよ」
「やったぁー♪ ありがとうございます♪ ジュースとおにく♪」
「ガウウ♪」『おにく♪』
ケバブとジュースを2個づつ購入し、円形舞台の縁を間借りして食べるアイバー達。
「ングング、えへへぇ♪ おいしい♪」
「ハッグ、ハッグ♪」
大口を開けてケバブを食べるマーちゃん、時折ジュースを飲む。
シューにはケバブっぽいモノの中の肉だけ食べさせた。
残りの生地と野菜、ジュースはアイバーが担当である。
ブランは石の舞台に布を敷いてそこで丸まっている。どうやら起きてはいるようだが、積極的に関わる気がないらしい。賢い選択だ。
「ジュースとか果汁100%っぽいな…水で割ってもらお」
半分程飲んだジュースを買った屋台に持っていき、水を頼んだら店主に変な顔をされた。薄めた方が飲みやすいからなのだが、水増ししてまで長く飲もうとする貧乏な奴とでも思われたのかもしれない。
試しにマーちゃんに飲ませてみたら、
「こっちのほうがおいしい♪ マーちゃんもいれてもらってくる!!」
と、屋台に走り出して水をもらってきた。帰りはこぼさないようにソーっと歩いて来たのが子供らしい。
あとで何でも薄めりゃ良い訳ではない、と言っておかないとだな…
「えへへ、おいしいね♪」
「うん、そうだね。屋台の食べ物は、お家で食べるモノより美味しい気がするよ」
「マーちゃんちはね、いっつもおやさいのスープなの。はっぱばっかりなんだよ!!
パンとかおにくはたまにしかたべられないの」
「…ケバブ持って帰る?」
半分食べた肉なしケバブを差し出そうとするが、拒否られた。
「ママおそいね、どこいったんだろ?」
「…そうだね~、そう言えばマーちゃんはこの村に来る前はどんな所に住んでたの?」
取り合えずマーちゃんのお母さんが戻ってくるまでは一緒にいてあげようと思うアイバー。母親の行き先には心当たりがあり、最悪戻ってこない可能性もあったが暗くなるまではと決めておく。
お話して時間をつぶそう。
「わかんない」
「お船に乗ってこの村にきたんでしょ?」
「そう。パパが遠くにいっちゃって、そしたらママここにひっこすんだ、って。前は、ルーちゃんとかヒーくんとあそべたのになぁ…」
友達を思い出したのか、少し寂しげに俯くマーちゃん。少しの同情と泣かれたら面倒だなと思いシューとブランに擦り寄るように念で伝えるアイバー。
シューは足元にじゃれつき、ブランは起き上がって座ったマーちゃんの腰の脇に座り直した。
「えへへぇ♪ シューちゃんブーちゃんあまえんぼさん♪」
たどたどしくブランの毛並みに沿って撫でるマーちゃん。よかった…子供は感情が昂ると予想がつかないからな。
出来る事なら自分の力でどうにかしたいところなのだが、子育てや子守りの経験は無いので腰がひけてしまうアイバー。別のモノで興味をひく事しかできない。
「…パパがとおくにいっちゃってから、ママおこりんぼさんなの」
「そっかぁ…ママきらい?」
「んーん!! ママだいすき♪ ママね、マーちゃんが1人でふくきれたり、おくつはけるとえらいねってなでてくれるの♪」
お母さん大好きかぁ…前生の母さんの事思い出しちゃうな。いい歳だったからマーちゃん程あけすけに好きとは言えないけど尊敬してた。
「パパがとおくにいっちゃってからね、ママ寂しそうなの…オジちゃん、パパいつかえってくるのかな? マーちゃんいい子にしてたらかえってきてくれるかな!?」
「………ごめんオジちゃんもわかんないや…」
なんだろう、この重過ぎるマーちゃんの境遇は!? こんなん、うっすい人生経験しか持たないおっさんに答えられる訳ないじゃんね!!
「アナタははいつもそういうのよね!!
…えへへ、ママのまね♪ にてたぁ?」
「………マーちゃんのお母さんの事知らないから」
綱渡りなマーちゃんとの会話にビクビクするアイバー。
流れから言ってお父さん亡くなってるか、失踪してるよね? ちょっと手に負えない余所様の家庭事情なんですけど…
「あ、ママだ♪ 帰ってきた♪」
「え、ほんと!?」
良かった~。
マーちゃんが指差す方向から1人の女性が歩いてくる。やや使い込まれた感のある女性服に後ろで束ねつつもほつれて傷んだ茶髪。少し前傾姿勢でやや虚ろな瞳。
一見した感想『疲れている女性』だ。以前道端や教会で見かけた時よりもやつれている気がする。
『なんか…………ヤバい!?』
「ママ~、おかえり♪ マーちゃんいい子で待ってたよ♪」
走り出して母の腰に抱きつく娘。
対する母親はやや虚ろな瞳で娘を眺めた後、握った拳をゆっくりと振り上げた。
お読みいただきありがとうございましたm(__)m
一応マーちゃんに泥団子のお返しをしました。
ホワイトデーですねぇ(ノ´∀`*)




