第六十話 ラ・ラ・乱暴
大蛇戦回です。
「ノオオオゥ!?」
「キャウキャウ!?」
足元のブランを抱えながら横に転がるおっさんことアイバー。森の中なので、転がると木の根がボコボコしていて痛いが我慢だ。
「シャアーー」
さっきまで立っていた場所でバクン!!といった感じに口を閉じる大蛇。
転がったお陰で少し距離を取ると、上からぶら下がっているのが分かる。目算で12~3m程だろうか?
大木の枝に尾っぽ側の力だけで巻き付けて体を支えており、今も頭だけアイバー側に向けてきている。
チロチロ動く舌が嫌悪感をましましにさせる。
「舌出してる、気持ちわるぅ!!??」
「グルルゥ…」
「グルグルゥ!!」
シューとブランはすでに臨戦態勢だ。四肢を突っ張り、毛を逆立てている。頼もしい従魔達。いざというときは女の方が肝がすわっているという事かもしれない。
「嫌だけど《鑑定》」
『サーペント:温暖な湿地帯や河川に生息する魔物。手足のない体で滑るように移動し、締め付けて動けなくなった獲物を丸飲みする。個体によっては毒等の攻撃手段を持つ』
「ああ、見た目はスカイブルーでキレイだけど…大きさ的にはまんまアナコンダじゃん…」
「キシャーーー!!」
声ともつかぬ威嚇音が突き刺さる。
「…蛇ってだいっきらいなんだよぉ…田んぼでウネウネしてたり、土手の草むらで腹だけ動いて進んでいく光景がトラウマなんだよ…」
蛇への恐怖や忌避感は人間の本能に刷り込まれているというが、アイバーはその説肯定派である。
爬虫類愛好家の気持ちはまったく分かりません。
ボトッと地面に降りると、今度は首をもたげてこちらを見やる。鎌首をもたげるというヤツだ。こまめに頭を揺らして来る。
「ブルースネークカモンじゃねえんだからよ…首を振るな。ああ、なにやっても気持ちわる」
「キシィー…」
生理的嫌悪が先にたってしまうが、イヤだイヤだと言ってもいられない。
先程襲われた件からみてもそうだし、今現在も攻撃姿勢だ。地球産の蛇は比較的おとなしく、人間を襲う事は少ないと聞くがこっちの世界ではまた違うのかもしれない。
「はあぁ…でもまあ、キモいってんで動けなくて殺されるなんてのもイヤなんで、腹決めないとな」
鯉口を切って刀を抜く。ボロ袋から槍と大剣を出して地面に刺しておく。袋は後方へ放り投げた。サーペントがピクッと反応したが、襲いかかってはこない。
「シャァ…」
「シュー、ブラン、お前らは下がれ。絶対に前に出るなよ。あの巨体だと丸飲みされかねないし、締め付けられでもしたら一瞬でバキバキにされそうだ」
「…グァウゥ…」
「…グァウァウゥ…」『…わかったです…』
「…周囲で撹乱を頼む…少しでも注意をそらせ」
従魔達がアイバーより後方に下がる。
「シャアア!!」
後退したのを好機と思ったのか、サーペントが体をくねらせながら突っ込んできた。
「《土壁》!!」
前面に土の壁を展開し進路を塞ぐ…つもりだったが、蛇独特の動きで壁の横から滑り出てくる。
「シャァー!!」
「ノータイムかよ…クッソキモい」
「シャアア」
「フッ!!」
地面を這う頭を目掛けて刀を降り下ろすアイバーだが、狙いはそれて胴体の一部を傷つけるにとどまる。
「シャッ!!」
「んが!?」
頭が通り過ぎ、牙の脅威が遠ざかったと思えば尻尾の一撃が襲いかかる。
腕の革籠手でガードするアイバー…ガードしてしまった。
「フシャア」
重い一撃だが耐えきれない程ではない、だがそれはサーペントにとっては次の1手への布石。
「!? 巻き付いて…!?」
叩きつけた尾っぽ部分を始点にして、クルクルとアイバーの体に巻き付いて来るサーペント。
「ヤベッ…」
巻き付かれた重みで立っていられずに倒れ込むアイバー。
ネイチャー系の蛇の食事映像でよくみられる構図だ。
「鱗の感触が…キモいぃ…」
「シャァー♪」
『蛇』による死因、と言えばコブラを代表とする毒による死亡が第一に思い浮かぶ、が大型の蛇は毒を持っていない種も多い。
それら大型の種にとっての獲物を仕留める手段が締め付けによる窒息である。
全身筋肉と言ってもいい蛇が全身余すところなく絡みついて締め上げる。ヘッドロックとスリーパーホールド、ベアハッグ、ところによってはアームロックやヒールホールド、アンクルホールドを同時にかけられているようなモノだ。もしくは乗車率500%のインドの列車の中央部分にいるようなモノだろうか?
無論締め付けによる骨折も起こり得るが、主目的ではないと言われている。
「……フグゥ(ヤバい!! 最初からピンチだ!!)」
しかも蛇は密着する事によって獲物の呼吸を感じとり、息を吐いた時に合わせて締め付けるという技術を持っている。息を吐いて胸郭が小さくなったところを締め付け、肺に空気を送れないようにして窒息させるという訳だ。
そして呼吸と同様に密着した獲物の心音が感じ取り、それがなくなったら丸飲みという流れだ。大きな獲物を生きたまま飲み込みすると、腹の中から破られる危険が増す為、仕留めてから丸飲みするらしい。
「シャアー」
「ガルル!!」
「ガルガルゥ!!」
「…クッソ」
シューとブランが少し離れた箇所から吠えて牽制してくれているが、締め付けは全く緩まない。
「………ッ(《睡魔》、《闇霧》)」
無詠唱で《闇魔法》を使うアイバー。
だが《睡魔》は戦闘状態により高揚しているサーペントには効果が無かった。命を賭けた戦闘中に眠気に誘われて眠る生き物もいないのだろう。
《闇霧》による目眩ましも、密着している状態では意味が無かったのかもしれない。更に言えば、もう様々な創作物で解説されてお馴染みのピット器官による赤外線視覚で見ているのかもだ。
「ダ…ダメか…と、なるとコレしかないか…《狂化》!!」
切り札のスキル《狂化Lv4》を発動させると同時に身に迫った圧迫感が和らぐ。
「シュァ!? シャァー!?」
手応えが変わったことにより、サーペントのいぶかしむ声らしきものが聞こえる。
先程まではコンクリ詰めにされていたかのように身動きがとれなかったのに対し、今では体育館で使う運動用マット程度にしか感じない。ズッシリとはするが動かせない程でもない、おまけになんかヒンヤリする所も似ている。
「アアアアアアアア!!」
《狂化》を使用した時の副作用で言語能力がバカになるアイバー。
挟まれていた腕と両足でサーペントの胴体を押し返すと、ビチブチと繊維の切れる音が聞こえた。
「シャアア!?」
サーペントの拘束が解け、逃げるように距離を取る。ある程度離れると再び向き直っている。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
イケる。
《狂化》した自分とサーペントだと自分の方がステータスは上だ!!
対峙した時点でオークジェネラル程の威圧感は感じなかったアイバーだったが、実際に力比べをする事で確信した。
「オオオゥ…」
《狂化》発動前でも工夫次第ではいけそうな気がしていたアイバー。切り札というか必殺技っぽいので、出来る限り《狂化》モードは使わずに温存していきたかったと思っていたのだ。マンガやゲームの影響である。
「ォオオオオオオオオ!!」
だがあっさりやられそうになった為、使ってしまった。なので、ここからは出し惜しみ無しの本気である。短期決戦モードだ。
刀を振りかぶって地を蹴る。真っ正面からの突進。またか!!とツッコむ者は幸いいなかったが、オークジェネラルの時と全く同じ戦法…《狂化》モードになると少し脳筋気味になるのかもしれない。
「シャアー!!」
サーペント側も正面から来るのなら、と大口を開けて待ち構える。上顎から凶悪な2本の牙が伸びて迎撃の準備。
スプリングのように全身のバネを使いアイバーの頭部を狙い噛み付いて来る。
「オオオオ!!」
それに対して、刀を持たない左手で防御する。
「シャッ!!」
防具をまとっているとはいえ、アイバーの防具は所詮一般品の革の籠手。大型の魔物の爪や牙に対向するには荷が重い。
「オオッ…!」
サーペントの牙は革の籠手を易々と貫通してアイバーの腕に突き刺さる。と同時に腕に何かが注入される感覚。おそらく毒液。
「シャア♪」
獲物を首尾よく仕留めた、と鳴き声?に喜色を乗せたようなサーペント。
その次の瞬間、走った銀光。それがサーペントが認識出来た最後の光景だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…痛っっつう…《解毒》、《解毒》、《治癒》…」
左腕からサーペントの頭を剥がし取り、傷跡に《回復魔法》をかけるアイバー。
首だけになってもまだ生きているのか、ちょっと動いたりしている。蛇の生命力を見せつけられる。
「結局ゴリゴリの力押しだったな…せめて盾でも用意しとけばよかった」
とった戦法は単純で、一撃耐えてその隙に頭を落とす。それだけだ。
攻撃は《狂化》によるステータスの向上と新調した刀『岩刃』の切れ味による一撃。
防御は同じく《狂化》によるステータスの向上と、スキル《毒耐性Lv2》で耐える。
実に単純明快である。
「さてと、死体はボロ袋に回収して血抜きと…あれ? ダメだ頭が生きてるからか入らない。
死ぬまで待つか…トドメをさす方が早いか!?」
頭の原形をとどめておいた方が高く売れるかも、と考え刀を脳天らしき箇所から突き刺すアイバー。人は残酷さに慣れる生き物である。
ちなみに蛇を毛嫌いしていたアイバーだったが、命のやり取りをしたせいかちょっと戦友っぽく思えて触れるのは問題なくなった。おそらく一時的なものだろうが。
『レベルが上がりました。ステータスを確認して下さい』
『従魔のレベルが上がりました。ステータスを確認して下さい』
サーペントの経験値のお陰で目標のレベルアップを果たしたアイバーだった。
お読みいただきありがとうございましたm(__)m
あっさり退場、サーペントくん…(ノ_<。)




