第五十七話 やらない後悔よりやって後悔
男のロマン回です。
「すませーん…行ってきま~す」
1度部屋に戻ってから装備を整え、母娘に叱責される父親を尻目に宿屋を出るおっさんことアイバー。
っていうかまだ続いてたんだ、という長さである。どこの世界のどの家庭でも父親というものは虐げられる悲しい存在なのだろうか?
「すまぬハーゲンさん、また何か食べたい料理を思い付いたら教えます……
さーて、それはそれとして今日はギルドをスルーしてアソコに行かなきゃだな♪ 楽しみだ♪」
屍をスキップで越えていくアイバー、外道だ。
「ガウ♪」
「ガウガウ♪」『たのしそうです♪』
スキップする主人にあてられたのか、シューとブランの子狼2匹も跳びはねている。ウフフアハハといった擬音が頭の上に浮かびそうな絵面だ。おっさん姿なら不審者だが、見た目15歳ならギリギリ見逃してもらえそうである。苦笑はされそうだが。
そんな自覚なしにスキップするアイバー、やがてお目当ての場所に辿り着く。広場に面していた場所の為、ギルドの外掛け時計を確認すると午前10時半頃、普通の商店なら開いていてもおかしくない時間だ。
「おっちゃ~ん、いる~♪」
鍛冶師の工房の扉を開けると、外よりも若干モワッとした空気が面で覆い被さってくる。室内外では明らかに熱気が違う。
「おっちゃ~~ん? 熱中症で倒れて孤独死とかじゃないよね~~?」
縁起でも無いことを言うが、年寄りの孤独死は切実な問題だ。ご高齢の方のお宅を訪れる時は、頭の片隅に留めておこう。
「誰じゃぁ!? 縁起でも無ぇ事を言う奴は!!」
「あ、よかった♪ おっちゃん無事だったんだね♪」
工房奥からヌッと出てきたドワーフの店主。
「おお、ロマン小僧じゃったか!! しかし、店に入って来るなり妙な事を言うのう、なんじゃ? ネッチュウショウっちゅうのは? 孤独死は分かるがのう」
「ゴメンよ、おっちゃん。
熱中症って言うのは俺の故郷の呼び方で、暑いところで汗をかきながら水を飲まずにいると体に熱がこもって体の調子が悪くなっていく事、かな?」
最後が疑問形になってしまった。自分にとって当たり前の事を説明するのは結構むずかしいものだ。
「…ふむ、要するにのぼせたとか霍乱の事じゃろ? 鍛冶師の見習いがなる事もあったが、ドワーフでそんなもんにかかる奴なんぞおらんわい!! 覚えとくんじゃな」
「えー? ドワーフだからってならない訳ないでしょーよ!?」
「ふん、少なくとも儂は今まで鍛冶場で倒れたドワーフなんぞ見たことも聞いたこともないわい!! ドワーフは皆生粋の鍛冶師であり職人なんじゃ」
「ふーん、汗をかかないって事はなさそうだからドワーフの体質的な問題とか、経験的な意味で鍛冶場での体調管理が上手いとかかな? この世界の事だから《熱耐性》とか持っててもおかしくないな…」
にしても、霍乱かぁ…久々に聞いたな。
昔、炎天下でジイさまバアさまの野良仕事を手伝った時に言われたなあ。何時の間にか熱中症ってのが当たり前になっちゃったけど、昔は日射病とか霍乱って言ってたなあ…ふと田んぼ仕事の風景がよみがえるぜ。
「そっか~、で職人どの!
私の刀はどうなっていますでしょうか♪」
「おう、そうじゃったな♪
これじゃ」
カウンターに黒塗りの鞘に入った刀が置かれる。
「おお~、抜いてみていい!?」
「構わんぞ。よう見てやってくれ、儂の渾身の一振りじゃからな♪」
持ってみると、鞘を含めた総重量は以前の刀とそう変わらない。
なんとなく刀を目の高さまで上げて片手で鞘、もう片手で柄を握り左右に開く様にして刃を露にする。
妖刀に魅入られる時にするようなポーズだ。特に意味は無いがカッコいい気がする。
「ふむ、かなりの出来だ…」
「おお、分かってくれるか!! 基本の鍛造法は勿論じゃが、幾つかの行程のなかに儂の培った技術を加えた刀じゃ!! 小僧、見る目があるのう♪」
ゴメンなさい…適当言いました。刀の良し悪しとか全然分かりません。
心の中で《鑑定》と唱えてせめてもの価値を判定しておく。
『名刀:刀鍛冶の技術を惜し気もなく注ぎ込み、粘りのある鉄という概念と打ち手の創意工夫により斬ることに特化した業物の刀。美術品としての価値も高い』
思っていた以上にスゴい説明文きた~!! 業物とか大業物とか男心くすぐるワードを入れてきやがって♪
「業物だねぇ~♪」
「嬉しい事を言ってくれるわい♪ 前に言ったように材質は鉄しかなかったので総鉄製じゃが、魔鉄ならなんとか打ち合えそうじゃ。
儂の見立てじゃとミスリル相手でも数合は持つと思うぞい♪」
「魔鉄? ミスリルとな? そこんところ詳しく!!」
ファンタジー金属の種類知りたいでゴワス!!
「おお、勉強熱心じゃのう!! よいか…カクカクシカジカ」
長い話だが要約すると以下のような感じになるらしい。
【超稀少金属】
実在が確認されているが、滅多に市場に出回らない。確認され次第、国家が保有するような金属。迷宮の最深部等で発見される事があり。
・オリハルコン:武器、魔道具なんでもござれの万能金属。類似品としてヒヒイロカネ。
・アダマンタイト:超硬くて超重い。武器に加工できれば刃零れなし。防具なら傷つかない。
【稀少金属】
市場にも出回る事があるが、高額で貴族や一部の冒険者が武具として所持している。迷宮等で発見されたり、極一部の地域に鉱床が存在する。
・ミスリル:オリハルコンには及ばないが万能金属。
・ダマスカス:木目状の外観が特徴の軽くて硬い金属。武具に向いている。
・魔鉄:魔法に親和性のある鉄。通常の鉄よりもやや硬度が高い。
【通常金属】
各地に鉱脈が存在し、利用方法も様々。
・金:とっても高価。富の象徴。
・銀:中々高価。比較的柔らかくアクセサリーにも最適♪
・銅:まあ普通。経済金属でもあり、資材としても優秀。庶民の万能金属。
・鉄:どこにでもあり重宝がられる金属。主に武器や資材として使われる。
・錫、鉛等:各職人達が使い分ける。
「金属に関してはこんな感じじゃのう。他に武具の材料としては魔物の素材があるが…金属に比べるとのう…」
リアルモンハンは勘弁だ。
「ふーん」
前生でも金属の専門家という訳ではなかったため、気のない返事になってしまったアイバー。鉄と何かの合金で鋼になるんだったかと、うろおぼえの知識を思い出すもののその割合や方法は分からない。
金属の話を聞いて思い出すのは、超有名洋画『ダーミゴーエ2』の溶鉱炉のシーンぐらいだ。
「…まあ、細かい事はええじゃろ。興味があれば調べるとええ。
ともあれ、鉄で打てるモノとしては最高のモノを打ったつもりじゃからな。もしこれ以上のモノが欲しければ素材を持ってこい。
もしくはそれらを購入する金じゃな…じゃが、鉄等に比べるとケタが1つ2つ跳ね上がるんでなぁ…」
確かに神様の部屋のアイテム選びの時もそんな感じだった。『火の魔鉄剣』とか『ミスリルのナイフ』とかは高級品だった。
「まあ、まだこの刀を使ってもいないのに先の事を考えるのは早すぎでしょ。まずはコイツで斬って斬って斬りまくってからだね」
「…それもそうじゃな」
「ククク♪ 今宵の…っておっちゃん、この刀って銘とかは無いの!?」
「銘? 武器の名前ってことか? そんなのは持ち主のお前さんが勝手につけりゃいいじゃろ?」
「か~!! 分かってねえなぁ!! この分じゃ茎にもなんも入れてないんでしょーよ!!」
「な、なんじゃそれは?」
どうやら刀の製法は伝わっていても、茎に作成者の銘なんかを切る等の慣習は失伝してしまっているようだ。
「いいかいおっちゃん! 今は失われてしまってるかもしれないが、刀ってのはの柄部分の茎に鍛冶師の名前や作成年月日、更には自身の信念や願いを刻んでおくのが普通なんだ!!」
「まあ、鍛冶師の名前や作った日っちゅうのは分かるが…信念や願いっちゅうのはなんじゃ!? 柄部分にそんなもん刻んでなんになるんじゃい? 見えんじゃろ?」
「…例えばだ、俺がこの刀を使いとある強敵と戦ったとしよう」
「ふむふむ」
「打ち合うこと数10合、お互いに細かい傷が増えていくが致命傷には至らない、しかし、長時間に及ぶ戦闘と細かい出血により動きは鈍くなっていく…」
「一騎討ちの決闘じゃな」
「両者最後の力を振り絞っての一撃!! 防御もなにもない、攻撃だけに傾注した己自身を殺意と変えた必殺の一刀!! 交錯する両者!!」
「おお!!」
「刀を振り切った姿のまま静止する俺!! 対して相手は片膝をつき、その手には俺の一撃で破壊された長剣!!」
「むう…必殺の一撃をなぜ武器に? 普通相手の急所を狙うじゃろ?」
「シャラーップ!! 細けぇ事はいいんだよ!! 急所を狙ったら、偶然その軌道に相手の武器があったの!!
とにかく、武器を失い負けを認める相手。騎士道精神からか、『私の負けだ。トドメをさせ…』と言ってくる!!」
「う~む、騎士じゃったら身代金とか…」
「お家が貧乏でその戦で武勲を上げないとダメなの!!」
相手の設定が増えていくなぁ…
「じゃったらなおさら必死に…お家断絶の危機…」
「いいの!! とにかく、好敵手と認めながらもこれも戦の倣いと刀を振りかぶる俺!! そこで激しい打ち合いで限界のきていた目釘が砕け、柄から刀身が滑り落ちる!!」
「…フム」
「大地に突き立った刀身の茎、今まで柄で隠されていた部分には『願わくばこの刀を持つものが憎しみの連鎖を絶たん事を』とかの平和を望む文言が刻んである!!
それを見た俺は、鍛冶師の平和への想いを知り、目の前の敵にも大事な人がいるかもって思って命は取らずに見逃す訳だ…どう!? カッコ良くない?」
「おお!! いかにも吟遊詩人が好みそうな展開じゃのう…それが儂の刀だったら…むう、色々突っ込みたい所はあるが確かに感じ入るモノがある!! これもロマンか♪」
ほぼほぼ少年跳躍の『大正剣客浪漫譚』のパク…オマージュだが、ドワーフのおっちゃんには通じたようだ。
「ふむ、じゃが今回の刀には今さら刻み込む訳にもいかんからのう…次回からやらせてもらおう♪ それまでに刻み込む文言を考えておかんとな!!」
「そだね、さしあたっては刀の銘だけは決めとこか♪ 普通は作成者の名前が入るから…おっちゃんの名前ってなんてーの? そういや聞いたことなかったね」
「そうか、言っとらんかったか。儂はガンジン、ドズムの一族のガンジンじゃ!! よろしくのう」
「こちらこそ、そういやこっちも名乗ってなかったような…冒険者のアイバーです」
3度目の邂逅にしてようやくの自己紹介をした両者である。
「アイバーのう…ロマン小僧でええじゃろ♪ その方が呼びやすい」
「じゃあ俺もおっちゃんで♪」
人の印象はファーストコンタクトで60%、セカンドコンタクトで80%決まってしまうみたいな話を聞いたことがある。
それの影響もあるかもしれない。
「ん~『ガンジン』ね…漢字の当て字で『岩刃』、読みは『イワノハ』と名付けよう♪
『言葉』みたいで日本的だし、ロシアっぽい『イワノフ』と響きが似ているからアーニスの世界観からも受け入れられる…はずだ」
「儂ゃなんでもええぞ。ここ数日は刀に掛かりきりだったんでの、ちと寝るわい。
ドリルとパイルバンカーの話はまた後での♪」
作成者の了解という名の丸投げをいただき、武器に名前をつけたおっさんは廃棄武器の先代の刀と戦鎚、オークジェネラルの鉄錘を引き取ってもらい工房での用事を済ませる。
こうして中二なセンスで名付けられた刀を引っ提げ工房を出るアイバー。
黒歴史が増えないか心配である。
お読みいただきありがとうございましたm(__)m
物語が…牛歩戦術。




