第五十六話 モデだい"!!
宿の朝話です。
昨晩の影響かスッキリしない目覚めを迎えたおっさんことアイバー。
「…今後《過食》と《吸収》スキルは後回しにしよう…胃酸が上がって来ると虫歯にもなりやすいしな」
足元で丸まっている従魔達を刺激しないようにベッドから起き上がると、備え付けのシャワー室へ入って一浴びするアイバー 。少し弱めの水圧だが、この世界で朝からお湯のシャワーを浴びられることがどれだけ贅沢な事だろうかと思いを馳せる。
ついでに口の中にお湯を入れてうがいも済ませた。
「ブクブクブク…ペッと。前生30代の頃は、朝シャンすると疲れた感じがしたけど、10代の体だとシャンとするなあ♪
そういや、中高時代は朝シャンして『男の洗顔料』とかで念入りに洗顔したり、整髪料で髪を尖らせたりしたもんだ。
ニキビが出来ない方がモテるって思ってたあの頃…髪はツンツン髪がモテると思っていたあの頃…『ただし、イケメンに限る』という言葉を知らなかったあの頃…俺はなぜあんなムダな時間を…」
なぜか途中で、自分の青春時代の暗黒面に引きずりこまれるおっさん。
ちなみに現在の髪の毛は中途半端に伸びており、水に濡れた今はかつてのエロゲー主人公のようだ。『りゅう○すけ』もしくは『た○ろう』である。
アイバーも当時を思い出す。分からない人は置き去りな1990年代中盤トークだ。
「起動ディスク作ってくれた山川君、元気かなぁ。大学時代に1回飲み会して以来会ってないなあ…学生時代はよくCD焼いてもらったなぁ♪」
朝から何を考えているんだと気付くまで3分、そろそろ体が冷えてきた頃であった。
湯を拭って着替え終えると、シャワーの残り湯で洗濯を行うアイバー。幾つかある平服もついにローテが切れたので洗う必要に迫られた訳だ。
洗濯機や洗剤等はないので手揉みで水洗いである。ゴッシゴッシと襟や脇下部分を中心に洗っていく。
「うんせ、うんせ…長期宿泊って事で洗濯のサービスとかしてくれないかな? 今度頼んでみよう」
何度か水を替えて洗い終え絞る。干すのだけでも頼めないかなぁ~と取り合えずボロ袋にしまいこんだ。
まだ早朝といっていいくらいの日の角度の為、朝食には早いだろうか?と思いベッドに腰かけた。
取り合えずステータスを閲覧して自分の状態を確認する。朝まで寝た事でMPは何とか全快しているようだ。
「クァ…」
「クァクァ…」
腰かけた際にベッドが軋んだ事で従魔達へのモーニングコールとなったようだが、まるで『あと3分』とでも言いそうな仕草で顔を埋めてしまった。
「おはようシュー、ブラン、ってまだ起きる訳じゃないのか。
……じゃあ、起き抜けの1発をしとくか…」
槍を取り出してシュッシュシュッシュと擦る。
「あー、そろそろ(静電気が)出そうかな?」
ギギッ
「? 何か物音が聞こえたような? 家鳴りか?」
そんなに乾燥してないよなぁ、と考えながら《雷操作》を使う。5回程使ってMPに回復の余地が出来るようにした。
「さて、そろそろ朝飯に行くかな」
「ガウ♪」『ごはん♪』
「ガウガウ」『あさなのです』
何時の間にか起きていた従魔を連れて、食堂へ移動するアイバー。
「あ、マナさんおはようございます♪」
廊下と食堂の境あたりにゆるふわ赤毛の娘さんが見えた為、朝の挨拶をする。ごく自然な成り行きである。
「おはよう~、良い朝ねぇ~♪」
いつもの間延び気味の声で返事が返ってくる。
「はい! そうだ、ちょっとお聞きしたいんですが…服のお洗濯って頼めたりしますかねぇ?」
つい先程思い付いた要望を伝えてみるアイバー。
「ん~? どういう事ぉ~? お洗濯は自分でやるものでしょぉ~?」
返事を聞く限りだと、この世界の宿屋ではランドリーサービス的なモノはないみたいだ。
ふと他の冒険者の人は井戸とかで洗濯してるのだろうか?などと考えてしまった。休日にまとめ洗いとか、前生の一人暮らしにありがちな話だ。
「いや~、冒険者とかしてると服とか洗う時間とか案外取れないモノだな~と思いまして。よければ、お金とか追加でお支払いするんで、出掛けてる間にお願い出来ないかなぁ~と」
「…ふ~ん、ちょっと詳しく聞かせてもらってい~い~? 立ち話も何だから座りましょうか~♪」
と、商売の勘が働いたのか朝食を持ってきてくれてからもテーブルに相席して話を聞かれた。
自身が知る限りのランドリーサービスの知識を伝える。といってもそういったビジネスホテルに泊まった事なんてほぼないので、聞きかじりや想像でだいたいこんな感じかなという程度だ。
「そうね~この時間までに出しておいてという風にしてぇ~、量もカゴ1つにつきいくらとかにすれば~…」
「ちょっと返すのが面倒じゃないかねぇ?」
「JK…じゃない、看板娘さん達が手揉み手洗いしてくれた洗濯物なんて、独身男冒険者からするとたまんねぇッス♪」
「アタシや旦那が洗ったりもするけどね。そこは夢みさせてやろうかね♪ 実際は足で踏んでだけどねぇ…」
「取り違えを防ぐには…」
「…雑に扱っていい服だけかね?」
「晴れの日限定かしら~?」
いつの間にか女将さんも加わってのランドリーサービス提供会議になっていた。
アイバーの感覚からすると洗濯機や乾燥機があって当たり前の前提で話してしまった為、雨の日の対応や衣類の種類などによる洗濯のやり方についてこの世界なりの対応方法を考えているようだ。
「洗濯の魔道具って無いんですか?」
と聞いたら聞いた事ないとあきれられた。魔道具職人に知り合いが出来たら提案してアイデア料を取ろうと誓うアイバー。
そうこう話しているうちに朝食の時間も過ぎていた為、会議を1抜けさせてもらおうと立ち上がる。そう言えばと、
「さっき自分の服、手揉み洗いしたんですけど干すのだけでもお願い出来ます?」
ボロ袋に入れておいた衣類を取り出す。
「マナ、干しといてやんなよ♪」
「は~い、にしてもアイバーちゃん、朝から元気ねぇ~♪ でもこれくらいの歳の男の子なら普通なのかしら~?」
「? 元気?」
「だってぇ~ さっきお部屋の近くを通りかかったら~『起き抜けの1発』とか『そろそろ出そうかな?』とか聞こえたじゃない~? それでお洗濯頼まれたからそういう事かなぁ~って♪」
…どえらい事をブッこんでくる天然ちゃんである。
「あら!? そんなに無駄打ちしてんのかい…だったら娼館にでもいきゃあいいじゃないか? なんなら家の娘でも…」
「お母さん~? 家はそういうサービスはしてないでしょぉ~、他の人に聞かれたら面倒よ~♪」
「あっはっは、誰にだって言うわけないだろぉ!? この子だからだよ! こうやって、この宿の新しい商売方法だって考えてくれてるだろぉ? 良い物件じゃないか♪
マナ、手ほどきしてやんなよ♡」
「え~…私も経験無いしなぁ~」
「ヤッちまえば何てこたぁないさね♪」
キャイキャイ黄色い声でこっ恥ずかしい事を話す母娘。性にオープンなのはいいが、アイバーとしてはこういった場への耐性がないのでどうしたものか、と動きあぐねていた。
完全に立ち去るタイミングを逃してしまった。
「……それくらいにしといてやれ。
男親としては娘のそんな話は聞きたくねぇし、男としちゃあ…女に対する男の夢ってヤツを壊して欲しくねぇもんだ…ハァ」
意外なところから援軍がきた。厨房にいたハーゲンさんである。
「なんだい!? アンタだってこの子が婿に来てくれればって思わないのかい?」
「も~♪ お父さん、女同士の話に割り込んでくるなんてサイテ~♪」
2人同時に責められるハーゲンさんだが、目で『ほら、行け』と訴えてくれている。
『ありがとうハーゲンさん』と目で返礼しながら部屋へフェードアウトしていくアイバー。
父親って大変だな~と思った朝であった。
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【アイバーの宿屋一家に対する好感度】
長女マナ …♡♡
次女ミナ …♡♡♡♡
三女メーナ …♡♡♡
女将モナ …♡♡
主人ハーゲン…♡♡♡♡♡♡
お読みいただきありがとうございましたm(__)m
そろそろ物語が動き出す…かも?




