第三十七話 はじまりはいつも血の雨
久々の本日2話目です。
昨日更新出来なかったので…m(__)m
やや出オチかもです(ノ´∀`*)
宮○あきら先生リスペクト。
【美慰瓶愚】
古代中国において用いられた恐るべき視力鍛練法である。
その方法は、光の入らぬ閉ざされた部屋の中で、紐により吊り下げられた瓶の表面に書かれた文字を2本の蝋燭の薄明かりでのみ判別するというものである。
瓶は回転し蝋燭の明かりも意図せず消えてしまう事があるため、短時間に極限の集中力を必要とする過酷な鍛練法であるが、成功者には皇宮の見張り役という名誉ある役職が与えられた為、皆こぞって励んだという。
瓶に書かれた文字は達筆であり、当時の右筆が書いたとされる言い伝えが残っている。
なお、この鍛練法は現代では形を変え瓶を下着、蝋燭を太股に見立て、電車の座席で女性のスカートの奥を覗き見ようとする男性の約8割が修練中である事は賢明な読者達ならばお気付きであろう。そこにゲスな下心がないのは言うまでもない。
かつてのシルクロードを渡りヨーロッパへたどり着いた中国人、富望彌の視力の良さに驚異を覚え、差別意識からゴダイヴァ婦人への覗きを行った人物にピーピングトムという蔑称をつけたという話はあまりにも有名である。
アイバンハウアー出版刊『現代人の視力と意外な語源』より抜粋
「なに訳の分からない事を言ってるんですか!!」
「グワッ!!」
動かないで神秘の暗闇に目を向けていたら、お盆で頭を殴られたおっさんことアイバー。反応しなくなった事を不審に思ったカーミラが後ろに回り、視線の先に気付かれた。
「オオオッ…お盆の角が…それあかんやつや…」
「ど、どうしたカーミラ!? はたから見てもかなり強烈な一撃だったが…」
「ん、んん!! ギルド長、その…足の間から、その、下着が見えそうです!! 何か羽織った方が…」
「え!? 下着? …ああ、そういう…」
ミニスカ姿でソファに座る、低めの応接用テーブルを挟んで正面には男。その位置関係から推測できる視線の先に気付いたギルド長は、一瞬スカート口を隠そうとしながらも何かに気付いたように元の姿勢に戻した。
「い、いや!? ま、まあ健全な男なら仕方がないんじゃないか? 若い女性の体に興味を持ってしまうというのは!!
そ、そう、私が妙齢の若い女性だからな♪ な♪」
若干頬を染めながら、後半部分の台詞に力を込めて言うギルド長。女のプライドが満たされ、恥ずかしながらもご満悦のようだ。さらに足を組み換えたりしてくれている。お色気要員だ。本当にありがとうございます!!
まるで結婚・出産・子育てを終えたら夫に相手にされなくなって、出入りの米屋に『色っぽいですね』とか言われてその気になっちゃうエロ漫画の人妻のようだ。断っておくがギルド長は未婚である。
「ッ!! ギルド長が言うなら仕方がありません…アイバーさん、話を聞いていたなら早く返事をして下さい。聞いてましたよね」
「は、はいぃ…あれはですねぇ…」
普段の抑揚のないカーミラさんの声音に冷気が宿っているような気がする。ここで逆らうのは得策ではないと判断したおっさんは、素直に話すことにした。
「ッチェ…」
「カクカクシカジカ…」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「………という訳です。王種や将軍種の事は知らなかったので、今日ギルドの解体所に持ち込むつもりでした。強い魔物なら素材とか取れて高く売れるかと思っていたので」
昨日あった事を伝えるアイバー。ただしスキル《狂化》を得た時までの事だ。《狂化》以後の事は覚えておらず気付いたらオークジェネラルが倒れていた、と説明した。
やっぱり切り札は伏せておきたいもんじゃないですか♪ でも、隠し事や嘘がちょっとづつ増えていくなぁ…良心の呵責が…
「なるほど…ありがとうアイバーくん。王種等の報告義務については正式にはCランクの資格取得後に伝えるものでな、知らなくても仕方がない…とはいえ、何となくそれ以下の冒険者にも伝わっていってしまっているがね。
そもそも実力・経験の足りない低ランクの冒険者ではそれらに遭遇した時点で終わりゆえの措置だったのだが…少し見直す必要があるかな?
見かけて報告のみしてくれるEやDの冒険者もいなくは無さそうだしな」
途中からはギルドの制度についての話になっている。組織の当たり前も徐々に変わっていったりするからな。反発もあるだろうが、それが良い方向なら頑張って変えて欲しいものだ。現場は大変だけど。
「とにかく、報告ありがとう。さっそくギルドと警備隊とで、調査を行うよう手配させてもらうよ。
それで、なんだが…すまないが例のオークジェネラルを譲ってもらえないか? 実際にこれがいた、と言うのにこれ以上の物証はないからな。お偉方の動きも早くなるんだ。素材等の関係で手元に置いておきたいというのもわかるんだが、なんとかお願いしたい!!
もちろんそれなりの金額は用意するつもりだ」
タダで譲れ、とかも想定していたが払ってくれるなら文句はない。結構誠実に対応してくれているみたいだし、ここは譲っておこう。パンチラも見せてもらったしな…あれ? これって、ひょっとしたらハニートラップなのか?
でも《冷徹》さんからはなんもない感じだし…一応欲しい素材だけは伝えておこう。
「譲るのはいいんですが、一部だけでも返して貰う事って出来ますかね? お肉とか美味しいって聞いたんで…」
ヤギの乳を飲み終え、足元で丸まっていたシューがピクリと耳を反応させる。相変わらず食欲全開狼である。
「…原形を留める範囲なら構わない。
さすがに、全部解体して部分部分を役所や警備隊の詰め所に持っていくわけにはいかないのでな、頭部や皮、骨の大部分はこちらに頼むよ」
「そこら辺は融通しますよ」
シューちゃんの尻尾パタパタだ。
「そうか♪ では早速解体所へ行こう。この時間は…というかこのギルドの解体所は年中暇しているはずだからな」
ギルド長が席を立ったため、後に続こうとしたがお茶が残っている事に気付き一気飲みする。茶器はそのままにしておいていいとカーミラさんに言われたのでそのままにしておいた。
どうやらカーミラさんも解体所まで同行するようだった。
従魔達も丸まっていたのから立ち上がり、シューはギルド長、ブランはカーミラの足元に擦りよっていく。性格的に合いそうな組み合わせだ。
「両手に花ですね♪」
階段をおりる際にそんな軽口を叩くと、ギルド長の方が喜び肩を組んできた。なんというか、所作が豪快な女性である。
「まったくー♪ 大人の女性をからかうもんじゃないぞー♪ こんな枯れたオバサンに花だなんて♪」
「そんな事はないと思いますが」
途中職員スペースを通ると、カチューシャをつけた受付嬢が窓口で作業していた。ここに1人は残しとかないといけないんだろうなぁ、とギルドの勤務体系に思いを馳せる。
解体所への扉は職員スペースにも冒険者用スペースのどちらにもあるが、今回はアイバーに合わせて冒険者用スペースからの扉を行くようだった。1度外に出て、渡り廊下のような石敷の通路を歩く。ギルド内を通らなくても外から直接入れる造りになっていた。何かしらの需要があるのだろう。
「アイバーくんは15歳だったか、女性の好みなんかあったりするのかい?」
今日初めて会って聞かれる質問?と思うおっさん。
前生ならセクハラととられてもおかしくなさそうだがアーニスでは、特に冒険者という荒くれ者達にとっては普通の挨拶だったりする。
「ん~そうですね~特にこれってタイプは無いですけど」
転生した為、アイバーの肉体は15歳相当だが精神年齢的にはアラフォーのおっさんだ。
見たところ30手前程のギルド長は十分に守備範囲内、むしろ転生してからこれまで出会った10代らしき娘さん等と比べると付き合い易そうな印象だった。そういう創作物は楽しんでたけど、現実にはアイムノットロリコンだし!!
という訳で、ちょっとお世辞でも言っておこうかと思うアイバー。会社のオバちゃん相手には、分かってても喜んでくれるコミュニケーションツールであった。
「ギルド長は魅力的だと思いますよ!?」
「…本当かい?…………………じゃあけっ…」
「ギルド長、解体所につきました。ゴーシュさん、入りますよ」
カーミラが解体所のギルド職員に声をかけ扉を開ける。なんだかアイバーを見る目が若干ジト目。
「ん、勝手に入りゃいい」
物静かだが威厳のこもった声の返事がきた。
広い土間に木製のカウンター。さらに奥には溝が掘られた石のテーブル、祭壇と言われても納得しそうな代物がある。壁や天井の梁にはロープや鎖が乱雑に垂れ下がっていた。アイバーの第一印象は豚の屠殺場。実際に見たことはないので想像上のイメージだ。
壁際の1つに木製のテーブルがありそこで刃物の手入れをしている男性。
見た目は魚屋の大将だな、しかも頑固職人肌系の…年齢は30は越えてそうだけど、上の年齢の想像がしづらい。黒髪短髪に白髪が混じり始めてるから50くらいにも見えるけど、若白髪なら35ぐらいにも普通に見える。
「カーミラだけじゃなくケイシャもか、なんのよ…さっき渡しそびれた素材リストか?」
あ、ギルド長さんケイシャっていうんですね。
「いえ、ちょっと保管して欲しい魔物がありまして。アイバーさん、こちら解体所の専門職員でゴーシュさんです。少し強面ですが良い方ですよ」
「初めまして、先日から冒険者稼業を始めたアイバーです。これからお世話になります。よろしくお願いします。コイツらは従魔のシューとブラン、キッズウルフです」
「ガウ♪」
「ガウガウ♪」
「おう、よろしくな。そいつらの皮は剥がなくていいんだな」
「ガウ!?」
「ガウガウ!!」
「………冗談だ、解体ジョークだよ、怯えるな」
アイバーの影に隠れる2匹。ガクブルしている。この場がどういう場所か匂いなどで分かるのかもしれない。
「ふーむ……私の時も思ったがアイバーくんは若さのわりに礼儀正しいのだな。どこぞで教養について学んだりしたのか?」
う、ギルド長、痛いところを突かれた感じ。確かに見た目15歳で、曲がりなりにも10年ちょっと会社の勤めをしていた対応力は不自然かも…
ここは空想上の育ての親、既に亡くなってるお祖母ちゃんに叩き込まれた事にしよう。
「ほう、立派なお婆様だな。」
「あの、すいませんが石の台の上に例のアレを出していただけますか!? お願いします」
「ふーん、どっちもこっちも訳ありか…」
「そういうことだな。魔物の方はゴーシュも驚くと思うぞ♪」
「…じゃあ出しますよ」
カーミラに言われた通り、アイテムボックスであるボロ袋から例のアレ、オークジェネラルを指定して取り出す。ドデンという効果音がしそうな巨体だ。
「お~分かってはいたがデカイな~久々に見る」
「昨日ぶりですね、今でもまだ信じられません」
「ほう、オークの将軍種か………んでボウズもアイテムボックス持ち…初心者か?」
3者3様の感想を漏らすギルド職員ズ。
ギルド長。
カーミラ。
ゴーシュ。
の順で発言だ。
「昨日確認・討伐されたオークジェネラルだ。これから役所と警備隊連中に見せにいく」
「ふーん、大分傷み始めてるな。少し処理するか…
オイ、ボウズ、ちょっと来い。良いこと教えてやる」
ボウズって呼ばれるの2人目だな~と警備隊のノックスを思い出しながらゴーシュの近くに寄る。なんだろうと内心恐る恐る近付くアイバー。
「もう一度この死体をその袋に入れろ」
「? 入れました」
「よし、そしたらオークジェネラルの血だけ取り出すイメージで出してみろ」
「血ですか?」
「そうだ、血だ。オークジェネラルには傷跡があっただろう、そこから流れ出る血だけ捨てるような感じだ、やれ」
言われた通りのイメージを思い浮かべると、ボロ袋から最初はチョロチョロと、やがて蛇口を全開にしたような勢いで血液が溢れ出てくる。まるで血の雨だ。床にぶちまけられた血液は土間に刻まれた溝を通り、隅の排水口らしき穴へ消えていった。
自分の持つアイテムボックス不思議現象に頭がついてこないアイバー。
「……なんですか? これ?」
「詳しい原理は知らんが、時間経過型のアイテムボックスにはこういう事ができる。
傷のある死体から流れ出る血はその死体とは別扱いなんだろうな。同じように糞尿も出せるが今はやめとけよ。
今後、食える魔物や腐らせたくない魔物を仕留めたら血抜きと糞尿の始末だけやっとけ。買い取りも高くなるし、こっちも楽になる。
もう1回オークジェネラル出せ。持ち運び用に処置する」
なんでもない事のように言って、アイバーが再度取り出したオークジェネラルに向き直る。そんなゴーシュの背中に漢のオーラを感じる。
職人Kakkeeeeeeと思うアイバーであった。
お読みいただきありがとうございましたm(__)m
今回の話に伴い、第二十二話の冒険者ランク上昇の条件部分にCランク以上は試験あり設定と、第二十三話の死骸鑑定時の表記に『○○の死骸:種族名』の設定を追加し、改稿済みです。
追加設定多数で申し訳ありませんm(__)m




