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第二十五話 血肉の絆

タイトルから大体予想出来るお話にしたつもりです。

 ふたたびプラプラしている。

 何が?

 子狼が。


 いつぞやの光景と全く同じである。と言っても2日前の事なのだが。


「シュー、この短時間で《忍術》とか《分身》スキル取得したりしてないよな?」


「グルルグルル!!」


 予想外な出来事に、混乱するおっさんことアイバー。足元の相棒に冗談半分に語りかける。


「ガウウ…」


 シューも混乱しているのか要領を得ない感情だった。


「あ、新しい君も女の子だったのね」


「グルルグルル!!」


 右手の籠手に噛みついて咬合力で腕にぶら下がっている子狼。こちらに腹を見せる形のため判断できた。

 シューの時はこの問いかけの後、口を話して唸られた。お陰でセクハラしてるみたいに感じたモノだが、今回はその様子はない。

 むしろ口に力を込めてきている。


「あれ、結構本気噛みしてる? 右籠手かなり圧迫されてるんだけど…君即座にビンタしてくるようなタイプ? 逆上させちゃった!?」


「グルルグルルゥ!!」


 シューの時よりも本気度を感じるシューもどきの噛み付き。

 冗談は通じないようだ。少しの逡巡(しゅんじゅん)のあと、一息吐くと覚悟を決めた。


「……なら仕方ないか…魔物って事で対処させてもらうよ」


 シューに似てるって事で気は進まない。

 だが本気で襲われているのなら、どんなに格下だとしても不覚をとる可能性は消えない。それを見逃せるほどアイバーは寛容でも楽観的でもなかった。


 利き手の右手がふさがっている為、左手で投げナイフの1本を取ろうとする。


「キャウゥ!! キャウ!!」


 今度はシューから鳴き声がする。と同時に念話的なモノが頭に送られてきた。


『おねがい、まって!! まって!!』


 言語化するとそんな意味だった。

 食事関係以外でここまでシューからハッキリした意図を受けるのは初めてかもしれない。


 相棒の頼みにナイフに伸ばしていた手を止めるが、状況は変わっていない。と思っていると、咬合力に限界がきたのか口を放してすぐさま距離を取るシューもどき。


「ガルガルゥ!!」


 変わらず敵意は満載のようである。


「………シュー、あと2回だけ攻撃されても待つ。1度死んで仏さんになってるからな。

 どうにかする気なら、それまでにしてな?」


 仏の顔も3度まで、にかけてウマイこと言ったつもりのおっさん。

 今まで披露する機会のなかった《体術Lv2》で防御の構えをとる。一応、大学時代にとある武道で黒帯の認可をもらっているのであった。


 にしても、昼休憩の際に冗談で言ったつもりの狼への説得を本当に任せることになるとは、口は災いの元だ。


「ガウ!!」


 一声吠えて返事をすると、シューもどきと向かい合う。


「ガウウ~!?」


 何やら呼びかけるシュー、立てこもり犯を説得する身内みたいだ。

 

「!! ガウガウ」


 先程の剣幕はなりを潜め何ごとか訴えかけるようなシューもどき。話を聞く気になってくれたようだ。


「ガウウ!!」「ガウガウ!?」「クゥ!?」「クゥクゥ!!」「クウゥン♪」「クウゥンクウゥン…」


 なんか2匹で語り合っている、と思う。なんかほのぼのするわ~♪ 取り合えず襲われる様子がなくなったようなので構えを解く。

 

 徐々に距離を縮めてお互いの匂いを嗅ぎあう仕草をする2匹。なんで犬、実際には狼だが、ってお尻の匂いを嗅ぐのだろう?等とどうでもいいことを考えるおっさんだった。


「あー、こうして並ぶと、違いがわかるな。もどきの方が茶色の発色が良い、黄色に近い感じだ。

 あと、ちょっとだけシューの方が痩せてるかな?」


「キャウゥン!!」


「キャウゥンキャウゥン!?」


 だいぶ仲良くなったようにみえたのだが、また距離を取る2匹。

 何らかの交渉がまとまったのだろうか?


「大丈夫かシュー?」


「クゥ…」「グルルグルル!!」


 何となく上手くいっていない気がする。

 ここはシューの主人としてちょっとばかり手助けして良いとこをみせておかないと、と気遣い半分見栄半分できっかけ作りをしてやろうと思うアイバー。


「シュー、今まで食べた中で一番美味しかった魔物はなんだ?」


『でっかいの!! でっかいの♪』


 即座に念話の返事が来ることに一抹の不安を覚えるおっさんだったが、リクエストに(こた)えおそらくこれだろうと思うビッグボアを出してやる。


 シューの尻尾がパタパタと振られる。

 もどきの方も突然出てきたビッグボアの死体に驚いた様子を見せたものの、目を離せないでいるようだ。警戒しているのか、こちらにも目を向けて交互に見比べている。

 昔、家の周りに住み着いた野良猫に餌付けしようとした時にこんな風だったな。赤ドラって呼んでたっけ…


「シュー、お腹減ってたら食べていいからな。お友達?も一緒に誘ってやれ」


 まんま餌付けでのご機嫌取りである。

 ボロ袋内には2匹分のビッグボアが入っているのだが、1匹はシューが所々かじってしまってある。もう1つの方は本日の成果で、ギルドに出して毛皮等の価値を調べたかったのだが…諦める。

 まさか食いかけの方を出す訳にはいかない。子供の誕生日パーティに集まってくれたお友達に昨日の晩御飯の残りを出すようなモノだ。


「うちのシューちゃんに恥をかかすわけにはいかないザマス!!」


 まあおっさんに子供がいた事はないので想像上の設定だが。


「ハッ、ハウッ♪」


 アイバーはビッグボアにかじりついたシューから距離を取り、もどきが近寄り易くしてやる。


「…………ハウッハウ」


 やがて、こちらを警戒しながらだがビッグボアに近付きお腹にかじりつき始めるもどき。

 ふふん♪ しょせんは畜生よ、などと考えていたらシューから睨まれた…うちの従魔にもフレンドリーファイアしちった、ごめん。


 木の幹に体をあずけてビッグボアにかじりつく2匹の様子をみる。


「……体毛も似てるし兄弟、いや…姉妹か、みたいだな」


 ふと急に、シューが望むならこのまま森の生活に戻してやった方が…等と日本人感の強い考えが浮かんだが、色々と問題がある事に気づく。


「1度人に慣れると自然には戻れないって言うしな。何よりただの動物じゃなくて魔物だ。人に寄っていったら討伐されるか。

 それに、野性を取り戻して人を襲うことだって考えられる」


 現にもどきの方は先程アイバーに襲いかかってきている。子狼で力が足りなかったからよかったものの、あれが成体になって飛びかかられていたらどうなっていたか分からない。

 だが……


「……でもまあ、幸いなのか念話みたいのが通じるし、その時は人里から離れて人をなるべく襲わないよう言い含めればいいか。

 人から襲われる事だってあるんだから絶対傷付けるな、なんて無茶振りだよな」


 自分で提起した問題を、自分で解決していく。


 いまのおっさんは少し前まで話していた友人が自分と面識のない別の友人と話始めると、邪魔をしちゃ悪いからと存在感を消す感覚だった。


 おっさんからすればシューが自分から離れていくのは、半ば決定事項。知らずそういった方向に思考を自己誘導していくのが、これまでの人生で培ってきた習慣であり自己防衛だった。

 人は自分から離れていく。それはすごく当たり前の事。自分には他人を引き留めておける魅力も、権利もないのだから。

 シューだってちゃんと同族の仲間がいた方がいいだろう? 人を怖がってるみたいだし村の中で生活するよりも森の中の方がいいんじゃないか?

 うん、だからしょうがない。シューが離れていくのもしょうがない。独りで生きていくのもしょうがない…寂しいのも仕方ない……


 すぐに鬱っぽくなるのはおっさんの悪い癖である。

 分かっていても止める術はないのだが……己の(うち)に沈み込みながら、生きる為に猪に食らいつく2匹の狼をどこか遠い風景のように見るアイバーだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 ある程度食べて満足したのか、ビッグボアから離れる2匹。


「もういいかい? 相変わらず色んな所を食い散らかすなあ、しかも今回は2匹分の仕業…」


 やはり毛皮はボロボロ。肉も所々かじっては別の箇所に移り、またかじっては移ったようだった。


 もどきの方はビッグボアに近づくアイバーに対して、相変わらず警戒をしている。餌付け一回で慣れてくれるほどチョロイヌではなかったようだ。狼だけど。


 シューの説得のお陰か襲いかかって来る様子はない。


「当の元祖チョロイヌは……と」


 ビッグボアの残りをボロ袋に収めると、シューはアイバーの足元に擦り寄ってきていた。


「……ん~、シュー」


「ガウウ?」


 このままさっきの考えは無しにして、知らん顔で村まで戻ってしまおうか?と、考えたが1度思い浮かんだ事をそのままスルー出来るほど肝の座っていない男アイバー。

 レベルが上がったとはいえ、まだMIN82。常人の平均より下のメンタルだった。


「お前が望むなら、その…そこの子狼と一緒に、そのぉ、どっか行っちゃっても良いんだぞ!?」


「ガウ?」


 歯切れの悪い言い方になってしまった所に小市民っぽさが表れている。


「だからぁ…こうで…でな……と思うんだよ!?」


 つっかえつっかえ、たどたどしくも真摯に説明したつもりだった。

 実際には言葉でなく、念話的なモノなので全てが正確に伝わったかは分からない。


「クゥン…」


 伝え終わるとシューは一声鳴いた。

 そして、


「ん、行く……よな…」


 もどきの方へ歩み寄って行く。

 トトトと寄り添って背中を一舐め。


「うん、じゃあ……は?」


 一舐めするとこちらへ戻ってくるシューに戸惑うおっさん。


「なん…」


『いっしょにいるよ』


「!!」


『いっしょでいいよ?』


 簡潔な、そして素直な感情が伝わって来る。

 ただそれだけ、それだけの事が、こんなにも嬉しい事だと知った。


「……ありがとな、シュー 。


 そうだよな、今度は寂しく無いようにって、やってみたい事やってみようって口に出してたよな…口ばっかだ俺。


 すぐに弱気と卑屈の虫がでて来ちまう…」


 ゴッ!! 右拳で自分の頬を殴るおっさん。

 

「よし、これでケジメ!! つってもまたウジウジするかもだけど、そんときゃシューがガブッとやってくれい♪」


 ちょっと情けない決意をするおっさんと、何となく嬉しいのかアイバーの周囲を回るシュー。


「よし!! 村に戻ろ♪ 旨いもんいっぱい食おうぜ♪」


「ガウ♪」


「ところでシューは俺のどこが良くて一緒にいてくれるんだ?」


「ガウウ♪ ガウルゥ♪」


『ちのしたたるおにくたべたい♪ だからいっしょでいいの♪』


「……想像できてたけどね。せめて順番逆にしてくんない!? 与える印象ちょっと変わるかもだからさあ…」


 苦笑しながらも楽しそうなアイバーであった。


 

お読みいただきありがとうございましたm(__)m



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