プロローグ ある寒い日に
初投稿です。よろしくお願いします。
「あぁ、やっと終わったか」
着なれないスーツを脱ぎ、適当にハンガーにかけながらベルトも外していく。安い合成皮革製のベルトの穴がよれているのを見る度に腹回りのヤバさを自覚するのだが喉元過ぎればなんとやら、一向に改善されぬ我が身である。
「なんで量販店のベルトってあんなに長いんだろ? まあ、サイズ調整で根元側切るのに失敗したのは自分のせいだけど…」
使い込まれた一番外側のよれた穴にビクビクである。因みに初代のベルトは数年前の会社の忘年会時にお亡くなりになっている。食べ過ぎよくない。
「そろそろメタボ検診の対象年齢だしな…マジやべえか?」
ズボンを脱ぎ軽く折れ目に合わせてハンガーの内側部分の横棒に掛ける。これやるとき、いっつも上着より先にズボンかけときゃよかったって思うんだけどできないんだよなぁ…あっ上着落ちかけたわ。
ネクタイを外し片足立ちで靴下を脱ぐ。
「!! とっとぉ、片足立ちは危ないかな? この靴下脱ぎにくいし」
片方脱いだ後は椅子に腰かけて慎重に外していく。近年では片足立ちで靴下脱ごうとしてスッ転んで骨折する高齢者も多いらしいし。
「片足立ちって老化を測るバロメーターみたいなところもあるよな…気をつけよ」
ワイシャツのボタンを外しつつ風呂場に併設してある洗面所に向かう。長い付き合いである二層式の洗濯機には昨日の風呂の残り湯がためてあるのでとりあえずは突っ込んでおくだけ。無地のTシャツも脱いでそのままポイだ。
ふと横を向けば毛先の広がった歯ブラシ、カバ印のうがい薬、こんがらがったコードのドライヤーや基礎化粧品等が乱雑に置かれた洗面台があり、鏡にはいささかやつれ気味ながらも代わり映えのない顔がある。
「…お疲れ、オレ」
両親が亡くなった。
別に珍しいことじゃない。他殺や自殺といった事件性のあるものでもなく死因もいたって普通、日本の死因ベスト5くらいには入っている病名だ。
平均寿命からするといささか短い気もするが不自然と言うほどでもでもない。
少しばかり普通と違った点をあげるなら両親の命日が1日のズレしかないことだろうか。詳細は省くが片方が亡くなった後、もう一方もまるで後を追うように亡くなってしまった。
そこから先はもうてんやわんやである。本家やら分家やら屋号やらのあるそこそこの田舎在住であったため、それはもう……大変だった。何がとはここでは明記しないでおく。
仕事関係で都市部での家族葬を拝見させてもらったことがあるがあれが流行るのもわかる気がするね。
ともあれ独身・実家住みの不肖の息子ではありますがなんとか喪主を勤めあげた次第でございます。自分で自分をほめたい!!
…ごめんなさい、不謹慎だね。
葬儀が終わってから特に近しい親戚や近所の顔役的な人たちが実家に集まって思い出話的な事を話していたけれどそれも終わって見送った。
田舎って玄関先まで出て最後まで見送るんだよなぁ、庭が広い分玄関でバイバイだと不義理感が凄い気がする…いやよく考えてみると人としての常識か。
喪服の黒のスーツを脱ぎ普段着に着替えてから居間の置きゴタツで飲みかけだったお茶を飲んで一息つく。先程までの名残でお客様用の湯呑みがゴチャゴチャしてるけど今日はもう知らん!! あとで片付ける!!
「今年は早めにコタツ布団出したんだよなぁ…ズズズ」
ぬるーーーい、もう一杯!! 猫舌なのでこれくらいでちょうどいい。むしろ冷たい方が好きだね。手で淹れられたお茶はいいんだけどHotなペットボトルのお茶ってなんかダメなんだよね。個人の感想です。
お客様用の湯呑みに残ったお茶を自分のに移して飲む。ある意味間接キスになるけどもお相手は親戚のジジババ達だし、そんなもんに嫌悪感を覚えるような夢みる中年じゃいられないので無問題。
もうどれもぬるいどころか冷めきっていると言ってもいいんじゃないかな。我が家の居間は北側の奥まったところにあるから冷えやすいんだよ。
「コタツの方が絶対あったかいと思うのになんで毎年先に石油ストーブ出すんだよ? 空気全体であったまるより布団であったかい隔離スペース作った方が効率いいって!! まあストーブの上にヤカン置いて湿気出すのも風情があっていいんだけどさ」
だから今年は自分からせっついてコタツ布団を先に出させたんだった。コタツ自体はテーブルとして据え置きできるものだったので天板外して布団被せたりコタツのコンセント出したりするだけだったけど。
「母さんとやったけなあ。天板の下から漱石さんが出てきたりする挟んだまま忘れちゃうあるあるがあったり…そんで夕飯はその漱石さん使って父さんがスーパーのパック寿司買ってきたりして…」
自分は出したばっかりのコタツ布団に醤油染みつくっちゃったりもして父さんは自分の分だけマカロニサラダ買ってきて食べたり母さんは歳だからって半分残したりしてた。
なんだか少しセンチメンタルになってしまった。体を後ろに倒して尻の下にあった座布団を折り畳んで枕にする。両手を頭の下に挟んで天井を見つめればアンニュイな雰囲気の出来上がり。
別に孤独ってほど孤独でもないんだろう。それほど遠くないところに親戚だっている。
仕事だって氷河期~ロスジェネ世代だけど地元の優良企業に拾ってもらってまあそれなりだ。
でも昔っから人間関係は浅く狭くで、特に異性関係は臆病で、もう何年も前から結婚なんて諦めてて自分の家庭ってやつは持てないんだろうなって独りで生きてくことを覚悟して。
両親もいずれはって考えてはいたけど…
いたんだけど…
「…これから独りなんだなぁ」
寂しいな。
お読みいただきありがとうございましたm(__)m