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エピローグ

 海香を連れ戻して一か月が過ぎ、季節は夏に近づこうとしていた。近年の異常気象も関係してか六月下旬にも関わらず三十度近い気温に見舞われた。

 あれからの事を話すと、やはり《鷺ノ宮》の肩書の偉大さを改めて知った。取引先は以前の半分程度になり、広告収入は先月の五割に減った。中には、将来の期待を込めて広告費を上げてくれた所もあるが、ほとんどは減、もしくは取引停止だ。世の中甘くは無いことを痛感した。

 それでも、良かったことは有る。例えば、みんなのモチベーションが以前より上がり、雪乃も積極的に仕事するようになった。今まではどこか遊び感覚な所もあったが、融資が止まった今は倒産のリスクがある。俺自身も少しでも長くこいつらと仕事したいと思うし、みんなもそう思っているに違いない。間違いなく進歩だ。

 更に進歩と言えば、海香が表に出ている時間が長くなったことだ。時間が有るときはミーティングルームに居る事が多いし、休日は華凜やせきな達とお出かけする機会が増えてきた。

「……にぃに。遅い」

「あぁ、悪い。少し立て込んでいてな」

 会議のためミーティングルームに顔を出すと待ちくたびれた感じで顔を膨らませている。海香のサラサラした青髪を撫で、隣に座る。相変わらず俺のおさがりTシャツに丸まっている、海香が言うに、こっちの方が落ち着くらしい。正直、嬉しい。

「……にぃに。変なこと考えてる」

「考えてねぇーよ。それより最近どうだ? 身体は」

「……うん、順調。以前ほど悪くない」

 感情の起伏も無く話す海香は《ジーン●PC》の淵に手をかけ、くぃっ、と上げる。

「ふっ……それは安心した」

「……うん。安心させた」

「おいおい。それじゃあ俺が妹のことを好きすぎてやばい、みたいじゃないか」

「……好き……ぽっ」

「ちょっと! そこっ、あからさまにイチャイチャしないぃ! もぅ、援助が無くなって食費も厳しいこっちの身にもなってよ」

「おー、いちゃいちゃー、らぶらぶー」

 食事の準備をする華凜と食器運びを手伝っているアリスが割り込む。

 華凜は制服エプロン。衣替え効果で二の腕が]Rき出しになっていてエロさ三割増し、て感じだ。

 アリスは暑さに弱いのか、白のフリル付キャミソール&ミニスカートというラフな衣装で、露出が激しい。

お兄ちゃん的には注意したい所だが、海香が過剰反応しそうなので温かい目で見守ることにしよう、安全第一。

「はぁー? イチャついてないだろ!? これは兄妹が兄妹のために兄妹のみで行うスキンシップでな……」

「はいはい、兄妹仲良いことは否定しないけど、ここはミーティングルーム、乳繰り合うならよそへお行き、OK?」

「おーけー?」

「っ……て、アリスの前で変な事言うなよ。真似するだろ」

 実際真似しているけど。

「真似するも何も、そのような行動をしているのはどこのどちら様でしょうか?」

「おー?」

 と、純粋無垢天使アリスが傍に居ながら、なんとも不気味な笑みが向けられる。

 天使と悪魔が混在している世界を許していいのだろうか。

「何だ、華凜。やけに突っかかってくるじゃないか」

「うるさいわね。そんなこと言うハルには挽ご飯作ってあげません」

 顔をハリセンボンのごとく膨らませる華凜がそっぽを向く。

 こりゃ本気で怒らせたらしい。

「悪かったよ、華凜。お前の飯は最高だ。国宝にしてもいい」

「へっ? いっ、いきなり何よ」

「いや、よくよく考えてみれば華凜のおかげで仕事出来るんだな、と思ってさ。俺も海香も料理なんか無理だし、雪乃もそういう柄じゃないし」

「…………」

 上座からの威圧が多少気がかりだがここは無視だ。雪乃はお茶を入れられる側の人間だし、あいつがコンロの前に立っている姿見たことが無い。

「――ごほんっ……んまぁー、せきなやアリスはあぶなっかしいし、華凜が居てくれて良かった。かっ、感謝しているぞ」

「ハル……」

 うるうるした瞳で見つめられる。

 そんな瞳で見つめるな――こっちが恥ずかしいだろ。

「なんだぁー、ハルルン! もしかするもしなくてもせきりんのこと馬鹿にしたなぁー?」

 雪乃の隣に座っていたせきなが前に乗り出す。

「あぁ、もしかしなくても馬鹿にした」

 今日はワイシャツ&ネクタイという、もう少し胸が有れば谷間に挟まるネクパイファッションでこの場に居る。円卓テーブルは頑丈なのでビクともしないが、勢い余って鼻からダイブしそうだ。

「むぅー、せきりんも結構協力したのにー、ハルルンのエコひーき、おっぱい星人!」

「っ……て、誰がおっぱい星人だ。それにせきなにも結構感謝しているぞ?」

「えー、なになに? ちょーぜつ気になるよ、ハルルン!」

 ワンコのように息を荒くするせきなが期待を込めた目つきで催促する姿は結構ポイント高く、写真集にでもすれば結構な利益になるのでは、といかにも経済人的な発想をしてしまう。

「せきなが居なければ《旧ラティフンディア》に行くのも時間かかったし、突拍子の無い意見は何度も俺達にヒントを与えた」

「うんうん! それでそれでー!?」

 パンパン上下に揺らすサイドポニーと黒い瞳のコラボレーションに圧倒される。

「んま、せきなは主要活動に関わってもらっているし、色々と感謝しているよ」

「えー、それだけ? もっと言ってよハルルン。せきりんはー、褒められた分だけグレードアップする人種なのさ、ふへへ」

「そんな物欲しそうに見つめるなよ気持ち悪い」

「ぶー、気持ちわるいってなにさ。罰としてプリン百個請求します」

「そんなの給料から払えるだろ? 悪かったって、な?」

「ハルルンはすぐ話を逸らそうとする。そう言う所嫌い」

 せきな座り直すと、普段とは百八十度違う表情でじっと見つめられる。

 偉く澄んだ表情は、隠していた感情をホロスコープで覗いているような気がした。

――『お前、本当にせきなか?』率直な感想が思い浮かぶ。




「でもハルルンはいつもせきなのこと真摯に受け止めてくれる――だから感謝してる」




「おっ――おう。ありがとう」

 せきなが珍しく一人称を《せきな》とし、柔らかな口調で語る姿にゾッとする。まるで他の人格がせきなを支配しているかのような口振りだ。なんかこう立て続けに感謝されると《Peace alive》を立ち上げたことが間違って無かったと思う。

「――もう、シリアス終わり! せきりんは普通の女の子に戻ります」

「せきなが普通の女の子――ぷっ」

「あー! ハルルン笑うの禁止。雰囲気ぶち壊しぃー、マイナス百点」

 意味も判らず点が引かれた。

 罰ゲームでもあるのか? ふっ、バカバカしい。

「ねぇー、おにいちゃん?」

「おぅ! なんだ、アリス」

 せきなとの会話が切られた所を狙ってか、食器を置いたアリスが俺の裾を引っ張る。海香からの見えない圧力が背筋を締め付けるが、アリスはお構いなしに腕の間から顔をのぞかす。フワフワな銀髪が腕を掠め、見上げる形で無垢な笑顔と対面する。

「アリスのこともほめてほめてー」

「おう、じゃあ、なでなでしてやる」

 俺はアリスの髪を撫でる。傍から見たらヘットロックしているように見えるかもしれないが、気持ちよさそうに目を瞑る姿から苦しくないことを認識する。

「むむぅー、おにいちゃんのなでなで、ちょっとごういん」

「そうか? 結構手加減したんだが」

「でも、きもちいい――ふにゃー」

「ふふ、まるで猫さんだな」

「おー、ねこさん! ねこちゃんじゃなくて、ねこさん?」

「あぁ、猫さんだ」

「ねこさん……アリス、わからない」

 なぜ、猫さんにしたか判らないのか、アリスは首を傾げる。

「ふっ、アリスにはまだ早かったかもな」

 実際深い意味は無いが、アリスも意味ありげに見つめてくるので話を進める。

 アリスはまだ子供のままでいてほしい。決して俺がロリコンだとカミングアウトしているのではなく、アリスには童心のまま色々な事を経験させたいと考えているからだ。

 期待しているぞ、アリス。

「ぶぅー、いじわるなおにいちゃんはきらいです」

「せきなみたいな事言うなよ。悲しいだろ」

「……アリスに虐められるにぃに――傑作」

 何が傑作だよ、妹。

「おー、けっさく? おにいちゃん、いじめられるの、すき?」

「俺はむしろ虐める方が好きだ」

 と再びアリスの髪をくしゃくしゃにする。アリスも笑いながら攻撃を受けているので少々罪悪感もあるが、アリスが良いならそれでいい。

「――いい加減会議を始めないのかしら。もう十分は過ぎているわ」

 透き通る声が耳の穴に入り込む。

 上座に目を向けると、相変わらず退屈そうなに書類に眺めている雪乃。前みたいなオーラは翳りを見せ、皺ひとつないブラウスは清楚という要素だけが現れていて、それと同時に他人行儀な口調が多少丸くなってきている気がする。

「あっ、わり! ん……ほらっ、アリスも自分の席で……」

 くしゃくしゃヘアーのアリスを持ち上げる。

「おー、もちあげられた――おにいちゃん、ちからもち!」

「アリスは全然軽いっての」

 俺はアリスを下ろし、席へ送り出す。多少覚束ない足取りは思わず手を差し伸べたくなるが、これ以上は雪乃とやかく言われそうなので我慢だ。

「――それにしても、どのような風の吹き回しかしら。傍若無人なあなたが珍しい」

「たまには語りたい時もあるんだよ。それに雪乃にだって感謝しているぞ」

「ふっ、別におっしゃらなくていいわ。時間の無駄よ」

「そう言うなって。実は待っていたんだろ?」

「根拠は?」

「いや、さっきからちょくちょく視線感じるし、雪乃も混ざりたいのかなーと」

「んなっ!? そっ……そんなこと無いわよ」

「おう? その根拠は?」

 鎌をかけてみる。

 雪乃は動揺したのか、はっとしたように眼鏡をベストポジションに戻す。

 ふっ、おもしろい。

「それは……その……」

「ほう? ギブアップですか」

「――かっ、勝手にしなさいよ。私はこんな事興味無いわ!」

「そっ、そんな怒鳴ることないだろ? 俺は雪乃に軽いビジネスお漫才をだな」

「なにがお漫才よっ! こんなのセクハラよ、セ・ク・ハ・ラ!」

 雪乃が音を立てて立ち上がる。

 むむむ……とした表情で指差す姿はまるで付けていたブラを取られた感じで、このまま服を捨てて街に出てもらったらさぞかし開放感のあるゲームが作れるだろうな、と考えてしまったことは心に留めておこう。まず、俺という存在が消える、戸籍上から、跡形もなく。

「ちっ、悪かったよ。発言撤回」

「それはどの時点の話かしら?」

「そりゃお任せするよ」

「ええ、判ったわ」

 雪乃は憐みの表情で軽く頷き視線を外す。

 こんな無愛想な雪乃だけど、こいつは居ることで騒がしい奴が多いこの場所でもまともに機能したと思う。ビジネスでも、雪乃が傍に居るから仕事が上手く回るし、交渉する時雪乃が隣に居ると自分らしさを留まらせることが出来た。

――もう、お前は鷺ノ宮との懸け橋じゃない。《鷺ノ宮 雪乃》という人間だ。

 《Peace alive》を選んでくれて感謝しているぞ。

「――ハル? 夕食出来たからそろそろ始めよっ!」

「おう。そうだな」

 そして『いただきます』の掛け声と同時に会議が始まる。

 今日の夕食はカレーだ。

 スパイスの香りが空気の流れで伝わり、空っぽの腹に更なる刺激が喰い気をそそる。

 スプーンでカレーをすくい口の中で咀嚼する。

「……にぃに。おいしいね」

「あぁ……旨い」

「……にぃに。手……繋いで」

「ふっ、それじゃあ食べ辛いだろ」

「……じゃあ……食べさせて?」

「ほんと容赦ないな」

「……うん……容赦ない」

 俺は左手で小さな手のひらを掴む。そして、マイスプーンで七対三に盛ったカレーをその小さな唇に近づける。

「会議そっちのけで何やっているんだか」

「あら、その割には物欲しそうな表情で見つめているわね」

「ちょっ、雪乃!? へっ、変なこと言わないでよっ!」

「ほほー、さてはー、リンリンも食べさせてほしい感じですなぁ……」

「せ、せきなまで……ううー呪う、絶対呪う」

「おー、のろう、のろう!」

「うんっ! 一緒におにいちゃんを呪おうね」

「リスリス、りょうかいしましたー」

「はぁ、頭が痛いわ」

「ゆきのんはいつも頭痛そうにしてんな――ほらっ、パ●ロン」

「結構よっ!」

 何か不気味な詠唱が聞こえるが、無視して海香の舌にカレーを乗っける。

「……っ……んん……」

 目を瞑って味わう海香の姿は趣があり、この姿をずっと見ていたいと思った。

「おいしいか?」

「……っ、うん。おいしい。華凜のご飯……美味しい」

「え? あー、うん。あたしも美味しく召し上がってくれて嬉しいよ、海香ちゃん」

「……でも、にぃには渡さない」

「なっ!? もぅー海香ちゃん!」

 華凜の揶揄する声に対して笑いがこだまする。俺も思わず笑う。



 この広い世界、これからも苦しいことや悲しいことが有るかもしれない。

 でも、こいつら……いや、家族と一緒なら乗り越えられ気がする。

 頼りないかもしれないけど、俺は大黒柱として《Peace alive》を守ってみせる。

 みんなと平和で幸せで暮らせる未来のために……。


「――ほら、海香もそのへんにしとけ。ほら、今日の議題は……」


 《Peace alive》の理想とする世界に向かって、今週も会議が始まる。


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