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第三章

「グットモーニングエブリバディ! 昨日はぐっすり寝れたかな? 週末天使のラブリーキャスター木苺 菜々美の《宇宙一可愛いニュース てへぺろ♪》はじまるよー、えへへ!」


「うおぉぉぉぉーーー! 宇宙一可愛いよ、なっなみんーーーーー!!」

「おー、かわいい、かわいい♪」


――久しぶりに予定が無い週末。俺はミーティングルームでコーヒーブレイクしていた。テレビの前にはせきなとアリスが《LOVEメガホン》を持って奇声を上げている中、雪乃は円卓テーブルで資料を整理している。

「それにしても、これを二ュースと言って良いのか?」

 なんか、キャスターのお姉さん(自称十七才三百七十六ヶ月)がピーピー言っているだけな気がするが。説明しているのはなんとかコンサルタントとか、元なんちゃらとかばかりだし。


「――そう言えば―昨日だっけ? そのー、さぎのみやだっけ? あそこ、また会社買収しちゃったんだって? もう、お金持ちの考えなんて奈々美は理解不能って感じだけど、そこん所どうよ山口さんっ!」


 こいつ本当にキャスターか? と疑いたくなる奴だな、おい。

何というか、タジタジなコメンテイタ―がご愁傷様って感じだ。俺だったら何千万貰っても出たくないな。

「さーてと。俺は海香の所行くか」

「そう」

 雪乃の無関心な声を訊き、俺は空のティーカップを給湯室へ持っていく。やはり、この前のことを気にしているのだろうか。



 給湯室に着くと、普段なら皿洗いしている華凜がいない。今日は生徒会の用事があるらしく不在だ。まぁ、副社長である前に学生だし、しょうがないだろう。

「……海香?」

 俺は海香の部屋に入る。薄暗い部屋には案の定パソコンに向き合っている海香が居てカチャカチャ弄っていた。

「……にぃに。おはよ」

「あぁ、おはよう」

俺は定位置座り海香と向かい合いおでこを合わせる。

「……うーん。若干熱っぽいがどうだ?」

「……にぃにがいうなら……そうかも」

「そうか……俺は今日、海香を外に連れ出したいと考えている。その点はどうだ?」

「…………にぃにがいうなら……頑張る」

 普段より長い沈黙で溜め、ぼそぼそとした声でそう言う。

 本当は乗り気で無いのだろうか……。

「無理する必要はないぞ。何せずっとここに居たからな、抵抗あるだろ?」

「……にぃにも一緒……だよね?」

「んま、最初の内はな。最終的には一人で買い物できるようになってほしいな」

「……にぃには妹の力……見くびりすぎ……そんなに不安?」

「そりゃ……な」

「……大丈夫……でも……服……」

「それならせきなかた借りれば良いだろ。あいつ結構持っているし」

「……せきな……自信無い……」

 やはり、俺以外との会話は抵抗あるのだろうか。

「なら、俺から言っといてやるよ。正午頃でいいか?」

「……うん……それまでに終わらせる」

 海香は親指を立て、グッジョブな感じだ。

 んま、作業的にはたいしたこと無いと思うがな。

「……じゃあ、後で迎えに来る」

「……了解……後でね」

「……少しでも気分が悪くなったら連絡しろよな」

「……にぃに……過保護」

「……っ……うっせい」

 俺は海香に軽く手を振って部屋を出る。 

 さて、せきなを探さないと……

「おっ、せきな! ちょうどいい所に」

 給湯室の前を通り抜けたあたりでせきなと会う。あのフラストレーションを爆発させた番組の後だろうか、首には《LOVEメガホン》を垂らしたままだ。

「ん? なんだい、ハルルン。今フォームチェンジ中だからちょいとばか忙しいかも」

「忙しい、てな……それより服かしてくれないか」

「え……? もしかして……ハルルンがせきりんをオカズに……」

「要らんこと考えるな。海香の着る物探しているんだよ。ほら、スタイル似てるし」

「うーん、似てると言われても……ほらっ、せきなって巨乳じゃん? バインバインの

ボインボインじゃん? 海香ちゃんにフィットするかどうか……」

「ドヤ顔で嘘を言う所は尊敬するな」

 どう考えたって、中学生女子の平均程度だと思うし。

「むぐぅー。これでも、八十はあるよ、ほらっ」

「……って! 胸みせんでよろしい。服伸びるだろ?」

 下着のライン見えているし……今日は黒か。やけに大人っぽいしどういう風の吹き回しだろうか。

「ぶぅー、どうせハルルンは巨乳好きだもんねぇー。リンリンのおっぱいめっちゃ見てるし」

「…………なぜそれを」

「ふっ、リンリンの目は誤魔化せても、偉大なるせきりん様はお見通しだぜぇー」

 とウザい刑事風に語尾を伸ばすせきな。

 てか、別に巨乳好きというか……何でも無いより有った方が良いし、身体に合っている胸ならオールマイティーなのだが……。

「何がお見通しだよ。それより服の件はどうだ?」

「あー、普段着てないのなら良いよ、そういうの多いからさっ! リンリンの家の押入れに有るから勝手に取って。下着はだいじょうぶい?」

「多分な。流石の海香もマイ下着は有るだろうよ」

「そう? ならせきりんは布教活動に忙しいから失礼するねー。ばいびー」

「あっ、走ったら下に迷惑かかる……って聞いてないな、あいつ」

 それにしても布教活動って……将来捕まらなければいいが。

 俺はミーティングルームに掛けてある華凜のアパートの鍵を持って外に出る。

 階段を下り道路の向かいにある木造二階建ての一階が華凜の家だ。

「……っ……鍵固いな」

 押し込むように回すと鍵が開く音がした。キー……と金具の音が痛々しく聞こえる

「……おじゃまします……って、誰もいないよな」

 そっと靴を脱いで台所の横を抜けると六畳の和室に出る。ワンルームなのでここで二人が寝ていることになる。流石華凜ということで、下着が散らばっているなど乙女ポイントマイナスな所を見当たらない。俺は押入れを開けると桃色の世界が広がっていた。

「なんというか……スゲー服ばかりだな……」

 普段せきなが着ているカーディガンやパーカーと並んでメイド服やブルマなど実用性が薄い服がずらり。こんなかから海香に着せる服を……? 

 超絶可愛い我が妹君ならどんな服を着てもはなまる百点だが、いざ選ぶとなると俺の趣向が丸裸になりそうだ。

「……うーん。パーカーも無難でいい感じだけど、あえてのメイド服っていうのも捨てがたい」

「――ふーん。でもあえてのあえてのブルマってのもよくない? 新鮮な感じがハルにジャストミートじゃない?」

「ブルマかぁ……確かに海香みたいなロリ体系にはジャストミー……って、華凜。何でお前がいるんだ?」

 振り返ると機関銃でもぶっ放してそうな表情の華凜(セーラー服ver)が居た。

「何でって、それはこっちのセリフよ。勝手に部屋に侵入してぇー、今すぐお巡りさん呼ぼうかと準備しちゃったじゃない。何が目的なの?」

「いや、せきなの服を借りようと思ってさ。海香っていつもTシャツだがら余所行きの服が無くてな」

「それって、あのトレーニングをやるってことだよね」

「あぁ。今日は一緒にコンビニでも行こうと思ってな。華凜もどうだ?」

「うーん……今資料取りに来ただけだし、厳しいかも。悪いけど、パス」

「生徒会が忙しいんだよな。たく、せきなも見習ってほしいものだ」

「ははは……でも、せきなは普段頑張ってるし、たまにはゆっくりさせても良いと思うよ」

「いや、あいつはいつもふざけているイメージしか無いが……」

「あれはあれなりに必死なんだよ。ハルが思っている以上にね」

「……ちっ、やっぱ洞察力は勝てないな。降参だ」

「ふふふ……伊達に《Peace alive》のお母さんやってませんよっ! それより海香ちゃんにならカーディガンがいいんじゃない? 多分、身体のラインが出るのだと個人差があるし、あえてダボダボにした方が似合うと思うよ」

「いわゆる《萌え袖》ってやつか?」

 上着などの袖部分が長過ぎて、着ている人の手を覆ってしまっている状態なことだよな。

「よく知ってるね。もしかして興味有る?」

「たまたま読んでいた作品にそんな描写が有っただけだ。それに萌えの最先端を知ることでレビューのクオリティが上がるだろ」

「じゃあ、今度あたしも挑戦してみようかなぁー」

「その身体より大きいの有るのか?」

「えー、別にハルが思っているほど太ってないよ。そりゃ、おっぱいが大きすぎかなぁー、って思うよ? でも、ほらっ!」

 華凜は両手を腰に当てる。

「腰めっちゃクビレてるでしょ? どう? 触って確かめてみる?」

「いや丁重にお断りします」

「むぅー、そんなあっさり言われるとムカつくなぁー」

 華凜はそそくさ端に立てていた封筒を鞄に入れる。

「――あたし学校戻るから戸締りちゃんとしておいてね。ハルみたいな変態さんが侵入してこないように」

「鍵を閉めることは同意するが、変態ということは全否定だ。とにかく、頑張ってこいよ」

「うんっ! 夕食までには戻るから、せきながお菓子食べないように注意しておいてねっ! じゃっ!」

 華凜は慌ただしく出て行った。

俺はせきなのカーディガンとブラウス、ハーフパンツ、ブーツをお借りして事務所へ戻る。幸い、人と会わずに戻れた俺は海香の部屋へ急行する。

「……にぃに……どうしたの」

「はぁ……はぁ……いや、少しデンジャラスなことをしててな。それよりこれに着替えてみろよ」

「……うん……でも……きかた……判らない」

「は?」

 そういや、海香がこんなナチュラルな服を着たこと見たこと無いな。

「……にぃに……きさせて……」

「うっ……」

 そんなうるうるした目で見つめるなよ……

 全国お兄ちゃん連盟会長(仮)の俺が拒否れる訳ないだろ。

「……じゃあ……バンザーイ」

「はぁ? ちょっ……なにを……?」

「……脱がせるのも……にぃにの務め」

「んぐっ……わかった」

 俺は海香のシャツに手をかける。つい最近まで俺が着ていた物だ。同じ布なのにこんなにも温もりが違うのか……不思議と触感が滑らかな気がする。

「……あっ……んん……にぃに……くすぐったい……」

「あっ……ごめん」

 脇に当たったのか、目をバッテンになる。……あっ……やばい。同じ人間から生産されているものとは思えないほど甘い吐息が肩を掠める。

 脱ぎ終わると儚げな二つの飴玉に視線が行ってしまう。こんなにマジに見つめているのに海香は隠そうともしない。そして、首を、んっ……と頷かせ着させてほしいと急かしているようだ。

「……にぃに……寒い……」

「……おっ……おう」

 痣が残る身体を包むように服を着させる。俺自身でもぎこちないと思えるほど手が震えている。くっ……ボタンに上手く入らないぞ……。

「――はぁ……はぁ……終わったぞ」

「……にぃに……お疲れ」

 永遠と思えるほど緊張した空間がそっと元に戻される。やはり少し大きいのか、カーディガンの袖は手先で泳いでいて服に着させられている感が出ている。履きなれていないニーソックスが痒いのか、紛らわすように内股を擦っている姿はお兄ちゃん的に評価高い。

「……これで外に出られるな。緊張するか?」

「……うん」

「だよな。足元とかどうだ? 歩き辛いなら手繋ぐぞ」

「……うん……お願い」

 俺は小さな手のひらをそっと握る。じっと瞳孔を見定める姿はまるで、このまま異次元に飛ばされてしまうのでは感じてしまうほど魅力で満ち溢れていた。

歩幅を合わせて玄関まで行くとせきなから借りたブーツの前で止まる。

「サイズはどうだ?」

「うーん……少し……ブカブカ」

「じゃあついでに靴でも買いに行くか」

「……うん……にぃにに任せる」

 靴べらで最終確認を澄まして手を繋ぐ。海香は扉の先の世界をどう感じるか……不安も積もる中ドアの取っ手を左に回す。

「さぁ、いこう……俺達の世界へ」

「……うん……いってきます」

 俺と海香は最先端ITの結晶……コンビニエンスストアに向かって歩き出す。

 身体を震わせながら歩く姿は、まるで入学式に向かう小学生のように初々しさの中に確かな緊張感が満ちていた。

交錯する人影は物珍しそうに海香を見定めている。

それは海香のアンドロメダのごとく蒼い髪を見ているのか否か。

それでも、海香は前へ前へと進む。

見下ろす先の天使の門出をこのストリートが祝福する先に向かって……。


――それから、海香の奮闘が始まった。

 最初は道ですれ違うだけでもビクビクしていただが、何度か繰り返す内に最寄りのコンビニまでは一人で行けるようになった。買ってきた物を自慢げに見せる姿と幼さが相乗して、なんだか俺の気持ちまで晴れやかになってくる。

 作戦は成功。

 海香も部屋に籠る必要が無い。

 俺も自立できる。

 そんな期待が二週間続いた。そして、四月も終わりに近づいた週末。

「ねぇーハル? ちょっとケチャップ切らしちゃったんだけど買って来てくれないかな?」

「わりっ、ちょっと取引先に電話しないといけないんだ」

「えっー、せきなは友達と遊んでいるし、アリスはクラブ活動でしょ? 雪乃さんはもう少しかかるらしいしー……うーん。ケッチャプ無いとチキンライスがねぇー……」

「……なら……買ってくる」

「うっ、海香ちゃん!? えーでも……」

「良いんじゃないか? それくらいコンビニで買えるだろ?」

「でも、一人で大丈夫なの?」

「そろそろ大丈夫だろ。なぁ、海香」

「……うん……多分」

「そう? じゃあ……お願いしてもいい?」

「……うん……了解」

 海香は華凜からお金を貰うと外出用ポーチを肩にかけ、外に出た。




現在、午後八時。

未だに海香は帰ってきていない。

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