青春、青色、海の色
「このサボり魔め」
そんな呟きを背に、黒い革のスクールバッグを砂浜の上に投げ捨てた。
ブレザーを脱いで、規定よりも長めのスカートをぐるぐると巻いて短くする。
しゅるり、と抜き取ったネクタイを、脱いだブレザーと一緒にまとめて、スクールバッグの上に投げた。
「サボりじゃないですぅ。ちゃんとお休みの連絡しましたぁ」
ボクのママが、だけど。
高校に入ってから、割とサボりと言う名の自主休校をするようになった。
元々学校は好きじゃなくて、単位さえ確保していればいいから、ボクのママも特に何も言わない。
それでも制服姿で海に来たのは、ただ気分を味わうためだったりする。
制服で女子高校生が二人、とか、青春だ。
小説みたいじゃないか――漫画でも可。
「大丈夫だよ。文ちゃんの分も頼んでおいたから」
「そういうこっちゃないわよ」
真面目だなぁ。
昔から一緒の幼馴染みだけれど、こういうところが違う。
違うのにずっと一緒だ。
ソックスを脱ぎながら、荷物を持ったまま立ち尽くしている幼馴染みに目を向けると、眼鏡の奥の双眼と視線が絡み合う。
細められている目に、笑顔を向けると、苦虫を噛み潰したような顔をされた。
「アンタ、その格好で入るつもりじゃ」
ないでしょうね、そう続くはずの言葉を待たずに、ボクは砂浜から海に向かって突っ走る。
首からぶら下げたカメラが大きく揺れて、砂浜を蹴り上げて飛び込む。
ちょ、とか、ばっ、とか、言葉にもならない言葉が、文ちゃんの口から漏れていたけれど、それも全部、水飛沫で掻き消された。
一度沈んで浮かび上がり、同じ場所から動かない文ちゃんに手を振る。
あんぐり、と口を開けているけれど、我に返った途端に、顔を手で覆う。
きっと溜息を吐き出しているんだろうなぁ。
ぷっかぷっか、と浮き沈みを繰り返していると、顔を上げた文ちゃんが、苦虫を噛み潰したような顔で、自分の鞄をボクの荷物の横に下ろした。
そんな顔しても来るんだなぁ、なんて考えながら、文ちゃんがブレザーやらソックスやらを脱ぐのを見守る。
脱いでも、ボクみたいに投げ捨てるんじゃなくて、きちんと畳んでおく辺りが、違う。
ブレザーを畳みながら、文ちゃんがこちらを見る。
「カメラ、壊れるわよ」
「んー?あー、大丈夫。水中カメラだし」
そう告げて、首からぶら下げたカメラを撫でる。
黒くてゴツイボディは、正直に言って女子高校生が持つと不格好だ。
――水中カメラにしろ、レフカメラにしろ、黒くてゴツイのが多いので気にはならないが。
ワイシャツとスカートになった文ちゃんが、ばっしゃばっしゃと音を立てて海の中に入って来る。
飛び込めば、というボクの言葉に、何言ってんだお前、という顔。
だが、その顔はすぐに怪訝なものに変わって、ボクの脇の辺りを覗き込む。
「何、それ」
「空気袋ですが」
こっそり持ち込んだ空気袋。
読んで字の如く、空気の入った袋だ。
これがあるから、ぷっかぷっかと静かに浮き沈みが出来るわけで、なくなったら沈む。
藻掻く暇もなく、沈む。
脇の下辺から空気袋を抜き取って、自分の胸に抱けば、文ちゃんが「アンタ、泳げなかったわね」と、大分今更な事を言い出す。
飛び込んで行ったから、きっと忘れていたんだろうけど、ボクもこれがなかったら沈むから。
海の藻屑になるから。
「よくそれで、水中写真撮ろうとしたわね」
呆れたような声を聞きながら、空気袋にくっついた紐を持って沈む。
いきなり沈んだことに驚いた文ちゃんが、またしても言葉にもならない言葉を吐き出したが、ぶっちゃけ水の中に入ったら聞にくい。
割と透き通っている方だと思っていた海だけれど、やっぱり潜ると青だ。
油絵とかポスターカラーみたいなベタっとした青じゃなくて、透明水彩でゆっくり重ねていった青。
決して深い場所でもないので、水色っぽい水が、太陽の光を受けてゆらゆらと光のカーテンを揺らす。
ヤバイ、綺麗。
水の中に入った光は、色んな方向に折り曲げられて、複雑な明かりだと思う。
空気袋の紐を離さないようにしながら、カメラを構えてシャッターを切る。
魚はいないけど、海の中ってだけでお腹いっぱいに出来そうだ。
シャッターを切り続けて、そろそろ一旦空気を取り込み直そうかと顔を上げた時、文ちゃんがいた。
ボクとは違って、特に不便もなさそうに、空気袋も必要とせずに漂っている。
海水の流れと一緒になって揺れる体と髪が、そのまま海に溶けてしまいそうだ。
文ちゃんはそのまま見任せていて、ボクが見ていることなんて気付かない。
ただぼんやりと、太陽の光が差し込む海面を見上げている。
息を呑むほどに綺麗だと思った。
ほぼ無意識のうちに、空気を取り込みに行こうとしたことも忘れて、レンズ越しに文ちゃんを見る。
二、三枚分シャッターを切った時、こちらに気付いた文ちゃんと目が合う。
「……?」
目を細めて首を傾げるので、慌てて首を振って空気袋を手繰り寄せる。
これまた空気袋のお陰で浮き上がったボクは、空気袋を抱き締めながら噎せた。
ギリギリまで潜っていたせいか、肺がキリキリと痛む。
歳かなぁ、なんて考えながら胸の辺りを叩いていると、目の前で水飛沫が上がって、文ちゃんが戻って来る。
濡れた髪から海水が飛び散った。
「どうかした?」
「……あー、死ぬ」
海に入ればそれなりに体温が下がりそうなのに、体中の熱がぐるぐると回って、顔に集中した。
ただ写真撮りに来ただけなんだけどなぁ。
何でそんなに綺麗かなぁ。
何でそんなに背景と同化するかなぁ。
パッ、と空気袋から手を離して沈む。
文ちゃんの驚いた声が聞こえたけど、何かもう、目を合わせるのすら恥ずかしいから、そのまま目を閉じて沈んだ。