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2015年/短編まとめ

青春、青色、海の色

作者: 文崎 美生

「このサボり魔め」


そんな呟きを背に、黒い革のスクールバッグを砂浜の上に投げ捨てた。

ブレザーを脱いで、規定よりも長めのスカートをぐるぐると巻いて短くする。

しゅるり、と抜き取ったネクタイを、脱いだブレザーと一緒にまとめて、スクールバッグの上に投げた。


「サボりじゃないですぅ。ちゃんとお休みの連絡しましたぁ」


ボクのママが、だけど。

高校に入ってから、割とサボりと言う名の自主休校をするようになった。

元々学校は好きじゃなくて、単位さえ確保していればいいから、ボクのママも特に何も言わない。


それでも制服姿で海に来たのは、ただ気分を味わうためだったりする。

制服で女子高校生が二人、とか、青春だ。

小説みたいじゃないか――漫画でも可。


「大丈夫だよ。文ちゃんの分も頼んでおいたから」


「そういうこっちゃないわよ」


真面目だなぁ。

昔から一緒の幼馴染みだけれど、こういうところが違う。

違うのにずっと一緒だ。


ソックスを脱ぎながら、荷物を持ったまま立ち尽くしている幼馴染みに目を向けると、眼鏡の奥の双眼と視線が絡み合う。

細められている目に、笑顔を向けると、苦虫を噛み潰したような顔をされた。


「アンタ、その格好で入るつもりじゃ」


ないでしょうね、そう続くはずの言葉を待たずに、ボクは砂浜から海に向かって突っ走る。

首からぶら下げたカメラが大きく揺れて、砂浜を蹴り上げて飛び込む。

ちょ、とか、ばっ、とか、言葉にもならない言葉が、文ちゃんの口から漏れていたけれど、それも全部、水飛沫で掻き消された。


一度沈んで浮かび上がり、同じ場所から動かない文ちゃんに手を振る。

あんぐり、と口を開けているけれど、我に返った途端に、顔を手で覆う。

きっと溜息を吐き出しているんだろうなぁ。


ぷっかぷっか、と浮き沈みを繰り返していると、顔を上げた文ちゃんが、苦虫を噛み潰したような顔で、自分の鞄をボクの荷物の横に下ろした。

そんな顔しても来るんだなぁ、なんて考えながら、文ちゃんがブレザーやらソックスやらを脱ぐのを見守る。


脱いでも、ボクみたいに投げ捨てるんじゃなくて、きちんと畳んでおく辺りが、違う。

ブレザーを畳みながら、文ちゃんがこちらを見る。


「カメラ、壊れるわよ」


「んー?あー、大丈夫。水中カメラだし」


そう告げて、首からぶら下げたカメラを撫でる。

黒くてゴツイボディは、正直に言って女子高校生が持つと不格好だ。

――水中カメラにしろ、レフカメラにしろ、黒くてゴツイのが多いので気にはならないが。


ワイシャツとスカートになった文ちゃんが、ばっしゃばっしゃと音を立てて海の中に入って来る。

飛び込めば、というボクの言葉に、何言ってんだお前、という顔。

だが、その顔はすぐに怪訝なものに変わって、ボクの脇の辺りを覗き込む。


「何、それ」


「空気袋ですが」


こっそり持ち込んだ空気袋。

読んで字の如く、空気の入った袋だ。

これがあるから、ぷっかぷっかと静かに浮き沈みが出来るわけで、なくなったら沈む。

藻掻く暇もなく、沈む。


脇の下辺から空気袋を抜き取って、自分の胸に抱けば、文ちゃんが「アンタ、泳げなかったわね」と、大分今更な事を言い出す。

飛び込んで行ったから、きっと忘れていたんだろうけど、ボクもこれがなかったら沈むから。

海の藻屑になるから。


「よくそれで、水中写真撮ろうとしたわね」


呆れたような声を聞きながら、空気袋にくっついた紐を持って沈む。

いきなり沈んだことに驚いた文ちゃんが、またしても言葉にもならない言葉を吐き出したが、ぶっちゃけ水の中に入ったら聞にくい。


割と透き通っている方だと思っていた海だけれど、やっぱり潜ると青だ。

油絵とかポスターカラーみたいなベタっとした青じゃなくて、透明水彩でゆっくり重ねていった青。


決して深い場所でもないので、水色っぽい水が、太陽の光を受けてゆらゆらと光のカーテンを揺らす。

ヤバイ、綺麗。

水の中に入った光は、色んな方向に折り曲げられて、複雑な明かりだと思う。


空気袋の紐を離さないようにしながら、カメラを構えてシャッターを切る。

魚はいないけど、海の中ってだけでお腹いっぱいに出来そうだ。

シャッターを切り続けて、そろそろ一旦空気を取り込み直そうかと顔を上げた時、文ちゃんがいた。


ボクとは違って、特に不便もなさそうに、空気袋も必要とせずに漂っている。

海水の流れと一緒になって揺れる体と髪が、そのまま海に溶けてしまいそうだ。


文ちゃんはそのまま見任せていて、ボクが見ていることなんて気付かない。

ただぼんやりと、太陽の光が差し込む海面を見上げている。


息を呑むほどに綺麗だと思った。

ほぼ無意識のうちに、空気を取り込みに行こうとしたことも忘れて、レンズ越しに文ちゃんを見る。

二、三枚分シャッターを切った時、こちらに気付いた文ちゃんと目が合う。


「……?」


目を細めて首を傾げるので、慌てて首を振って空気袋を手繰り寄せる。

これまた空気袋のお陰で浮き上がったボクは、空気袋を抱き締めながら噎せた。

ギリギリまで潜っていたせいか、肺がキリキリと痛む。


歳かなぁ、なんて考えながら胸の辺りを叩いていると、目の前で水飛沫が上がって、文ちゃんが戻って来る。

濡れた髪から海水が飛び散った。


「どうかした?」


「……あー、死ぬ」


海に入ればそれなりに体温が下がりそうなのに、体中の熱がぐるぐると回って、顔に集中した。

ただ写真撮りに来ただけなんだけどなぁ。

何でそんなに綺麗かなぁ。

何でそんなに背景と同化するかなぁ。


パッ、と空気袋から手を離して沈む。

文ちゃんの驚いた声が聞こえたけど、何かもう、目を合わせるのすら恥ずかしいから、そのまま目を閉じて沈んだ。

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