表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

第八話 マッドサイエンティストには権力を与える方が悪いよね

「……では現在各地で民間人に対して襲撃を行っているこれらの敵性動物は日本国民でないのはもちろん、仮想敵国の特殊部隊でもなく、実験場から逃走したミュータントでもなく、文字通りのモンスターだと言うのかね?」

「はい、そう報告を受けております。外場(そとば)博士、説明を」

「はいはーい、こ・ん・な・こ・と・も・あ・ろ・う・か・と・あれがモンスターという事実を説明するVTRを準備してきましたよー」


 制服軍人の集まる緊迫した会議室の中、一人だけ異様に軽いノリをしている白衣の青年が指名されると「こんなこともあろうかと」という部分だけをなぜか実に嬉しそうなドヤ顔で力強く発音する。


「んー猿でも、おっと違ったな。素人さんでも分かるように編集してありますから、見終わるまで質問はなしで。もし途中で質問したくなっても、まずは「こんなことが分からないなんて自分の脳味噌は猿以下なんじゃないか」という疑問を持ってからにして下さいねー。ではちょっとお待ちを」

「な……」


 チャラチャラした雰囲気の博士が吐くあまりの暴言に室内が凍りつくが、周囲が怒りを顕にする前に照明が消えてスクリーンが明るくなる。

 すでにプレゼンに入ったため完全に爆発する間を外され、ストレスを貯める自衛隊制服組の人々。暗がりのそこかしこから歯ぎしりの音が聞こえてくる。

 そんな険悪な空気をまるで気にしていないのか「ふんふーん♪」と時折ヘッドバンキングを混じえてのノリノリな鼻歌を奏でながら準備を進める外場博士。

 その屈託のない態度にさらに周りが怒りのボルテージを上げていくのが手に取るように感じられる。ようやく薄明かりになれた周囲の目には手伝いをしている博士の部下達が後難を恐れて首をすくめているのが映った。

 まあ外場博士本人とその隣に立つ氷のような秘書はまるで動じた素振りはないが。


「博士、君はふざけ……!」

「あ、はい。それじゃVTRをスタートさせますからねー。これ以降くだらない会話をする人は理解力が猿以下なんだってことを自覚してからお喋りしてくださいよ。それではポチッとな」


 口を開くごとに反感をかっていく外場博士がスイッチを入れると、スクリーンには白一色の殺風景な部屋――いわゆる無菌室が映し出された。

 その部屋にある唯一の家具であるシーツを敷いただけの金属製のベッドに拘束されているのは、豚と猿の中間に位置しているような頭部に猿に似た体を持つ怪物――いわゆるゴブリンと呼ばれているモンスターである。

 その毛むくじゃらな四肢に加えて首までも頑丈なベルトによって幾重にもくくりつけられていた。

 いや正確には捕らえられているゴブリンの左腕は上腕部から先が欠損しているために肘までしかなかったのだが。


 拘束されている怪物は痛みと威嚇のつもりなのか絶え間なく叫びを上げているが、やがて一際大きくベルトを引きちぎらんばかりに体を大きくのけぞらした途端にがくりと力が抜けた。

 どうやら今までの狂態は命を落とす前の最後の抵抗だったようで、呻く声からも力が失われている。

 痙攣を最後に動きの全てを止めたゴブリンの姿は体の端から光の粒子へとなだらかに変化した。その際には右腕の傷口から流れてシーツに染み付いていたはずの血痕さえも一緒に綺麗に消滅している。

 空になったベッドに残っているのは拘束衣と幾つものベルト、それに加え粗末な造りの錆びた短刀だけだ。

 この中で短刀だけがゴブリンが消えるまではこの部屋には存在せず、その消滅後にどこからともなく現れていた。ゲームで言うところのドロップアイテムという奴だ。

 ここまで黙って映像を流していた外場博士の助手からようやく解説が入る。 


「この怪物――仮称ゴブリン――は部屋に入る前は粗末な服なども合わせて約六十キロありましたが、死亡と同時に死体が消滅してほぼゼロとなりました。残された短剣がありましたが、それはほとんど誤差のレベルで明らかに質量保存の法則を逸脱してます」

「計測ミスということはないのかね」


 確認というよりは粗探しをするようなねちっこい質問に外場博士が大げさなため息を吐いて首を振る。欧米仕込みのオーバーリアクションで部屋中の苛立ちを一身に集めると、さも小馬鹿にした口調で話し始める。


「ふー、なにも分かってないようですからこの天才外場が猿でも理解できるよう説明します。この無菌室はベッドの上の重みだけでなく部屋全体の重さをリアルタイムで記録し続けているんですよー。しかも部屋の密閉性にしても生物兵器対応仕様でガスや気体まで完全に封じ込められるぐらい厳密なんです。それが実験当時から現在に至るまでチェックを繰り返しても矛盾なく作動しているんですから、約六十キロの質量があのモンスターの死亡……いやー正確には死亡バイタルを確認する前だから消滅してからと言った方が正確か? とにかくモンスターが消えたのと同時に部屋から質量が消滅したのは間違いありませんねー。

 もし計測に間違いがあるというならあの無菌室に入って計測を誤魔化すように空中に浮いた後、瞬間移動で脱出するぐらいの芸当を見せてからいちゃもんをつけてくださいねー。ウキキッ」


 ご丁寧に最後に猿真似までする煽り具合である。もはやこの博士の態度は無礼と言うより喧嘩を売っていると解釈した方が正しいだろう。

 露骨に馬鹿にされた自衛隊幹部は額に青筋を走らせながら激高(げきこう)する。

 

「君は我々を馬鹿にしているのかね!」

「いえ、あなた方ではなくさっきからうるさいあなただけを猿並の知能と判断して、そのレベルで猿語を使用するという誠実な対応をしただけですが」


 しれっとした顔でさらに怒りの燃料を注ぐ外場博士。博士の科学者としての能力はさて置いても、頭から湯気を出している軍人を相手にこの飄々とした態度を取れる度胸だけは認めざる得ないだろう。


「二人とも、口を慎みたまえ」


 底冷えのする命令が二人の諍いを制止する。

 その声に込められた威厳には逆らえなかったのか「はっ、申し訳ありません!」「はいはーい」と両極端な態度で矛を収める両者。

 じろりとそちらを睥睨しながらも仲裁者――この場の制服組で最も階級の高い重鎮が促した。


「それで博士、このビデオを見せて私たちに伝えたかったこととは何だね?」

「うーん、色々あるんだけど。まぁ一番最初に言いたいのは」


 ぽりぽりと癖毛かき回しながら楽しげに博士は告げる。 


「このゴブリンに限らず、地震以降に出現したモンスターは既存の物理法則に当てはまらないということですねー。今も東京の空を我が物顔で飛び回っている怪物――こっちの方はとりあえずワイバーンと仮称してますが――もどうして空を飛べるのかまだ原理がわかっていません。あの力と体型に翼の形状と面積ならどう考えても宙に浮くはずないんですよねー。まったく、モンスターの死体が残っていれば是が非でも解剖したいんだけどなー」

「なんだ偉そうにペラペラ喋った挙句、君にもよく分かっておらんのか」


 吐き捨てる自衛隊幹部に口論の第二ラウンドが始まるかと緊張が漲ったが、博士は怒りどころか哀れみの目で揶揄してきた相手を見つめる。


「ウキキ、ウキッウキキ……あごめん、間違えた。猿語じゃなくて日本語で話すんだったね。えーこの場合は現在の科学では分からないってことが分かったのが凄く大きいんですよ。未知の生体であるこれらのモンスターたちを研究できれば技術的なブレイクスルーが幾つも見込める……つまり宝の山といっても過言ではない」

「……ということは」


 猿語で挑発されたにもかかわらず、話の流れを察した自衛隊の制服組の顔色が悪い。何を要求されるのか想像がついたのだろう、最初のウキキっと煽られたことよりそっちが気にかかるようだ。


「生きたモンスターが欲しい。それも大量に。正直自衛隊には民間人を保護するよりもモンスターを確保する方に力を注いで欲しいんですよー」


 さらっと自衛隊の本分を蔑ろにするように促す博士。民間人を見殺しにしろと唆す彼の瞳は未知への興味に子供のように輝き、くもりや邪気は一切ない。

 だからこそ怖い。

 彼の言葉に込められた意味を理解した軍人が戦闘員でもないひょろっとした白衣の男に気圧されている。

 自衛隊に所属する者たちは戦う覚悟はしていても、こんなマッドサイエンティストと話し合う経験はなかったせいで気を飲まれてしまったのだ。


「それが、君の……いやアメリカからの要求かね」


 そんな中、一人だけしっかりと博士の言葉を吟味していた重鎮が尋ねる。他の制服組がぎょっとしていたところからすると、博士がアメリカと密接に繋がっていることはここまで秘密だったようだ。

 博士は目をぱちくりとして「へへへー」とまた頭をかく。


「いやー、アメリカさんのことはよく分からないけれど、なぜか僕と一緒の意見になることが多いんですよねー。うん、仲良しさんってところかなー。今回の事件も僕の意見通りにしたらアメリカさんも喜んで援助と協力してくれるだろうし、反対したら怒って妨害行動なんかしちゃったりしてー。あ、もちろんこれは冗談と独り言ですよ」


 虫も殺さない顔でさらりと脅迫してくる。

 周りの人間もなぜ一介の科学者が自衛隊幹部に対してこれまで大きな態度を取れていたのか理解したようだ、苦虫を噛み潰した表情で憎々しげに眺めている。

 なぜアメリカの回し者がここにいるのかは分からずとも、ここにいる時点でもう博士の要求を断りきれないのは理解してしまったからだ。ただでさえ地震とモンスターの襲撃によって日本の国土が危機的な状況にある今は、この上米軍を敵にすることなどは不可能だ。ましてや協力すれば救助の手伝いをしてもらえるのなら多少の屈辱は飲み込んだ方がいい。


 常に自制を求められる自衛隊員らしくそうむりやり納得するが、それでも彼らの博士へ向ける視線には険がある。

 少なくとも気に食わない奴だが身内だと思っていたのが、それどころではない敵――とは言い過ぎだが他国と内通していたのだから穏やかではいられない。


「あ、そうだ。最後に一つ頼みがあるんですけどー」

「まだあるのか」


 周りからの白い目などどこ吹く風で厚かましくおねだりを重ねる博士に、誰もがうんざり顔になる。


「あはは、後十回ぐらいは追加が決定している最後のお願いなんですから聞いてくださいよー」

「……なんだね」

「ちょっとこのビデオに映される鎧騎士と修道女に魔女と忍者、カラフルなコスプレ一行を捕まえて欲しいんですよ」


 そういってスクリーンに新たな映像を映す。そこにはゴブリンを始めオークやワイバーンといったこれまでに確認されているモンスターの群れを派手に蹴散らす冒険者一行がいた。

 博士の説明通りの姿をしている彼らは、モンスターを退治しては一般人の負傷者を救出するというハリウッドヒーローばりの活躍をしている。だが一方で近付こうとする自衛隊員からは逃走するという奇妙な行動をしていた。


「最初に彼らの報告を受けたときは冗談と思ったんだけど、念のために確認して良かったよー。こんな面白動画が撮れるなんて! で、頼みなんだけど、あれ欲しいからちょっと連れてきて」


 まるで子供がクリスマスプレゼントをねだるように気軽に申し付ける博士。

 視線の先にいる重鎮だけでなく周りの人間もぴきりと額に青筋を走らせるが、博士を見くびっていた先程までと違って怒鳴りつけるのは一同(はばか)られた。


「……自衛隊は民間人を救出するのが任務だ。しかも彼らを手にしてどうするつもりだ? 人体実験などは条約でも明確に禁止されているぞ」

「え? 駄目なの? ああそっか、じゃあ、あれが人間じゃなければいいんだー。うん、あの騎士達の動きや技は明らかに物理法則を無視しているね。人間は物理法則を無視できないね。じゃああれは人間じゃないね。人間じゃなければ生きたまま解剖しても人体実験じゃないね。

 はい! 見事な論法で彼らを解剖する大義名分が立ちました。あとは自衛隊が頑張って僕の所へ持ってきてくれるだけです」


 うんうんと嬉しそうに頷く外場博士だが相手の態度は渋い。 


「……鋭意努力しよう」

「あ、ダメだよー。僕はしたことがないんだけど世の中には無駄な努力ってのがあるんだってさ。そんな努力はしないでいいから、彼らをただ僕の所へ連れて来てくればそれでいいんだよ」


 人差し指を左右に振って小学生に言い聞かせるような態度の博士。

 ここまで空気を読まないのも一種の才能である。四方八方から軍人が敵意に満ちた視線を浴びせているのにまったく気にも留めていない。

 その博士が楽しそうな顔をスクリーンに向けると、そこにはモンスターを退治している冒険者たちの姿がある。しばらくそのままの姿勢でいたが、子供が何の罪悪感もなく蝶の羽をむしる時のような笑みを浮かべうっとりと呟く。


「ああ早くこの騎士達を解剖したい。でもやっぱりこいつらも死んだら消滅するのかなー。だったら慎重に生きたままで死なないように治療しながら解剖しなくちゃ」


 その台詞を聞き取った室内にいたほとんどの人間が身を引き、可能な限り博士と――そして彼の狙う対象となって「人間ではなくモンスター」と認定された隼人達との接触を避けようとしたのはこの会議の後からだった。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ