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第七話  ボスキャラは居所をはっきりさせるべきだよね

 隼人達は話し合いの結果、ゲーム内で着用していた服装――いかにも重そうな鎧に敬虔な修道女姿や黒ミサでもやってそうな魔女っぽいローブと目に痛いほど鮮やかな青の忍者装束――といった異様な格好で町中を駆け回っていた。

 ファンタジーの中でもちょっと目を引く姿で現代日本ともなればかなり浮いているが、今に限ってならばそうおかしなくはない。

 現実がゲームに浸食されているからだ。

 なにしろ彼らが道を歩いているだけでゲームの世界と同じぐらいの頻度でモンスターが出現してしまう。


 つまりはゲーム世界では感じなかった「これだけモンスターを冒険者が乱獲しても減らないのに、よく商人は通商ができるな」という疑問を持つほどにたくさん敵とエンカウントするのだ。

 これはゲームならば初心者のキャラクターを成長させるための措置かもしれないと納得できる。だが普通に道路を歩いているだけでゴブリンやオークがこんにちはとひっきりなりに出てくるとうんざりしてしまう。隼人達ならば無視しても進めるが、見逃したモンスターが今後一般人に被害を与えるかもと思うと素通りもできない。結局手間暇をかけて始末するはめになるのだ。


 ゲームシステムをそのまま現実世界に持ってくるとおかしくなる一例である。

 最初は自分たちのレベルなら雑魚ばかりだから問題ないと余裕を持っていた彼らも、あまりの連戦と多彩なモンスターの種類に閉口気味だ。


「ああくそ、このワイバーンの群れは俺が引き受けるから、お前らは先に負傷者の救出と雑魚の掃討をしてくれ!」

「了解したわ。ふふふやっと蹂躙ができるわね!」

「ちゃんとモンスターだけに魔法を当ててよね! あ、そこの頭に怪我してる人は動かないでちょっと待っててね、今治してあげるから」


 四方八方から押し寄せる敵の攻撃に焦りの見える隼人に比べ、彼に守られているという安心感があるのか、どこか嗜虐的な笑みを浮かべゆらりと敵に向かう冴月。その後ろからおろおろしながら千鶴が怪我をしている一般人へ向かって救護しようと駆け寄る。


「ひいい。こっち来るな!」 


 だが治療しようと接近する千鶴に対して、額から血を流して座り込んでいた若者は悲鳴を上げて逃げようとする。腰が抜けたのか立ち上がることができないにもかかわらず、這いずってまで千鶴から遠ざかろうとする彼は完全にパニックに陥っていた。

 モンスターに襲われた彼らにしてみれば、そのモンスターをたやすく屠る隼人たち一行も怪物と変わらないぐらいに恐怖の対象なのだろう。


「結構へこむなぁ」


 ワイバーンのブレスを受け流しながら隼人は愚痴る。

 火炎放射機で吹き付けられたようにワイバーンの口から一直線で向かってくる炎を矢や投げ槍といった個体と同様に盾で受け流せるというのも凄い。だがレッドドラゴンの渾身のブレスを耐え切った彼からすれば、この程度の攻撃ならば油断さえしなければピンチになり得ない。

 それだけ自分の行っている戦闘に関しては余裕を持てるが、助けに来た相手から拒絶されるのが耳に入るのは辛いのだ。


「そ、そんなこと言わないで治療させてくださ……あれ? ちょっと大丈夫? 怪我をして、しかもこんな危険な場所で眠っちゃったらダメですよ!」

「あー千鶴姉、たぶんこの人は怪我のダメージと寝不足のせいで眠っちゃったみたいだねー。仕方ないからとりあえず怪我の治療だけして後は安全地帯に運ぼうか」

「え、あ、うん。そうだね!」


 パニックに陥っていた怪我人が突然寝息を立てだしたことにきょとんとしていた千鶴。だが駿介への返事は元気にしていたのだからどうやら簡単に丸め込まれたようだ。

 隼人が気配から察したところでは、たぶん空気の読める目立ちたがり屋の忍者がその忍びの技か薬で負傷者を眠らせたのだろう。千鶴の治癒魔法に負傷者の意識の有無は関係ないと割り切っての仕業だ。

 まあ乱暴ではあっても悪い手ではない。モンスターを倒し、怪我さえ治してしまえば後はもう彼らが被害者にできることはないのだから。 


 ただ失神している時に治療と安全地帯へ運搬をしているため、怪我人は運良く助かったと思っても隼人達冒険者一行に助けられたと認識していない。

 すると、これだけ尽力しているのだから、隼人達からすれば救助者から感謝の一言ぐらいはもらっても罰は当たらないはずだとだんだんストレスが溜まっていってしまうのだ。こっそりと人助けをすると決めた割には覚悟が足りない連中である。


「くそ、なんで俺ばっかり我慢しなきゃいけないんだ。あーだんだんと面倒くさくなってきたな!」


 己を取り巻く環境と延々と遠くから小刻みなブレスで攻撃してくるワイバーンに苛立った隼人は「くらえ!」と叫びながらこれまではほとんど振るう機会のなかった剣を使う。

 空を飛んでいるワイバーンに向けて遥かに届かない間合いで振られた剣は、その軌道の延長線上に沿った衝撃波を放った。

 自慢の翼を切り裂かれ、耳障りな叫びを上げて落下するワイバーン。

 せっかく騒がずに眠ってくれている一般人が目を覚まさないよう、地面でのたうつワイバーンの首を横薙ぎの一撃で伐って素早く止めを刺す。


 すっと消えていくワイバーンの死体と隼人の中にあるストレス。

 簡単に倒すことができるならさっさとやれと思われるかもしれないが、この遠距離対空技にも欠点がある。出し終えた後の硬直時間がやたらと長いのだ。

 一匹だけでなく他にも敵がいる――しかも仲間だけでなく意識のない負傷者までも隼人一人で守らなければならないという縛りが付いた場合には使えなかったのだ。

 ではどうして今になって出せるようになったのか?

 それはもちろん雷の魔女が他の敵を蹂躙し終えたからに他ならない。

 

「ふっふっふ、みんな私に痺れて落ちなさい!」


 さっきからそう嬉しそうに雷を撃ちまくっている黒尽くめの魔女――冴月は周囲にいるほとんどの敵を一人で始末していた。

 彼女が得意な雷系の魔法にはダメージを与えるだけでなく、相手を痺れさせて行動不能にする補助効果がある。冴月のレベルと呪文の習熟度からすれば単独行動する強敵ならともかく、群れているモンスター程度ならば最初の一発でほとんどの敵が痺れて動けなくなるのだ。

 敵が痺れてしまえば、後はもうどちらが悪役か分からない地獄絵図だ。


 冴月がそこからやるのはピクピク痙攣しているだけのモンスターにさらに電撃で追い打ちをかけ、ダメージと麻痺を継続して塵も残らなくするだけの簡単なお仕事でしかない。

 彼らのパーティーは守りが隼人で回復役が千鶴、攻撃役に冴月で遊撃が駿介となっているからメインアタッカーである千鶴が最も攻撃力を持っている。

 もちろん忍者である駿介のスキルは一対一では強力だし、隼人の剣技だって侮れない。だが、多数に対する火力なら文句なしに冴月に軍配が上がる。

 

「あれ? もう敵がいなくなっちゃったの? なんだか物足りないわ」


 それはあなたが殲滅したからです。

 そうツッコミかけて隼人は思いとどまった。だって怖いから。

 高笑いを止めて鋭い視線で辺りを窺う冴月。テンションが沸騰するのも早いが落ち着くのもかなりのスピードだ。

 その彼女が「残った敵はいないかしら」と残敵を探しているのだから、もう隼人が守りに専念せずともいいようだ。肩の力を抜いて同じように敵を殲滅し終えた仲間に指示する。


「千鶴は怪我人の治療終えたらこっちに来てくれ。駿介は引き続き周りの警戒、もし敵を発見したら教えてくれ。そして冴月は……これまで通りサーチ・アンド・デストロイで」

「なんだか私が戦闘狂みたいに言われるのは納得いかないわね」

「そーだそーだ、冴月姉は戦うのが好きなんじゃなくて一方的にいたぶるのが好きなんだぞ、これまでだって……痛っ!」

「……あら、今のは私がやったんじゃなくてただの静電気よ」


 じゃれている二人はそのままにして、とりあえず戦闘を終えて一息付く。

 冴月も駿介もキャラクターのステータスを持っているのだから、あのぐらいでは本当は痛みなど感じていないはずだ。血は繋がっていないが同じ孤児院上がりなのだから、いたずらっ子の駿介とややサドッ気のある委員長気質の冴月が昔からよくやっている姉弟喧嘩みたいなコミュニケーションだ。


 それはさておきこれまでにやった救助作業に目を向けると、とても素人とは思えないほどの救助人数とモンスターの撃破数だ。それだけなら誇らしいが、これは隼人が想定していたよりはるかにモンスターや負傷者との遭遇が多いのという難点もふくんでいた。

 彼らはゲームではともかく現実世界での戦いに関しては経験が少なすぎるのだ。ヒットポイントやマジックポイントといった数値上の継戦能力には問題が表れていないが、肉体と精神には疲労がじわじわと蝕んでいた。

 なにしろこれまでのようにゲームではなく現実だから、絶対にミスができないというプレッシャーが戦闘中ずっと続いているのだからたまらない。

 ここまではモンスターが出現しても高レベルキャラクターの能力によるゴリ押しで簡単に料理出来たが、これ以上戦闘が続くのならばもう一度作戦を練り直した方がいい。


 ――というか俺達は何のために戦闘や救助をしているんだろう?

 隼人たちはとりあえずテレビやラジオにネットなどで判明した近距離でモンスターが多発している地帯に顔を出しては退治をしていく。

 本来ならこれだけの死体を積み上げればとんでもなく血生臭くなってしまうが、ゲームと同じように倒したモンスターはアイテムを残して消えていく。その点では命を奪うという精神的な葛藤は感じずにすんでいた。

 しかし果てが見えない作業をしていると、どうしても精神的に消耗していくのは避けられない。そうなると自分達がいったい何のために戦っているのか自問してしまうのだ。


「ああ、もう面倒くさいな。倒したらすべてが片づくボスキャラとかいればいいのに」

「いいわね……この十把一絡げなオークなんかを掃討するより、あのレッドドラゴンみたいな緊張感のあるボスキャラ狩りの方がずっと」

「うん、確かに雑魚とレッドドラゴンの首はなんて言うか手応えと達成感がまるで違うんだよね」

「今みたいに広い範囲で怪我人がいると治しても治しても終わりがないよ。一般人を守りながらでは回復役が一人ではちょっと大変だから、私もボス狩りの方がいいな~」


 これまでのようにフィールドで目に付くモンスターを狩っていくスタイルよりも、倒すだけで多くの問題が解決するボスキャラがいることを望むメンバー。


「一応この災害の元凶になったボスやラストダンジョンがないか探してみるか。こういうのは駿介が得意だったよな」


 あまり期待しないで駿介にネット上でボスらしき痕跡がないかの捜索を任せる。

 だが意に反してそういったものがあっさり見つかる。

 もちろんラスボスの生息地と看板が出ているわけではないが、怪しいポイントが見つかったのだ。

 地震の後にいきなり出現した不自然でいかにもボスの居そうな場所――魔王の城とか巨大な地下迷宮とか――がないかを探すと幾つかの候補地が写真付きで挙げられていたのだ。


「突如雲の隙間に現れた天空に浮かぶ城。急に有毒ガスを吹き上げるようになった沼地の中央にぽっかり口を開いた洞窟。屋上に無理矢理載せられたような下敷きになっているビルよりも遥かに高い塔……こんなに怪しいダンジョンがあるのかよ」


 ネットに情報があるのは写真付きで信憑性の高いのもあれば、まだ噂だけの胡散臭いものもある。

 それも仕方ない話だ。

 何しろオークやワイバーンといった彼らが今倒したばかりのモンスターでさえ、まだ「こんな非常時にデマを飛ばすな」と存在を信じずに反論する者も多いのだから。こういった時にすぐ死体が消滅するのも良し悪しだと思い知らされる。どんなに映像を撮っても否定派は「CGだ!」と譲らないのだから堪らない。

 むしろダンジョンがネット上とはいえ、こんなに話題になっている方が珍しい。つまり地震が起こってからのこの短時間で発見された場所はもの凄く人目を引いていることになる。


「――これ絶対ボスが各ダンジョンの最深部で「戦う準備はしたからおいで」って手招きしてるパターンだよな」

「どう考えたってそれ以外には考えられないわね」

「いや、単純にボスが目立ちたかっただけって可能性も……」


 駿介の戯言はともかく、隼人だってこのダンジョンが罠で強敵をおびき寄せようとしているのは分かっている。だがこれらの拠点を潰さないという選択肢はない。

 ゲームのシナリオならばこれらを叩かない限りモンスターの出現は止まずに、クエストは終了しないはずだからだ。

 現実世界でもゲームのルールが適用されて混乱が収まるかかは半ば賭だが、それでもやる価値は十分にある。というか隼人達にしてもこれは賭けに値するチャレンジだ。なにしろさっきから先の見えないゴブリンやワイバーンの掃討に苛立ちが募って打開策を探していたのだから。 


「あ、それにもう警察は治安維持や避難だけを請け負うようになったみたいだね。モンスターを相手に積極的に戦ってるのは自衛隊だけになったみたいだよ」


 そこへ駿介が新たにネットで得た情報を報告してくる。

 まあ妥当な判断だ。いくらなんでも警官の装備でモンスターを相手にしろというのは酷である。

 ゴブリンやオークならばまだ拳銃でもなんとかなる可能性があるが、オーガやワイバーンといった中級モンスター相手には最低でも機関銃クラスの――それでも通用するかは疑問符がつくが――兵器が必要だ。

 それに特撮の時代から日本でモンスターや怪獣を相手取るのは自衛隊と相場が決まっている。


「うーん自衛隊と共闘するのはやっぱり無理かな?」

「それは私も考えているけれど……」


 隼人の口から漏れた言葉に冴月は切れ長の目を細めて宙を睨む。おそらく前回出会った隊員達を思い出しているのだろう。


「でもどうしても信用できないのよね」

「まあ最初に会ったあの二人組の印象が悪すぎるからな……」


 いきなり発砲された時のショックはまだ彼らの体に色濃く刻み込まれている。

 常人の体ならばあそこで死んでいてもおかしくない。というより機関銃の弾丸が数発も命中したらまず死は免れない。

 隼人のキャラクターの耐久力というステータスの高さと、鎧の性能が銃弾を跳ね返すレベルにまでなっていたから助かったようなものだ。

 あれからは駿介の忍者スキルを使って索敵し、自衛隊とは遭遇しないように慎重に行動している。いくら撃たれても無事のはずだからといって、誰も撃たれたくはないのだ。

 まあ、それでも一般人を保護するためにモンスターと戦っている場合は、ちょくちょく自衛隊と顔を会わすこともあるのだが。


「でもあの二人組が酷かっただけで、後はモンスターとの共闘中もそれほどおかしな対応じゃなかったよな。一応俺達に対しても警戒はしていたみたいだが、いきなり背中から撃たれたりはしなかったし。もしかしたら捕まったら解剖されるかもってのは被害妄想だったかもしれない。だいたい今の時代に人体実験をしようだなんて公言する科学者がいるはずないし」

「……まあ、それはそうだけれど」


 不服そうな冴月をなだめながら自衛隊と接触してもいいかもしれない、そう結論づけた隼人の考えは実に高校生らしい。つまりは甘すぎて青すぎる。

 

 確かに彼の想像通り「彼らを捕まえて人体実験をしよう」と言う科学者はいないという点については正しかった。

 ただ実態はもっと過酷である。

 自衛隊に所属する科学者派閥の領袖の意向によって、この時点で自衛隊幹部は「モンスターとの交戦を邪魔した鎧騎士――隼人達――はゴブリンなどと同じモンスターで人間とはみなさない」という共通見解を出していたのだから。


 つまりは彼らは人間でないのだからどんな酷い扱いをしようと人体実験にならないという理屈である。

 もちろん隼人達一行は、自分達の人権が遠い会議室で剥奪されていたことなど知る由もなかった。



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