第四話 ピンチで人助けをするのはヒーローだよね
地震災害で出歩かないようテレビや広報車から何度も注意が促されていても、隼人たちがアルバイトをしているビルから外に出るのは簡単だった。
ゲーム開発会社としても色々と常識外である今回の地震の対応に追われててんやわんやだ。
こんな時に、ただのゲームテスターでしかない彼らの居場所をわざわざ気にする人はいない。
また隼人達にしても全員がゲームキャラの装備を戻して元々着ていた服装に戻ったら、それはもうただの一般人でしかない。
そんな彼らがバイトから帰ると言っても当然誰にも止められはしなかった。
せいぜいビルから出るときに人の良さそうな守衛さんが「今は外が危険だから気を付けて帰るんだよ」と心配そうに一声かけてくれたぐらいである。
その他の社員は忙しそうに動きながら彼らにプレッシャーをかけてきたのだから、その声だけで救われる。それまでは「早く出ていけよ、邪魔だなこいつら」というのを声には出さずに態度に出されていたのだから。
隼人にしても、そりゃ大忙しになっているんだから部外者にはさっさとお引き取りを願いたいだろうと無理やり納得はしている。
だが外へ出る前に会社に対して「現実世界でもゲームキャラの力やスキル、魔法なんかを使えるようになったんですがどうしましょう?」とすぐにお伺いを立てなかった判断には、確実にその厄介者扱いが影響を与えていた。
直接顔を合わせている担当者の柏崎のことは孤児院の先輩なので隼人は一応信用している。
だが、雇い主であるゲーム会社の方はどうやら地震のせいでお忙しそうですし、こっちに構っている暇はなさそうでしょうねとスルーしようと決めたのだ。
ただ彼らに意地が悪い対応をしているとはいっても、
「ぎゃー、なんてこった! サーバーどころか元のデータまで全部吹っ飛んでるぞ!」
「何ぃ、なんでそんなことが起こる!? セキリュティとバックアップは何重にもしてあっただろうが!」
「なんでだか分かりませんが、とにかくゲーム関連の基本データからすっぽりと全部飛んでます!」
という声が聞こえてくるのだから、仕方ない一面もある。
……どうやらオンラインゲームでよくあるサーバーが飛んだどころではない。
別室にいた隼人たちのところまで絶叫が届くほど阿鼻叫喚の騒ぎになったのだから、この上さらに柏崎さんの時間をとって相談するのは酷だろうとそっとしておいたのだ。
ゲーム自体の存続が危ぶまれる状況で、本当にバイト代が出るのかも確認しておきたかったがとてもそんなことを口に出せそうな雰囲気ではない。
バイト代はともかく、ゲームキャラの力が使えるようになったというのはまだ彼ら以外には秘密である。地震の後片付けが終わってからもまだ隼人たちが使えるのなら改めて相談する予定だ。
外に出て時刻を確認する意外に早く、まだ三時過ぎだった。ゲーム内では激闘で、戻ってきてからは地震と色々あったせいかもっと遅くなったように隼人は思っていいたが。
この時間ならまだ日差しが強く、空調が効いて照明は少なかった室内から出た彼らにとってはかなり暑く感じられた。実際片手をかざして日光を遮る隼人にはもうすでに汗がにじみ始めていた。
さて外の様子はどうなっているかと首を巡らす。だがバイト帰りにいつも通るこの道は地震の影響かいつもに比べて人通りがかなり少ないぐらいで、あまり目に見える被害はない。
「うわー、もー暑いよー、忍者でもこの暑さには堪え忍べない。もうやることを済ませたらさっさと帰るのが一番だねー。それで隼人兄、僕たちはこれからどんな風にしたら正義の味方みたいに格好よく人助けができるのかな?」
「それなんだが……」
隼人は少し悩んでいた。
彼らのゲームキャラクターとしての力を最も生かすにはどうすればいいかを思い悩んでいたのだ。
特にどこへ行けば人助けができるのかが分からないというのは決定的な問題である。
ゲームではないのだからクエスト形式で「どこどこへ向かえ!」などといった明確な指示はない。だから自分たちで困っている人や倒すべき敵をいちいち探さねばならない。
地震の被害者たちを助けるだけなら被害の酷いところへ真っ先に向かうべきだ。しかしそれは彼らでなくともいい。災害になれた日本のレスキューがやってくれるはずだし、彼らの方が慣れているからだ。
だから冒険者として一番役に立つはずのゴブリンなどのモンスターを相手にするつもりでいたが、ここで誤算があった。
モンスターと戦うためにはまず偵察して彼らを発見しなければならないのを失念していたのだ。こういった時にゲームではなく現実での実戦経験が少ないのを実感する。
頭を悩ます隼人に冴月が白く細い指で「ちょっとあれを見て」とビルの壁面に大きく展示してあるスクリーンを指し示す。
そこには逃げまどう人々と、雄叫びを上げて襲いかかっている豚の頭をした怪物――ゲーム内ではオークと称されているモンスターだ――が映っていた。
「なんでモンスターが襲ってく……それにあんなに怪我した人たちが……」
「千鶴に駿介は見ない方がいい。ゴブリンだけじゃなくオークまで出てきた後の光景なんて、見て楽しいものじゃない」
すぐに制止したが、今の惨状が目に焼き付いたのか年少組の二人は顔をこわばらせている。
画面の下にはLIVEとあるから現在進行形で起こっている事件だ。こんなのを目の当たりにしてしまうともうじっくりとか慎重にとか言ってられない。
「くそ、どこで起こってんだよ」
頭に血を上らせた隼人が事件現場への地図を携帯で呼び出して道を探そうとするが、それより早く「こっちに行こう」という声が届く。
「あの事件が起こっている場所が分かるのか駿介?」
「いや、あの現場かは分からないよ。でも忍者のスキルにはフィールドにいる敵モンスターを発見できるスキルがあるからね。ここでも使えるか試してみたらこっちにモンスターの反応があった」
「へえ、でかしたわね駿介。それなら、早く行きましょう」
「そうだよ、あの人達を早く助けに行ってあげないと」
ジーンズにTシャツという普段着ままでも、駿介は問題なく忍者のフィールドスキルを使えるようだ。
それ以上にすぐ気持ちを立て直してスキルを使う所まで頭を働かせた駿介は頼もしい。抵抗する小柄な少年の頭を上からぐりぐり撫でて誉める冴月。
こうしてじゃれている二人に加えて隼人もジーンズだ。スカートに薄手のブラウスという千鶴以外はかなりラフな格好である。
活動するには彼女も動きやすい服に着替えさせた方がいいが、この場で一人スカートの千鶴を冒険者の姿に変身させると目立ってしまう。
だが置いてもいけない。まだショックが抜けきっていない彼女は目の届く範囲に連れていくべきだろう。
「じゃあ行くぞ、千鶴は付いてくるのに辛くなったら言ってくれよ」
そう隼人は釘を刺すが、これはむしろ他の二人に対してだ。
千鶴はちょっとやそっとじゃ音を上げるような子じゃないと知っているから、駿介と冴月にも彼女が遅れてはぐれないか注意してもらおうとしたのだ。
「そこまで子供扱いしなくてもいいよ!」
ぷんぷんという音が聞こえそうなほど膨らませた妹の頬に隼人の肩の力が抜ける。
――二人共意外と切り替えが早い。よし、この分なら大丈夫そうだな。
そんな甘い考えを抱いたことはこれから向かう先で後悔することとなる。
◇ ◇ ◇
そこにあったのは戦場だった。
目の前で人間とモンスターの戦い――いや取り繕わずに言うと殺し合いが行われているのだ。
ゲームであれば冒険者にとっては低レベルの時にしか相手にならないオークだが、普通の人間と比較するとどれほど殺戮に適しているかこの血みどろの惨状が示している。
「これは……」
「ひっ……」
皆が雰囲気に飲まれて言葉がない。
隼人がまず最初に感じたVRMMOの戦闘とリアルのそれとの大きな違いは、鼻を突き刺すような臭気だった。
ゲームでは嗅覚と味覚がカットされているために、血が大量に流れるとこんなにも甘ったるく吐き気を催す悪臭になるとは知らなかったのだ。
やってきた隼人達が固まって突っ立っているのに気が付いたのか、鋭い牙から血をしたたらせた豚頭のオークがこちらへ振り向く。
人間を捕食する怪物とこの場に立ちすくんている者達との視線が絡まった。
オークは歪めた頬に飛んでいた赤い飛沫を長い舌でべろりと舐めて近づいてくる。
隼人たちが動けないのが分かっているのか焦って近付こうとはせず、舌なめずりして歩くその濁った瞳には弱者をいたぶろうとする暗い光がある。
オークの思考や表情など読みたくもないが、おそらくはいい獲物が見つかったとほくそ笑んでいるのだろう。
そんな時、軽い破裂音が響いた。
「君達、ここは危険だ! 早く避難しなさい!」
拳銃を両手で構えた警察官が叫ぶ。
歩いていたオークの体が小さく揺れ、怒りの雄叫びを上げた。
贅肉でだぶついた肩に弾丸が当たったのかそこから出血しているが、まるで気にしていない。
豚面をその警官に向けると、怪我の影響など見せずに走り出す。
警官も自分に向かって突進するモンスターに何度か発砲しているが、目を血走らせて牙をむくオークの迫力に対してあまりにその銃声は小さく頼りない。
駆け出したオークは肥満体からは信じられない瞬発力でジャンプすると、太い両腕に握った斧を警官へ力任せに叩きつける。
激しい金属音がして二人が倒れこみ、オークが警官の上に覆いかぶさった。
警官は斧の刃に対して間一髪、銃を盾にして受け止めていた。
だが、巨体が飛びかかってきた勢いまでは支えきれなかったのだ。
警官からしたら怪物が助走をつけて振るう凶暴な一撃を防げただけで僥倖だ。
だが自分よりも遥かに力のあるモンスターが斧を持って、しかも馬乗りになっているという最悪の状況に追い詰められてしまった。
警官は必死に身をよじり、オークの豚面に銃を向けると下からその濁った目を狙って引き金を引いた。
いくら怪物でもこの急所は無防備なはず。
カチリ。
空しい音だけで弾は出ない。
弾が尽きていたのかそれとも斧を受け止めた時に壊れてしまったのか、どちらにせよ銃はもう使用不能だ。
万事休すと半ば諦めかけた警官と、まだ修羅場に固まったままの隼人の視線がぶつかった。
警官は閉じそうになった目を見開くと、力を振り絞って叫ぶ。
「馬鹿! 早く逃げろと言っただろう!」
今にも自分の命が消えようとしているのに、それでもまだ彼は公僕としての使命を忘れてはいなかった。最後の抵抗に使うべき力を見ず知らずの若者への警告に費やしたのだ。
ピンチの時にその人間の本性が現れるというなら、彼はまさにヒーローである。
だが、常人が無理をすればその代償をすぐに支払うこととなってしまう。
――ゾブリ。
小さく肉に何かが突き刺さるくぐもった音が響く。
「ぐあああー!」
オークがその鋭い牙で警官の肩へと噛みついたのだ。
斧と銃で鍔迫り合いで馬乗りの形になっていた体勢から、もう待ちきれないとばかりその豚面を食欲に任せて目の前の獲物にかぶりついた。
「その人からてめぇの汚い手を放しやがれー!」
次の瞬間オークの大きな鼻がスニーカーで潰された上に、豚の顔にまでめり込んで吹き飛ばされた。
「その通りよ! 今だけは放すのは手ではなく牙だったでしょうというツッコミはしないであげるわ。雷撃!」
隼人の蹴り一発で吹き飛び、宙に浮いたままだったオークの体は雷によって追撃された。
呪文を受けたオークの手足が空中ででたらめに踊り出す。
ひとしきり痙攣した時には落下したその体はすでに半分以上が炭になっていた。
微かにくぐもった断末魔を上げると、横たわっていた地面からオークの死体は消滅する。
無くなったのは死体だけではない。鈍い斧に錆びた鎧といった装備に加え、流した血痕や炭のかけらさえ綺麗さっぱり無くなったのだ。
数秒後のアスファルトに残っているのは、オークが消滅した地点に新たに出現した小さなコイン――おそらくは金貨――だけである。
「これってやっぱりモンスターを倒すと出てきたんだよな……」
倒したモンスターの死体がなくなるのもドロップアイテムが出てくるのもゲームの仕様そのままだ。そう納得した隼人は倒したオークから負傷した警官へと注意の方向を変える。
彼が飛び出したのは、オークを倒すためというよりも勇気ある警官を助けたかったからだ。
警官が噛みつかれたのは肩と首の中間辺り、下手をしたら頸動脈にまで牙が達しているかもしれない。
もしかしたら出血多量で間に合わなかったのでは……、そんな隼人の心配は頼りになる妹の魔法によって払拭される。
千鶴に膝枕されている警官は、すでに彼女の治癒魔法によって癒されていたのだ。
柔らかな光が収まると、そこにいるのは安らかな表情で寝息をたてている警官とむしろこっちの方が具合が悪いんじゃないかと心配なほど顔色を悪くしている千鶴だ。
アスファルトに女の子らしくハンカチを置いてその上に正座している千鶴は、膝に警官を載せているだけなのに随分と辛そうだ。
「どうした千鶴? 魔法で疲れたのか? それともお前がどこか怪我したとか?」
「ううん……その私、血がちょっと苦手で……」
一般的に女性の方が男性より血に対する忌避感は少ないらしい。それは月のもののせいである程度血への慣れがあるからだ。だが当然苦手な女性もいて、残念ながら千鶴もその一人のようだった。
傍らにいた駿介が若干膝枕されている警官を羨ましげに見つめながら千鶴にミネラルウォーターのペットボトルを渡す。こんな場合には手を洗ったり飲んだりできる分、ジュースよりも水の方が役立つ。
でも、ペットボトルは冒険者装備には入っていないはずだからこっちに向かう時に水を用意したんだろう。準備がいいな、さすがは忍者だ。
その駿介がすっと真剣な表情を作り視線を隼人の後ろへ向けた。
「隼人兄、危ない! 後ろだ!」
「馬鹿隼人、油断しないで!」
駿介と冴月の悲鳴に隼人は弾かれたように後ろを振り返る。
するとその視界には大きくさっきと別のオークが斧を振りかざす姿が。
――馬鹿か俺は! ここはもう戦場だろうが、敵は一匹だけじゃなかったのを忘れるなよ!
彼は反射的に左腕で頭を庇う。
こういう緊急事態において防御の高等テクニックなんてものを駆使できるのは格闘技の熟練者だけだ。
格闘技など習ったことのない隼人には腕で急所を守るのが精一杯だった。
鈍らだが血にまみれた大きな斧が振り下ろされる。
ペシッ。
戦場では耳を澄ましてないと聞こえないぐらいの小さく乾いた音が響く。
目をつぶって衝撃に備えていた隼人が左腕に感じたのは、精々がハリセンかプラスチック製のバットで軽く叩かれた程度の衝撃だった。
「なんだ、これ?」
疑問に思ったのは彼だけではない。目の前の攻撃したオークでさえもが不思議そうに振り下ろした斧を見つめている。なぜかそこにはあるべき刃がなくなっていたのだ。
全員が困惑していると、重そうな音を立てて斧の先端部分が道路に落ちる。
その場にいた全員――隼人・駿介・千鶴・冴月に加えオークまでもが、へし折れていた斧の刃が上へ弾け飛ぶと少しの間を置いた今やっと落ちてきたのだと理解した。
「なるほど俺の体の方が切りつけられた斧よりも頑丈ってことか」
「さすが私の盾なだけはあるわね」
「いや違うよ! 騎士は忍者の盾になるために存在するんだよ!」
「二人共間違ってるからね! あれは盾じゃなくてお兄ちゃんだよ!」
盾としての性能を讃える二人はもとより、兄をあれ呼ばわりする千鶴もどうなのだろう。そんなツッコミが頭に浮かぶほど隼人は冷静だった。
現金なようだが敵の攻撃力を自分の防御力が大幅に上回っていると理解し、負けがないと確信すると隼人の中にあった恐怖が消えていったのだ。
そう、もしここにいるのがゲーム内通りの強さを誇る隼人のキャラクターならばオークの群れぐらい鼻歌交じりで一蹴してしかるべきだ。
ブロックした左腕を確かめても腕そのものには全く異常がない。
当たった部分のシャツが裂けただけで、その下の皮膚は赤くなってさえいないのだ。
隼人の唇がつり上がる。
逆に対面しているオークの醜い豚顔ははっきりと恐怖に引きつった。ようやく彼我の戦力差に気が付いたのだろう。だが当然隼人に逃がすつもりはない。
「このシャツの仇だ!」
隼人は握りしめた右拳を思い切り振り抜く。
轟と風を裂いたパンチは見事にオークの顔を打ち砕いた。
固体ではなく水面を叩いたようにほとんど彼の拳には手応えがない。
追撃する必要もなくそのままアイテムを地面に落とし消滅するオーク。
自分の振るった拳のあまりの破壊力にわずかな恐怖が芽生えるが、そんな物は敵モンスターの死体が消えるのと同時に消えていった。
この力はモンスター相手にだけ使えばいいだけだと割り切れたのだ。
そこで隼人は初戦闘の緊張ですっかり頭から消えていたことを思い出す。
「いかん、忘れていた」と呟くと、自分の姿を普段着からミスリル製の鎧姿へと変化させたのだ。
素肌でも斧を弾き返すぐらいのステータスにはなっているが、やはりこうして鎧で守られていると安心感が違う。
その間に彼の仲間は大暴れしていた。
「ふふふ、隼人ばかりにいい格好はさせたりしないわ。それに私を嫌らしい目で見た豚共、裁きの雷に撃たれなさい」
間違ってはいないが、かなりサドッ気の強い言葉で残ったオークの群を殲滅する冴月。
こういった多人数の敵をワンアクションの魔法で攻撃できるのは魔法使いの特権だ。
彼女もまた隼人と同じタイミングでゲームキャラの装備に変更していた。
どうも相手モンスターがゲーム同様に死体を残さないのでゲームと同じ感覚で戦えるのか、すっかり現場到着時のショックからは回復したらしい。
器用に味方を――冒険者である彼らだけではなく倒れている警官や一般人もだ――避けた雷が周囲一帯を覆う。
雷光が去った後はオークが一掃され、数個のアイテムが残っているだけだ。
「ふう、すっきりしたわね」
「う、うん。そうだな」
「冴さんありがと!」
「確かに助かったけれど、やっぱ冴月姉は怖ぇ」
「こら駿介、そう思うのも当然だが忍びなら本音は隠しておけ」
「え……駿介だけじゃなく隼人までそう思ってるの?」
ドン引きした様子の男子二人に口を尖らせる冴月。
そんなチームワークを再確認しなければならないちょっとしたごたごたはあったが、とりあえずオークの群れを退治して当面の危険が去った。
残された負傷者の手当にしても、千鶴の一定のエリアをまとめて回復させる呪文一発で済んだのだからファンタジー世界の魔法を使ってしまうとお手軽なものだ。
しかもご都合主義なことに、ここで死亡した人間は一人もいなかったのがありがたい。
もし死体があればおそらく蘇生呪文を試すことになっただろう。
千鶴のような性格の少女が死んだ人間をそのままにするのを良しとするはずないからだ。
一般人に蘇生呪文が効くならおそらく隼人達にも効くはずだ。
そうするとモンスターと戦うリスクをぐっと下げられる。
自分たちの生死に直結する実験が出来なかったのは少し残念だが、見つかる危険性をこれ以上増やすわけにはいかない。
モンスターの死体で実験を……とも考えたが、すぐに消滅するので少なくともこの場で試すのは無理のようだ。
モンスターで蘇生を試せば、成功してもその後すぐにまた殺さねばならないからやらずに済んで良かったかな。
かなり外道なことを考えていた隼人だが、犠牲者がゼロなのを喜んでいる仲間の姿にそんな暗い失望は消えていった。
――俺達のパーティーがここに来なければ、確実に死者が出ていた。だから誰も死ななかったってことは人助けが間に合ったってことだよな。
隼人に千鶴、冴月と駿介が充実した笑みを交わしあう。
もっとも今は全員ゲームキャラクターの姿になっているので、笑い合う鎧騎士と魔女に修道女と忍者という日本の町中としてはかなりシュールな光景ではあったが。
これで終わればハッピーエンドだっただろう。
「お、お前達、いったい何者だ……」
「そこのコスプレをしている者達に告ぐ、今すぐ人質にしている警官から離れて抵抗を止めろ!」
――空気が読めない自衛隊の連中が、迷彩服を着て銃を構えて邪魔をしにこなければ。