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第十一話 ゴールが見えれば頑張れるよね、それが蜃気楼でも

「駿介、気軽に動物を拾ってきちゃいけないっていつも言っているだろう?」


 弟分の悪さについては寛大だった隼人の声にもさすがに今回は棘がある。

 孤児院時代からこの駿介が起こすトラブルの後始末をするのはなぜかいつも決まって彼の役目となっていた。だからこれまでも同様に叱ったことは多々あるのだが……。

 他のイタズラや失敗ならともかく、生き物が絡んだ場合のトラブルはシャレですまなくなる割合が多いので一番頭が痛くなってしまうのだ。

 ましてや今回は――


「犬や猫ならまだしも、自衛隊員を勝手に連れてくるってのはどーいうことだよ」

「わ、わざとじゃないって! いつの間にか僕だって気がつかないうちにこいつを引きずってたんだ。忍者装束の帯にこいつの装備している金具が引っかかってたんだよ!」

「駿介ったら鈍い子だとは思ってたけれど、まさか人一人を引きずってもその重みに気がつかないはずがないでしょう? ……やっぱりお仕置きが必要ね」

「さ、駿もわざとじゃないなら拾った場所に返しに行こう? 私も一緒に謝ってあげるから」 

「むしろどうやってこいつを返すかが問題だよな。連れてきたあの公園は今頃自衛隊員でいっぱいだろうし、その辺に放り出すとモンスターに食われかねないし」


 隼人の言葉にこのままモンスターの出没する危険地帯に置いていかれると思ったのか、手足を縛られた上に目隠しとさるぐつわまではめられた自衛隊員の海江田士長が「んーんー」と呻く。

 その悲痛な響きにパーティーの全員が視線を交わし合うと一斉にため息をついた。


「とりあえずこいつと話し合いをしてみるか、それじゃ皆顔を隠せ」


 隼人が率先して兜を被ると、それぞれが忍者頭巾やローブの陰に顔を隠す。

 賞金首となっている現状で自衛隊の隊員に彼らの素顔がバレてしまうのは百害あって一利なしからだ。

 かくして鎧を着た騎士、まばゆく青に光る忍者、暗黒一色に染められた魔女、白く輝くローブの修道女という全員が正体不明の一団になったのを確認してから隼人は目隠しとさるぐつわを外す。


「いいか、大声を出すんじゃないぞ」

「うう……今のってまるっきり誘拐犯のセリフだよぅ」

「あら、客観的に見ても自衛隊員を力尽くで連行しているんだから実行犯の忍者とその一味は間違いなく誘拐犯よ。あ、ちなみに私はその犯行グループにはカウントされていないからね」

「ええっ? そんな冴月姉、僕らを見捨てるの!?」

「お前らうかつに名前を出すなって!」

「あの、冴月姉ってどなたですか? もしかして誘拐した賞金首のボスの名前が――」

「誰がボスですって!?」

「冴月落ち着け! それに人質のお前もそこは聞かなかったフリしてろよ! 犯人が人質に名前や情報を知られたと気づいたら、ここで始末した方がいいかもって思っちゃうじゃないか!」

「そんな残酷なことしちゃダメだよ! それに何度も言うけれど私達は犯罪者じゃないってばぁ!」


 混迷する会話に兜のまま頭を抱える隼人。このままぐだぐだと話し合いをしていてはマズい気がする。

 かといってこの場に海江田を放置して「はい、さようなら」もできない。もしモンスターに襲われれば彼は命を失うだろうし、運良く自衛隊に帰還できても今の会話から彼らの情報を握られてしまうからだ。


「ああ、何かお悩みのようですねぇ。うんうん、よく分かりますよ。うちだって滅茶苦茶(しがらみ)が多いくせに上からの命令には絶対服従しなきゃいけない職場でしょ? だから馬鹿な上司と生意気な部下に当たると……」

「いや国への信頼感を失わせる自衛隊のグチはそこまでにして」


 なぜか同情したようになれなれしく海江田からとめどなく流れだした職場への不満を食い止める。

 本気か隼人達の気を緩めさせて交渉の足がかりにしよとしたのか不明だが、そのままなら何時間でも独演会としてグチが続きそうだったからだ。

 だがこれは場の空気を軽くした。隼人達が持っていた自衛隊という武装組織に対してどこか怖いという一般的な印象を薄れさせ「あ、意外と普通の組織なんだ」という意識が働いたのだ。

 狙ってか天然か軍人というイメージから外れている海江田は上手く交渉の糸口を掴んだ。


「あー、それにしても不思議だな。君達は確かに奇妙な格好をしているけれど、モンスターでも犯罪者でもないよね? ならどうして賞金首なんて物騒なものになってるのかな?」

「いや、それがこっちにも原因はさっぱりで……」


 首を捻る隼人に、どこか顔色を悪くした駿介や冴月が左右の耳を引っ張ってささやいた。


「もしかして忍者のスキルで気配を消していたとはいえ、自衛隊をまくために時速四百キロオーバーで首都高を走破したのがまずかったか!? やっぱりあれだけ出したら他の車がいなくてもスピード違反だよね」

「いいえ、人間だったらどんな速度を出そうとも道路交通法違反にはならないはず。それより、私の雷がオークを倒したときに近くのビルや車に誤爆したのはきっと関係ないわよね?」

「も、もしかして私の手当が医者でもないのに勝手に治療したって訴えられてるんじゃないかな?」


 パーティの一人一人が犯罪に問われそうな自分の不安要素を他人の前でさらけ出してしまう。

 だがたとえこれらの行為が明るみになったとしても、それだけで生死を問わないほど罪の重い賞金首にまではならないはずなのだが。


「……君達って意外と沢山すねに傷があるんだね」 

「こ、こいつらだけだから!」


 必死に抗弁する隼人、しかし味方のはずの冴月から「甘いわね」と人差し指を突きつけられた。


「何言ってるのかしら隼人。今回のトラブルに助けに行こうと突っ込むのを主張したのはあなたでしょう。私達はその後から付いていっただけよ。つまり煎じ詰めるとこれまでに私達が起こしたトラブルは全部あなたも共犯――いいえ主犯よね」

「マジかよ……」


 打ちひしがれ膝が折れかけた隼人に救いの手を差し伸べたのは、味方ではなく敵のはずの自衛隊員だった。


「あの……仲間内でお話中みたいだけど、ちょっといいかな」

「なんだよ?」


 海江田からの丁寧な質問にふんぞり返って無意味に威張りながら駿介が答える。どうもいつもはイタズラをしては叱られてばかりいる彼は大人が下手にでてくれるのが嬉しいらしい。


「現在君達は危機に追い込まれてるみたいだけれど、このモンスターが襲撃してくる大事件を解決すればその活躍が話題になって賞金首から逃れられるんじゃないかな。生死を問わない賞金首なんてこの混乱が収まればさすがに問題になるだろうし、事態を収めた功労者を生死を問わずに引き渡すなんて民意が許さないだろうしね」

「ん……それはまあ確かにそうだよな。でもその言い方だとここまで広がった事件を解決する方法を知っているのか? さもなければ絵に書いた餅だが」


 まだ今回の事件は全容さえ判明していないのに、と隼人は胡散臭そうに海江田を見据えた。


「まあなんて言うか、僕もちょうど今彼の帯に引きずられて連れてこられたみたいに色々とトラブルに巻き込まれやすい体質でね。そのせいか妙なツテというか色々と変わった人脈が自慢できるぐらいにはあるのさ」


 尊敬してもいいんだよと胸を張る怖さより親しみやすさが先に立つ自衛隊員に隼人だけでなく他のメンバーも胡乱な目を向ける。


「こいつ本当に軍人かなぁ、僕も忍者らしくないって言われるけれどそれ以上に堅苦しいはずの軍人らしくないよ」

「うん……でもほら、怖くないからいいんじゃないかな」

「まあ話しがしやすいのはありがたいが、舐められやすいのは軍人として駄目だよなぁ」

「ならちょっと締め上げてみる? 痛い目を見せてやれば本性が現れるんじゃないかしら?」

「冴月、お前それってただイジメたいだけじゃないのか」

「ま、まさかぁ」

「あの、図星を差されたように冷や汗を流してそっぽを向いている美少女さん、できれば痛い目に合わせるのは勘弁してもらえないでしょうかねぇ」


 縛られている海江田は自衛隊員というよりも個人商店の店番が似合いそうなぐらい腰が低くフレンドリーである。

 おそらくは彼も声や態度から隼人達が経験の浅い少年少女だとは察しているはずだ。にもかかわらず身動き一つできない状態でにこやかに対応できるのは凄い。

 普通ならばつい年齢や自衛官という立場を笠に着て居丈高になってもおかしくないが、彼はそういった軍人的思考とは一線を画した精神構造をしていた。


「で、その怪しげな人脈からいったいどんな解決方法を入手したんだ?」

「ええ、それは気になるわね。素直に教えてもらえなければ、あなたがなぜか突然の落雷にうたれてしまいそうな気がするほどに」

「うん、気になる気になるー! 僕も教えてもらえなきゃ冴姉に引き渡したくなるぐらい気になる」

「あ、あの、私はたとえ冴さんの雷で怪我をしてもちゃんと治療してあげるけれど教えてほしいです」

「……えーと、うん、素直に喋るからこんな雲一つない空なのに雷に打たせるのはやめてくれないかな」


 こほん、と咳払いすると縛られたままという姿のままで最大限の格好をつけて「逃げたりしないから自由にしてくれないかな」と要求する。内容だけでなく話し手の態度が説得力に大きく影響するのを海江田は知っているのだ。

 そんな彼から促されるまま手足の拘束を外し、しぶしぶ荷物からタブレットを渡す。

 本来は人質である海江田に情報機器を扱わせるのがマズイのは承知しているが、もし自衛隊の救出部隊が来ても逃げればいいだけさと隼人も腹を括ったのだ。

 だが海江田は裏切る素振りなどまったくなく、すぐ画面に都心のマップとそれに付随する資料を取り出した。 


「……つまり都心ではこの地点から同心円状にモンスターが出没し、しかも内側に行けば行くほどモンスターの強さと数が上昇しているんだよ。そこから素直に考えると、その中心地点にある何かが少なくともここら辺一帯の異変の大元であることは確かみたいだねぇ。

 だからこの中心地点にあるビルの上にいきなり出現した塔を攻略すれば――とりあえず安全は確保されるんじゃないかなー責任はもたんけど――と知り合いは予測していました。まあこの予想が外れても別に自分は困らないんだからねって、そいつが照れ隠しで付け加えるぐらいに希望的観測が多分に含まれているのも確かです。しかし、これは賭けるべき価値がある一発逆転が可能な情報ではないですか? あなた達にとっても、そしてモンスターに襲われ続けている日本にとっても」


 それは実に甘く魅惑的な誘いだった。

 これまでのようにちまちまと面倒なモンスター退治をしなくてもいいからだ。しかも隼人達はその骨が折れる退治作業を自衛隊や民間人を警戒しながらやっていたのである。どうしても精神的に消耗――というかかなりストレスが溜まっていた。

 その塔の奥にはゲーム的思考からすると、まず間違いなく強力なボスキャラがいるはずだ。

 しかし一気に攻略する指針と目標ができたのだから、すぐに全てが片付くという誘惑にとても実戦経験の浅い少年少女達に抗える訳がなかった。


 もちろんこれはその塔を攻略すれば周辺のモンスターが収まるという海江田の話が正しいという前提が正しければの話であったが。

 そしてただ一つ失敗があるとすれば、彼らがこの作戦に飛びつく前に話を聞いたという海江田の知り合いとやらを確認しておくべきだった。

 もしその知り合いの名前がアメリカ帰りの科学者である外場博士だと聞けば、また違った選択もあったかもしれない。


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