第九話 デッド・オア・アライブで人違いしたら大変じゃない?
人通りを離れた小さな公園の真ん中で休憩しているのは、東京という服装に関しては許容範囲の広い都会でも異色の四人組だ。
そのリーダーである隼人は全身鎧のままベンチに腰掛けている。彼が座っただけで石で作られているベンチが軋むのだから、分厚い装甲の鎧はいったいどのぐらいの重量なのだろう。そんな夏には重装備すぎる隼人が急にぶるっと身を震わせてくしゃみをした。
隣席にいた冴月はそのくしゃみから素晴らしい反応で身を引くが、文句を口に出すのを取りやめて首を傾げると彼の額に手を当てようとする。
「どうしたの隼人? 夏なのにプレートメイルというたぶん日本で一番厚着をしているんだから寒くはないはずでしょう。もしかしてあなたでも風邪を引くのかしら? はっ夏風邪は馬鹿が引くって噂だけれどそうなるとあなたって」
「いや、くしゃみしただけでそこまで論理を飛躍させないでくれ。ちょっと寒気がしただけだって」
だから気にするなと冴月の手を額の前でガードして誤魔化すが、体温を計るふりにかこつけて接触を図っては失敗した彼女はどこか納得していない雰囲気だ。
まあ隼人はこれまで風邪すらも引いたことのない健康優良児だったのだ。そんな彼がくしゃみをして悪寒を感じているという時点で、もうかなりまずい体調だと冴月が考えてもおかしくない。
「千鶴、隼人が夏風邪を引いたみたいだから治癒をかけてもらえるかしら」
「うん、もちろんいいですよぅ。風邪だったら怪我を治す治癒よりも、病気を祓う病魔祓いの方がいいと思う。でもお兄ちゃんが風邪引くなんて珍しいよね、もしかしてこれが初めてなんじゃない?」
風は万病の元だから注意しないとダメだよぅ、そう隼人の目の前人差し指を立てて注意してからいそいそと病を癒す呪文を唱える千鶴。
オレンジ色の暖かい光がふわりと隼人の全身を包み込む。実際に隼人は柔らかな羽根に包まれたような安らかさを感じていた。
美しい光景だが、実はまったく無意味である。
まさかさっき彼がしたくしゃみが風邪ではなく、同時刻に自衛隊の科学者らによって隼人達が人間から人権を保証されない実験動物に認定されたことによるものだったのだから。まあ彼女たちは知る由もないが。
そこに能天気な忍者が事実にニアピンの意見を携えて参上する。
「あーそっかー。隼人兄は今ネット上で「さまよえる鎧騎士」って有名な都市伝説の主っぽくなってるから、それで皆に噂されたせいでくしゃみをしたんじゃないの?」
「はあ? 俺って都市伝説になってるの? しかもなんだよそのオリジナリティのない安っぽい都市伝説は。それにパーティの中でどうして俺だけが? いや別にお前らまで一緒に都市伝説の主になれって訳じゃないけど」
「うわー隼人兄が怒涛のツッコミ連打だー」
「えーでも私は都市伝説になるのは嫌よ。だってみんなに昨日モンスター退治をしてたねって噂されると恥ずかしいし……」
思わずこぼれたツッコミに対する駿介の反応はスルーするが、もじもじしながらどこぞのギャルゲーのラスボスのような言葉を紡ぐ冴月に隼人は口を尖らせる。
そんな風に無視された駿介から「ほらほら都市伝説になった証拠だよ、これ見て」と突きつけられた携帯の画面には確かに鎧姿でオークの群に突っ込み一般人を救出すると、今度は彼らの前に立ちモンスターから襲われないよう盾となっている隼人が動画で映し出されていた。
「隼人兄は先頭を切って一般人を守っているからどうしても目立つんじゃないかな。女性陣は後ろにいるから素人のカメラマンでは撮りにくいし、下手したら冴姉の雷でカメラがお釈迦になるから。僕は忍びの者だから知らない内にカメラに撮られるほどグズじゃないしね」
「あ、本当だ。兄さんが写ってる画像は隠し撮りっぽくいろいろな角度から取られてるのに、駿介ちゃんが撮られている数少ないのは全部ちゃんと敵を倒して歌舞伎役者みたいに見栄を切ったシーンばかりで目線もしっかりとカメラに向いてるよ! これ絶対にコラかやらせだと思われてるね!」
感心しきりの千鶴だが「写真や動画写りを気にしてポーズをとる忍者ってどうなんだろうな……」と首を捻る隼人と「え? 僕の映像ってコラかやらせだと思われてんの?」と仰天する駿介。
これは知らない内に撮影されていた隼人が油断していたというよりも、盗み撮りに気が付いていた駿介の方が異常だ。
普通の少年は肉体的なステータスがアップしたとはいっても、生死を賭けたモンスターとの戦闘中に背にして守っている一般人から隠し撮りされることにまでは気が回らない方が当然だからだ。
「……冴月や千鶴が画像の端にちらりと映ってるのもあるけれど、ちゃんと顔や体型はローブで隠れているみたいだからあまり気にしなくてもいいか。俺も兜で顔は分からないし、駿介はどうでもいいし、まあこのぐらいなら許容範囲だろう」
「あれ? さりげなく僕ディスられてない?」
一人ハブられて不服そうな駿介。
だが彼は今もきちんと顔を覆う青い忍者頭巾を身に付けているために、そこから覗く二つの目からしか表情は読みとれない。これでは撮られた写真で指名手配されても「なんか青くてやたら目立つ忍者だった」としか表現できず、正体が誰なのかまでは特定出来ないだろう。
「悪ぃ。ま、冗談はここまでにして、このキャラクターの格好をしたままだったら救出活動もモンスター退治も問題なさそうだな」
ピコン。
隼人が明るい見通しを言い終わるとすぐに駿介の携帯がなんとなく旗を立てるような印象の明るい音を立てた。
「ん? なんだろ?」
画面を覗く彼の顔が忍者服とお揃いになるほど青ざめていく。
「どうした、まさか今のでヤバいフラグを立ててしまったとか?」
「そんなことあるはずないでしょう! それで、どうかしたのかしら駿介?」
隼人の軽口をぴしゃりと封じた冴月にいつもはお喋りな忍者がその口を閉ざしたまま、携帯の画面をこちらに掲げた。
その画面は小さいが、キャラクターのステータスによってアップした視力を持った彼ら全員にははっきり視認できた。
そこにあったのは動画から抽出された彼らの兜やローブで覆われた写真が何枚か。それより問題は写真の下に記された記述と大きな数字である。
「デッド・オア・アライブ――生死を問わずこれらの人型モンスターを引き渡した者に、獲物一匹当たり百万ドルの懸賞金を与える。ただし死亡させた場合には確実に死体を確保しておくこと、か。おいおい、いつの間にか俺たちはモンスターか害獣扱いされてるぞ。まあ、そうでもしなきゃ日本国内で生死を問わずなんて言えないが」
苦虫を噛み潰しながら読み上げた隼人に憤慨した声で抗議が沸き上がる。
「そ、そんな! 私たち頑張ってみんなを助けてたのに……。早くみんなの誤解を解かなくちゃ!」
「うん、まあ、そだね千鶴姉。早く誤解が解けるといいね。でもネットだと拡散が速いからなーいったいどうやって誤解をとけばいいのやら。それにこの懸賞の噂が広まると、これまでみたいな救助活動は相当やりにくくなるよ」
「ああ、そうだな。下手したら救助されるふりをして罠をかける奴らもでてくるかもしれん」
「ふふふ、どうして私たちが生死不問で狙われなければならないのかしらね。この馬鹿な懸賞を懸けた元締めはどこなの?」
「ええと、そうだな……外場研究施設?」
死体または生きている獲物と賞金の引き渡し場所として指定された研究施設は、かつて隼人がどこかで聞いたことがある名前だった。
喉に小骨が刺さったように悩む隼人の隣で鏡合わせのように首を捻っていた駿介は思いだそうとするのは途中で諦め、携帯にその名前を打ち込む。
しかもすぐその後で「げ」とうめき声を上げたのだから気にならないはずがない。
「どうした駿介?」
「外場研究施設って昔人体実験をやったとか、米軍と繋がっているとか、マッドサイエンティストがいるとか、こんなこともあろうかとが口癖の博士がいるとか、とにかく色々な意味でネット上の話題になるとこだよ」
「あ、だから俺も聞き覚えがあったのか」
うんうん、俺が聞いたのはゾンビを作ろうとしてるという噂だった。そう隼人は胸中でもやもやしていた疑問が晴れる。なんだか歯に挟まった物が取れたようなすっきりした気分だ。
ただこの時点ではまだ彼らは外場研究施設に聞き覚えがあったのは都市伝説だけでなく、隼人たちが参加していたVRMMOの研究開発と資金提供にも関わっていたからだとは思い出せなかった。
か細いが彼らをつなぐ糸が存在していたのだ。
「ってそうじゃねぇよ、それってかなりヤバいよな。話半分にしてもかなり評判が悪いところみたいだし。しかもその悪い噂が表沙汰にならないようにもみ消すだけのちゃんとした政治力は持っているなんて最悪だろう。今回にしてもこんな生死を問わずなんて懸賞金を出したら普通は警察が動くだろうに、それを抑えきっているんだからかなり非常識で力のある施設だ」
まさか噂の全てが本当だとまでは思わない隼人だが、話半分にしても危険すぎる相手だと判断する。
その判断は妥当なものだが、懸賞金を決める陰で、
「博士、彼らを殺してもかまわないという依頼でよろしかったのですか? モンスターの場合死体は残りませんでしたが」
「ああ、ビデオ見る限りでは民間人の攻撃じゃどうやってもあれは殺せないだろー。また殺される程度の能力しかないなら研究する意味もないしね。それなら殺すつもりでやってくれた方が妨害行動にはなる。彼らだって守ってるはずの民間人から殺意を持って攻撃されれば肉体的にはともかく、精神的なダメージは期待できるしねー。もし賞金首稼ぎ気取りの連中が反撃されて何かあったとしてもそれは自己責任だからさ」
といった会話が交わされていたとまでは想像していない。
さてそんな評判だけではなく内実も真っ黒の相手にターゲットされていまうなんてどうすればいいのかじっくり考えたいが、隼人たちにそんな贅沢な時間は与えられなかった。
彼らが休息していた公園に一団となった少年グループが入ってきたのだ。
しかも見た目からして普通の学生などではなく、明らかに暴れたくてうずうずしているのが分かる。地震の影響で迷ったり避難しそこねたのではなく、モンスターのいる危険地帯に遊びにやって来ましたという感じだ。
そのチンピラめいた外見を行動は裏切らなかった。ベンチにいる隼人たちを目にするや飢えた狼が羊を見つけたみたいに襲いかかってきたのだ。
「おいおい、見ろよあそこに賞金首がいるぞー!」
「ちょっと待て、俺たちは別に狙われるようなことは……」
「黙れそこの一億円!」
「うひー、こんなところに金が落ちてるなんて、俺らの日頃の行いのおかげじゃね?」
もはや少年達は隼人達を人間ではなく獲物か札束としてしか認識していない。そういう意味では外場博士が仕掛け、自衛隊が乗った作戦は成功したと言えるだろう。
賞金をかけた者たちからは鉄砲玉や消耗品とした考えられていない不良は、彼らなりの喧嘩の流儀なのか律儀に大声を上げて威嚇してから突進してきた。
各々の手にあるのは釘バットやバールのような物騒な凶器だ。
そんな彼らの全員が額に巻いたバンダナやシャツといったどこか一部を赤く染めているのだから、いわゆるカラーギャングというやつらしい。
まったくこういう人間は三国志時代の黄巾賊から進歩していないのかと隼人はため息を吐きたくなった。
しかし彼らは間違いなく懸賞金に釣られてきたのだろうが、それならば懸賞首の写真元となったモンスターを倒した動画を見てなお自分たちが隼人たちに勝てると思っているのだろうか。
おそらくそれはない。ただ金に目がくらんでいるだけだと隼人は判断した。
「ちっ、できるだけ無駄な戦闘は避けてさっさと逃げ出そう」
彼らのスピードならこんな一般人は簡単に振り切れるはずという隼人の考えは間違ってはいない。だが事態はそう上手くはいってくれなかった。
その原因は頼りになるはずの彼の仲間だった。
「はあ? 今なんて言ったのかしら? よく聞こえなかったからもう一回言ってくれない? 誰がいい年しての魔女っ娘のコスプレしてるだって? ほら早く答えなさいよ、そんなに地面でピクピク虫みたいに蠢いてないで」
冴月がなにか気に障る挑発を受けたのか、早くも数人のカラーギャングを地面に這い蹲らせ痙攣させている。
「馬鹿! さっさと逃げるって言ってるだろ!」
「あ、ごめんなさい。つい」
「ちっ、駿介この場はとにかく……」
煙幕でも使って逃げるか、駿介にそう言いかけて隼人は言葉を飲み込んだ。そっちでも似たような光景が繰り広げられていたからだ。
「千鶴姉に手を出すなと言っただろう!」
「ぐえっ、手を出すなってそんなこと今初めて聞いたぞ。しかもくそ、色物忍者のくせに滅茶苦茶強ぇーじゃねぇか!」
「確かに色物というか全身ブルーの蛍光色だけど、僕を舐めるな!」
「ああー! だめだよ駿介、相手の手足をそんな方向に曲げちゃ! この人たちの関節は今曲げたのと逆の方向についてるんだよ!」
「あ、ごめん。つい……」
鮮やかなブルーの忍者服がせっせとカラーギャングの体で奇怪なオブジェを作っている。
「まったくもう駿介は乱暴なんだから。はい、駿介のすりむいた掌に治癒。あ、それとそこのいろんな方向に手足が曲がってる人たちも治して上げるからじっとしててね」
「ん、ありがと千鶴姉」
「……あざっす姐さん」
素手で相手したため手にかすり傷をおった駿介と、手足が脱臼どころか骨折までいってそうなカラーギャングたちをまとめて癒す千鶴。軽く手を合わせて口の中で呪文を唱えるとそれだけで全員が元気な少年達に戻っている。
「いや、だから駿介も千鶴もさっさと逃げるって言ってるだろ」
「あ、ごめんね。でも怪我してる人はほっとけないし、つい……」
どうにも「つい」やらかしてしまうことの多いメンバーである。
またもため息をこらえるそんな隼人の後ろにも魔の手が忍び寄っていた。
「余裕見せてんじゃねーぞ、こらぁ!」
「振り向いてからのカウンター余裕でした」
隼人は降り下ろされる木刀をくるっと回転することでかわすと、その勢いのまま裏拳を相手の横っ面に叩き込む。
かなり手加減したはずだがそれでも敵は遠くの茂みにまで吹き飛んだ。
忍者スキル持ちの駿介ほどではないが隼人も感覚が鋭敏になっている。素人が背後に立つのを感知するぐらいなら容易である。
背後に立たれたその時点で対処しても良かったのだが、つい格好をつけるために相手からの攻撃を待ってから反撃をしてしまった。しかも説明的な台詞付きで。
周りを見るとさっきまで隼人が「何してるんだ」と叱っていた仲間が顎を上げて冷たい視線を隼人の方を向いている。もちろんその中でも一番こんな見下した表情が似合うのは冴月だ。
「あ……つい」
「あんたも「つい」かい!」
理不尽にも仲間からだけでもなくカラーギャングからもツッコまれてしまう。そんな実についうっかりパーティのリーダーらしい隼人だった。