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プロローグ

「よーし、それじゃ最終確認をしておくぞ。敵の攻撃は間違いなく銃撃がメインのはずだから千鶴(ちづる)が俺へかける祝福は防御力アップより矢避けの加護を頼む。冴月(さつき)はスタートしたら牽制の一発を、駿介(しゅんすけ)は俺が敵を引き付けたのを確認してからこっそり皆を連れてきてくれ。それじゃ準備が出来たらカウントスリーの後、真っ先に俺が突っ込むぜ!」


 指示を出している少年は荒削りだがまだどこかに幼さの残る顔つきだった。

 自信に満ちたその巨体に纏っているのは、今降り注いでいる月光が固まったような美しい白銀に精緻な意匠が刻まれている重厚な鎧である。そんなファンタジー映画に出てきそうな騎士装束の折上隼人(おりがみはやと)が三人の仲間と作戦を確認している。


「うん、分かったよ。でもやっぱり先頭に立つお兄ちゃんが一番危険なんだから、無理して怪我なんかしちゃ絶対にダメだからね」


 ささやかな胸の前に大きな杖を両手でぎゅっと握りしめているのは彼の妹である折上千鶴(おりがみちづる)で、こっちは全身鎧の兄とは対照的な柔らく軽やかな純白のローブ姿だ。

 頭一つはある身長差のため、兄に対して涙目で見上げ細い眉を寄せているのが「凄く心配してるんだからね」という雰囲気をいっそう強めている。


「何かあったら真っ先に隼人が突っ込むのはいつもの事なんだから、タイミングを合わせて相手を牽制するのは慣れてるわよ。だから千鶴ちゃんも心配しないの、隼人がちょっとやそっとでやられるわけないでしょう。こいつが倒れたのって小学生になる前にバナナの皮を踏んだ時と落とし穴にはまったぐらいしか私の記憶にはないわ」

「いや、俺は結構冴月に折檻されて倒れてるはずよな。そしてバナナの皮はともかくあの落とし穴を掘ったのはお前だっただろうが」

「……私の記憶にはないわ」


 無駄に鋭く凛とした声で責任回避し、余計なツッコミをするなと隼人の広い背中を激励か警告でか軽く叩く。

 そのまま心配そうな千鶴に歩み寄るのは、黒いトンガリ帽子に黒いマントにその下も黒いローブという漆黒の正統派魔女スタイルでまとめている闇雲冴月(やみくもさつき)という少女だ。

 よほど隼人の頑丈さを信頼しているのか、戦闘前なのに彼女が元気づけているのは最も危険な先陣を切る隼人よりもむしろ今にも泣き出しそうな千鶴の方である。


 冴月は女性にしては背が高く、普通ならダボっと体型を隠すはずのローブがぴったりと張り付いて均整のとれた体のラインを見せていた。その襟元からはみ出た癖のない烏の濡れ羽色の長髪と白い肌が月光の下に映えている。

 やや釣り目に似合う強気な笑みで千鶴の柔らかな栗色の髪を左手で撫でる。


「大丈夫、隼人はこのぐらいじゃかすり傷一つ負わないわ。なにしろいつも私の折檻を受けて無事でいるのよ?」


 などとさっきと矛盾した言葉で励ましているが、彼女が自分の背中に隠した右手はこっそりと握ったり開いたりしていた。

 どうやら隼人の背を叩くのに力を入れすぎたのと、彼が装備していた鎧の硬度が想像以上だったせいで手が痺れてしまったようだ。

 それでも誰にも気付かれないように表情を変えずに、なんとか一人で痛みを紛らわせようと四苦八苦しているのだから相当な意地っ張りである。

 

「おーい、周辺の罠のチェックと敵の配置は確認終了したよー。戦車は一台が前に出て二台は後方で予備のまま、バリケードの増加や位置の変更もなし。邪魔になりそうなモンスターもここら辺は自衛隊が掃除して影も形もなくなってるね。それに念のため罠がないかまでチックしたけど隼人兄の天敵らしきバナナの皮は道路に落ちてなかったよ。隼人兄が命をかけて敵の前でこけてみせるという体を張ったギャグは見れそうにないのがちょっとだけ残念だなぁ……。

 ま、そーゆー訳でだいたいは想定通りだから千鶴姉は心配しないでいいよ。機関銃ぐらいじゃ隼人兄の鎧を撃ち抜けないのは証明済みだし、万が一隼人兄が倒れてたとしてもそれは無視して千鶴姉は僕が目的地まで送り届けるから」


 そこに残ったパーティの一人、背の低い忍者姿の北方駿介(きたかたしゅんすけ)が偵察の報告に戻ってきた。

「隼人兄が死しても屍拾う者なし、でも拾う神はありかもだよー」とまるで異世界に転生させる神様のような戯れ言を続ける彼は千鶴と変わらないほど小柄だ。だがその身に纏うのは蛍光コバルトブルーの忍者装束という目に痛い姿である。

 何らかこだわりがあるのかもしれないが、その格好に「どこが忍者だよ、そのカラーの服はちっとも忍んでいないだろう!」とツッコまれるとなぜか上機嫌になるという一風変わった面のある少年だ。

 周辺の報告を済ませた駿介は千鶴だけは何があっても心配いらないと胸を叩いた。それどころか暗に隼人や冴月は邪魔だから倒れても構わないとでも言いたげだ。

 案の定そこでエスコートする人数にいれられなかった少女がどこか冷たい笑みで噛み付いた。


「へーそうなの。千鶴を守ろうとする駿介の心意気はとても心強いわね。でも同じ女性である私が眼中にないのはちょっと面白くないわ」

「いや……冴月姉はいつもレディファーストしたら却って怒るじゃん。それに……なんかどうやっても死にそうなイメージが湧かないし」

「ふふふっ、隼人。あなたが敵に突っ込むよりも駿介を無意味に捨て駒にする作戦へと変更した方が良くない? 良いわね? 決定ね? じゃあそうしましょうか」

「すいません、冴月姉。ただ千鶴姉の方がこんな緊迫する場面では転んだりしそうで心配だっただけなんです。でもかくなる上は冴月姉に拷問される前に潔く切腹を」


 駿介が片膝を付いて時代劇中で殿様の前に控えているような格好になり頭を下げた。しかもそのまま忍者服の襟をがばっと広げて腹を出し、短刀を逆手に持って謝罪するのだから随分と芝居がかっている。

 あまりにも掌を返すスピードが早く、しかも今にも切腹しそうな堂に入ったやり方である。相手へ「え? 侍だけじゃなく忍者も切腹したっけ? というか忍者は生き残ってなんぼなんじゃ?」という疑問を持つ暇さえ与えない。

 額に青筋を走らせていた冴月も駿介が腹筋を晒している姿に軽くのけぞり、二人の言い争いに割って入ろうかどうしようか迷っておろおろしていた千鶴もまた口をぽかんと開けている。


「やれやれ、駿介もこんなタイミングで切腹なんてするなよ。……いやまあ確かに冴月に拷問される前に命を絶ちたくなる気持ちは実に良くよく分かるけどな……。こほん、それよりもなんとしても女性だけは――特に千鶴は無事に届けようとするお前の心意気はありがたいが、少しは一騎駆けをする俺の心配もしてくれ」


 隼人は相変わらず優先順位の一位に千鶴を置く弟分に一つ肩をすくめた。

 するとあっさり晒していた腹を隠して襟を直し、元の態度に戻った駿介の「いやぁ、隼人兄だって僕に心配されても嬉しくないでしょ。だったら千鶴姉の方を優先した方がいいじゃん」という返答にそのすくめた肩をがっくりと落とす。

 切腹を止めようと空気を入れ換えるべく軽口で助け舟を出したが、その船を当の本人に撃沈されてしまっては仕方がない。

 隼人は付き合いきれないとこの騒動を見なかったことにして兜の面頰を下ろした。


「じゃあ、そろそろ行くぞ」


 まだ高校生だが、よくバイト先などでは「隼人、お前もう酒が飲める年齢だろ?」と誤解されてしまうほど厳つい顔を兜で隠し、屈伸運動をすることで自分の体と装備している鎧の調子を確かめる。

 この鎧は完全に彼の体にフィットしているだけでなく動きを阻害しない工夫が関節の随所に施してあった。かなりの重装甲にもかかわらず体を動かしても鎧からは煩い金属音はせず、聞こえるのは微かに軋む音だけだ。

 本来ならこれに盾を持つとパーティーの壁役としては完全装備になるが、今回は速度を重視するので盾の出番はお休みである。盾の十キロ程度しかない重さは気にならないが、かさばってしまうので走る邪魔になってしまうからだ。


「それじゃお前らは危ないから下がってろ」

「う、うん。それじゃお兄ちゃん気を付けてね」

「でも正直、敵の銃弾よりも隼人の走りで出るバックファイアの方が私達には脅威よね」

「うん。僕が言うのもなんだけど隼人兄のは絶対忍者には向かない走り方だよ。凄ぇ目立つもん。いやでも忍者が注目度勝負で簡単に負けるわけには……僕の走りだって……」


 彼女たちは口々にそう言いながらスタートの準備をし始めた隼人の後ろから離れる。

 いくら隼人の装備しているブーツに「速度上昇」だけでなく「装備者の重量を半減」させる祝福が付与されていようとも、彼が全力でダッシュするとなればその踏み込みのパワーに道路が耐えきれない。そのせいで後ろにいると蹴り剥がされたアスファルトが礫のように飛んできて危険だからだ。

 身を屈めてクラウチングスタートの体勢になると、そのままで千鶴からの矢避けの加護を受ける。

 彼女からの祝福によって古代ドワーフが制作したといわれる白銀に輝くミスリルの鎧に包まれていた隼人の体はさらに光を増した。 

 夜目には目立って仕方がないが、囮としては最適である。

 全員でアイコンタクトを取り、心の中で三つ数えると、冷たい夜気を大きく吸い込んだ隼人は身を潜めていた壁から飛び出した。


「おおおー!」


 いかにも鈍重そうな全身鎧姿にもかかわらずダッシュの一歩目から驚異的な加速だ。

 ロケットが発射時に炎を噴射するのと同様、蹴り付けるアスファルトには彼の足跡が残るどころかそこが爆発したように焦げた匂いを伴って後方へ弾き出される。

 そんな絶好のスタートをきった隼人が向かう数十メートル先に轟音と閃光を伴った雷が落ちた。

 冴月による雷系魔法の一発だ。

 雷だけに見た目は派手だが威力はさほどない。

 正確には人体にダメージを与えることを目的とした魔法ではなく、雷による視覚・聴覚への影響で相手に麻痺や硬直に混乱といった状態異常を与えるための呪文である。


 威力はセーブしていても飛び出した隼人を迎撃しようとしていた相手の出鼻を挫くには絶好の一撃だ。事実、閃光弾を喰らったかのように相手方――自衛隊の動きが一瞬停止する。

 こんな風に突っ込む隼人と援護する冴月が絶妙のタイミングで連動出来るのは、長くパーティーを組んでいることで阿吽の呼吸を培ったおかげだ。

 混乱しかけた戦場の中心で「おおおおー!」と隼人が再び雄叫びを上げた。

 これは周りにいる敵の注意を引きつけて攻撃を自分に集中させる効果を持つ、パーティの盾役必須スキル「戦声(ウォークライ)」だ。

 雷を撃った冴月よりも自分の方を注目しろと叫ぶ隼人にその場にいる全員が目を奪われた。


「う、撃て撃て!」

 

 ここは交通の要所であり、敵やモンスターが来るのを予想して敷いた布陣である。気を呑まれてもすぐに建て直せるだけの人員が自衛隊には揃っていた。

 ただ撃たれるだけならまだしも、「同僚の仇!」や「この凶悪誘拐犯が!」といった全く身に覚えのない冤罪を責める罵声が銃弾と共に襲ってくるのは隼人達にとっては心外だが。

 自衛隊からの反撃が始まったが、それでも前兆なしの落雷に加えて常識をはるかに超える隼人の突進速度だ。

 防御陣にいる指揮官も面食らったのか、裏返った声での射撃を命じたタイミングは完全に一拍遅れていた。それではもうトップスピードにのっている隼人を捕捉出来ない。

 何しろ時速にして四百キロを超えるスピードで走り寄ってくる人間がいるなど、彼らでなくとも完全に想定外である。


「うーん、これだけの速度を出すとは実に興味深い実験体だな。へいそこの鎧騎士の君! うちで人体実験のバイトしてみないかい?」

「博士、そんな軽い調子で勧誘しないでください。たいだいうちで働くなら、たとえバイトでももう少し落ち着いた場所で履歴書を審査して条件を詰めてから面談を……」

「あ、鎧を着て自衛隊の防御陣を突破している彼を勧誘すること自体は止めないんだ。うんうん、君もいい具合にうちの研究室に染まってきたねー」

「あんたらは状況の邪魔をするな!」


 隼人のあまりに人間離れした動きに驚いたのか、戦闘には直接関係ないバイトを持ちかける素っ頓狂な勧誘やそれをたしなめる声さえ自衛隊の陣地でしている。銃声が轟く中でも隼人の鋭敏になった感覚がそれを伝えてきた。今の彼は囁き声でも聞き取れるのに、至近距離で砲弾が破裂しても鼓膜に異常は起こらないという便利な肉体を持っている。


「前のバイトはもうやれないだろうけど、人体実験のバイトはさすがになぁ……」


 両親がいないだけに金銭面ではこれまで苦労してきた隼人だが、さすがに今はそんな勧誘に耳を傾けている場合ではない。というよりどれほど頑健な肉体に変化しても人体実験は怖すぎる。

 そう隼人には見かけほど余裕はなかった。

 確かにここまでの自衛隊の反応は突入前に立てていた予想通りだ。

 しかし、敵が陣取っているのは正面だけではなかったのだ。

 疾走する隼人に上方から数本の閃光が接近する。

 

「ヒュー、千鶴助かったぜ。予想以上に矢避けの加護が利いてるぞ!」


 自分の寸前でぐにゃりと光が曲がったのに兜の中で口笛を吹く。

 どれだけ反応速度が上がったとしても人間ではレーザーはかわすことができない。だから自ら外れてくれると本当に助かる。そう思う隼人だが、実際には自分に向かってくるレーザーの軌跡十本全てを逐一視認できるだけで充分に異常だ。


 前方の陣地からの銃弾だけでなく、ビルの上に陣取っている狙撃手からのレーザーまでもが彼の鎧に触れそうになるとあらぬ方向へねじ曲がっていく。

 相手は選抜された狙撃手なのだ、的外れな狙いで撃つわけがない。標的となっている隼人が常識外れの高速で移動しているせいだ。

 さらにその直前には目潰しの雷があったのだから近接弾を撃てる腕前は逆に立派である。

 だが魔力を帯びておらず質量も軽いレーザーは特に矢避けによる影響が大きいのか、彼の体にはかすりもしない。


「自衛隊にはまだレーザーは実戦配備されてなかったはずだよな、だとすれば狙撃手は米軍関係か?」


 どこかで聞きかじった情報から狙撃手の素性を推理する。

 現在の隼人が誇るステータスと鎧の防御力を考えれば、たとえレーザーであろうとも対人用の威力ならば撃たれてもほぼノーダメージのはずである。

 それは隼人も頭では分かっている。

 だが現実の世界ではどうしても銃で狙われると不安は拭いきれず、銃声がするとつい首をすくめそうになる。だからこそ仲間からの祝福が効果を上げてくれているのが心強い。

 銃弾やレーザーが闇に眩しく火花を散らして隼人が通り過ぎた後のアスファルトに穴を開けている中、彼はバリケードの最前線に止まっている戦車にとりついた。

 城壁の役目をしているこれをどければ、とりあえず突破は遙かに容易になる。


「ふん!」


 気合と共に横綱が格下の相手を寄り切るように、戦車の前部を前マワシに見立てて鷲掴みにすると一気に道路の向こうへ押して行く。

 またも自衛隊の陣地から「ふはは、人間が戦車を押せるものか……なにぃ!」「よし! バイト料は十倍でどうだ!?」といったフラグを立てたり勧誘する声がするがもちろん聞こえないふりだ。

 今の隼人が本気を出すと相手の戦車が数十トンの重さだとかエンジンのパワーが軍用で強力だとかは関係ない。

 押されるのに対抗してキャタピラが白煙を上げるほど激しく空転していることなど今のテンションが最大になった彼にとっては問題にならなかった。 

 ほとんど突進した勢いを減速せずにそのまま一直線に戦車を運んで行く。


 土煙を上げながらある程度進むと、予備なのか下がっていた残り二台の戦車に遭遇する。

 ――確か駿介が出発前に確認した限りでは、この辺に他の戦車はなかったと言っていたよな。とすると発車準備をしているこの二台が最後の砦か。

 隼人はぐっと腰を落とすと、大きな息吹を一つ。

 それだけで遠巻きにしている自衛隊の隊員達は、彼の両腕だけでなく上半身が鎧ごと膨らんだように錯覚するほどに筋肉が盛り上がる。

 結果として、この場に居た者全てが少年一人の手によって戦車が軽々と吊り上げられるという信じがたい事態を目撃した。


「嘘だろ……これ何トンあると思ってんだよ……」

「しっかり体を固定しろよ! 舌を噛まないでくれよ! それで怪我したら乱暴者だって文句を言われるのは俺なんだから!」


 自失したような呟きを洩らした中にいる相手にかなり自分勝手な警告すると、隼人はハンマー投げよろしく持ち上げた戦車を自分を中心として回し始める。

 人間が戦車を素手で弄んでいる。

 そのあまりに非現実的な光景に周りから浴びせられていた銃撃さえ一時止まっていた。

 鎧を合わせても二百キロは超えているはずがない人間が、その百倍以上もの重量の戦車を軸もぶらさずに振り回しているのだ。

 腕力がどうこう以前に、力学的やバランス的にありえない。


 そのありえない状況に敵が呆然としている隙を逃さず、隼人は手にした戦車をまだ動かず残っている左右の戦車へと叩きつける。

 目の前の戦車だけでなく、後ろに置いてきた自衛隊の中心地から「ファンタスティーック! そのアクションは物理的に不可解だぞ、君を解剖できるならバイト料は百倍払っても惜しくない!」「いいかげんに自重してください博士」「あいつよりあなた方を撃ちたくなりました」といった声が聞こえるほど相手に混乱と衝撃を与えたようだ。

 数十トンの質量をもった物体で薙ぎ払われては同じ重量の戦車でもひとたまりもなく横転してしまう。横目で自衛隊の陸上最大戦力が二台とも役立たずになったのを隼人は確認し、最後の仕上げだと吊り上げていた戦車を空転を続けるキャタピラを上にして安置する。


 ――これで、しばらくは操縦不能だろう。中の運転手――っていうのか? 戦車なら操縦士か? とにかく無事でいてくれよ。


 やられた側からすれば随分と無責任な隼人は感想を抱くが、すぐにまた前を向いて敵陣を突破するための経路確保を急ぐ。

 隼人の走った後をパーティーの皆が追随して来るのが見えたからだ。

 彼ほどではないがそれでも全員が二百キロを越えるスピードで走ってくる。このままではすぐ追いついて来るだろう。

 しかしそれにしては彼がバリケードを突破した時よりも、彼らはグループなのに格段に存在感が薄く注目されていない。


 忍者である駿介の持つスキル「影の一味の心得(シャドウグループ)」によって一団になっている彼らの放つはずの視覚・聴覚・嗅覚・気配といった情報がまとめてカットされているせいである。

 もともとはゲーム内で高レベルキャラが雑魚モンスターに絡まれないようにするためのスキルだ。自分よりも低レベルなモンスターやキャラクターから発見される確率は大幅に下がる。

 隼人のような高レベル冒険者相手ならともかく、レベルの概念がない日本の自衛隊ではこんなスキルに対処しきれるはずがない。ましてや隼人がさんざんに暴れ回って注意を引いた後ならなおさらだ。

 もし高レベル忍者の駿介一人だけならば、タップダンスしながらミュージカルの主役張りに熱唱していても自衛隊員の誰一人にすら気付かれずにここまで来れただろう。


 いや、実際彼は踊っていた。

 無理矢理好意的に考えれば、万一見つかった場合女性陣よりもまず自分に視線を集めようとしているのかもしれない。だが、二百キロを超えるスピードのスキップでこっちへ接近する駿介を見ればそんな考えは一瞬で消え去ってしまう。

 全職業ナンバーワンの速度を誇る忍者なら腰に手を当てたままスキップしていても後衛職の二人をエスコートできるだろうが、それにしても何を考えているのか分からない。

 彼を視認できていない自衛隊よりも仲間である隼人に与える精神的ダメージが大きい。

 闇の中から現れた蛍光色の忍者が猛スピードのスキップで接近してくるのだ。味方でなければ剣を抜いて切りかかっても無罪を勝ち取れるだろう。

 それに比べると、隼人ご自慢の妹のかける迷惑はまだ可愛いものだ。


「ごめんなさい、お兄ちゃんが怪我をさせて本当にごめんなさい。それに駿が変な走りをしてごめんなさい治癒(ヒール)


 千鶴も動きにくい裾の長いローブで両腕を横にちょこちょこと振る女の子走りにしては恐ろしい速度を出していた。

 しかも走っている最中に周りにぺこぺこと頭を下げて、倒れた自衛隊員を見つけては治癒魔術を飛ばしているのだから器用なものだ。


「まったくもう、隼人は乱暴ね! あ、別に千鶴ちゃんは別に謝らなくていいのよ。っと「ささやかな雷(リトルサンダー)」」

 

 しかし、千鶴の善意はその後の雷によって打ち消される。

 千鶴が怪我人を治療すると、その相手に対してこちらから干渉したということで隠密スキルが解除されてしまう。

 そのせいで怪我を治してもらったにもかかわらず、自衛隊員の中には彼女たちを認識するや銃を手にしようとする者がいるのだ。その恩知らずなのか兵士として優秀なのか分からない者達を冴月は呪文一発でまた無力化する。

 呪文の威力を調節し、殺傷能力を市販のスタンガンよりもちょっと強力なぐらいにして、しばらくの間は痺れて動けなくしているようだ。


「……どちらかというと、隼人兄より冴月姉の方が相手に被害を与えているような……いや、ごめん。無駄口は叩かずに急ぐよー」


 敵の姿が途切れると駿介は背を向けて――いわゆるムーンウォークをしながら彼女達と向き合って移動する。存在感を薄れさせるスキルを使用している割には結構賑やかな一行である。

 だがそれでも上級スキルを使用しているだけあってその恩恵は絶大だった。

 自衛隊は隼人以外にもバリケードを突破した者がいると連絡されても彼らを発見できていない。


 しかし相手の自衛隊このまま素直に通しては沽券に関わると考えたのか、空中に轟音を立てて本部から慌てて応援として集結させられたヘリが飛び交う。

 遙か彼方からすぐ近くまでをデタラメに数本のサーチライトが忙しなく振られて捜索されている。

 ただ現在の帝都は空中とはいえ安全地帯ではない。

 時折そのヘリに縄張りを荒らされた判断したのか襲いかかってくるワイバーンがいるのだ。さっそく月を背景にした影絵めいたドッグファイトが繰り広げられる。

 

 夜空の戦闘では落とされる数はワイバーンよりヘリの方が多い。

 機動力や小回りはほぼ互角だが、耐久力はワイバーンが上なのだ。ヘリは軽いダメージでも操縦不能になるが、ワイバーンは機関銃によるかすり傷ぐらいなら落ちるどころか余計に猛り狂うのだから手に負えない。

 ミサイルが使えるならまた話は別になるだろうが、市街戦になるためロックオンしても俊敏な相手がかわしたりビルを盾にされるとそれだけで被害が広がる。

 そのために上層部から「自衛隊の攻撃で市民に被害者を出すわけにはいかんのだ!」と悲鳴が上がり、ミサイルの使用が禁止されている。


 こんな融通が利かない状況ではモンスターたちからの襲撃を排除するだけでも一苦労なのに、自衛隊の困難はそれだけではない。

 突破した際に隼人たちの機動力が徒歩であってもスポーツカー以上だと判明したせいか、いったん姿を見失うと移動可能な範囲が広すぎて居場所を絞りきれないのだ。

 いくら非常線が張ってあってもこうなってしまえば彼らにとって見つからずに移動するのは容易である。 


「こっちだ、急ぐぞ」


 隼人は緊張を緩めたお気楽な一行へ手招きすると、また威力偵察のために一人前へ出ようとする。

 だが目立つ忍者服でダンスをしながら気配を消すという、完全に矛盾した行動を取っている駿介がぬめっとムーンウォークのスピードを上げて先頭の彼に並んだ。


「忍者の索敵スキルで調べたけれどここら辺には自衛隊の連中もモンスターもいないよー。それより目的地近くまで来たんだけど、どうするつもり?」

「ああ、そうだな。ようやく見えてきた」


 見上げる二人の目に映るのは、地震の直後とは思えないほど整然としている高層ビルだった。

 外壁には傷一つ無く、玄関近くの観葉植物に至るまで汚れすらなくきちんと手入れがされている姿は、すぐ近くにある自衛隊まで派遣されている被災地とは一線を画している。

 だが一部に明らかにおかしい部分があった。

 三十階ほどのビルなのだが、その屋上からビルよりも一回りサイズが大きい塔がそびえ立っていた。まるで子供がおもちゃを無造作に重ねたようなアンバランスな光景だ。

 ビルの上に乗せる建造物にしてはサイズが大きすぎるせいで、塔の土台は裾の方がビルの屋上から空中へとはみ出しているほどである。

 その塔の外見は雰囲気までも加味するとまるでバベルの塔である。


「あ、良かった。あそこのビルには地震の被害はなさそうだね」


 上に乗った塔が目に入らなかったのかスルーして土台となったビルの無事を無邪気に喜ぶ千鶴とは対照的に、他の三人の表情は渋い。


「ここからは全員、警戒を怠るなよ」

「了解。さてフィールド魔法感知……ふんふん、さっそく反応があるわね。えっと、これはゲームでの占有ダンジョンで張っているのとと同じタイプの結界かしら。ほら一つのパーティーが入ると他は順番待ちになっちゃうあれよ。でも今はまだ誰も入ってないのか、結界は開いたままね」


 冴月が目を細めて周りを観察すると、駿介もビルの壁を手の甲でノックするように叩いて感触を確かめる。


「うん、しかもこのビルは普通の建造物じゃないよー。破壊不能オブジェクトって奴だね。どんな物理攻撃でも魔法でも壊れることがないゲーム内の迷宮とかではよくある奴だけど、それだけじゃなくて加えられた衝撃や攻撃を吸収するどころか反射する仕様まで追加してある」

「え。迷宮って破壊不能オブジェクトだったのか?」 

「そうに決まってるでしょ。破壊可能の地下迷宮だったら必殺技や大呪文を使う度に天井や壁が崩れて敵味方もろともに生き埋めになっちゃうじゃない。だいたいボスがいる部屋ってだいたい最下層なんだからそこで崩落が始まったらみんな一巻の終わりよ。お互い崩落しないか気にしながら周囲に被害を与えないようにそーっと戦うラストバトルが盛り上がると思ってるの?」


 隼人の疑問に対する冴月のツッコミには容赦が一片たりとも含まれていない。


「ふむ、なるほど。破壊不能だから屋上にあんな馬鹿でかい塔がいきなり乗っかっても倒壊したりしなかったのか」


 もっともらしく腕組みをしてビルを見上げ、話を逸らそうとする隼人。

 そんな各々が分析結果を話し合うが途中で「ああ、言われてみれば本当にビルの上に塔が生えてるね!」「え、千鶴姉今まで気がついていなかったの!?」「さすがにうっかり過ぎるわよ」「……だ、大丈夫だ。千鶴の分は俺がフォローするから」といった会話も挟まれる。


 そんなグダグダする話し合いに飽いた隼人は、駿介を信じないわけではないが小手調べだとビルの入り口にある大きな窓ガラスに拳を叩きつける。

 ビルだけでなくアスファルトの道路まで震えるほどの衝撃と鈍い音がするが、窓にはヒビ一つ入らない。数十トンの戦車を持ち上げるだけの腕力を持った隼人が思い切り殴ったにもかかわらず、である。

 それどころか、普通のガラスどころかコンクリートでさえも容易く貫通するほどの破壊力を持った拳が突き出したのと同じスピードで弾き返されたのだ。

 強化ガラスとか防弾ガラスといったレベルの頑丈さではない。このビルが破壊不能というのは間違いないようだ。それどころか隼人の痺れている拳が物理攻撃では完全に反射されてしまうと伝えている。

 これではビルの窓から侵入したり塔の外壁を崩して奇襲するといった作戦は不可能だ。


「お、お兄ちゃん知らない人のビルに何をやってるの! こんな大きな窓を壊しちゃったら弁償をどうするつもりなの? 今のバイト代だけじゃ絶対に足りないよ! ああ、でも良かったぁ、傷は付いてないよ。うん、窓までこんなに丈夫な建物だったら地震があっても大丈夫だったはずだね」


 あわあわと手足をじたばたさせた後、ビルが無事だった謎は全て解けましたと合点する千鶴に隼人はため息を吐いた。彼はこの妹がいつか騙されて痛い目を見るんじゃないかと心配でしょうがない。


「いや、頑丈なだけなら俺の拳には耐えられないだろう。間違いなく冴月の言う破壊不能オブジェクトだが、現実世界に破壊不能な建物があったらそっちの方が異常だ。もしそんなのがリアルで作れたなら耐震構造なんて計算いらないし、軍事的に利用されているはずだからな。それにこれだけ外で騒いでもビルから誰も出てこないのは不審すぎる」

「ええ、どう考えてもここは怪しいの一言に尽きるわ」

「以前見つけたダンジョンの最深部で「出血サービス、今だけ無料! 罠はないのでどうぞご自由に蓋を開けてお取りください。さあ騙されたと思って!」って貼ってあった宝箱ぐらいに怪しい」

「ああ、あの時は駿介は宝箱開けて死に戻りしたんだっけ」

「いやーあの失敗はいい経験になったよー」

「……し、知らない人のビルがあんまり頑丈だからって、そんなに疑うのは良くないよっ」


 性善説を体現したような千鶴はこういった場合は頼りにならない。隼人はこれはもうビルの玄関前ではなくダンジョンの一歩前だと判断し、状況をもう一度確認する。


「俺たちより前にあの塔に入った奴らはいるか分かるか? それにビルにまだ誰か残っているのかも」

「えっと冴月姉、ここにあった結界は冒険者以外は入れないタイプなんだよね? だったら自衛隊員もビルにいた一般人もここからは逃げ出したみたい。結界が閉じてないって事は、もし俺たち以外に冒険者がいて入ったとしてもやっぱり逃げたか……もしくはすでにこの世にはいないかのどちらかだよ」


 冴月に確認しながら駿介がスキルを使用したフィールドの観測結果に大きくため息を吐く。隼人は人間の域を超えるほど強くなったはずなのにため息を吐く回数は増える一方だ。


「なるほど、じゃあ他の誰でもなく俺たちがやるしかないってことか。たぶん誰かがこの塔型ダンジョンをクリアしないと異変は収まらないだろうしな。そしてもし俺たち以外にも冒険者がいるとしても誰もここには来る気がないらしいし」 


 話しながら覚悟を決めると、冒険する時はいつも一緒の頼りになるパーティメンバーが彼を見つめていた。


「それじゃ、日本を救うクエストのダンジョンに突っ込むぜ!」

「う、うん。みんな怪我しないよう慎重にね」

「ふふっ、モンスターを倒すのは私に任せて」

「ダンジョンこそ一番忍者にスポットライトが当たる場所だ。期待してくれ!」


 千鶴の微妙にブレーキをかける発言と、冴月のどこかSっぽい笑みに忍者のくせにスポットライトを欲する駿介。

 どこかずれているがとにかく士気は上がった隼人率いるパーティー。

 なりゆきで始まった冒険が数々の紆余曲折を経て、ようやく目的地――クリアすればとりあえず一時的には安全を得られるだろうダンジョンへたどり着いたのだ。


 ようやくここから彼らの本当の冒険が始まる。

 

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