漂流者 ~嵐~
次の日は予想通り嵐だった。すでに城には警戒態勢が引かれ、もとより水害対策の構図をしているため、外にさえ出なければ城内は安全である。姫は勉強と姉との会話を繰り返しつつ、いつものように外へと視線を向ける。
ガラスだけでなく木扉で何重にも固定された窓は、風に揺られる度にガタガタと大きな音をたてる。幼心の好奇心は今でも続いているのか、嵐の日は外がとても気になる。海は荒れて砂浜も高潮で足もつけない。自殺行為だと分かっていても、何故か気持ちが昂ぶるのだ。幼い頃は好奇心から木扉を開けて、ガラス越しに外を覗くことが好きだった。繰り返している内に飛んで来たどこかの家の壷が窓に直撃して割り入り、父親にこっぴどく怒られて、それ以来やめたが。だが、とても興奮する体験だった。今では、嵐の過ぎたあとの日を楽しみにしていた。
ミリアーシュの帰郷から数日が経った。仕事をする必要がないって良いわねと笑った姉にこれでもかというほど質問をする妹は、談話する日々が続いていた。姫はその会話に交ざったり、一方で長い嵐の被害状況の通達に頭を抱えたり、解決策を考えたりしていた。嵐が治まり、窓の木枠が取り外されたその日も何気なく、勉強の合間に海を眺めていた。相変わらずモノクロな海は、昨日までの嵐でいつも以上に色が無く、少し荒々しく波立っている。数時間前より落ち着いている方で、砂浜には波の模様がついていた。
こんな日は、時折海岸にいろんな物が流れ着く。見知らぬ他国の物や、沈没船の遺留品など、勉強好きな姫にはとても興味深い研究物だった。何かないかと、見えづらい海岸に目を凝らす。
すると、海岸に何かが流れているものが見えた。遠目でよくは見えないが、長いフォルムに、茶色と白の配色。見ようによっては――人間だった。姫は椅子を飛ばし倒し、急いで部屋を出た。走りにくいドレスを持ち上げ、転ばないように階段を降りる。早る鼓動と滅多にしない運動から息切れが激しく、喉で息が通る金切り音が鳴る。まとめていた髪もほどけるが、姫は顔を真っ赤にして走った。
砂浜に辿り着き辺りを見回す。すると、波打ち際に人が倒れていた。白のシャツに茶色のズボンと、部屋から見たシルエットだと確信した。体躯から男だと思い、母親かもと思った期待を払うまでもなく走り寄った。倒れている男性の、茶色の長髪から覗く横顔は、堀が深く、国籍が明らかに違う。姫が揺すり起こす前に、男性は思いきり水を吐き、大きく咽た。驚きつつも声をかけた姫は、起きようとする男性を支える。
「無理しないで、仰向けに――」
今にも倒れそうな男性は姫の肩を掴んで身を支えようとするが、ふらふらとして力が入らないようだった。男性が足を崩したので姫も座り込み、肩と肩がぶつかる衝撃に眉をひそめる。
気づいて顔をあげた男性は、焦点の定まらない目で姫を見て――――口づけた。
目の前に迫る顔と、男性の纏う海水のにおいと、くっつく砂の感覚に目を見開いて、感覚が止まった。そして男性が力尽きて滑るように身を崩すと、姫は顔を真っ赤にして、今起こったことが何なのかを再認識させないように頭が真っ白になった。頭の中の嵐が過ぎ去るのは、もう少し後。




