姫と日常
姫は今日も相変わらず、資料を広げてノートにペンを走らせる。楽しそうでもなければつまらなさそうでもなく、ただひたすら淡々と勉学していた。ペンが止まる時は、決まってすぐ横の窓から覗く海を眺めている。気を紛らわせるためでもなければ興味あって見るわけでもなかった。ただ、自分にあてがわれた部屋に、海が見える窓があったからという、単純な理由だった。
本をめくる音とペンが滑る音が鳴るだけの部屋は、姫がひとり居るだけで、時折紅茶の様子を見るメイドが出入りするだけである。変わり映えしないいつもの景色に、特に心揺さぶられることはない、ただただ時が流れる日々だった。
夕方になる前、ドアが開いて、誰かが入ってくる音がした。カチャカチャと陶器同士が当たる音も聞こえ、またメイドが紅茶を持ってきたのかと思った。顔も上げずに勉強することが日常茶飯事だが、ノックが無かったことが気になり、ふと顔を上げる。
「やあ、今日も元気に勉強かい?」
メイドではなく、男性が居た。赤みを帯びた茶髪を疎らに一つにまとめ、垂れた長い前髪から黒い瞳が覗く。彫りが深い顔つきは整っていて、通り過ぎる女性の半数が振り返るような色男だった。
長身の男性は仰々しくも大ぶりに、執事がしそうな所作でティーカップを置いた。
「どうぞ。本日は山の国で作られた茶葉の紅茶でございます」
ふざけていることが見て取れるが、どこにも非の打ち所がない。どうにも釈然としない姫は、笑顔の男性をしばし見つめ、カップを見つめ、手に取って口付ける。男性が未だに笑顔でいるところを見ると、
「これ、あなたが淹れたでしょう」
様子を伺っていた男性に言った。
「え、なんで分かったの」
「この前頂いた茶葉だけど、味が全く違うもの。山の国の茶葉は少し扱いが難しいから、メイドもあまり得意じゃないけど、紅茶の知識くらいは知っているわ。でも、あなたはまるで知らないでしょう? 素人が入れたことが丸見えだわ」
カップのふちをなぞる様に指を滑らせ、そして両手で覆う。カップが温まっていないことを、男性に示してみせた。
「んー、初めて入れたからしょうがないじゃん。せっかく、この前君が絶賛したものを淹れてきたのに」
「あれはユーミーが作ったからよ。ユーミーはあそこの国と仲が良いから、山の国の紅茶を淹れることは得意なのよ」
曇った声を出して首を傾げる男性を他所に、姫は再びカップに口をつける。温かいとも言えない紅茶は、乾いた喉や空いたお腹に染み渡る。軽く息を吐くと、再びペンを持つ。
男性は姫の向かいに座り、机で頬杖をしながら景色を見ていた。城の構造上、海辺が見える場所はここと王様の部屋しかなく、男性は毎日姫の部屋に通う。姫とは別の理由で、特に浮かばない表情をして、ひたすら海を眺めていた。
言葉には出さないが、姫は分かっていた。
そしてペンを走らせ、止めて、走らせる。
今日もまた、日が沈んだ。
赤い海が終わる。




