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村での出来事③

「ほら、邪魔だからいつまでもそんなところでうずくまってんじゃないよ」

「……ほっといてくれ」

「ここは私の家だ。ゴキブリごっこは他所でやっとくれ」

「ちげえよ! だれがゴキブリだ!」

「違うってんなら人らしく二本足で立ちな。第一男がいつまでも落ち込んでんじゃないよ、みっともない」

「うっ……」


 あの一言の後、戦いに敗北したその姿を他所に食事を再開したシールに余計へこんだリーデルは、この状態の自分へと追い打ちをかけてきたサリアの言葉に下げに下げていたその顔を勢いよく上げる。

 しかし、反射的に言い返したそこに帰ってきたのは更に容赦のない言葉の弾丸。

 思わず言葉に詰まるリーデルを見て、サリアは大きなため息をはいた。


「まったく。で、アンタこの後はどうするんだい? 何にも考えてなかったわけじゃないんだろう?」

「……実は、まだ村長に挨拶しに行ってないんだ。まずは服をどうにかしなきゃと思って」

「そうかい。じゃあさっさと行ってきな。ついでに村の中も案内してやるんだよ」

「もとからそのつもりだよ」


 「はぁぁっと」という情けない掛け声とともにリーデルが身体を起こす。軽く服に付いた埃を払い、ちょうど昼食を食べ終えて満足げなシールへと向き直った。


「キレイに食べたな」

「うん! おいしかった!」


 向けられるのは含みの感じられない満面の笑み。

 その屈託のなさに和めばいいのか呆れればいいのか、知らずリーデルから苦笑いが漏れる。


「じゃっ、ちょっと出かけようぜ。この村に住むんなら村長に挨拶しとかなきゃな」

「おお、行く行く!」


 昼食を食べたからなのか、一層元気のこもった返事がシールから返ってくる。

 何をしに行くのかいまいち分かっていないような気もするが、本人は行く気満々なのでとりあえず気にはしないことにした。


「日暮れまでのには帰ってきな。今日は特別にアンタの分も作ってやるよ」

「ハハ、ありがと」


 サリアの言葉に軽く返しつつ、リーデルが扉へと手をかける。


「……そうだ」


 扉をほんの少しだけ開け、しかしそこでリーデルの動きが止まった。

 後ろからではその表情は見えないが、髪から覗くその耳が普段よりも赤みを増した。


「その、なんだ。遅くなったけど、その服、似合ってるぞ」

「ふへへ、ありがと」


 決まりが悪そうに出ていくその背中に、シールはやはり満面の笑みを返した。



 ◆◆◆◆◆



 外へと出た二人は、村の中心を突っ切る形で移動し、一軒の家の前で足を止めた。周りの家に比べて一回りほど大きいその家こそが、この村の村長の住む家だ。


「こんにちはー」

「はいはい。あら、リーデル。……と、どちらさま?」


 家の中から出てきたのは髪を首元でゆるく縛っている女性だった。初老に差しかかるかどうかといった見た目に反し立ち姿には老いを感じさせず、目のふちに刻まれた細かい皺が女性の表情を一層柔らかく見せる。

 女性はまずリーデルへと顔を合わせ、そしてそのすぐ傍にいたシールに気付き小さく首を傾げた。


「シールだよ!」

「あらあら、私はネシルよ。よろしくね」


 元気良く自分の名前を口にしたシールを微笑ましそうに見つめながら、女性が自らの名前を名乗る。


「ちょっとわけがあってさ、今日からサリアさん家に住むことになったから挨拶に連れてきたんだ」

「あらあら、そうなの。じゃあ主人に会いに来たのね。ちょうど今食休みしている所よ」


 「さ、入って」と促され、リーデル達は家の中へと通された。廊下を歩き、応接室の前を素通りし、一番奥に位置する居間へと足を進める。居間の中では、パイプを吸っている初老の男性とがっちりした体系の青年がソファーに向かい合って座っていた。


「あなた、リーデルがお客さん連れてきたわよ」

「……なに? リーデルが?」

「そりゃまた珍しい。ウチに連れてくるような知り合いがアイツにいたとはなぁ」


 入って早々のネシルの声に、初老の男性が、次いでその対面に座っていた男が若干驚いた様な反応を返した。

 基本依頼以外でこの村を出ることがないリーデルが、わざわざここに客人を連れてきた。十分に驚き、そして興味を引く事柄だ。

 二人の視線が部屋の入口へと向けられる。

 そこで映った予想外の光景に、そろって大きく目を見開いた。


「…………リーデル、お前、嫁さん連れてきたのか」

「イヤイヤイヤイヤイヤ」

「あらあら、そうだったの?」

「違うっ!」


 初老の男性の呆然とした声に、ネシルまでも口に手を当て驚きの表情を見せた。

 明らかに勘違いしているであろう反応にリーデルが声を荒げる。


「コイツとは昨日森の中で会って、行くとこないからってんで村に連れてきただけで、別に嫁とかそんなんじゃないの!」

「なんだ、森の中でナンパしてきたのか」

「だぁぁぁから、ちげーって!」


 かみ合わない会話に、リーデルが初老の男性にムキになって言い返す。

 そんな光景を横目で見ながら、シールはネシルに背中を押されてガタイの良い男の前へと押し出された。

 ソファーから立ちあがった男はその顔にあった驚愕を好奇心へと変え、シールの事を見下ろしている。


「シールちゃん、これがウチの長男のガランよ。ガラン、こっちはシールちゃん。リーデルが森から連れてきたお嫁さんなんだって」

「ガランだ。よろしくな」


 腹に響く重低音と共にズイと手が前に出される。

 差し出された手をシールが握ると、ガランは口の端をわずかに上げるだけの笑みを見せた。


「あっちでリーデルと喋っているのが主人のイジョウ。この村の村長よ。あとは――」

「ちょっと、誰よ大声出してるのは! イースがびっくりしてるじゃない!」


 ネシルの声をかき消すような甲高い声が話に割って入る。

 声の主はいつの間にか部屋の入口に立っていた若い女性だった。長い茶色の髪は頭の高い位置で縛られて尻尾のように揺れ、その腕には赤ん坊が抱えられている。


「リーデル! アンタ人の家来てぎゃーぎゃーと騒いでんじゃないよ!」

「うっ、いや、その……すんません」

「そうだぞリーデル。お前は少し落ち着きというものを持った方がいい」

「お義父さんもよ! 良い歳して若い子おちょくって遊んでんじゃないの!」

「ぬうっ……すっ、すまん」

「まったく、これだから男ってのはっ」


 小さくなっている男二人の前で、女性は赤ん坊をあやしながら大きく息をはいた。


「あらあら、丁度良かった。アンナちゃん、ちょっとこっちに来てくれる? 紹介したい娘がいるの」

「どうしたの、お義母さん? あら」


 ネシルに呼ばれ、そちらを見たことで初めて気づいたのだろう。少しばかり驚いた顔を見せながらリーデルとイジョウを黙らせた女性がシールたちの方へと近づいてきた。


「アンナちゃん、この子はシールちゃん。新しくこの村に住むことになったリーデルのお嫁さんよ。シールちゃん、こっちはアンナちゃんとイース。アンナちゃんはガランの奥さんで、イースは私の初孫なの。男の子よ」

「はじめまして、お嬢さん。みっともないところを見せてしまってごめんなさいね」


 先ほどまでとは一転、アンナがシールににこやかな笑みを見せる。その見事なまでの変わりようにシールの後ろにいるガランの頬が引きつるが、それを指摘する様な愚を犯しはしなかった。さすがに自分の妻の性格はよく分かっている。


「ほら、イース。お姉ちゃんにご挨拶して」

「あー。うー、うあー」


 アンナが腕に抱えていた赤子をシールの前へと差し出す様に近づけた。差しだされた赤子がシールへと向かってその両手を伸ばす。

 シールがその手におそるおそる右手を伸ばすと、人差し指をきゅっと握られた。


「う、あの、えっと」

「ふふっ、よろしくねって言ってるのよ」


 指を握られてどうしたらいいのか分からずおろおろするシールにアンナが笑いかけた。


「あーう。あー」

「えっと、よろしくね? えへへ」



 

「……イイ子じゃねえか。愛想尽かされないようにしろよ」

「だからちげーっつーのに」


 部屋の隅で小さくなっていた男二人が呟いた。



 ◆◆◆◆◆



「――で、せっかく見つけてきた嫁さんをあのおっかないババアに取られたと」

「あー、もうそれでいいよ…………」


 ソファーに座ったリーデルが背もたれに全体重を預け、上半身を後ろに反らした。


「あらー、サリアさんお料理上手だからねぇ」

「うん! サリアのりょうり、おいしいんだよ!」


 シールはリーデルの横で元気に返事を返している。

 リーデルとしてはその有り余る元気を分けて欲しかった。


「ふん、まあいい。住む場所どうこうはそっちの問題だしな。自分の嫁なら自分で取り返すこった」

「でも、サリアさんだしねぇ。3年ぐらいかかりそう」

「お義母さん、それはちょっと甘く見すぎじゃない? だってリーデルなのよ? 私は取り戻すまで最低5年、結婚するまで8年は必要だと思うわ」

「本人の目の前で好き勝手言いやがってぇ~」


 もう言い返す気力も残っていない。リーデルの口から弱々しい言葉が漏れ出る。


「――よし、わかった。何があるってぇ村じゃないが、こんな所で良かったら大歓迎だ」


 自分の膝をぽんと叩いて、村長であるイジョウがシールへと向き直る。


「シュビ村へようこそ、シール。今日からこの村が君の帰るべき場所だ」

「困ったことがあったら言ってね? 出来る限り力になるから」

「力仕事にはリーデルをどんどん使うんだよ。コイツは体力だけが取り柄だからね」


 イジョウの言葉に続くように女性二人がシールへと声をかける。

 なんだかんだで気にいられたのだろう。シールの方もその声に嬉しそうな顔を返した。

 そんな様子を前にして、リーデルは誰にも気づかれない様に小さく息をはいた。

 人見知りをするような感じはしなかったし大丈夫だとは思っていたが、会ったばかりの人達とこれだけ打ち解けられるのならばこれからの生活もなんとかなるだろう。


「さて、それじゃあそろそろおいとまするか」


 話が途切れた瞬間を狙い、リーデルが隣のシールに声をかけた。

 大きく伸びをしてから、ソファから立ち上がる。


「あら、もっとゆっくりしていけばいいのに」

「そうよそうよ。もうちょっと可愛がらせなさいよ」


 リーデルの言葉に、女性陣から文句が上がる。どうやらシールは相当に気にいられたようだ。


「まだシールに村の中を案内してないんだよ」

「なによ、そんなのいつだってできるじゃない」

「おしゃべりだっていつだってできるでしょーに。それに、そっちだって予定があるんじゃないの?」

「うっ」


 リーデルからの予想外の正論。アンナが一瞬言葉に詰まった。


「じゃ、じゃあ、いっそのこと家に住まない? もちろんシールちゃんだけ」

「そんなことになったらサリアさんが乗りこんで来るよ」

「ううっ」


 実際に乗りこんできた場面が頭に浮かんだ。アンナの顔が青くなった。


「またすぐに会えるよ。今日から同じ村に住むんだから」

「うううっ」


 普段は言い負かしているリーデルの幼子を諭すような言葉。アンナの額に汗が浮かんだ。


「……ふ、ふん。今日はこのくらいにしといてあげるわ」

「なに言ってんだか」


 若干頬を赤くしながら偉そうにふんぞり返るアンナの歳に似合わない仕草に、リーデルが肩を落とす。


「またね、シールちゃん。いつでも遊びに来てくれていいからね?」

「うん、ありがとう!」


 シールは他の人達と別れのあいさつを済ませたようだ。いつの間にかリーデルのすぐ隣に立っていた。


「じゃあ、お邪魔しました」

「おじゃましました!」


 村長家の皆に見送られながら二人して外に出る。

 リーデルが上を見上げれば、太陽は空高くで眩しい輝きを放っている。


「よっし、まずはどこから行こうかな」


 日暮れまでにはまだまだたっぷりとありそうだ。


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