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出会い、灯火①

 人気のない森の中を、一人の少年が歩いている。

 赤茶の髪を短く切りそろえ、簡素な服の上から皮鎧レザーアーマーと鉄の脛当てレガースを着けた、十代中頃の少年。背に動きを阻害しない程度の大きさの荷物を背負っており、腰にまわしたベルトの両側には何かが納められている。

 少年の名前はリーデル。この近くの村で村人の依頼を聞いて生計を立てる、いわゆる『なんでも屋』をやっている。今回は依頼された品を採取するためにこの森を訪れていた。


「……」


 動いていた足が止まる。

 腰のベルトに収めてある物に手を伸ばし、注意深く辺りを見回す。

 前の茂みがガサッと揺れた。


「――グルルルッ」


 茂みから姿を表したのは三匹のオオカミ。黒茶の毛並みに口から覗く鋭い歯、睨みつけるかのように鋭い赤い瞳。

 バロル・サージスウルフ。

 この森では別に珍しくもない魔物だ。集団での狩りを得意とし、獲物を囲い込んで逃げられない様にして仕留めるのがいつもの手段。

 リーデルが腰のベルトに納めていた物を素早く抜き出す。

 持ち手の先から筒が伸びる独特のフォルム。魔銃。それがリーデルの武器だ。

 構えは一瞬。流れる様な動作で二度三度と素早く引き金を引いていく。


(三匹だけとはいえ、囲まれると厄介だ。固まっているうちに数を減らさなきゃ)


 魔銃から発射された弾丸、圧縮された魔力の塊が魔物たちへと迫る。


「ギャウン!」


 命中。弾丸によって身体を射抜かれた一匹が地面に倒れる。

 しかし、他の二匹は弾丸を避け左右へと別れた。その俊敏な動きでもって、たちまちリーデルを挟み込む位置へと移動する。

 挟み込まれたことを理解したリーデルは半身の体勢になって左右に一丁ずつ魔銃を構え、相手の動きを待たずに引き金を引いた。

 バロル・サージスウルフの連携はなかなかのものだ。だから、連携する暇を与えないようにする。リーデルが昔ある人から教わった事だ。

 できる限り素早く、可能な限り多くの弾丸を魔物へと撃ち込む。

 しかし、相手もおとなしく攻撃を受けてくれるわけではない。

 リーデルを挟み込んだ二匹が円を描くようにして弾丸を避けていく。


「このっ!」


 動き回る魔物を追いかけるように弾丸を撃つが、相手の素早さに付いていけずにそのことごとくが魔物の走り抜けた後の地面に命中していく。

 二匹の魔物がその動きでリーデルの周りに円を描ききる。そのとき、それまで攻撃を避けることに徹していた魔物の動きに変化が生じた。

 右手の魔物が、その進路を変えて一直線に突っ込んでくる。


「チッ!」


 一匹が自分の方に突っ込んで来るのを確認したリーデルはもう一方の魔物への攻撃を止め、二丁の魔銃で自分に迫る魔物を迎撃する。


「ギャイン!」


 今度は命中。放たれた弾丸を受けたバロル・サージスウルフが倒れる。

 倒れ伏すのを確認するや否や、リーデルは素早く後ろを振り返る。


「もう一匹は――」

「ガアァァァッ!」


 振り返ったリーデルが見たのは、自分へと飛びかかってくる残りの一体。

 突っ込んで来る魔物に気を取られ、完全に不意を突かれた。


「――ッツ! こっ、のぉ!」


 自分に迫る魔物を確認した瞬間、頭で考えるよりも早くリーデルの身体が動いた。

 左足を軸に回転し、身体がやや後ろへと倒れる。


「ぅおらぁ!」

「ギャン!」


 右足が鋭く空気を裂いた。

 リーデルの放った回し蹴りが飛びかかってきた魔物の腹部へと突き刺さる。


「トドメェ!」


 地面に叩きつけられ痛みにのたうち回る魔物へと素早く狙いをつける。

 さすがのバロル・サージスウルフもこれは避けきれなかった。いくつもの弾丸に身体を撃ち抜かれ、すぐに血だまりの中で動かなくなる。


「……」


 再び周囲の気配を探る。

 ここで気を抜いてまた不意打ちされたのでは堪ったものではない。

 少しだけ荒くなった呼吸音が辺りに広がる。


「……ふぅ」


 しばらくしてリーデルの肩から力が抜けた。

 どうやらもうこの近くにはもう自分を狙っているものはいないようだ。


「……にしても、三対一とはいえバロル・サージスウルフなんかに不意打ちを受けてるようじゃ、オレもまだまだだよなぁ。こんなんじゃ、じいちゃんに鼻で笑われちゃうよ」


 武器をベルトへと収め直しながら先ほどの戦闘を振り返り、小さくため息をつきながらリーデルが肩を落とした。

 魔物の中で、バロル・サージスウルフの個体としての強さはそれほど高くない。だからこその集団での狩りなのだろう。

 単独で魔物の生息する場所で行動する以上、この程度の相手に苦戦しているようでは文字通りお話にならない。バロル・サージスウルフよりも強い生物などそれこそ星の数ほどいるのだから。


「……っと、こんなことしてる場合じゃない。今日は仕事で来てるんだった」


 落ち込んだ気分を晴らすように軽く頭を振る。

 自身の不甲斐なさについては後に存分に考えるとして、今は依頼された品を探すことに集中しなければ。

 気持ちを切りかえ、リーデルは道なき道を再び進み始める。これまでの経験から、探している物がどこにあるのかも大体見当が付いている。

 魔物と出会うこともなく、しばし黙々と歩く。時折、鳥の鳴き声が辺りに響いた。

 どれほど歩いただろうか。額にうっすらと汗が滲んできたころ、ようやくリーデルの足が止まった。

 目の前にあるのはこの森唯一の川。目的地周辺に着いたのだ。


「確かこのへんに……」


 目線を上げ、上流に向かって川沿いを再び歩き始める。

 程なくして、目的の物がリーデルの目に留まった。


「――あった。カプカの実」


 それは木の実であった。川の上へとせり出すように伸びた枝になっている、こぶし大ほどの青い木の実。カプカの実と呼ばれ、主に水辺に生えているカプカの木から採取できる、この辺りではそれほど珍しくもない木の実だ。


「この木でいいか。――よっと」


 手頃な枝に手をかけ、丈夫そうなのを確認したリーデルが木に登る。

 本当は木自体を蹴って落としてしまいたいところだが、木の実がなっているのは川の上であるし、カプカの実は水に浸かると猛烈に渋くなって食べることが出来なくなるのだ。そのため、少々面倒でも木に登って直に取るのが一番確実な方法として知られている。


「よし、これなら大丈夫か」


 一番太い枝を選び、自分が乗っても大丈夫なのを確認したリーデルは、慎重に枝先へと進んでいく。

 取ってくるように頼まれた数は五個。数えるまでもなく、手が届きそうな範囲の木の実で十分に足りる。

 片手で実をもぎり、あらかじめ荷物から出しておいた袋の中に一個目を入れる。そのまま少し横にずれ、二、三、四と木の実をもぎり取り同様の作業を繰り返す。


「……ん?」


 また少し横にずれ五個目を手でつかんだそのとき、リーデルの耳にガサッ、ガサッという音が聞こえた。一定のリズムで聞こえるその音は、風でこすれる木々の音では断じてない。明らかに何かが草木をかき分け進む音だ。

 嫌な予感を感じつつもリーデルは木の実から手を離し、焦らずに努めてゆっくりと下の様子を確認する。


(――げっ! バロル・ラグールベア!?)


 茂みの中をノシッノシッと黒い塊が歩いてくるのが見えた。

 四本足で毛むくじゃら。全身真っ黒なので、赤い目が不気味なほどに際立つその姿。まさしくバロル・ラグールベアだ。

 バロル・ラグールベアはこの辺り、特にこの森の中では相当に強い魔物だ。それこそバロル・サージスウルフが十匹居ようが二十匹居ようがまとめて蹴散らせるぐらいに。バロル・サージスウルフ三匹に苦戦したリーデルが敵う相手ではない。

 リーデルは息を殺してこちらへと近づいてくるバロル・ラグールベアを見つめる。幸いにして、相手はリーデルに気づいていないらしい。川辺へと歩み寄ると、そのまま水を飲みだした。


(気付くな、気づくなよぉ。さっさとどっか行ってくれ~)


 リーデルが内心で必死に祈りを捧げる。このままやり過ごせるならそれが一番だということくらいバカでもわかることだ。

 祈りが通じたのか、水を飲み終わったバロル・ラグールベアはゆっくりと踵を返した。そのまま来た時と同じペースで森の中へと返っていく。


「――――ふぅ」


 小さく、リーデルの口から息が漏れた。いつの間にか体中に入っていた力を抜き、さっきとは違う意味でかいた汗を拭う。


「……もう、大丈夫かな」


 まだそんなに遠くには行っていないが、まぁ大丈夫だろう。

 リーデルは再びカプカの実へと手を伸ばす。これで五個目。依頼は達成である。

 帰るときに注意さえすれば、おそらくアイツに会うこともない。

 そう考えて、伸ばしたその手が空を切った。


「――え?」


 つかみ損ねた手の下をカプカの実が落ちてゆくのが、やけにゆっくりとリーデルの目に映った。


 ――ゆっくりと落ちて、落ちて、落ちて、ボチャン。


 川へと落ちた水音がやけにはっきりと辺りに響く。


「…………」


 自然と引きつる頬をそのままに、水面から目を離しバロル・ラグールベアが去って行った方を見やる。

 まだ十分に視認できる距離にいた黒い魔物がこちらを振り向いていた。

 真っ赤な瞳と目線が重なる。


「――グゥオオオォォォ!」

「だーっ! こっち来んなっ!」


 黒い魔物がこちらに向かって突進を開始したのを確認したリーデルは片手で枝につかまり、もう片方の手でベルトから魔銃を引き抜き、バロル・ラグールベアに向けがむしゃらに弾丸を放った。


「グガアアァァッ!」


 何発かの弾丸が身体に命中し血が流れるが、バロル・ラグールベアのスピードは衰えない。むしろ一層瞳をギラつかせ、走る速度が上がる。

 バロル・ラグールベアの強靭な肉体に対するには、リーデルの魔銃では火力が足りなかった。当たれば傷を負わせ血は出るが、ただそれだけ。相手を牽制できるほどの威力が無い。むしろ軽くとはいえ怪我を負わせたことによってバロル・ラグールベアを怒らせてしまっていた。

 バロル・ラグールベアの勢いは止まらない。

 リーデルの上っているカプカの木に、勢いそのままに体当たり。


「うわっ?!」


 ただでさえ足場が悪いのに、それに加えて大きな揺れ。足を踏み外したリーデルはカプカの実と一緒に木から滑り落ちた。


「――ぷはっ」


 幸いにして下は川。転落したリーデルはすぐに浮かび上がった。回りには先ほど一緒に落ちたカプカの実が水の流れに任せ漂っている。


「……グルルルル」


 一方、カプカの木に体当たりしたバロル・ラグールベアはというと、陸の方からリーデルに向かってうなり声をあげてはいるが、何故かそれ以上何かをする様子もない。

 理由はわからないが、追って来ないのならば好都合。川の流れは思ったより速いが、この程度なら楽に向こう側まで泳ぎ切ることが出来る。

 リーデルはそのことを確認すると、バロル・ラグールベアが居る方とは反対の方向へ泳ぎ出した。


「へっ、何? オマエ泳げないの? バーカバーカ!」


 川に叩き落とされた恨みを晴らすかのように、リーデルがバロル・ラグールベアに向かって幼稚な悪口を言い放つ。

 魔物に人の言葉が通じるはずはないし、リーデルもそれを分かった上でやっていた。

 負け犬の遠吠えに近い様なものである。


「………………ん?」


 そんな情けない反撃で満足していたとき、リーデルの耳が違和感を感じ取った。バロル・ラグールベアのうなり声とは別に、『ザアアアァ』とも『ドオオオォ』とも聞える音を。

 音の方角は川下。非常に嫌な予感が頭を過ぎる。

 リーデルは改めてこの近くの地理を頭に思い浮かべながら、嫌な予感のする音の方角へと顔を向けた。

 この辺りは森の中でも一段高い場所に位置している。それはわざわざ迂回して獣道を上ってきたリーデルにも十分に分かっている。水というものが高いところから低いところへと流れるのも当然理解している。

 問題はここに来るためにわざわざ迂回したという事だ。リーデルの住む村から一直線にここに来ることができない理由がある。


「……ハッ、ハハハハ」


 嫌な予感の原因を確認し、リーデルの口から乾いた笑いが漏れ出てきた。

 見つめる先にあるのは川。しかしそれが唐突に途切れている。川だけではない、草も、木も、地面すらもそこで途切れている。

 簡単に言うと、村からこの場所へと来る間には崖があるのだ。崖をよじ登るよりは、少しぐらい遠回りしても坂道を登った方が安全だ。だから普通はよっぽどのことがない限り崖なんてものは迂回する。

 そう、リーデルの視線の先には崖がある。川は崖に向かって流れており、水は高いところから低いところに向かって流れるのだ。

 つまり、その先にあるのは――


「滝かああぁぁーーっっ!!」


 自らに迫る危機を認識し、今更ながら慌てて川を逆走しようと試みる。

 今いる位置は川の中間程度。この流れの速さではどう考えたって向こう岸に着く前に真っ逆さまだ。少しでも滝から距離を取らなくてはならない。

 リーデルは必死に泳いだ。それはもう、全身全霊をかけて泳いだ。自分の限界を超えるような速度を出すつもりで泳いだ。

 しかし、大自然は偉大である。それに対して何と人の小さきことか。

 リーデルがどれだけ必死になろうとも少しも前に進むことはなく、逆に滝に向かって流されていく。

 そもそも着衣泳で、しかも足に鉄の脛当てレガースを付けて川の流れに逆らおうというのが無茶な話なのだ。

 だんだんと大きくなる音が、滝が背後に迫ってきていることをリーデルに煩い位に知らせてくる。


「ぬがあああっ!」


 もうリーデルに余計なことを考える余裕は無かった。一心不乱に水をかきわけ、無我夢中で滝からの離脱を試みる。

 そんな時、視界の端を黒い物体が掠めた。

 あのバロル・ラグールベアだ。いつの間にか向けられていた唸り声は抑えられ、真赤まっかな瞳でこちらを見ている。

 魔物は言葉を話せない。感情があるかだって分からないし、表情なんて見分けもつかない。

 しかしそのとき確かにリーデルには、そのバロル・ラグールベアが、自分のことを笑っているように見えたのだ。


「んにゃろっ!」


 怒りで一瞬リーデルの動きが停止する。

 その一瞬が決定的だった。

 水をかいていたはずのリーデルの手が空をかく。続いて、先ほどまでは感じなかった浮遊感。

 リーデルの目に映るのは崖の端からこちらを見ているバロル・ラグールベア。

 その表情は、やはりこちらを嘲笑っているようにしか見えなかった。


「――お、おぼえてろよおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーっっっ!!!!」


 森中に響く大絶叫。

 その絶叫を背に受けながら、バロル・ラグールベアはゆっくりと森の中へと戻って行った。


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