表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

契約のためなら舞踏会にもでます

 色とりどりのドレスを着かざった婦人が舞うようにフロアを歩く。

 美しい蝶たちを見つけ、ダンスはいかが、と誘う紳士たち。


 神聖キャピュレイト王国の舞踏会だ。

 何としてでも、このパーティーを失敗させないといけない。



 ――――――――


 ――――――


 ――――


 ――



「それはまことか!?」


「ええ。この葉出巣(ハデス)にかかれば、そんな秘密などお見通しです」


「すごいな。ハデス!」

 う。良心が痛む。

 トイレでたまたま知ったとは言いづらい。


「そういうことですので、この中で少々お待ちください」


「む。いたしかたあるまい。寂しいので、早めにしておくれ」


「善処します」



 ――――――――


 ――――――


 ――――


 ――



 このままではジュリエ姫君は、戦争のために政略結婚をさせられてしまうようだ。

 結婚を阻止し平和にして欲しい、というのがこのお客様のご要望だ。

 もちろん、平和にするなどといった恐ろしい目的に手を貸すことは出来ない。

 だがビジネスは時に非情だ。

 こうして悪いことに手を染めるのも仕方が無い。

 平和になる可能性があったとしても、結婚の阻止をしようではないか。


 私はこの国について書類上でしか知らないため、見聞を広めるために城内を探った。

 新しい場所ではいざと言う時のためにトイレと非常口を確認するように、と新人研修の時に習った。


 まずはトイレを探すことにしよう。

 姫君の部屋にもあったが、そこは不可侵領域である。

 紳士としては立ち入るべきではない。


 かなり広い城だ。


「ご苦労様です」


「あ、どうも」


「この部屋は何ですか?」


「ここは宝物庫になります」


「トイレと非常口を探しているのですが」


「お手洗いはこの道をまっすぐ行って右に。非常口は左に行って突き当たりです」


「ありがとう」


「恐縮です」

 守衛の一人と言葉を交わす。

 守衛は不思議な表情を作ったが、特に疑ったわけでもなさそうで、職務に戻った。


 我々悪魔は、人間の概念チャンネルを操作できる。

 脳医学的に言うなら、前頭葉、側頭葉、海馬に、少々誤解を与えればよい。

 錯覚を作り出すようにいじることが出来る。

 もっと簡単に言うと、疑われなくなるのだ。


 さて、目的のトイレを見つけた。

 用を足した後に、ハンカチを咥え手を洗おうとするが、水の出し方が分からない。

 蛇口はどこだろうか?

 馬の形をした妙な取っ手を左右に動かしてみたが、水は出てこない。

 困惑していると、男が入ってきた。


「おや。失礼」


「いいえ。どうですか調子は」


「まあまあだよ」

 その威風堂々とした佇まいは優雅とも言えた。


「水の出し方が分からないのですが……」


「ああ。君は来賓客かな。これはこうやるんだ」

 男が馬の頭を撫でる。

 すると、水が馬の口からこぼれ出してきた。


「ほお。面白い細工ですね」

 私は同じように馬の頭を撫でるが、水は出てこない。


「おや。君は許可を貰っていないのか? では、僕の許可を与えよう」

 男は手をかざし、何やらごにょごにょ口の中で呟いた。

 光が私を包む。


「さあ、やってみたまえ」

 頭を撫でると水がこぼれ出す。

 これは面白い。

 何度もじゃばじゃばと水を出すと、男はたしなめた。


「資源の無駄遣いは良くないぞ」

 ごもっともだ。


「これは失礼しました。どうも初めてなもので」


「なに僕も子供のころはそうやって遊んだものだ。失礼、自己紹介が遅れた。ティボルトと言う。キャピュレイト王の甥だ」


「これはご丁寧に。私、葉出巣と申します」

 差し出された手を握る。

 なるほど、姫君の従兄か。


「ハデス君も、今日の舞踏会がお目当てかい?」

 何のことか分からなかったが、取り合えずうなずく。


「この国は美人が多い。楽しみたまえ。ただし、僕の従妹であるジュリエには手を出さないでくれ」


「姫君は大変麗しゅうございますからね。やはりご心配ですか?」


「いや。違う。ジュリエには内緒だが、今日の舞踏会はブエロナ帝国第二王子との婚約披露宴になる予定なんだ。厄介ごとは嫌だろう?」



 ――――――――


 ――――――


 ――――


 ――



「姫はどこにおる! ジュリエ姫をさがせ!」


「部屋にはおりませんでした!」


「衛兵は何をしておる!」

 豪華絢爛な舞踏会の裏側では、兵士たちが走り回っていた。

 表側では、司会が場をつなげようと必死になっている。


 今のところ、予定通りのようだ。


 私は素知らぬ顔で、来賓席の立食テーブルに残っている食事を箱詰めしていた。


「ハデス君。何をしているんだい?」

 ティボルト氏が話しかけてきた。


「これほどご立派なお食事ですので、資源の無駄遣いは良くないな、と」


「なるほど。説得力がある」

 私とティボルト氏は、私たちにしか分からない冗談を交わした。


「城内が騒がしいようで、申し訳ない」

 ドキリとしたが、私のせいだとは言えない。

 とぼけ、何も知らない顔で尋ねた。


「ほう。何かありましたか」


「モンタギュアの者が城内に侵入した」

 予想外の答えに返答が遅れる。


「……モンタギュアと言うと、魔法大国のモンタギュアですか?」


「言うまでも。顔見知りの僕が一番最初に気付いた。舞踏会で客足が多かったことが原因だろう。警戒が緩むのは仕方が無いが、君たちには言い訳としか聞こえないな」


「いいえ。とんでもない。その方は危険なのですか?」


「ある意味では非常に危険だ」


「顔見知りとおっしゃっていましたが」


「モンタギュア魔法王国第一王子ロミオ=モンタギュアだ。大方、美貌名高いロザライン嬢がお目当てなのだろうが、現在の我が国とモンタギュアの関係上、挑発行為と捉えられる可能性がある。最悪、戦争事由にもなりかねん」


「そ、それは大変危険ですね」

 背中についっと冷や汗が流れた。

 顔面の筋肉が引きつるが、上手くコントロールできない。


「その様子だと、君は関係していないようだな。すまない。あり得ないことだが、君を疑ってしまった」


「いえ、気にしておりません。どうかご公務にお戻りください」


「そうさせてもらおう。舞踏会を楽しんでいってくれ」


 ティボルト氏の姿が見えなくなると同時に私は駆け出した。

 戦争が起きるのは喜ばしいことだが、今はまずい。


 私はあくまで悪魔である。

 しかし、サラリーマンでもある。

 せっかく取った契約がご破算になるかもしれないことを恐れたからだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ