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契約のためなら何でもします

 ――地獄。


 霊魂となった咎人が送られる。

 魑魅魍魎たちが彷徨い、現世での罪を償わせるために過酷な施設が縦横無尽に広がる。


 なお、株式会社ジーザスエンタープライズホールディングスの子会社でもある。

 同社の保有する系列会社の『楽園』や『天国』などが有名である。


 国立サタン大学や、私立デイモン大学など超有名大学のアンケートによると、就職したい企業ランキング上位に毎年名を連ねる。

 地獄の名刺を持つ従業員を一般的に悪魔と呼ぶ。


 いわゆるエリート中のエリートといえる会社員の彼らだが、新人のころは激務に追われる。

 立派な悪魔になるためにはそれはそれは厳しい新人研修を受け、魂を奪うために営業として人間の下に派遣される。


 これは、そんな悪魔のお話。



 ――――――――


 ――――――


 ――――


 ――



「初めまして。地獄から派遣されました」


「は、はあ」


「お客様の担当をさせていただきます葉出巣(ハデス)と申します」


「は、はああ?」


「必ずや、ご希望にそうように、粉骨砕身で当たらせていただきます」


「何なんだアンタっ!?」


「何とぞよろしくお願いします」


「ふざけんな! 状況を見ろよ!」


 はて?


 樹海でロープを持っていれば、大体予想がつくと思うが。

 もしかしてまた誤発注か?

 最近多いぞ。

 まあいい。

 確認せねば。


「ええと。自殺では、ありませんか?」


「その通りだ。だから黙って吊らせろ。どっか行け」


「お客様! 早まってはいけません!」


「うるせえ! 止めんな! 俺はこの世に未練なんかねえんだよ!」


「いえ! そのよれよれロープの耐久度では確実に死ぬことは出来ません! せめて登山用のザイルをご購入してください!」


「…………」


「ここからですと、ええと、スポーツショップが15キロ先にありますので、そこまで行きましょう。あ、大丈夫です。ご覧の通り、スマホがありますのでナビは任せてください」


「黙れ! いいんだよこれで」


「いいわけないでしょう! そんな不確実な! お客様の魂は、お客様だけのものではありません! どうせ死ぬつもりなら一発どかんと大きいことをしようじゃありませんか!」


「お前なんかにサナエに振られた俺の気持ちが分かるかっ!! ……待て、電話が来た。出ても良いか?」


「どうぞどうぞ」


 ふふふふ。

 甘い。

 殺害アナリスト検定二級を先月取得した私に死角など無い。

 お客様に満足いただけるサポートは万全だ。

 確実に息の根を止めるプランを一〇〇は用意できる。

 不幸を一身に背負い恐怖のどん底に叩き落した魂。

 願いと引き換えに手に入れてやるぜ。

 このお客様の言動から察するに、女か。

 最高の美女を用意させて頂くぜ。


 おや。電話が終わったようだな。


「悪い。サナエが考え直してくれたらしい。俺、行くわ」


「ええ?」


「アンタが止めてくれなかったら、危なかったよ」


「お、お客様!?」


「ありがとうな! じゃあ!」


「おきゃくさまああぁああ!?」



 ――――――――


 ――――――


 ――――


 ――



「葉出巣っ! 契約取る前に願望叶えてどうすんだよ! どまぬけが!」


「もうしわけありません!」


「契約取れていないの、お前だけだぞ? 同期の出亜歩(デアボ)を見習ったらどうだ」


「いえ。前回は誤発注でしたので……」


「言い訳だけは一人前だな」


「失礼しました」


 ここは地獄のオフィスである。

 悪魔の中でも花形職、営業一課である。

 果てしなく広いビルの中でも、最も広い部屋を割り当てられている。

 最新式のシステムで管理されているディスプレイ上では、顧客満足度数字が乱高下している。

 願いと引き換えに魂を奪う。願いによる満足度の数値が大きくなると、より高純度な魂が手に入る仕組みは、未だに良く分からない。

 同期の出亜歩(デアボ)は新人だというのに、もう一〇件以上の契約を手に入れている。

 くそう。

 ピピピとデジタル音がそこかしこから聞こえる。

 スマートフォンとIP電話が鳴り、それに急かされるように慌しく出入りする悪魔たち。


 そんな中、私は営業課長に呼び出されていた。

 期待に満ちて、地獄の営業職に配属されたまでは良かった。

 眞門(マモン)先輩や雌婦洲斗(メフィスト)さんの話は励みにもなったし、目標としていつか自分もと夢想した。

 現実は非常である。

 今では落ちこぼれ社員に足をかけていた。


「ところで、営業六九課の話は知っているか」


「はい。何でも新たな世界が発見されて新規開拓する目的で作られた課であるとか」


「今、希望者を募っているそうだ」


「……それは辞令ですか?」


「いいや。あくまでも希望者だそうだ」


「…………考えさせてください」


「お荷物は軽くしたいんだよなあ」



 ――――――――


 ――――――


 ――――


 ――



「初めまして。お客様の担当をさせていただきます葉出巣と申します」


「え、え?」


「必ずや、ご希望にそうように、粉骨砕身で当たらせていただきます。何とぞよろしくお願いします」


「よ、よろしくお願いする」


 毒薬が入ったビンを持ったまま、少女はぼけっと固まっていた。

 当たり前だ。

 まだ年頃の少女だからだろう。

 私のような紳士なら話は別だが、自室に見知らぬ男がいきなり出てきたら警戒するのは当然だ。


 カバンからタブレットPCを取り出す。

 ええと、データによると、キャピレイト王国の暴虐姫ジュリエ。

 おお、素晴らしいご経歴だ。

 彼女に関わった数々の人間が謎の死を迎えている。

 さぞやたくさんの罪科を溜め込んでいるだろう。

 これは新規開拓先としては相当美味しい。

 一気に大量の魂が手に入りそうな予感がする。

 出世の糸口が見えてきた。

 ネクタイをきゅっと締め直す。

 よーし。頑張るぞ。


「こ、これは、違うんじゃ」

 手に持った毒薬のビンを慌てて後ろに隠す。


「そうですね。成分を見る限りでは、自死するにはちょっと物足りないようです。あ、お気に触ったら。申し訳ございません」

 危ない、危ない。

 そんな気はさらさらなかったが、うっかりお客様の自殺手段をけなしてしまう所だった。

 出来る悪魔は前回の反省を活かす。


「…………いや。その通りだ……結局、わらわは死ぬことすら出来ぬのだ。何をやっても中途半端。無力で情けない」


「私が来たからにはもう心配ありません。必ずやご満足いただけるようにあらゆるサポートをさせていただきます。契約内容にもよりますが……」


「契約だと? お主、まさか、神か?」


「カミ? いえいえ。そんな滅相もございません。ですが、それは私どもの親(会社)で御座います」


「親(主神)か。なるほど。……これも運命であるな。契約内容とやらを聞こうではないか」


「おお! ご英断で御座います! ええ、ええ。私どもにお任せいただければ、間違いありません。お金でも、世界征服でも、何でも望みをおっしゃってください。一つどでかい花火を打ち上げましょう」


「わらわは、平和を望んでおるのじゃ」


「はい?」


「誰もが笑うような、生きることに希望を持てるような、敵国と争いなどしない平和な国を望んでおる」


「ええ?」


「だがキャピュレイト国王である父上は、わらわとブエロナ帝国パリス王子とを結婚させようと画策している。

 誰がどう見ても政略結婚じゃ。

 両国が手を結べば、まず間違いなく隣国モンタギュアを手中に収めようとするだろう。

 わらわは血で血を争う戦争など望んではおらぬ」


「い、いえ。そんな早まらないでください。長い目で見れば、戦争は平和な世の中への第一歩なのかもしれませんよ」


「だが、その過程で血は流れるのだろう? 血塗られた平和を誇ることなどできぬ。

 避けることが出来るのであれば避けたいのだ。

 わらわ一人が死ぬことによりそれが回避できるのであれば、それは安い買い物のはず」


「ちょ、ちょっと待ってください。なぜお客様一人が死ぬことによって平和に繋がるとお思いになるのですか」


「手段の早さの問題じゃ。

 ブエロナ帝国にとって、強大な魔法国家であるモンタギュアを手に収めるには地政的にも我が国との連携は必要だろう。

 そしてわが国キャピュレイト国は単独ではモンタギュアに敵わない。

 両者にとってわらわの結婚は渡りに船なのだ。

 悲しいことだが、戦争が国土を広げる上で最も早いことは分かる。

 しかし、理由の無い戦争は、他国から侵略であると非難を受け攻撃対象になりかねない。

 結婚というのは強力な契約だ。同時に他国を守りまた攻める大義名分にもなる。

 わらわが結婚後に誰かに暗殺されることで戦争になるだろう。

 パリス王子は野心家だ。むしろ積極的にわらわを葬り去ろうとするはずだ。

 罪をモンタギュアになすりつければ良い。証拠を残さねば、真偽など重要ではない。

 妻の復讐に燃える若き王子という、いかにもありそうな話じゃ。

 だから、結婚前に死ぬことが重要なのだ。

 結婚の話自体が流れれば、戦争の大義名分を作り出す手段が無くなる。

 わらわの存在が戦争のきっかけにとって最も都合が良い一方、わらわがいなくなれば戦争を起こすメリットが少ないのじゃ」


「……なるほど」


 くそ。データと全然違うじゃねえか。

 どこのどいつだ暴虐姫なんてあだ名つけたの。

 

 願いを叶え、その満足度の対価として魂をもらう。

 それが私たち悪魔の仕事だ。 

 死そのものを望む願いには、魂の所有権をどこまで認めるかというやたらややこしい問題がある。

 出来れば、何でも良いから願い事を叶えさせて欲しいのだ。

 そうすれば名目上は、その対価として魂を受け取ることが出来る。 


 死を望む姫様。

 この姫様の望みを叶えてしまったら、魂が手に入らない可能性がある。

 この姫様の望みを叶えなければ、当然魂は手に入らない。そして、戦争になり大量の魂が無駄に消え去る。それは出来れば避けたい。

 

 ん? 待てよ?

 要するに、結婚の妨害をすれば良いんじゃないか?

 取り合えず、パリス王子と結婚させなければ、名目上願いを叶えた形になり、姫様の魂を手に入れることが出来る。

 だが、結婚を邪魔すると、平和になってしまうかもしれない。

 いくら仕事とはいえ、平和なんて悪いことをしてしまっていいんだろうか。


「少々お待ちください」

 私は新たに配属された営業六九課の明日汰炉屠アスタロト課長に指示を求めた。


「平和になる可能性か……うーん。それは『天国』さんのところの独占事業なんだよなあ。ばれたらクレームが入りそうな気がするが」


「何とかなりませんか? お客様はそれをご希望なんですけれども」


「新規だから、契約は欲しいな。いけそうなのか?」


「これ逃して『天国』さんの営業来たら、絶対掻っ攫われますよ」


「分った。契約を急げ。後で契約内容の変更が可能なように。少し契約書の文章の幅を広げておけ。あと、平和という違法な言葉は残すなよ。コンプライアンスに抵触する恐れがある。これが条件だ」


「了解です! 期待しててください!」


「頼んだぞ。お前こそもし上手くいったらボーナス期待しとけ」


携帯を切り、満面の笑みを浮かべてお客様に向き直り言った。


「お待たせいたしました。是非ともそのお話、私どもにお任せください」


「なに!?」


「死ぬことはありません。結婚の邪魔をします」


「ま、まことか? 平和な世の中にしてくれるのか!?」


「具体的には結婚の妨害ですよね。では、契約を済ませちゃいましょう」



 ――願望請負契約書――


 地獄株式会社(以下、甲という)とジュリエ=キャピュレイト(以下、乙という)は、願望請負契約を結ぶ。


 第1条(目的)

 甲は乙に対し次の願望を完成することを約し、乙は甲に対しその対価を支払うことを約した。

 願望場所:キャピュレイト国                 

 願望内容:ブエロナ帝国パリス王子との結婚の妨害。それに伴う工作。


 第2条(工期)

 工期は次のとおりとする。

 着手 :契約成立の日から

 完成 :着手の日から1年以内


 第3条(代金)

 請負対価は 魂 とし、乙は甲に対し次のように支払う。

 完成から1週間以内。


 第4条(負担)

 願望に要する費用、材料、労力は甲が負担する。

 なお、付帯的に発生した 魂 は甲が処分できる権利を持つ。


 第5条(内容の追加及び変更)

 乙は甲と協議の上、願望の追加・変更をする事ができる。


 第6条(解除)

 乙は願望が完成する前。いつでも本契約を解除することができる。

 乙は甲に対して、解除によって発生する損害の賠償をしなければならない。


 第7条(担保責任)

 甲は願望の瑕疵について担保責任を負う。

 完成時に乙が発見した瑕疵及び注文との相違などについて、甲は直ちにその負担において補修・取替えなどをしなければならない。


 第8条(紛争)

 本契約について紛争が生じたときには、願望業法の定めるところにより、㈱カミエンタープライズホールディングスのあっせんまたは調停により解決をはかるものとする。


 以上の通り願望請負契約が成立したので、本契約書2通を作成し、各自押印の上各1通を所持します。

 王国暦 546 年 10 月 2 日


 甲)請負人 氏名 代表取締役 流師父啞ルシファー 閻魔エンマ  印

 乙)注文者 氏名 ジュリエ=キャピュレイト              印




 ――――――――


 ――――――


 ――――


 ――





「はい。ここにお名前を。ここに拇印ですね。はい。つつがなく契約は完了いたしました。ありがとう御座います」


「何が書いてあるのか分からんが、わらわは平和のためなら何でもするぞ」


「……はい。結婚の妨害、頑張りましょうね……」


 私も落ちぶれたものだ。

 契約欲しさに、平和の片棒を担いでしまうとは。

 故郷の母が聞いたら、何と言うだろうか。

 

 いや、ビジネスとして割り切ろう。

 プロの悪魔として、立派に平和に導いてみせる。



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