A-008 力の片鱗
街の広場の一角に、今日も僕の大きな声が響き渡る。
「いらっしゃいませー。ポーションはいかがでしょうか?」
「とりあえず五つ頼む」
「俺も五つだ」
「私にも五つおねがい」
「はい! いつもありがとうございます!」
笑顔を絶やさないよう気をつけながら、お客さんの列をさばいていく。
最初は見向きもされなかったジェネリックポーション。
風向きが変わったのは、販売を始めて三日が過ぎた頃だった。
無料配布を続けていた僕に向け、ポーションを買いたいという人物が現れたのだ。
「販売ですか?」
「あぁ、いくらで売っている」
「一つ五百ルクスになります」
「ほう、じゃあ四十個ほどもらえるか」
「本当ですか!? 全部で二万ルクスになります」
「おうよ。それと悪かったな、この前は疑うようなことを言って」
「えっと?」
「まぁなんだ、今後もよろしく頼むよ」
「あ、はい。お買い上げありがとうございました」
軽くお辞儀をして初めてのお客さんを見送る。
思い出した。ポーションを売り始めたときに最初に話しかけてきた人だ。
「一気に四十個も……」
「もしかして、本当にポーションとして使えるのか?」
「いま飲んでみたが、味もぜんぜん違うぞ!」
初めての客の出現、その事実に周囲がざわつき始めた。
勝った──そう思った僕はバレないよう密かに笑みを浮かべる。
今後はポーションの販売を優先し、配布は後回しにすればよい。
そうして、徐々にポーションの売り上げを伸ばしていく作戦だった。
だが、そんな僕の計画は良い意味で破綻することになる。
「なぁ、いまのってアレックスさんじゃ」
「それって【五人十色】のリーダーの?」
「あぁ」
「この前、使い勝手の良いポーションを見つけたって言ってたが……」
たしか、【五人十色】というのはこの街でトップクラスの冒険者チームの名前だ。
こちらの世界にも十人十色という言葉があり、それに由来しているとのこと。
典型的な五人組のチームだが、恐ろしいまでの連携を誇る凄腕の集まりなのだとか。
高ランク冒険者のお墨付き、そんな認識が根付いた瞬間だった。
以降は購入者が相次ぎ、制限をかけなければすぐに売り切れになる事態に。
「残りわずかですよー」
ジェネリックポーションの価格は一つ五百ルクス。
供給不足で価格が高騰していることを考れば、わりと安いほうだと思う。
だが、六個目からは価格は倍になっていくように設定した。
買い占めを防ぐための処置で、十個買うには三万ルクスが必要となる計算だ。
「あ、すみません。今日はここまでみたいです」
残っていたお客さんに謝りつつ、お店をたたんでギルドの二階に戻る。
午前中だというのに、用意してきたポーションは全て売り切れてしまった。
というのも、ジェネリックポーションの作成には結構な時間が掛かる。
連日の作業で大分慣れてきたとはいえ、供給は一日に三百個が限界だった。
それでも純利は十万ルクス。笑いが止まらないとはこのことだろう。
「はぁ……。そろそろレシピを公開すべきかもしれないなぁ」
明日売るポーションを準備しながら、僕はついため息をもらした。
ポーション作りが儲かるというのは事実なのだが、あまりにも作業じみている。
簡単に言えば、毎日の生活に変化が乏しいのだ。
研究室ではほとんど手伝いに甘んじていたとはいえ、本来研究者である僕にとってこのことはかなりのストレスになっている。
そろそろ息抜きをしなければ、退屈でどうにかなってしまいそうだった。
「よし、森に行こう」
そこで思い出したのが魔法の存在だ。
あの森の中ならば自由自在に、そして無制限に魔法を使えるはず。
ついでに、エリクシールにも色々聞いてみよう。
幸い、ここ数日の稼ぎは百万ルクスに達しようとしている。
上級装備となると厳しいが、中級装備くらいなら楽に揃えられる額だ。
「思い立ったが吉日ってね」
早々にポーションの準備を終わらせ、街へ飛び出した。
「さて、武器はどうするべきか」
平和な世界で育った僕は当然、武器の扱い方など知らない。
運動も大してしてこなかったので身体能力もいまいちのはずだ。
盗賊に襲われたときに感じだ体の軽さも、それらを覆すには至らない。
すなわち、やられる前にやる。遠距離武器が必要だった。
「やはり弓しかないか」
本当は銃が良かったのだが、やはりこの世界では開発されていないようだ。
設計図を持ち込んで作ってもらう手もあったのだが、それはやめておくことにする。
最大の理由は、その製作コストの高さにあった。
実用的なレベルの銃を作るためには、相応の技術が必要となる。
もちろん、ちゃんとした職人を連れてくれば再現はできるのだろう。
だが、メンテナンスのことまで考えるとかなりの不安が残る。
銃弾はどうするのか、火薬は安定して手に入るのか、色々と心配は尽きない。
「火縄銃という手もあるけど」
そこまで退化させてしまうと、弓に対する優位性が崩れる。
意外なことかもしれないが、威力や飛距離は弓とあまり差がない。
銃の利点は訓練コストの低さで、初心者でもすぐに扱える点にある。
しかし、ゼロから銃を作る手間を考えれば弓の練習したほうがいいのではないか。
案ずるより産むが易し。案外、使ってみれば何とかなるかもという期待もあるのだ。
「とりあえず弓を使ってみて、ダメだったら銃に持ち替えよう」
結局、こういう結論に至った。
銃の開発で軍事バランスが崩れることも危惧したが、これは大丈夫だろう。
信じられないことだが、この世界の人間は銃弾を避けることすら可能だ。
なんでも、魔力を使うことで身体能力を高めることができるのだとか。
連射性能と精度に優れる最新の銃を持ち込めば話は別だが、戦国時代に活躍したような初期の銃では役に立つ見込みは全くなかった。
「こんにちはー」
街をうろつき、大通りからすこし外れた場所でよさそうな武器屋を見つけた。鍛冶場を併設するこの店では、オーダーメイドの商品を主に取り扱っているらしい。
「らっしゃい」
店に入った僕に、えらく威勢のいい声が浴びせられる。
カウンターには立派な髭を蓄えた屈強そうな男が一人。
「武器の製作をお願いします」
持ってきた設計図を取り出しつつ男の元へと向かう。
途中、なぜだか違和感を感じた。
完成したパズルのピースが一つだけ違っていたときような不思議な感覚。
その正体は、カウンター越しに男の全身を視界に収めたときに明らかとなった。
「ん、どうした」
男の顔を見下ろす形になる。身長が異様に低い。
僕が百六十弱だから、せいぜい百四十に届くかといったところか。
「おまえさん、もしかしてドワーフを見るのは初めてか?」
ジロジロと体を眺めていた僕を見て察したらしい。
「ドワーフ……」
たしか、力と技術を併せ持つ種族。
鍛冶屋として活躍する人が多いとは聞いていたが、直接会ったのは初めてだった。
「がっはっは、そりゃ驚くだろうな。身長は低いがこれでも立派な大人だ」
それは顔を見れば分かる。
彼はグリッドという名で、この道四十年のベテランなのだそうだ。
「そんで、わざわざこんな小さな店に来るってことは武器の注文か?」
「えぇ、弓なのですがちょっと機構が特殊なもので」
「珍しいタイプの弓だな」
「引きの軽さと命中精度に優れたものですね」
「初めて作る弓だが、良く出来た図面だ。こいつは久々に腕が鳴る」
「設計はそこそこ慣れてますからね」
主に、博士の作った装置の謎デザインを修正する時に活躍した。
「こいつはおまえさんが書いたのか!?」
「僕は十九ですよ。なぜか十六でしか登録してもらえませんでしたが」
「いやいや、十九でも大いに驚愕だぞこれは」
グリッドさんは設計図をみてなにやらひとりごちていた。
サイズが全部書いてあることや設計に矛盾がないことに感動しているようだが、それは設計図として必須条件なんじゃないかと突っ込みを入れたい。
一体普段はどんな図面が持ち込まれているのか。
あれ? なんか見ていて気の毒になってきたぞ……。
「えーっと、どのくらい掛かりますか?」
「おっと。そうだな、一週間もあればってとこだ」
「分かりました。一週間ですね」
「材料は特に問題ないみたいだからな」
「予算はこのくらいあれば大丈夫ですか?」
鞄から金貨三十枚を取り出す。
「まぁ、最悪そんくらいありゃ物は作れる」
「なにか問題でも?」
「剣みたいな武器ならそれでいいのかもしれん」
「はぁ」
「しかしだ、複雑な武器だと安い金属で作って本体が歪んだら困るんじゃねぇか?」
「あっ!」
「だろうよ。てか、弓が金属製の時点でだいぶおかしいんだがな」
「でも……、金属以外でこんな精密な部品作れます?」
「無理だな」
「ですよねー」
「金貨六十枚だ。そんだけありゃ純度の高い金属が使える」
「なるほど。ではそれでお願いしますね」
追加で金貨三十枚を渡した。
「おいおい、随分と羽振りがいいじゃねぇか」
「今なら、ポーションの需要はいくらでもあるみたいですからね」
「まさか……いま噂になってるポーションってのは」
「おそらく、僕が作ったものでしょう。透明なやつなら間違いなく」
「がはははは、なるほどなぁ。そんだけの頭がありゃこの図面も納得ってもんだ」
グリッドさんは機嫌よさそうに笑っていた。
これなら武器の準備は大丈夫そうかな。
弓を使いこなせなかった時には無駄になってしまうが、製作をお願いした弓は精度にも優れているはずなので試してみる価値は十分にある。
「とりあえず練習用の武器がいるので弓を下さい。これいくらです?」
「そいつは金貨十枚になる」
「だが、久々の上客だからな。五枚におまけしといてやるぜ」
「やった。ありがとうございます」
「弓を使うなら後はナイフだな。接近されたとき無いよりはマシだ」
「なるほど」
「普段はしとめた獲物をさばくために使うのがほとんどだが」
「あー」
「そいつも含めて金貨五枚にしといてやろう。お買い得だろ?」
「いいんですか?」
「ナイフケースもつけよう。それでも変わらず、金貨五枚だ」
「太っ腹ですね!」
「がっはっは、これからもこの店をよろしくだのむぜ」
どこの通販だよ……。素直に喜んでおくけど。
百パーセント増しからの半額セールでないことを祈る。
「では、お願いしますね」
「おうよ。まかせときなっ!」
弓についていくつか相談した後、武器屋を後にして防具屋へと向かう。
武器には金貨を六十五枚も使ってしまったが、防具は特に迷うことはなかった。
適当に弓使い向けの装備を選んだだけで、選択の余地がない。
矢の持ち運びに適した格好がそれしかないのだ。
重そうな鎧なんて着たら動けないし、速度重視の軽装は防御力が不安だ。
魔術士用のローブはどう見ても弓を引くときに邪魔となる。
「じゃーん」
一通りの装備をそろえた僕は意気揚々と街の外に飛び出していた。
さすがに、街中で弓の練習が自由にできる場所などない。
五百メートルほど街から離れ、適当な木に切り込みを入れて的を作った。
さらに二十メートル離れた場所に立ち、静かに弓を引く。
「うまく出来るといいけど……」
一本目、木にすらあたらない。
的のかなり手前で地面に落ちた。
手前に二百七十七センチ、右に六十四センチのずれだ。
「うーん、このくらいかな?」
二本目、今度は木に命中した。
的の中心からわりと上のほう。
誤差は上に五十二センチ、左に二センチ。
「予想と結果に食い違いがあるなぁ。なんでだろう」
三本目、四本目、五本目……、次々に弓を引いていく。
おかしい、何かが決定的に間違っている気がする。
「あー、地球じゃないから重力違うのか」
矢の落下位置がおかしい原因が分かった。
今までの動きから、正しい重力加速度を求めて修正していく。
「これでいいかな」
九本目、的の中心に寸分の狂いもなく命中した。
わずか十数分でこの成果だ。
銃なんか作らなくても弓で十分戦うことができる。
喜びと共に、さらに距離を離しながら的を狙っていった。
四十、六十、八十、そして、百メートル。
弓から放たれた矢は綺麗な放物線を描き、的の中央へと吸い込まれていく。
誤差は全く無し。つまり、命中して……しまった。
「ちょっと待て。今、僕は何をした?」
急に、心臓をわしづかみにされたかのような感覚に襲われる。
おかしい。絶対におかしい。
なぜ、的と矢の位置のずれが正確に把握できる?
なぜ、重力加速度や弓の角度の計算ができる?
なぜ、弓を理想通りの角度で構えることができる?
普通なら巻尺がいる、電卓がいる、分度器がいる。
「どうして……」
数十メートル先の光景を一センチ単位で把握できてしまった。
計算については、それなりに暗算は得意だという自負がある。
けれど、その計算で算出された角度は分と秒にまで及んだ。
一度は六十分、一分は六十秒。角度の単位は時間と似ている。
ミリ秒単位で時間を正確に測るようなものだ。常人には出来ない。
「こんなの、まるで機械みたいな」
恐ろしい想像に陥り、衝動的に持っていた矢で腕を突き刺してしまった。
右腕に激痛が走る。
だけど良かった、ちゃんと血は出るみたい。
「あはは、何をバカなことを」
普通の人よりもちょっと才能に恵まれていた。
だた、それだけのこと。
散らばっていた矢を回収すると急いで街へと向かった。
そろそろ、ポーション作りの続きをしないといけない。
「今日は帰ろう」
街までの距離、残り五百十二メートル九十五センチ……。
2014.01.22 表現を一部変更