A-007 ジェネリックポーション
「ふふふふ」
狭い部屋の中に僕の笑い声が響く。
「ふはははは、ついに完成した」
机の上には、従来のポーションとは全く異なる透明な液体が並べられていた。
「味をつけられなかったのは残念だけど……」
まぁ、味については材料さえ見つかればいいので後でもいいかな。
薬草特有の青臭さは取り除かれ、純粋な苦さだけが残った。
まだ不味いといえばその通りだが、気持ちの悪くなるような味ではない。
元の世界の薬と同じ不味さと言えば分かるだろうか。
「コストパフォーマンスが上がったのはうれしい誤算だった」
ポーションの作り方を工夫した結果、作成効率も飛躍的に向上した。
具体的に言うと、今までと同じ数の薬草から三倍の量のポーションが作れるはずだ。
「安く供給できる薬か。ジェネリックポーションとでも名づけよう」
もともとは特許が切れたとかそんな意味の言葉だが、この際、細かいことは気にしないことにする。どうせ元の世界を知ってる人間なんていないんだし。
「そろそろギルドの依頼を確認してみるかな」
実験に夢中になっていたせいで図書館に行った日から一週間が過ぎてしまった。
昨日、品薄状態だということを思い出し、急いでポーションを作っていた次第だ。
完成したポーションを持ってギルドの一階に下り、掲示板で依頼を確認していく。
『引越しの手伝い 《報酬8000ルクス》 新しくできた家に引っ越すことになった。引越しの荷物運びの手伝いをしてほしい。移動距離は100メートルほどだが、道が入り組んでいて通りづらく、家族が多いのでそれなりに荷物が多い』
『迷子の猫の捜索 《報酬3000ルクス》 飼っていた子猫が逃げ出してしまったので連れ戻して下さい。以前から南地区によく通っていたようなので、その周辺いる可能性が高いと思います』
なるほど、つまりギルドは何でも屋というわけか。ある程度まとまった需要がある産業以外はギルドの担当で、各依頼ごとにその分野を得意としている冒険者が受け持つ仕組みになっているのだと思う。
『ポーションの作成 《報酬300ルクス》 ポーションを作成してくれる方を募集しております。価格は一つにつき300ルクスで、薬草はこちらで用意しております。また、直接ポーションの買取も行っており、価格は一つ500ルクスとなります』
アリスさんが言ってたのはこの依頼かな。材料用意してあったのか……。
まぁ、買取もやっているみたいだしさっき作ったポーションも持っていこう。
「こんにちは、冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「こんにちは、リサさん」
ここ数日ですっかり顔見知りとなったギルド受付の女性、リサさんに話しかける。
「ポーションの作成依頼を受注します」
「ということは、ついに完成したんですか?」
「まだ完全じゃないけど、品薄だって思い出したのとりあえず」
「品薄なの忘れてたんですね……」
「でも、解消につながる成果が得られましたよ」
「それは何よりです。こちらの依頼はギルドでの待ち合わせとなっていますね」
「わかりました」
「連絡が取れました。すぐに来られるそうです。こちらの個室でお待ちください」
リサさんに案内されたのはギルドの奥に作られた会議室のような場所だった。
大きめの机の周りに椅子が八つ。二階の部屋と同様、余計なものは一切なかった。
適当な椅子に座り十分ほど待っているとフレアさんとアリスさんが到着する。
そういえば連絡はどうやったんだろう。やっぱり魔法なのかな?
「久しぶりね、ルート」
「お久しぶりです。すみません、色々と試していたら遅くなってしまいました」
「まったくよ、そろそろ借金の取立てに行こうと思っていたところだったわ」
「まぁ、時間をかけただけあって、ある程度ご期待に沿えるかと思いますよ?」
掛けていた鞄からポーションを取り出す。これは実験道具を探しに行ったついでに服と一緒に買ってきたものだ。なかなか使い勝手がいいので重宝している。
「これが……?」
「そうなのですか?」
ポーションの入れられた瓶をみて怪訝な顔をする二人。
それも当然か、今までのポーションと全くの別物になっているしね。
まぁ、ここで実際に試してもらえばいいだけの話だ。
「とりあえず試してみます?」
「えぇ、そうね。アリス、お願いできるかしら」
「了解しました」
アリスさんはナイフを取り出して自分の腕に傷を作ると、ポーションを口に含んだ。
やっぱり効果の確認はそうやってやるのか。
「これはっ、おいしい!?」
「そんなばかな……」
ポーションの飲みすぎで味覚がおかしくなってしまったのだろうか。
「なにか失礼なことを考えているような気がしますが、あくまで相対的な評価です」
「あぁ、そういう」
「あと三十分もすれば効果が表れるはずです」
「それで? あなたは一体何をしたのかしら?」
フレアさんがポーションを手に取りながら問いかけてきた。
「ポーションの作り方を大幅に変更しました。従来の製法では一部の成分は細かくなった薬草を直接体内に入れることで効果が発揮されていたのです。つまり、特定の薬草は水に溶かす必要がありませんでした」
「なるほどね」
「なので、有効成分の抽出方法を改善しました。沸点の低いものは蒸留で、アルコールに溶けるものはお酒を利用しました。もちろん、アルコールは蒸発させてあるので酔ったりすることはありません。他の成分についても方法は違いますが考え方は同じです」
得意げに説明した僕だが、それを聞いた二人は微妙な顔をしていた。
まずいな、翻訳できなかった一部の単語に日本語が混じったかもしれない。
「あなたの言ってることはよく分からないけど、要するにポーションに必要な成分だけを取り出すことが出来たからこうなったというわけね?」
「はい。いらないものが入ってないので、少ない量で効果が発揮できるかと思います」
「いいことばかりね……予想以上だわ」
「それに、同じ量の薬草から今までの三倍くらいのポーションが作れるかと」
「なんですって!?」
「えっと、とりあえず効果が出るまで待ってみましょうか」
二十分後、アリスさんの傷が治ったことによりポーションの効果が証明された。
「あの時、あなたを助けられて本当によかったわ」
「そこまで困ってたんですか」
「今までポーションを作ってくれていた人が体調を崩してしまって」
「えぇ、珍しく製薬専門の錬金術士として協力して下さった方でした。数ヶ月前に病気にかかってしまい、現在は起き上がることすら難しい状態だと聞いています。倒れた後でも前線で戦う冒険者達のことを気にしていたようで、まさに渡りに船でした」
「お役に立てたみたいでなによりです」
「じゃあ、これをお願いするわ」
「はい?」
いきなりポーション百個分の薬草を渡された。彼女達は何者なんだろうか。
盗賊達の反応からして、有名な冒険者だということは分かる。
しかし、二人でポーション百個というのはさすがにないだろう。
「フレアさん達って何者なんです?」
「簡単に言うと、このあたりの冒険者のまとめ役をしているのよ」
「近々大規模な討伐依頼が出されるかも知れないということで、現在ポーションの確保を担当しているところなのです」
「そうだったんですか。じゃぁ、早速作ってきますね」
「お願いね」
「買取の依頼は引き続き出しておくので、完成したらギルドを通してご連絡下さい」
「わかりました」
その後、部屋に戻った僕はひたすらポーションを作り続けた。
全てのポーションを完成させるのに二日もかかってしまったが、全部で三百個のポーションを作ることが出来た。
受け取った薬草の数は百個分だったため残りの二百個は買取扱いとなり、売り上げ金額は十三万ルクスにも達した。
借りたお金を返しても十万ルクスが残り、日給五万ルクスという圧倒的効率を叩き出したのだった。
◆ ◆ ◆
「さてと……お金もたまったし、自分でもポーションを売ってみよう」
残りの時間はポーションの改良でもするかな。
本当は魔法を色々と試してみたいけど、ここでは魔法は使えないし。
森の中に入れば使えるんだろうけど、装備なしで入るのはさすがに無謀だと思う。
もう少しお金を稼いでから考ることにしよう。
「幸いにも冒険者が多い街だし、ポーションが足りてない今のうちに稼いでおきたい」
豊かな自然に囲まれたレインフォード周辺では、平原と比べて強力な魔物が目撃されることが多い。中には高値で取引される素材を持つ魔物もおり、それらを求めた冒険者達で街は発展を続けている。
彼らの多くは有事の際に街の防衛戦力となる契約を結んでいるため、レインフォードが強力な防衛拠点といわれる理由の一つにもなっているのだ。
「リサさん、これをお願いします」
「買取依頼の申請ですね。了解致しました。資金を渡して頂ければ窓口にて買取の代行を受け付けております。それとも、直接取引を行いますか?」
「それじゃあ、この金額まで買い取っておいてください」
薬草買取の申請用紙と一緒に、金貨一枚を渡した。
「はい、承りました」
依頼の申請を済ませて表通りへと向かう。
最近、誰かが実験のために薬草を買い漁ったせいで在庫が不足しているらしい。
まったくもって迷惑な話である。
「いらっしゃいませー。ポーションはいかがでしょうか?」
そんなこんなで、僕は露店を開いてポーションの販売していた。
レインフォードの中央にある広場の周りには、宿屋や飲み屋などが軒を連ねている。
かつて、貿易商達の露店が立ち並んだこの場所は、今では冒険者達でにぎわう街の中心として発展しているという話だ。
周りをぐるりとを見渡してみると、冒険する仲間を探していたり、収穫品を売る露店を開いたりと様々な光景が広がっていた。
「従来のポーションに比べてとっても飲みやすくなっていますよー」
露店といっても、鞄に売り物を詰め込み、小さな看板を置いて立っているだけだ。
看板は喫茶店とかで本日のおすすめが書いてあったりする二つ折りのあれに近い。
ポーションを片手に、声を上げている僕を皆が興味深げに眺めていた。
「おい、そいつは本当にポーションなのか?」
透明なポーションが気になったのか、三十代くらいの男性が声をかけてきた。
「はい! 僕が作った自信作なんです」
「お前さんが?」
目の前の男性が驚いたようにこちらを見つめてきた。
もしや疑われている?
試しに自分の姿を思い浮かべてみた。
中学生くらいの子供が透明な液体をポーションだと言って売りまわっている。
やばいな、適当な水をポーションとして売ってるようにも見える。
「うーん……。今日は開店記念ということで皆さんに一つずつ差し上げますよ」
すぐさま販売方針を切り替え、ポーションの知名度向上に努める。
供給自体は不足しているはずだし、この透明な液体がポーションだと分かってもらえれば何の問題もない。
「これをどうぞ。効果が不安なら宿で試してみるのもいいですよ。きっと満足して頂けると思います。興味があったらぜひまたお越し下さいね!」
彼に向かって満面の笑みを浮かべながらセールストークを叩き込んだ。
ついでに看板を書き換えてポーションの配布を始める。
すぐに行列ができ、持ってきたポーションはあっという間になくなってしまった。
「あー、売れた売れた」
もちろん売り上げはゼロだが、これも必要な投資だ。
それより、あの生暖かい視線は一体何だったのか。
まさか子供が背伸びしてポーション作りの真似事をしてたとか思われてたんじゃ。
いやな予感がしてきた。今日はもう寝ることにしよう。
ギルドに戻るなりベッドに倒れこんだ僕は、そのまま深い眠りに落ちていった。
2014.01.14 全体的に改行を調整