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【旧版】魔法世界の錬金術士  作者: エナ・フリージア
国境都市レインフォード
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A-005 冒険者ギルド

『ここがどこかもわからない』

『視界の果てまで広がるのは、終わりの見えない虹色の空』

『自分が誰かもわからない』

『けれど、なにか悲しいことがあったのは覚えている』

『幾重にも運命を束ねたのは、ただ、みんなの笑顔が見たかったから』

『悲しみで染められた夢は朝の光に祓われ、私は目覚める』

『――そう、何度でも』




 ◆ ◆ ◆




 夢を、見ていた気がする。

 どんな夢だったのかは忘れてしまったけど、どこか懐かしさを覚える不思議な夢。

 気になって思い出そうとしてみたのだが、記憶に霧がかかっているかのような、むしろ何かで塗りつぶされているような感覚があるだけだった。

 別に大して重要なことでもないと思い直して体を起こすと、どうも僕は知らない部屋の中で眠っていたらしい。

 広さは六畳より少し狭いくらい。質素な作りの机と椅子、あとは僕の寝ているベッドがおかれているだけというシンプルなデザインになっていた。


「そうか、確か誘拐されかけたところを助けられて……」


 徐々に気を失う直前の記憶が蘇って来る。

 ここまで治安が悪いとは予想外だった。

 今回は偶然助かったからいいものの、早いところ自衛手段を確保しないといけない。


「結局ここはどこなんだろう」


 しばらくベッドでぼーっとしていたのだが、一向に誰かが来る気配もない。

 部屋を出てみようとベッドを立ち上がりかけたその時、扉が勢いよく開け放たれた。


「あら、起きてたのね」


 部屋に入ってきたのは、やはり僕を助けてくれた二人の女性だった。


「気分はどうかしら?」


 その言葉に、僕の脳内に気を失う直前の光景が呼び起こされる。

 冷たく刺すような瞳。

 あの目を見た瞬間に、言い知れぬ恐怖と痛みに襲い掛かられた。

 あの時は思考がまとまらなくて気づかなかったけど、あれはもしかして……。


「ちょっと、どうしたの?」


 考え込んでしまった僕に彼女が不安げに問いかけてきた。

 無駄な心配をかけてしまったかもしれない。


「大丈夫です。助けてくれてありがとうございました」

「何言っているのよ。困ってる人を助けるのは当たり前じゃない」


 そんな当たり前のことがなかなか出来ないんですよ。

 声には出さなかったが、あの場で躊躇なく動けるというのは純粋にすごいと思った。

 それとも、あの圧倒的な強さがそれを可能にしているのだろうか?


「残りの盗賊たちは全員捕まえたわ。ギルドに報告しないといけないから、巻き込まれたあなたも詳しく話を聞かせてくれないかしら?」

「わかりました」

「お願いね。そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわね」

「そうでしたね。僕は流渡って言います」

「ルートね、分かったわ。私はフレア、ここでは魔術士を名乗っているわ」

「私はアリス、フレアと一緒にチームを組んでいる騎士になります」

「フレアさんにアリスさんですね。よろしくお願いします」

「さて、早速なのだけれど。まずはあなたが何者なのかを教えてもらえるかしら」

「…………」


 いきなり致命的な質問が飛んできた。

 異世界から来ましたなどと言えば確実に正気を疑われることだろう。

 どうする? 記憶喪失という必殺技を繰り出すべきか?


「あの、気がついたらあの草原にいて」


 いや、それはまずい。

 戦闘能力のない僕が生きていくには自分の持つ知識に頼らざるを得ない。

 しかも、この世界とは歴史の全く違う異世界の知識だ。

 よくわからないけど体が覚えていたなんて言い訳は通用しない。

 存在しないものを覚えているはずはないのだから。


「いえ、ちょっと家出をしたというか追い出されたというかで。無我夢中で歩いていたらいつの間にかあの草原にたどり着いていたんです」


 ここは、盗賊の予想した通り、事情を抱えた貴族という設定を使うことにしよう。

 それならば、僕が色々な知識を持っていたとしてもおかしくないはずだ。

 そうだ、ずっと部屋に引きこもって研究していたことにしよう。

 外に出てないのだからこの世界の常識がないのは当たり前だし、前の世界の知識は僕の研究成果ってことでいいよね。

 そして、そんな生活を送っていたものだからとうとう家を追い出されてしまったと。

 我ながら完璧な設定だ。よし、これでいこう。


 ちなみに、森にいたことを隠したのは一人で脱出することが困難な場所だからで、野生動物が徘徊する中を移動するにはエリクシールの助けが必要不可欠だったからだ。

 精霊を見るには高い魔法の知識が必要になるとのことだったので、必然的に僕は魔法が使えるという話になる。

 しかし、自身の魔力量が周囲と同調するという体質を説明するのは面倒だし、特殊な体質みたいなので周りに知られればややこしいことになると思ったのだ。


「やっぱり何か特殊な事情があるのね」

「はい。僕はいつも部屋で研究ばかりをしていたのですが、強さを重んじる周囲の人間はそれを快く思わなかったみたいで」

「でも、魔法の研究も戦いでは重要なことだと思うのだけれど」


 なるほど、この世界で研究と言えば魔法に関することだと思われるのか。


「魔法ではなく、そうですね、世界の真理を解き明かす研究とでもいいますか」

「もしかして、ルートは錬金術士なのかしら?」

「錬金術士?」

「その様子だと違うようね。金を作り出すとか、魂を作り出すとかよく分からないことを言っている連中のことよ」

「あー、それに近いかもしれません」

「そうなの?」


 フレアさんが微妙そうな顔をしかけたのが分かった。

 もしかすると錬金術士は役立たず扱いなのか?

 確かに、魔法万能なこの世界では科学の出番は少ないのだろう。

 結果の出ない研究をしていてはニート扱いも仕方ないのかもしれない。


「別に無駄なことをしているつもりはないですよ。大量のエネルギー無しに金を作り出すことなんで不可能ですしね。魂はあんまり興味がないです」

「ということは、ポーションなどの調合を専門にしているのですか?」


 会話にアリスさんが加わってきた。

 彼女の話によると、大抵の錬金術士は研究に必要な資金を稼ぐためにポーションの調合なども行っているのだとか。


「それも微妙に違うような? 一応、薬も守備範囲には入ってますが」


 そんな僕の言葉を聞いて、フレアさんとアリスさんはなにか思いついたようだった。


「大体の事情は分かったわ。それで、これからどうするつもりなの?」

「えっと、この街で冒険者登録して、生活資金を稼ごうと考えています」

「それならちょうどいいわ。最近ポーションが不足していて値段が上がっているの。この街にはいま錬金術士があまりいないから、私達みたいな冒険者としてはぜひ調合をお願いしたいのよ」

「そうだったんですか。でも、このあたりの薬草のことは詳しく知らないので何か資料があればそれがほしいのですけど」

「大丈夫よ、この街には図書館があるからそこで調べるといいわ」

「たしか図書館に出入りするための登録時に手数料がかかったと記憶していますが」

「あ、そうだったわね。結構高いのよねー」

「はい、たしか一万ルクスだったと記憶しています」


 ルクスというのはこの世界に流通している通貨ことだ。

 価値はほとんど日本円と同じくらいだと考ればいい。


「そうね、こうしましょうか。私達が入館証を作ってあげる代わりに、ルートは調合したポーションを優先的に私達に販売する。それでどうかしら?」

「値引きしてほしいってことですか?」

「その必要はないわ。もちろん値引いてくれればうれしいけれど、品薄状態が続いているから優先的に回してほしいってことよ」


 それならば僕にとっても特に不都合はない。

 快く引き受けることにした。


「じゃあ、まずはギルド登録からね。私についてきて。アリスは片付けをお願い」


 部屋を出る彼女の後に続き、廊下を通って階段を下りる。

 その先には広いスペースの中央に掲示板が設置され、少し離れた場所には休憩用の椅子が並べられていた。反対側には窓口になっている。

 なんとなく市役所とか、そういう場所を思い出す光景だった。


「冒険者ギルドの二階は宿泊施設になっているのよ」


 ここにきて、僕はやっと自分がどこにいるのかを把握することが出来た。

 僕の寝ていた部屋は、異世界版ビジネスホテルとでもいったところか?


「こんにちはー」

「こんにちは、冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」


 窓口の女性へと声をかけたフレアさんが手招きをしたので、彼女の横へと移動する。


「彼の冒険者登録をお願いするわ」


 勝手がわからずおろおろしているだけの僕を横目に、フレアさんが話を進めていた。


「お疲れ様です、フレアさん。その子は昨日の?」

「盗賊に襲われていた子よ」

「そうなんですか。しかし、冒険者登録ですか?」

「そうよ。彼は錬金術士を名乗っているみたいで、ポーションが作れるらしいの」

「最近不足気味なので助かりますね」

「ということで、登録をお願いするわ」

「わかりました、冒険者登録を行います。こちらの用紙に必要事項を記入して下さい」


 受付の女性が僕に一枚の紙を差し出してきた。

 二列ある表の左側には文字が書き込まれており、右側は全て空欄になっている。

 名前、職業、年齢などを書き込む用紙のようだが、ここで問題が発生した。


「すみません、文字が読めないんですけど……」


 数日前に必死で会話を覚えた僕に文字の読み書きなど出来るはずがなかった。

 ちょっとまてよ、図書館行っても本読めないのでは?


「では、代筆しますので私の質問に答えてください」

「はい」

「まず名前を教えてください」

「流渡です」

「ルートさんですね。次は性別です」

「男です」

「では年齢を」

「十九ですね」

「はい?」

「え?」


 僕の答えを聞いた受付の女性とフレアさんが驚きの声をあげた。

 どうせこうなるんじゃないかと思ってましたよ。

 さっきからこの子とかいわれてたし。

 身長は百五十センチ強、たしか中学生の平均身長くらいだったか……。


「ルートさん……ギルド登録に虚偽の記載は認められていないのですが」

「そうよ、年齢が低いと経験が浅いと思われるからって、嘘はいけないわ」

「正真正銘19歳なんです! 人より成長が遅いだけなんですって!」

「さすがに無理です。仮に本当だとしても証明できなければ受理できません」

「なんか年齢が分かる魔法とかないんですかっ」

「そんな便利な魔法なんてあるわけないでしょう!」

「ルートの年齢は贔屓目に見ても十六ね。それで登録しておきなさい」

「十六ですか、確かにそれならなんとか」

「…………」

「えっと……、次は職業です」

「錬金術士でお願いします」

「了解しました」


 残りの質問に答え終わると、彼女はギルドの奥のほうへ入っていった。

 しばらくして、カードのようなものを持って再び窓口に戻ってくる。


「ルートさんの冒険者登録が終わりました。ランクはFからのスタートとなります」


 僕は彼女からカードを受け取る。これが冒険者の登録証のようだ。


「冒険者証は街への出入りの際にも確認されるので大切にお持ちください。ランクは冒険者の強さの目安となるもので、受けた依頼の難易度によって更新されます。ギルドでは、ランクによる依頼の制限はいたしませんが、依頼主によって受注可能ランクが指定されている場合がありますのでご注意ください」


「わかりました。ありがとうございます」


「いえ。では、冒険者様のご幸運をお祈りしています」


 こうして、晴れて冒険者となった僕は錬金術士を名乗ることになったのだった。

2014.01.08 同じ人物の会話が分割されていたのを訂正

2014.01.11 流渡の台詞の言い回しを修正

2014.01.14 全体的に改行を調整

2014.08.06 本文修正

「身長は百六十センチ弱」⇒「身長は百五十センチ強」

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