A-004 出会い
国境都市レインフォード、四方を自然に囲まれたルミナス王国の南端の都市である。
南に下りると、そこにはテリル山脈を挟んでグレイス帝国の領土が広がっている。
数十年ほど前まで両国は貿易で栄え、レインフォードは流通の拠点として著しい発達を遂げてきた。
しかし、国境付近で大量の魔法石を含む鉱脈が発見されたことで状況が一変する。
採掘権を巡り両国の関係は険悪となり、最前線であるレインフォードは現在、防衛都市として運用されているという話だ。
そのため、街への出入りは厳しくチェックされている可能性が高い。
どうやって街の中へ入り込もうかと頭を悩ませていた僕だが、その道中で思わぬ事態に遭遇していた。
「助けてください!」
レインフォード近くの草原に突如として悲鳴が響いた。
その中心にいるのは悲鳴の主である一人の少年と、それを囲うようにして立ちはだかる数人の男達の姿だ。手には刃物も握られている。
物語の導入、出会いのシーンとしてはあまりに典型的な光景だ。
しかし、実際にこの状況をどうとかできるのは一部の限られた人物だけで、今の僕には何の力もなかった。
魔力の少ない場所で魔法を使うことはできず、戦いの心得があるわけでもない。
それでも、僕にはどうしても動かなければならない理由があった。
震える体に鞭を打ち、口を開いて力の限り叫ぶ。
「誰か……、誰か助けて!」
現在、僕はとってもピンチです。
◆ ◆ ◆
始まりは今から数分ほど前のことで、街へ向かって歩いていたところいきなり後ろから声をかけられた。
振り向くと、動きやすそうな装備で身を固めた男が数人、武器を構えてこちらに近づいてくるのが見えた。彼らがいわゆる冒険者というやつなのだろうか。
「こんにちは、何か用ですか?」
「あぁ、ちょっと金目のものを全てここに置いてってもらおうと思ってな」
「…………」
はい、異世界で最初に出会った人間は盗賊でした。
「おとなしくしてりゃ命だけは助けてやらないこともないぜ?」
「あの、金目のものといっても見ての通り手ぶらなんですけど……」
「あぁ?」
「ひぃ!?」
何も持っていないと言った瞬間、話しかけてきた男にナイフを突きつけられる。
どこをどうみたら僕がお金を持っているという結論に至るのだろうか。
「そんなわけねぇだろ? その服はどう見ても高価な代物だろうが!」
あぁ、なるほど。この世界の技術水準が不明だということをすっかり忘れていた。
僕が着ているのは普通に学校の制服なのだが、大量生産されたこの生地も、機械で加工された精密な縫い目とあいまってかなりの高級品に見えるのかもしれない。
「ごごごめんなさいっ、本当に何も持ってないんです!」
迫力に押されてついあやまってしまったが、持ってないものは持ってないので見逃してもらえるように祈るしかない。
「おい、調べてみろ」
先程から僕に話しかけてきたリーダーらしき男が指示を出すと、控えていた男の一人が僕に近づいてきて体のあちこちを探り始めた。
「アニキ、こいつほんとになにも持ってないですぜ」
「ちっ、当てが外れたか」
「この服だけでもいただいていきやしょうか」
「そうだな……いや、まてよ?」
「どうしたんすか?」
「その服はどうみても平民には手が出せない代物だ。そうなると当然、そいつは貴族ってことになるよな?」
「そうっすね」
「考えてもみろ。貴族の坊ちゃんが一人の護衛もつれずに歩いているなんてどう考えてもおかしい。おまけに持ち物までないときた。こいつは何か事情があるに違いねぇ」
「たしかに!」
「俺が思うに家出か、もしくは家を追い出されたのかもしれん。そうだろ?」
「まぁ、そんな感じですけど」
実際には家どころか世界からはじき出されたんですけどね。
「やっぱりな、思ったとおりだ」
「さっすがアニキ! 俺達とは頭の回転が違うぜ」
「そういうことなので、見逃してもらえるとありがたいのですが……」
「まてまて、まだ用は終わってないぜ。そうなるとだ、ここでおまえが行方不明になったとしても誰も探しにくることはないってわけだ」
「はい?」
「殺人や誘拐は騒ぎが大きくなるから普段は避けてるんだが、事件に気づく人がいないとなれば話は別さ。おまえはそれなりに見た目もいいし、その手の趣味のやつに高く売れるかもしれん」
これはあれですか。この世界には奴隷制度なんかが存在していて、誘拐されて売られてしまうとかいうお決まりのパターンなのでは。
「捕まえろ」
「ちょ、やめ……、助けてください!」
かくして僕は現在の状況に至ったというわけだ。
「誰か……、誰か助けて!」
意を決して声を上げたおかげか、緊張で動かなかった体にある程度の自由を取り戻した僕は街に向かって一目散に走り出した。
わずかな隙を突いて男達の包囲を抜ける。
幸い、この世界に来てからというもの妙に体が軽く、研究室に引きこもり気味の僕でもなんとか逃れることができた。
もしかすると、この星の重力は地球より小さいのかもしれない。
「くそっ、追いかけろ」
だが、身軽だといっても瞬間的なもので、それ以外の動きは素人に過ぎない。
おまけに持久力もないので速度は次第に遅くなっていくばかりだ。
一方の相手は腐ってもその道のプロである。
引き離した距離は瞬く間に詰められ、背中に鈍い衝撃が走った。
斬られてはいないと思うがまともに呼吸ができず、その場に膝を折って崩れ落ちる。
「うぐっ」
「手間かけさせやがって」
追いついてきた男が僕の体を引きずり起こし、素早くロープを取り出して動きを封じにかかった。
後ろ手に縛られ、首にも縄を掛けられる。
両足も歩幅以上に広げられないよう制限されると、いよいよ脱出は絶望的になった。
こうなった以上、せめてまともな人間に買ってもらえますように、などと謎の覚悟を決めかけた瞬間、それは起こった。
「わっ」
いきなり体が宙に浮いたかと思うと同時に、何かに強く引っ張られる感覚。
そして、気づいた時には見知らぬ女性に抱きかかえられており、すぐ隣にはもう一人の女性の姿が見えた。
首から伸びたロープはいつの間にか切断されていて、僕はもちろん男達にも何が起きたのかわからない様子だ。
「大丈夫ですか?」
助けてくれた女性が声をかけてくれた。
小柄とはいえ、男性一人を軽々と持ち上げる力を持っていることを考えると相当な力の持ち主のようだ。
「あ、はい。ありがとうございます」
「なんだてめぇ」
「どうやら最近問題になっていた盗賊団のようですね」
「なるほど、レインフォードの冒険者か。余計な気を起こさなきゃ巻き込まれずに済んだものを……、わざわざご苦労なこったな」
「そうね」
「俺達の不意をついたことは褒めてやるが、このまま逃げられると思うなよ?」
「別に逃げるつもりはないわ。むしろ逆かしら?」
【スパークウェブ】
「な……、魔術士か!」
もう一人の女性が会話の途中でいきなり魔法を放った。
たしか、連鎖する雷撃で相手の動きを阻害する魔法だ。
高速で移動する電撃は男達に回避する時間を与えず、中心部から離れていた二人を除く全員を麻痺状態に至らしめる。
「くそっ」
一撃にして数の優勢を崩された男達だったが、さすがに残りの二人は怯むことなく次の魔法を阻止するための突撃を仕掛けてきた。
「立てますか?」
「はい」
一方、僕を助けてくれた女性は慌てることなく静かに剣を抜き放つ。
「どうしますか?」
「その子もいることだし安全第一でお願い。彼らの生死は問わないわ」
「了解しました」
その言葉と同時に彼女の姿が霞み、次の瞬間には男の目の前に現れていた。
「なっ……」
常識を逸脱した動きを見せた彼女に驚き、その場にいた全員の時間が停止する。
静寂を破ったのは、彼女の放った斬撃が男の首を地面へと落下させる光景だった。
「ひっ」
「高速移動に雷魔法だと? まさか、あの【疾風】に【迅雷】だってのか!?」
「街の外にまで二つ名が知られているとは、私達も有名になったものですね」
再び彼女の姿がブレた。
出現と同時に剣が振るわれ、僕の右手にドロリとした生暖かい液体が浴びせられる。
恐る恐る手の平を視界に納めると、案の定、そこは真っ赤な血液で染められていた。
「あ……」
先程と同じ光景、なのに距離が近いというだけであまりにも現実味が乏しい。
ドサリという音に釣られてそちらに顔を向けると、先程まで言葉を交わしていた男の首がこちらを見上げていた。
光を失った瞳は恨めしげに開かれており、鋭い視線は見たもの全てを突き刺すかのようにさえ感じられた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
おもわず、その目を覗き込んでしまった僕に幻の痛みが襲いかかる。
体に怪我はないと分かっているのに、切り裂かれたような感覚が頭を離れなかった。
あるはずのない攻撃にさらされ、耐え切れなくなった僕の意識は一時の闇へと逃げ場を求めた。
2014.01.08 本文修正
「技術水準が低い」⇒「技術水準が不明」
2014.01.08 誤字訂正
「斬劇」⇒「斬撃」
2014.01.14 全体的に改行を調整