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A-003 森の中で2

 妖精らしき少女との出会いから数日、僕がまず取り組んだのは彼女の話す言葉を覚えることだった。

 何の装備もない僕がこの森で生き抜くためには、魔法とも言うべき力を持つ彼女に協力を求めることが必要不可欠だったからだ。

 幸い、食料や水の確保が必要なのは一目瞭然で、言葉が分からないながらも果物の生る木がある場所や湖の水が飲めることを教えてもらうことができた。

 その後は順調に彼女との会話を重ね、自分でも信じられない速度で言葉を覚えた僕は、やっと自分の置かれた状況を把握することができたのだった。


「精霊ねぇ」

「そうだよー」


 まず、これが一番重要なことだが、ここが異世界だということがほぼ確定した。

 彼女の放った電撃はやはり魔法という認識で正しく、別に高度に発展した科学的な何かが背景にあるというわけでもない。

 基本的な物理法則は僕が居た世界と同じなのだが、魔法を扱うための特殊な法則が追加で存在しているといった具合だ。


 それから、今まで妖精と呼んでいた彼女はどうやら自然の力を司っている存在らしく、妖精というよりも精霊と呼ぶべき存在だということが分かった。

 彼女は雷を操る精霊で、エリクシールという名前で呼ばれているらしい。


「それで、魔法を使うにはどうしたらいいの?」


 魔法が使えるとなれば、当然、使ってみたいという思いに駆られるのが自然な流れだ。

 魔法を使うには魔力が必要になるとのことだが、これに関しては自分に才能があることを祈るしかない。

 エリクシールの話によれば、満足に魔法を使いこなせるようになるのは大体十人に一人で、魔法を職業とする魔術士になれる者はさらに限られるという。


「まずは、魔法の効果をイメージする方法かな」

「呪文とかはなくても大丈夫ってこと?」

「ある程度才能があればね。呪文や魔法陣を使う方法は才能には左右されないんだけど、色々と覚えることが多くて大変なんだよ」

「なるほど」

「ためしに使ってみたらどう?」


 そういうと、エリクシールは初めて会った日に使っていた魔法の名前を教えてくれた。

 最初の電撃が【サンダーボルト】、次に狼を一網打尽にしたのが【スパークウェブ】、最後に止めを刺したのが【ライトニング】という魔法なのだとか。


「了解」


 早速、魔法の効果を思い描いてみることにした。

 イメージしやすいのは自然現象に近い落雷の魔法か。

 雲の中に膨大な量の静電気を発生させ、絶縁体である空気の中を稲妻で切り裂く。


【ライトニング】


 詠唱の完了とともに強力な閃光が空間を満たし、同時に耳を覆いたくなるほどの轟音が鳴り響いた。

 少し遅れてその原因が自分の放った落雷の魔法だと気付く。

 すさまじい威力が出てしまった。

 おそらく、エリクシールは威力までしっかりとイメージしていたに違いない。

 あの時は狼が黒焦げになる程度だったが、今回は雷の落ちた場所の地面が抉れ、小さなクレータのようなものができてしまっている。


「魔法怖い……」

「うーん、私の姿が見えているし、相当雷属性の適正があるのかなぁ」


 エリクシールは目の前の惨状を特に気にすることもなく、こちらを不思議そうに眺めているだけだった。

 最初に出会った時に彼女が驚いていたのは僕に精霊の姿を見る能力があったことだ。

 一般的に、魔法の威力は使用者のイメージに左右され、それぞれの属性に関する知識が深いほどに威力が上昇していくらしい。

 さらには、その知識が一定以上になるとその属性の精霊と会話することができるようになるとのことだ。


「まぁ、電気関連は散々勉強したから」

「電気?」

「雷のことだよ。僕の居た世界には電気を使って動く道具がたくさんあったからね」

「なにそれ、さすがに雷の精霊が知らないっておかしくない?」

「だから僕の居た世界の話だってば」

「世界……ってまさか!?」

「なんか転移装置の実験に失敗して、気付いたらここにいました」

「…………」

「あの、元いた世界に帰れるような魔法とかないですかね……」

「あるわけないでしょ!」

「ですよねー」


 詳しく聞いてみたところ、空間魔法自体が伝説級の代物だった。


「そっかー、だから装備もなく森の中心いたんだ」

「そういうこと」

「それで、これからルートはどうするの?」

「どうするって?」


 ちなみに、ルートというのは僕の名前のことだ。

 本来はリュウトなのだが、正しく発音してもらえなかった。


「このまま森で生活を続けるつもりなのかな?」

「いや、それはちょっと」


 これまでは言葉を覚えるのに必死だったけど、今後はやることがない。


「とりあえず、この世界にも人間がいるという認識でいいんですかね」

「……ルートにはまずこの世界の常識を教えてあげるね」

「おねがいします」

「まず、人口の多さでは人間──ヒューマが最も繁栄している種族だと言えるかな」

「ということは別の種族も?」


 なんだか、とってもファンタジーな世界に来てしまったのかもしれない。


「うん。数は少ないけど魔法の扱いに関してはエルフが一番だよ」

「エルフかぁ、僕の世界では想像上の存在でしかなかったけど」

「簡単に言うとエルフは大器晩成型の種族だよ。魔法はともかく、子供の頃の身体能力は人間に対し大きく劣るし成長も遅い。けれど、圧倒的な寿命と高い成長能力を持っているから大人になれば人間とは比べ物にならないほどの力を持つことになるんだよね」

「最強じゃないですか……。数が少ないのが不思議なんだけど」

「あー、それは単に子供が出来にくいからじゃないかなー。あと、彼らは自然との調和を重んじるとか言って森の中にある里から出てこないし。閉鎖的な種族なんだよ」


 身体能力も高くなることを除けば、ほとんど予想通りの性能だった。

 魔法特化なイメージがあるのはゲームとかのバランス調整の影響だっけ?


「それからドワーフ、こっちは結構人間社会に溶け込んでるし数も多いよ。手先が器用で鍛冶屋として武器や防具を作ったり、圧倒的な力を活かして前衛として活躍する人もいるかな。逆に魔法に関してはぜんぜんダメでエルフとは仲が悪いみたい」

「へぇー」

「あとはアニマ、獣人っていえば分かるかな? 野生動物の血を引くだけあって素早さと感覚の鋭さに優れるのが特徴だよ。前衛や狩人になる人が多いけど、魔法が使えないわけでもないからその辺は人間と一緒だね。でも、人間とは仲が悪くて互いに差別してたりもしたような……」


 どこの世界でもいざこざは無くならないのか。

 

「まぁ、さすがに実力が重視される冒険者の世界ではその傾向は低いんだけどね」

「たしかに、そんなことを気にしてたらさすがに身が持たなさそうだ……」

「最後に私たち精霊についても説明しておくね。やっぱり最大の特徴はエルフすら上回る圧倒的な魔法を操ることかな。ただ、他の種族のように複数の属性の魔法は使えないの。それから、存在自体が魔力の塊みないなものだから、魔力のない場所には存在することができなかったりもするんだよね」

「この森にも魔力が?」

「魔力も何も、ここって精霊の森って言われるくらい魔力に満ちた空間なんだよ? 半分聖地扱いされてるから。そういえば、さっきも言ったけどほとんどの人は精霊の姿が見ることができないっていうのも特徴になるのかも」

「精霊の森ってわりにはエリクシール以外を見てないんだけど」

「それはそうだよ、雷の精霊なんて滅多にいないもん。そして、二属性以上の精霊を見ることの出来る人物なんてそうそういるもんじゃないよ」


 どうだろう。精霊を見るのに必要なのは知識ということだったし、科学知識もってると案外いけるんじゃないだろうか?


「それから、仮にルートに他の属性の精霊を見る力があったとしても私と一緒にいる限り他の精霊はよってこないと思うんだ」

「はい?」

「言っておくけど、私って雷の精霊の中で最高位だから、みんな萎縮しちゃって……」

「えっ」

「イフリート、シルフィード、ウンディーネ、ノーム。それが世界の自然を司る四大精霊の名前だよ。雷属性は使い手が少ないからよく忘れられるんだけど、五大精霊として数えられるときはエリクシールの名前が入るんだよ。入るんだよっ!」


 二回言われた。地味に気にしているのかもしれない。


「それはなんというか……ご愁傷様です?」

「まぁいいや、それで、これからどうするつもり?」

「やっぱり街で仕事を見つけるのが一番かなぁ」


 魔法の存在する世界の技術水準はよく分からないが、元の世界に帰るために転送装置を作り直さなければならない。

 魔法が万能な感じがするのであまり期待できないけど。


「それなら冒険者ギルドに登録して適当に依頼を探すのがいいよ」

「冒険者……戦うのはあんまり得意じゃないんだけど」

「大丈夫、探索とか討伐だけじゃなくて採集とか事務作業の依頼もあるから」

「ならなんとかなるか。研究室にあふれる書類と不健康的な生活を見かねて事務スキルや家事スキルまで身につけてしまったし。ほとんど博士と同棲生活だったからなぁ」


 別に同じ家に住んでいたわけじゃない。

 二人とも研究室から滅多に帰らなかったというだけの話だ。

 われながらよくやっていたと思う。


「それじゃ、近くの街まで案内するね」

「おねがいするよ」

「ついてきて」

「はーい」


 精霊の森はそこまで広い森ではなく、中心部までの距離は五キロくらいなのだそうだ。

 ただし、森の中は魔力に満ちているため、強力な野生動物が生息しており森を抜けるのは容易ではない。

 今回はエリクシールが守ってくれているが、彼女と出会っていなかった場合を考えると背筋に冷たいものが走った。


「そろそろ半分くらいかな。ここからは魔力が薄くなっていくし、生息している動物達も弱くなっていくから危険度は一気に下がるはずだよ」

「それはよかった」


 だが、そんな言葉とは裏腹に、歩みを進めるにつれ僕は体に違和感を覚え始めていた。


「う……ぁ……」


 体から力が抜ける感覚。高い熱にうなされているように体が重く、立っていることすらままならなくなる。思わずその場に膝をついてしまった。


「どうしたの!?」

「なんか、森から離れるにつれて力が……」

「症状を詳しく説明して」

「力をだんだん吸い取られたみたいな、高い熱が出たときみたいに頭痛や眩暈がするし、もしかしたら貧血になったのかもしれない」

「それ、魔力切れの症状だと思う」

「魔法なんて使ってないよ?」

「そうなんだけど……ちょっとまってね」


 エリクシールは少し考えたそぶりを見せると、僕の目の前まで移動してその小さな手を僕の額にかざしてきた。

 魔力の塊である精霊に触られるというのも不思議な話だが、彼女の手は少しひんやりしていて熱に侵された僕にはとても気持ち良く感じられた。


「この感覚。でも、そんなことって!?」


 一方で、何か手がかりをつかんだのか、彼女はうなったまま首をかしげていた。


「どう……だった?」

「うーん、ルートって本当に人間なの?」


 とんでもない質問が返ってきた。存在を正面から否定された気がする。


「どうも魔力が周囲と完全に同調してるみたいなんだよね」

「同調?」

「つまりは周囲の空間に満ちてる魔力と自分の魔力が一緒。魔力がある場所なら際限なく魔法が使えるし、魔力のない場所だと全く魔法が使えないってこと。だから、魔力が薄くなるにつれて魔力切れの症状を引き起こしたんだと思う」

「うーん、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか判断に困る」

「魔術士を名乗るのは無理なんじゃないかなぁ。精霊の住める場所でしか魔法は使えないと思ったほうが良いよ」

「くっ……」

「魔力切れの症状は慣れるしかないかもね」

「慣れるものなんだ?」

「私も森の外れに来たときはそんな症状だったから、といっても大昔の話なんだけどね。ルートが精霊と同じ力を持ってるのだとすればそのうち慣れると思うよ」

「そうか、がんばるよ」


 重い体を引きずってエリクシールについていく。

 視界の奥のほうが明るくなるにつれ、僕の体も随分と楽になってきた。


「そろそろ森から抜けるよ。この先へ私は進めないから、後は一人で頑張ってね」

「うん。色々とありがとう」

「じゃあね、ルート。ひさびさに人間と話が出来て楽しかったよ」


 エリクシールはそう言い残して森の奥へと姿を消した。

 僕の目の前には見渡す限りの草原が広がっている。

 遠くに、何か壁のようなものが作られている場所を見つけた。


「あれがエリクシールの言っていた街かな」


 この世界の知識も乏しく、知り合いなどいるはずもない。

 それでも、元の世界へと帰る方法を探し出したかった。

 この世界には魔法という未知の力もある。

 きっと大丈夫。必ずたどり着けるはずだ。

 そんな強い想いを胸に秘め、僕は新たなる一歩を踏み出し始めた。

2014.01.08 改行が抜けていたので訂正

2014.01.14 全体的に改行を調整

2014.03.29 種族説明を若干補足

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