A-023 ノーザリスの森
魔力のある場所でのみ生息可能という特性上、精霊の行動範囲はあまり広くない。
そして、人をはるかに上回る寿命を持つ彼らは長い時をそこで過ごすことになる。
該当箇所の多くは自然豊かな土地であり、基本的に人間の居住区とは重ならない。
こういった理由から、高度な知能を持つ上位の精霊達は基本的に暇しており、好奇心が強く何にでも興味を示す傾向がある。
「やぁやぁ、今度こそ相手になってもらうよ」
なにやら僕の錬金術的な知識が気になったらしく、エアリアルが昨日からしつこい。
最初は僕も会話を楽しめていたのだが、連続で三時間以上話し続けた辺りから違和感を感じ始め、最終的には逃げるように眠り込んだという流れである。
シェーラさんから伝授された対処法を駆使してみたものの、彼の勢いは止まらない。
「長距離の移動には慣れてないんだって。無駄な体力使わせないでよ……」
「えー、昨日だって疲れたとか言ってすぐに眠っちゃったじゃん」
対処法その一、とにかく先延ばしにする。適当な理由が思いついたらまずはこれ。
しかし、昨夜から何度か使用してしまっているため相当焦れ始めているみたいだ。
「はぁ……、わかったよ。ただ、僕も精霊については詳しく知らないから、そのあたりの説明をまずお願いできるかな?」
「やっとその気になったようだね。ふっふっふ、精霊の話なら任せなよ」
「お願い」
「んー、どこから話そうかな。とりあえずボクらは十ある属性のどれか一つを司っていて対応する属性に関する様々な知識を持っているんだ」
「ふむふむ」
「単一の属性しか使えないこと除けば、魔法の扱いで右に出るものはいないかな」
「へぇ」
「詳しくは知らないけど、ちゃんと手順を踏めば加護を与えたりも出来るらしいよ」
「そうなのか」
「うんうん。加護を与えてそのまま契約ってパターンもあるみたいだけど、そのあたりは秘伝とされてたり、人体に負担が掛かるとかで失われた技術と化しているね」
「なるほど」
「精霊召喚って呪文がいるでしょ? あれって旋律詠唱なんだよ。なんでも昔の魔術士と精霊が協力して作り出したんだってさ」
「ほぉ」
「精霊契約も同じなんだけど、ルーンを使ってないのに仕組みも理解しないで発動してる時点でびっくりだよね。まぁ、精霊と共同で発動させてるからこその呪文かな」
「ふーん」
「何でこんなに詳しいかって? もちろんボクが長生きしてるからだよ。そろそろ三百歳くらいだったかな。おっと、もちろん精霊にだって寿命はあるよ。精神的な側面が大きいけどね。気合次第で意外と長生き出来たり。何か使命を帯びてたりすると相当な年齢まで生きるんじゃないかな。最高精霊になると千年単位だし」
「それはすごいね」
対処法その二、ひたすら相手にしゃべらせて適当に相槌を打って誤魔化す。
シェーラさんいわく、最も効果の高い対処法とのこと。上手く誘導できれば話し疲れてしばらく大人しくなってくれるらしい。ただし、使えば使うほどネタが少なくなっていく諸刃の剣でもある。
「ありがとう。参考になったよ」
実は半分くらいエリクシールとの話で知っている内容だったけれど。
「さてと、そろそろ噂の錬金術士さんの活躍も聞いてみたいなーと思ってたり」
「別に構わないけど、どこから話したものか」
ポーションの作り方だけを語るのも味気ないし、ここはあの手でいくかな。
対処法その三、好みの話題で被せる。精神的疲労を減らすささやかな工夫だ。
「正直、一般的に知られている錬金術については詳しくなくてね」
「そうなの?」
「図書館で仕入れられる程度の知識を除けば、僕の錬金術は故郷で培われた技術の延長の上に成り立っているのさ」
「うーん、おっかしいなぁ。これほどの技術ならボクの耳に入って来てもおかしくはないはずななのに。精霊の情報網って意外と広いんだよ?」
「まぁ、普通の方法ではたどり着けない場所にあるから」
それこそ、空間魔法でも完成させない限りはね。
「まさか、エルヴィナの? でも、あそこは精霊との繋がりが……」
エアリアルには何か思い当たる節でもあったのか、ぶつぶつと独り言を呟いたまま考え込んでしまった。ふむ、大人しくさせるにはこういうパターンもあるのか。
「とにかく、僕が参考にしている知識や技術──故郷では科学と呼ばれていたけれど──は、あらゆる事象に法則性を見いだし、体系化することで成功を収めてきたわけだ。単に手段と結果を書き連ねるだけではなく、その仮定に至った道筋、思考、発想、背景などを基にして実験により証明する。そうだね、魔法関係で一番近いのは旋律詠唱と法陣詠唱、あとは、ルーンについての記述だと考えてるんだけど、エアリアルはどう思ってる?」
「あー、ごめんね。ボクたち精霊って想像詠唱しか使わないから、その手の知識は専門外なんだ。ルーン関連の技術は主にヒューマとドワーフによって作り出されたんだよ」
ダメだ、思ったより精霊の知識が役に立たない。想像詠唱は才能に恵まれた証でもある一方、完全に経験と感覚に頼る領域でもある。万人が扱える技術を作る上ではあまり役に立たないと考えたほうが良いだろう。これもルーン関連の書籍が少ない要因の一つだ。
「近いといっても僕の求める基準には到底及ばないんだけどね。それとも大部分が秘密にされているだけで本当はかなりのレベルに達しているのかな? 故郷では開発者の権利を守る仕組みが確立されていたから色々な成果が公開されていたけれど、この辺の地域ではそういった仕組みはないの?」
話し出してしまえば聞きたいことは次から次へと飛び出してくる。しかも、質問全てにエアリアルがバッチリ答えてくれるものだからついエスカレートしてしまって、気付けば太陽が空を赤く照らし、皆が再び野営の準備に取り掛かる時間帯となっていた。
後日、まくし立てるように質問しまくる僕を見ていたシェーラさんから『エアリアルがあんなに押されているのは初めて見た』と言われて少し反省したのは別の話である。
仕方ないよね。研究するためにパソコンに手を付けたら二日くらい経ってたりもするんだから、悪いのは僕ではなく時間の流れのほうで……。つまり、不可抗力なんですよ。
◆ ◆ ◆
三日目の午前中には森へ到着し、午後は予定通り疲れを癒すための時間となった。
途中、僕がエアリアルと会話していたことで軽く騒がれはしたものの、特に問題もなく順調にここまで来ることが出来た。
ノーザリスの森から少し離れた場所に設けられたこのキャンプ地では、戦いを前にして念入りに装備の確認を行う人や、逆に思いっきり羽の伸ばす人が居て、雰囲気的には毎夜手伝っている食堂とあまり違いはない。
僕の仕事といえば、付近に自生している薬草を使ってポーションが問題なく作れるかを確かめるくらいのものである。可能ならば少しでも在庫の数を増やしておきたいのだが、製薬道具の準備などを含めると時間が足りないので色々とあきらめざるを得ない。
あぁ、そうだった。魔物が相手だと聞いて緊張しすぎているメンバーのメンタルケアも欠かしてはいけない。所属は医療班なのでこれも重要な仕事の一つだ。
別段難しいことを要求されているわけではなく、腕は確かだが魔物との戦闘経験が浅い冒険者が混じっているので適度に不安を取り除いてあげる必要があるのだとか。
フレアさんによると、彼らが普段通りの実力を出せれば全く問題はないとのこと。
彼女やそれに準ずる立場の人物が作戦の参考にするとか適当な理由をつけてこれまでの活躍を聞き出し、隣に控えていた僕がキラキラと目を輝かせながら褒めちぎってあげるという簡単なお仕事である。結構効果があるんだよこれ。そこ、チョロイとか言わない。
四日目からはいよいよ本格的な討伐準備に入る。移動に半日を費やしてベースを構築、そこから円形の範囲を討伐区域に設定して配置を行い、次の日からグループごとに行動を開始する。大人数での連携を得意としない冒険者には最もマッチした戦法だろう。
僕の仕事も本格的にスタートを切る。ベースキャンプに設けられた製薬専用のテントの中でひたすらポーションを作り続ける作業だ。といっても、成分抽出のための待ち時間が多いので掛かりっきりというわけではない。
空いた時間は、調理班に混ぜてもらって食事を作ったり、治療院の聖属性魔法を見せてもらったりと、前線で戦ってくれている討伐隊のメンバーには申し訳ないけれどなかなか充実した生活を送らせてもらっていた。
「実用性に掛ける?」
七日目の夜には、【五人十色】のメイン火力、対多戦闘を得意とするケインさんからこんな言葉を頂いた。純粋なアニマである彼はルルのような萌え生物とは違って全身が毛に覆われており、見た目はカッコいい部類に入る。ついでに言えばもっふもふでもある。
先日見た通り、彼の戦術は複数の敵を次々と切りつけていくというもので毒薬と相性が良いと思ったのだが、ケインさんによればそれほど効果を実感できないとのこと。
欠点を一言で表すならば、持続力不足。僕の持っている万年筆式ナイフならば常時刃に薬品が供給されるが、普通の剣では最初の数体にしか十分な量の毒が行き渡らない。
かといって使い慣れた得物を手放すというもの愚行であるし、専用のナイフには液体を導くための細かい溝が彫ってあるので耐久力的な不安も大きい。
結論として、多数の敵を相手にする時にはあまり役に立たず、どちらかといえば格上の相手を前にして十分な準備時間が取れる場合、または素材採集のために出来る限り獲物の損傷を抑えたい場合などでは有効だろうとのことだった。
なお、コンフューズボトルについては効果がまるで実感できないレベルの模様。
八日目は再び全員で移動し、ベースを新たに設置しなおす。かなり森の奥に踏み込んだせいか遭遇する魔物の数が格段に増えて来ており、進軍速度が下がり始めていた。
けれど、皆の雰囲気はようやく本番といった感じで、最低限の緊張感は保ちつつも差し迫った様子はどこにもなく、むしろ昨日までの経験のためか自信に満ち溢れていた。
だから僕は忘れてしまっていたのかもしれない。本来ならば魔物は数人単位で挑むべき危険極まりない生物であるということを。
もしくは、常に敵を圧倒する存在が身近に居たせいで勘違いしていたのかもしれない。彼女達ならどんな困難を前にしても必ず乗り切ってくれるのだと。
未知なる存在は時に、誰もが想像し得なかった結果を引き起こす。ゆえに人間は暗闇に恐怖し、光で照らそうと躍起になるのだ。これこそが好奇心の正体であり、不測の事態に遭遇しないよう設けられた防衛本能の一種ではないかと僕は考えている。
無論、それは種としての話であって、個人単位に適用されるものではない。先駆者達は常に危険な橋を渡ってきたのだ。そう、好奇心は猫をも殺すのである。