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A-022 草原の夜

 皆が寝床の確保のために慌しく動き回り、あちこちから作業の音が聞こえてくる。

 当初は何か手伝えることがあればと思っていたのだが、知識も体力もない僕ではむしろ邪魔にしかならないらしく、危険だとか背が足りないだとか魔力が必要だとか何か適当な理由をつけられやんわりと断られてしまった

 仕方ないので自分に割り当てられたテントに引きこもってごろごろ寝そべっていると、思わぬ来客、エアリアルがテントの壁をすり抜けて訪ねてきた。


「やっほー!」

「ん……、こんばんは?」


 体を起こして声がした方を向くと、彼は相変わらず無意味に複雑な軌道を描いて空間を飛び回っているところだった。何をするでもなくただ暇をもてあましていた僕は、思わずその動きを目で追ってしまう。


「あれあれ? ひょっとして見えてるのかな?」

「何が見えて……、あっ」


 僕の反応を見たエアリアルが、まるで新しいおもちゃを見つけたかのように目を輝かせながらこちらへと擦り寄ってくる。お察しの通り、精霊召喚はすでに解除済みだ。

 声も聞こえないはずなのに何故わざわざ話しかけて来たんだと疑問に思うかもしれないが、彼は召喚が解除される前に【ウィンドボイス】と名づけられた独自の魔法を使用しているため、効果が切れるまで音を使った意思の疎通は可能なのである。

 この魔法、早い話が原理はスピーカーと同じで、魔力の強弱によって空気を振動させる風属性の魔法だ。上手く魔力の量を調節すれば様々な音を作り出すことが可能だ。

 無駄に難易度が高い上、使い方によっては別人に成りすましたり出来るであろう魔法を単なる会話のために作り出す発想はさすが精霊とでもいったところか。


「ふっふっふ。実は今の発言も魔法なしで直接話していたのさ!」

「ほほう」


 子供っぽい言動に似合わず、意外と策士だったらしい。


「いやぁ、これはいいものを見つけちゃったなー」

「…………」


 こうなってしまっては仕方ない。黙っているに越したことはないが、話を聞く限りでは無理に隠す必要もないように思う。すでに錬金術士としてはかなりの知名度を誇っているので、いまさら話題の一つや二つが増えたところで大した違いにはならないはずだ。

 むしろエアリアルのテンションが限界を突破する勢いで盛り上がっていることのほうが問題だろう。魔法が切れた後の話し相手として付きまとわれる可能盛大である。


「それで、何か用なの?」

「あ、そうだった。夕飯が出来たから連れて来るように頼まれてたんだっけ」

「了解。すぐ行くよ」

「わかった。先に戻って伝えておくね」


 現れた時と同様に壁の存在を無視して帰っていくエアリアルを見送り、カバンなど装備一式を身に付けて皆が集まっている場所へと向かう。

 今回は人数が多いため、食料などは討伐隊全員の分が一括で仕入れられている。調理も担当者が定められており、希望者は食料を自分で用意せずとも依頼者側から支給を受けることが可能だ。やはり、このほうが時間効率も良いし在庫の管理もしやすい。

 冒険者の列に混じって夕食を受け取ると、賑わいをみせる集団から少しだけ離れた所に座り込んで食事を摂り始める。

 献立は基本的に乾物がメイン。持ち運びや保存性を考慮すると最終的にここに落ち着くのは自明なのだが、こう、自然のままの味だったり塩辛かったり、端的に表現するならば美味しくない。種類も多くはないのですぐに飽きが来ること請け合いである。

 いつになるかはわからないが、ポーションの供給が落ち着いてきたらこちらの分野への参入も検討してみよう。インスタント食品の需要はそれなりに高そうだし。

 とりあえず、資金はいくらあっても困らないのて、当面は空間転移装置の再現に掛かるであろう膨大な費用の確保を目標にすることにした。


「少なくとも十年……。いや、五年で帰還の目処を立てたい」


 レインフォードの図書館で魔法関連の書籍も読み漁ってみたのだが、どうやら経験的な知識を書き連ねたものが主流で、客観的に分析されている資料は少ない。恐らく、理論を自分で構築する必要があるのではないかと思う。

 そもそも、想像詠唱は完全に魔術士のイメージに依存しているし、術式の規則が明確な旋律詠唱や法陣詠唱にしても使用者の知識に頼っている部分がある。さらに厳密な規則を適用することで前提知識に無しに魔法を発動させる方法もあるが、術式が複雑になったり冗長になったりするせいで色々と課題が残っているとのこと。

 例を挙げると、日本語を理解している人なら日本語での詠唱が可能だが、知らない人が発音だけ真似ても魔法は発動しない。ところが、ルーンと呼ばれる特殊かつ難解な言語を用いた術式なら内容を把握していなくとも魔法の行使が可能というわけだ。


「魔力が必要だし、本格的に研究するとしたら精霊の森で隠居生活かなー」


 森の片隅に隠れ家みたいなものを作って暮らすのも良いかもしれない。森に住む有名な魔法使いとか良くある設定だよね。魔女とか、山奥の仙人とかもそういう類か?

 ちなみに、毎日森に通うという選択肢は初めから存在していない。それが出来たのなら元の世界でも研究室に引きこもらずきちんと帰宅していたはずだ。

 あんな生活でよく健康を保っていられたものだ、などと考えながら手に持ったスープを口に運ぶ。干し肉と団子を煮込んで塩で味付けした素朴な一品で、もちもちとした食感を持つ団子はたぶん小麦粉製、いや、小麦粉に近い何かというべきか……。

 スープの温かさに思わずため息をつき。カップを両手で握ったまま水面を眺める。

 そのまま思考を放棄してうとうと眠りかけた頃、誰かが座ったのか隣でごそごそとした動きを感じ、手放しかけた意識を取り戻した。


「となり、いいかしら?」


 重いまぶたに逆らい、眠い目をこすりながらも横を向くと、よそわれたばかりのご飯を手に微笑みかけてくる女性が一人。【五人十色】の魔法担当、エアリアルの契約者にして精霊術士のシェーラさんである。本日の戦闘をほぼ一人で片付けた彼女だが、特に疲れた様子もない。なお、返事を待たずしてしっかり地面に腰を落ち着けている模様。


「えぇ、どうぞ」


 別に拒否する理由もないのでそう告げると、彼女は軽く礼を言ってから食事に手を付け始めた。しばらくの間、二人とも無言のままでゆったりとした時間が流れる。


「やっぱり疲れた?」


 沈黙を破ったのは彼女のこの一言。


「それはもう、一日で五十キロも歩いたのは人生で初めてだったので」

「だよね。いつもはお店でポーションを作ってるのかな?」

「薬草を採りに行くこともあるのでそれなりに出かけますよ。ただ、移動距離は長くても十キロ以下だと思います」

「だとすると歩きっぱなしはきついかぁ。さっきも眠りかけてたしね? うとうとしててかわいかったわよ」

「……そんなに子供っぽく見えますかね」

「うーん。確かに言動は理知的で大人びていると思うけど」

「けど?」

「圧倒的に身長が足りないと思うな。ほら、小さな子が頑張って大人ぶってるみたいで、お姉さん的にはめちゃくちゃ好みなのよ!」

「あぁ、はい。薄々感じてましたがそういう扱いなんですね!」

「真面目な話、冒険者ってシビアな職業じゃない? そうそう子供作ったり出来ないし、家族となかなか会えてないって人も多いのよ。だからかしらね、子供が居たらこんな感じかなとか、妹や弟は今頃どうしているのかなって想像しちゃったりするわけ」

「なるほど」

「つまり、君はレインフォードの冒険者の癒し担当なんだよ!」


 びしっ、と僕を指差しながら自信たっぷりに言い放つシェーラさん。

 そこまで断言されると否定しづらいし、まぁ、内容自体まんざらでもない。


「ルートくんが討伐隊に参加するって聞いたときは結構反対意見もあったみたいよー? こんな子供を危険な場所に連れて行くのか! ってね」

「結局そこに戻るんですか」

「まぁまぁ、それだけ心配してもらってるってことだよ」

「実際、僕が消えるとポーションの供給がピンチですしね」

「うん、それも大きいかな……。じゃなくて、純粋に心配してるの」

「だといいなぁ」


 正直な話、元の世界ではドロドロとした裏事情も垣間見える立場に足を突っ込んでいたせいで、いまいち人を信用しきれない部分がある。いやもう、あれは知らないほうが絶対幸せに生きられると身を持って感じさせられた。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか」


 手に持ったカップも空に近づき、話も一段落つくと、シェーラさんの雰囲気が一変して急に真剣なものになる。


「本題ですか」

「えぇ、精霊が見えるんでしょ?」

「耳が早いですね」

「だから、先輩から一つ重要なアドバイスをしておこうかと思って」

「な、何でしょうか」


 彼女が纏う謎のオーラに呑まれて思わず姿勢を正すと、シェーラさんは表情を崩さず、極めて真面目にこう告げたのだった。


「エアリアルのあしらい方についてよ」




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