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A-021 精霊魔法

 レインフォードからノーザリスの森までの距離はおよそ百キロメートル。

 徒歩なのにこの距離を二日で移動するのだから相当なハイペースだ。

 カバン一つしか持っていない僕でもかなりきついというのに、数十キロを超える装備を身に付けたまま平然と歩く前衛陣の体力は正直理解出来ない。

 また、レインフォードからノーザリスの森までの間には来訪者を百人単位で収容出来る能力を持つ都市は存在せず、小規模な村が点在している以外では遊牧民が移り住んでいるくらいである。

 これは、周辺国との摩擦を減らすために防衛戦力を持つ大都市を国境近くに設置しないよう配慮した結果でもあるのだが、最も大きな理由は草原の環境が長期間の農耕に適しておらず、いわゆる焼畑農場を用いるために密集して住むことが難しいからであろう。

 唯一の例外がレインフォードで、何を思ったのか草原の中で最も危険な地域の中央にてハイリスクハイリターンな街づくりを決行し、東には精霊の森、南にはテリル山脈という極めて熟練した冒険者のための街として発展してきたらしい。

 数十年も経つと城壁など街の防御機能も完成し、高品質な素材を求めた商人達が集まる大陸でも有数の交易都市として知られる程になった。

 需要に敏感な商人達によって強力な武器や防具が持ち込まれるようになると、冒険者の行動範囲はさらに拡大を続け、精霊の森の北側、ノーザリスの森の南端の一部を切り開きカーマイン連合との交易路を確立する。

 カーマイン連合はドワーフとアニマを中心とした複数の国家連合体であり、鉱山資源を軸にした工業技術を発展させて栄えた地域でもある。

 新しい交易路により、ノーザリスの森を迂回して大陸の北側を通る必要がなくなると、元より商人達の集う街であったレインフォードは貿易拠点へと役割と変化させた。

 最終的には商人達の強い要望に応え、数年の歳月を掛けて大陸を南北に分割するように横たわってたテリル山脈を縦断するルートの開拓にまで成功する。

 以上の出来事がおおよそ五十年ほど前までの話で、近年では政治的な問題にあって山脈南部に位置するグレイス帝国との交易はほとんどストップしているらしい。

 魔法を使わない錬金術の技術はグレイス帝国のほうが発展しており、レインフォードのポーション不足はそういった背景も関係しているのだという。


「なるほど、とても参考になりました」


 現在、目的地までの移動時間を有効に活用すべく、レインフォード周辺の地理についてフレアさんに色々と教えてもらっていたところだ。

 討伐隊のリーダーといっても移動中は特にやることもなく、僕の立ち位置が自然と中心メンバーの隣になっていたものだから状況に甘えさせてもらった次第である。

 大陸に存在する国家は主に六つで、レインフォードが所属するルミナス王国をはじめ、ローランド王国、グレイス帝国、シーサイズ共和国、カーマイン連合、エルヴィナ特区が事実上大国として扱われている。


「今回の討伐に関しては、ノーザリスの森がカーマイン連合との国境付近に位置しているせいで色々と気を使わされたわ」

「戦力を勝手に動かすなって話ですよね? 大した人数ではないと思うのですが」

「……認識に違いがあるようだから正しておくけれど、レインフォードの冒険者、それも精鋭が百名ともなれば、大都市の防衛戦力と正面切って張り合えるほどの規模よ?」

「えっ?」

「簡単に言うならば、今の私達は約三千人分の戦力と同等ってわけね」

「…………」

「そもそも、魔物の討伐は一体につき十人以上を動員するのが普通なの。この前みたいに魔物の群れを八人で相手にするなんて真似、常識的に考えると絶対にありえないわ」


 良かった。今まで目にしていたのは冒険者の中でもかなり異端な存在だったらしい。

 確証はないけど、基本的には元の世界の人間と同じ身体構造だと考えていいのかも。


「そういえば、ルートもビッグフットを退けたのだったわね」

「ギリギリでしたけど、なんとか」

「意外と才能があるのかもしれないわ。ランクFの冒険者なんて出会ったら即死よ?」


 えぇ、ほんとに。攻撃予測システムが機能していなかったらどうなっていたことか。

 勝手にとはいえ、NGEを投与してくれた博士には感謝しないと。いやいや、そもそも転移の原因を作った張本人だし、プラスマイナスゼロなだけじゃないか……。


「これでわかったでしょう? 討伐隊の出発が予定より大幅に遅れたわけが。まったく、自国の商人が使う交易路が危険に晒されているというのに」

「カーマイン連合はアニマが半数を占めているんでしたっけ。そうなると種族的な対立も背景にあったりするんですか?」

「まさしくそれよ。ドワーフを中心とした勢力が間を取り持ってくれなければ、それこそ出発すら出来なかったのかもしれないわね」

「街での様子を見る限りそんなに問題なさそうな気もするんですけど」

「いい加減、レインフォードを基準にして考えるのはやめなさい。あそこは例外を集めて出来ているような都市なのよ。とても参考にはならないわ」


 えっと、レインフォードしか参考資料のない僕はどうすればいいんでしょうか。


「まぁ、あの環境が理想に近いことは私にもわかっているわよ」

「共通の敵を倒すために協力したりは?」

「魔物のことかしら? 街や村が次々と襲われでもしたらそうなるでしょうけど、もはや完全に対処に失敗した状態よね。考えたくもないわ」


 現状では打開策なしといったところか。話が急に重くなり、会話が止まってしまう。

 確かに、元の世界でも人間だけであれほど争っているのだから、種族が異なっているとこの手の問題はさらに難しくなるのかもしれない。


「えっと、話は変わるんですけど……」

「前方に敵影! 数は十以上!」


 せっかくの機会なのでもっと情報を集めておこうと思ったのだが、話題を変えるために掛けた僕の声はしかし、同時にもたらされた報告によりかき消されてしまった。、


「まだ距離があるわね。周りには何もないみたいだし、射程範囲に入ったら魔法で一気に片付けましょう」


 フレアさんは報告のあった方向をしばらく眺め、素早く対応策を提示する。

 何でもないことのように言っているが、魔物は魔力を保持しているために魔法抵抗力が通常の動物よりも高く、ダメージを与えるにはそれなりの威力が要求されるはずだ。


「マスターマスター! これはもしかしなくてもボクの出番じゃないですか?」

「こらこら、慌てないの」

「だって退屈なんだもん。久しぶりにみんなとお話し出来る思ったのにー」

「敵を倒したら余った魔力を自由に使っていいから……、ね?」


 報告によりパーティー全体が緊張に包まれる中、どこか場の雰囲気に似つかわしくない気楽なやり取りが聞こえたきたので声の主達を探してみると、先日、麻痺矢の実験の時に同行させてもらったチームの魔術士であるシェーラさんの姿が見えた。

 話し相手は肩の辺りで浮遊している緑色の光らしく、加護の属性から察するに、彼女は風の精霊と契約を交わした精霊術士ということなるのだろう。


「シェーラさんって精霊術士だったんですね」

「よく分かったわね。図書館で調べて知っていたのかしら? 傍から見ると独り言にしか聞こえないから、慣れないうちは結構びっくりするらしいのだけれど」

「えぇ、まぁ。精霊関係は前から気になっていたので知識は色々とあるんですよね」


 しかしあれだ。精霊の姿を認識出来る人が限られているというのは知っていたのだが、自分がそこに該当しているだけあって一般視点での光景はいまいち想像しづらい。

 魔力が周囲の空間と同期する点に関してはエリクシールに人間かどうか疑われるレベルなので秘密にするとしても、精霊が見えるのに魔法が使えないという性質は特に問題にはならないのかもしれない。精霊の話題が出たし、ちょっと探りを入れてみよう。


「対応した属性の加護がないと精霊の姿は見えないんでしたっけ」

「えぇ、精霊術士は例外なく契約精霊と同じ属性の加護を受けているわ」

「一方で、魔力の保有量は人によって異なるんですよね」

「専門的な話を抜きにすれば、その認識で正解よ」

「そうなると、例えば適正があって精霊が見えるのに、召喚に使う魔力が足りなくて契約出来ないというケースもあったりするんでしょうか?」

「珍しいケースではあるものの、何人かは存在していたはずよ。古くには、精霊の意思を代弁するシャーマンとして活躍したとの記述もあるわ。ただし、生まれつき強大な加護を授かっているのが前提なので滅多にいないでしょうね。属性への理解は魔法の使用と共に深まっていくものだから。精霊術士は経験を積んで精霊が見る力を得た者がほとんどだと言われているわ」


 うーむ。ゼロではないにしても、世界に数人程度しかいないといった感じなのか。

 ただ、単に珍しいというだけの話なので面倒ごとに巻き込まれる心配は低そうかな。

 魔力があると戦闘能力が段違いになってくるので話はまた別になるのだろうが……。


「悪いけれど雑談はここまでよ。そろそろ敵が魔法の射程に入るわ」

「あ、はい。ありがとうございました」


 魔法の射程は、魔術士の力量にも左右されるが最大で数キロメートルにまで達する。

 反面、発動地点が遠くなるほど消費魔力も増えるため、消耗を避けるには術士の近くで魔法を発動させてから対象に向かって打ち出すなどの対策を講じなければならない。

 実際に、使用頻度の高い魔法の多くはこの方式を採用しており、【ファイアボール】や【アクアウェイブ】などの初級魔法はほぼ全てこれに該当している。

 しかし、発射された魔法に対しては魔術士の制御が及ばなくなるため、威力の減衰や軌道の修正が行えなくなるなどの欠点も生じてしまう。

 結論として、実用性まで考慮した時の魔法の射程は百メートル前後、熟練の魔術士でも数百メートル程度に留まるというのが定説になっている。

 そんなわけで、いよいよ攻撃が始まるのかと思っていたのだが、いつの間にか近づいて来ていたシェーラさんがフレアさんに向けてこんな提案を持ち掛けていた。


「エアリィが張り切ってるみたいだし、ここは私に任せてもらってもいい?」


 聞きましたか。魔物を十体以上相手にすると分かっていながらこの発言ですよ。

 しかも、少し考えた末に了承される始末。さすがに一流の冒険者は格が違った。


「わかったわ。三十秒後を目処に攻撃をお願い。残りの魔術士は相手の魔法に備えて防御魔法の準備を、前衛は本陣の守りを固め、非戦闘員はその内側で待機するように」

「よしきた」

「了解」

「まかせろ」


 指示を受けて全員が素早く移動を完了させると、シェーラさんは精霊魔法の詠唱動作に入った。通常の魔法とは比較にならないほど膨大な魔力が術式に注ぎ込まれ、続いて術式から精霊へと向かって流れる魔力の経路が形成される。


「いくよ、エアリィ」

「待ってました」

「古の契約に従い、我が声に応えたまえ。彼の力、束縛を知らぬ悠久の風!」


【サモンニング/エアリアル】


 最後に、複雑に織り成された魔力が光となって精霊を包み込んだかと思うと、数瞬後には本来の力を取り戻し、少しばかり装いを新たにした風の精霊──エアリアル──の姿がそこにあった。


「じゃ、ささっと片付けますか」

「お願いね。みんな、突風に注意して!」

「いっくよー」


【ハリケーングレアー】


 エアリアルの気軽な掛け声とは一転、引き起こされたのは大規模な自然災害だった。

 迫り来る野生動物の群れを中心とした局地的な雲の渦が発生し、吹き荒れる風がまるで殴りつけられたかのように内部の物体を押しつぶしていく。

 また、巻き上げられた石も銃弾のごとき速度で飛び交っており、まさしく強力な台風に直撃されたかのような光景が目の前で繰り広げられていた。

 恐らくほとんどの個体は魔物化しているのだろうが、そんなことなど関係無しに全てを等しく吹き飛ばす自然の猛威には、まさに精霊魔法の名にふさわしい威力があった。


「はい、おしまい」

「生き残りは……、いないみたいね。おつかれ、エアリィ」

「ふふーん。ボクに掛かればこのくらい朝飯前だよ」


 僕を含め、展開された魔法のに圧倒される一部の冒険者達をよそに、二人は軽い運動を終えたかのようなさわやかな笑顔を浮かべて戻ってきた。

 すると、これまで百人を超える異例の討伐依頼の難易度を思ってか、過度な緊張状態にあった冒険者達の間にも複数の魔物を一人で処理出来る程の人物が味方にいるとの認識が広がり、重苦しかった討伐隊の雰囲気がそれなりに緩和される。

 以前の世界でも士気は戦いの行く末を決める重要な要素であったが、魔力を戦いの軸としているこの世界において、心理状態はより直接的な結果を戦闘に及ぼす。

 狙ってやったのかどうかは分からないが、故意にせよ無意識にせよ、彼女達の得てきた名声や信頼はこのような行動を積み重ねた結果でもあるのだろう。


「二人ともお疲れ様。やっぱりエアリアルの魔法はいつ見ても凄いわね」

「あ、フレアだ。久しぶりだねー」


 そんなことを考えていると、未だ召喚状態が維持されたままのエアリアルが嬉しそうにフレアさんの言葉に反応していた。彼女の周りをクルクルと飛び回る姿は、なんというか昔飼っていた小鳥の動きを連想させられる。


「あれからどう? エリクシール様には会えた?」

「まだダメね。とてもお婆様のようにはいかないわ」

「そう? 個人的にはいい線いってると思うんだけどなぁ」


 エアリアルの口振りから察するに、彼女は精霊術士にかなり近い位置にいるらしい。

 なるほど、強力な雷の加護を持つ上契約したい精霊ともすでに顔を合わせている。他の魔術士にはない絶対的なアドバンテージと言って良いのかもしれない。

 まてよ、僕が彼女に電気関連の知識を教えたとしたら、意外と短期間で契約にまで漕ぎ着けられるのではないだろうか。ついでに僕もエリクシールと契約を交わせば、実用性はともかくとして実験に使う程度の魔力は得られるようになるかも……?


「ちょうど日も傾いてきたわね。今日の移動はここまでにしましょう」


 しばらくして、長く伸びた自身の影を眺めながらフレアさんがそう指示を出した。

 討伐が終わった後はどう行動しようかと計画を立てていた僕は彼女の声で現実へと引き戻され、見よう見まねながらも野営の準備の手伝いに取り掛かったのだった。



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