A-020 討伐隊出陣
いよいよ討伐隊出陣の日、ポーションで一杯になったカバンをなんとか移動させた僕は玄関口でルルとララさんの二人から見送りを受けていた。
「それじゃ、留守の間は頼んだよ」
「無事に帰ってきてくださいね」
「了解。ルルも大変かとは思うけど……」
留守の間に気がかりなのは、ジェネリックポーションの供給に関してだ。
討伐隊には多数の冒険者が参加しているが、街に残る人数もかなり多い。
ルルも徐々に腕を上げてきているので大丈夫だとは思うが、一人でポーションの作成に挑戦するのは久々のはずなので結構緊張してしまうのではないかと思う。
たけど、ポーションの供給自体は絶対的に足りていないのでルルが独立できるとなれば現状はかなり改善されるはずだ。
後は二人で別々に製薬を行っても良いし、どこかに広い場所を借りて大規模な実験室を構築するものありかもしれない。もちろん、誰か別人にポーションの作り方を教えるのが一番安定するのだけれど、興味を持ってくれる人が果たしているのかどうか。
「任せてください。ルートさんの代わりはわたしが務めて見せます!」
まぁ、ルルは気合十分みたいだし特に問題はなさそうかな。
「いってくるね」
「はい!」
「お気をつけて」
家を後にし、カバンの重さに若干ふらつきながらもレインフォードの北門を目指す。
なぜ二回に分けて運ばなかったのかとは聞かないように。ギリギリ持てそうだったのでつい面倒だと思ってしまったというだけの話だ。
「このあたりかな」
集合場所に着くと、討伐に参加する予定の冒険者がちらほらと集まり始めていた。
まだ時間が早いので二十人くらいだが、全員集まれば百人を超えると聞いている。
広場の中央辺りにフレアさんとアリスさんの姿が見かけたので近くへと向かい、持っていたカバンをゆっくりと地面に下ろして一息をつく。
「ふぅ」
「お疲れ、ルート。朝から悪いわね」
「おはようございます。フレアさん、それからアリスさんも。これもお仕事ですからね、依頼を受けたからには完璧にこなしてみせますよ」
今回、僕が用意したポーションは約二百本。さらにフレアさん達が買い集めていた分を加えると全部で七百本になる。
これを討伐隊全員に配ると一人当たり五本強となる計算だが、この数は目的を考えると不安の残る数字だと彼女達は話していた。
前提知識として──新米の冒険者が良くする間違いなのだが──ポーションを使用するタイミングは怪我した後ではなく、戦闘に入る直前が正解なのである。
少し考えてみればそれも当然で、怪我を負ったということは攻撃を受けたということであり、相打ちの場合を除いて戦闘はまだ終わっていない。
そんな状況下でいちいちポーションを飲んでいる余裕などあるだろうか?
こういった理由からポーションは事前に飲んでおくというのが鉄則であり、要するに、戦闘時は出来る限り常用しておきたいものなのである。
だが一方で、ポーションの持続時間は三十分程度に留まる。ジェネリックポーションは不純物が少ないので吸収が早く、高い効果を得られる反面効果時間はさらに短い。
以上の欠点を緩和するため、レインフォードの冒険者達は普段よりも若干難易度の低い依頼を受け、希釈したポーションを二度に渡り使用するなどの荒業を使っていたのだが、さすがに魔物が相手となるとその行動は自殺行為に等しい。
つまり、ポーションを五本持っていたとしても持続時間は三時間に満たず、余裕を見て短めに設定された現地での活動時間にすらまともに届かない計算だった。
「頼もしいわね。まだ出発までは時間があるから、装備を確認しておくといいわよ」
フレアさんに促され、念のために身に着けた装備の確認を再度行う。
武器はナイフとコンパウンドボウの二つ。ナイフについてはグリッドさんにお願いして新しく作ってもらったものだ。
柄の部分を開くとカートリッジを差し込める構造になっていて、コンフューズボトルやパラライズボトルなどをセットすること出来る。
後は万年筆と同じく、少しずつ薬が染み出して刃の表面に供給される仕組みだ。
魔物に近づかれた場合でも、安全かつ迅速な対応が可能となる一品である。
防具は機動力を重視した弓使い向けの軽装備一式。僕の体力を考慮すると他に選択肢がなかったのでこれにしたのだが、服に縫いこまれている加速の魔法陣を有効活用出来ない点が少し心残りだったりもする。
一応、迷彩を意識したカラーリングになっているので、危なくなったら大人しく隠れているようにしよう。
持ち物としては各種ポーションと予備の矢を一式、それと問題になった注射器に加えていくらか食料をカバンの中に詰め込んでおいた。
製薬に使う道具はあまりに数が多くて一人では持ちきれず、カバンに入らなかった分は荷物の運搬を専門とした部隊に頼むことになっている。
というのも、討伐隊の中には直接魔物の討伐を行うグループだけでなく、治療や補給を専門とするグループも存在している。単なる冒険者の集まりというよりは小規模な軍隊の構成に近い。
これをフレアさんが中心になって考えたというのだから、もはや彼女の立案能力の高さは個人の冒険者の枠を大きく超えているといっても過言ではない。
「そろそろ時間ね」
「はい。すでに全員集合しています」
方法は不明だが、視線を一周させただけで出欠を取るアリスさん。
その言葉を受け、フレアさんが話を始めると場の空気が一転した。
百を超える視線にさらされてなお淡々と話を進める彼女と、しばしば軽く見られがちな年若き冒険者の言葉に真剣な面持ちで耳を傾ける一同。
彼女の実力が本物であり、周囲からも高い信頼を得ているのだと改めて実感させられる光景だった。
「予定では森への移動に二日、中に入る前に一日休息を挟んでいるわ。四日目からは森に入ってベースキャンプの構築を行います。本格的な討伐の開始は五日目からで、べースを中心にしてグループ単位で行動すること。範囲内に魔物が居なくなったと判断したら再びベースを移動させるから、後はその繰り返しになるわね」
作戦自体はいたってシンプル。数日ごとに拠点を移動させながら周囲の敵を根絶やしにするだけの単純なものだ。
「わかっていると思うけど相手は魔物よ。絶対に無理をしないこと。少しでも危険を感じたらすぐに撤退して頂戴。各地で魔物の出現が相次いでいる以上、貴重な戦力は一人でも失うわけにはいかないわ」
魔物の数が増加する一方、冒険者の数は変わっていない。
これには、集まった冒険者達も当然とばかりに頷いてみせた。
「今回、治療院からも人員の半分以上を割いてもらっています。怪我が酷い場合は彼らに頼んで速やかに治療を行ってもらうように。ただ、ベースに常駐してもらうことになっているから、離れた場所で負傷されると対処が出来ないわ。そこで……」
フレアさんが言葉を切って僕を指し示すと、今まで彼女に集まっていた皆の視線が全てこちらに流れてきた。あの、眼力が半端ないのでもう少し抑えてもらえませんかね。
「現地ではポーションの供給をルートにお願いすることにしたわ。すでに知っている人も多いと思うけれど、一応、紹介しておくわね。ルートからも一言お願いできるかしら」
「えっと、おはようございます。錬金術士のルートです。ポーションをいっぱい作るので皆さんも頑張って下さい。これからしばらくの間、よろしくお願いします」
さっきはいきなり注目されて少し驚いたものの、実は大勢の前で話をすることには何の問題もない。柊機関の広報担当という肩書きは飾りではないのだ。
話し終わると同時にお辞儀をしてみせると、皆の視線は鋭さが少し和らぎ、どこからかパチパチと手を叩く音も聞こえてきた。治療院のメンバーと並び、パーティーの要となる重要なポジションの一つだからだろう。
「ポーションについては事前に説明した通りよ。現地での薬草の入手難度は魔物の影響でランクC相当に跳ね上がっているから、討伐担当のグループに自分達が使うポーションの材料を集めてもらう必要があるの。分量については、配布する予定の薬の説明と合わせて本人から話してもらうわ」
さすがに、パラライズボトルやコンフューズボトルについての説明を誰かに任せるのは危険だということで少し時間を取ってもらった。
注射や鎮痛剤に過敏に反応していたわりに、毒薬の類はあっさり許可されたので彼女に疑問をぶつけてみたところ、毒草を使うという手段は一部の冒険者が使っているらしく、皆もそれなりに理解があるので大丈夫だとのこと。
「まずは集めて欲しい薬草の量についてです。ジェネリックポーションは薬草一枚につきポーションを二つ作れますので、一人三枚もあれば十分足りるでしょう。それ以上は僕の持ってきた道具の許容量を超えてしまいます」
僕の言葉に、皆は安堵と不安の入り混じった何ともいえない表情を浮かべていた。
前者は必要な薬草の量が少なく、意外と負担が軽そうだからといった感じか。
図書館で調べた限り、ポーションに使う薬草は一枚となっていることが多い。
しかし、実際には製薬を依頼した場合に求められる薬草の量は二枚が一般的で、中には三枚要求してくるケースもありえる。
これは別に依頼者の足元も見ているわけではなく……、いや、たぶんそれも含まれるのだろうが、単純に製薬の成功率が悪くて薬草を無駄にしてしまう可能性があるためだ。
参考までに、現在のルルは七割ほどの腕前で、少し前までレインフォードの主力だった彼女のお父さんは九割超、一般的な錬金術士では八割弱らしい。あぁ、僕は十割です。
話を戻そう。後者の不安な表情については、やはりポーションの絶対数が足りないのが問題だといった具合だが、こればかりはどうしようもない。
ポーションを飲んでいるという事実自体にも、戦闘時の精神的な負担を軽減する効果があり、これが魔力の操作と密接に関わってくるので案外馬鹿に出来なかったりもする。
「次に、こちらの二つ。名称はパラライズボトルとコンフューズボトルといい、早い話が毒薬の類です。効果は麻痺と混乱で、武器の刃に塗るなどの使用を想定しています。数に限りがあるので全員分は用意できませんでしたが、上手く活用してください」
最後に注意事項を、と思ったところで話を聞いていた冒険者の一人が声を上げた。
「ちょっといいか」
「なんでしょう」
「確かに、敵に使う分には有効なんだが、実戦では何が起こるかわからん。最悪、自分の武器で怪我をする可能性もないわけじゃない」
「わかっています。結論から言うと、傷口から薬が入った場合は一分ほどで、ビンの形を変えてあるので大丈夫だとは思いますが、うっかり飲んだ場合には十分ほどで効果が現れ始めます。ですので、必ず解毒用のポーションを持っていくようにして下さい」
「麻痺してるとポーションを飲めなくなると思うんだが……」
「はい。パラライズボトルの使用条件にグループの人数が指定されているのはそれが理由です。コンフューズボトルは対象の思考能力を低下させるものですが、ポーションを飲む発想に至らないほど混乱したりはしません」
「ふむ……。効果を考えれば妥当なリスクか」
「使用には十分気をつけるようお願いします。それと、討伐隊の皆さんには予め一定数のポーションが支給されることになってますので、出発前に取りに来て下さい」
その後、移動経路の確認やベースキャンプで提供するサービスの担当者紹介、緊急時の対応などについての説明が終わると、討伐隊は出発する運びとなった。