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A-002 森の中で1

 目を覚ますと、そこには透き通るような青空が広がっていた。

 なぜ空が見えているのかといえば答えは簡単で、僕が地面に倒れているからである。

 起き上がって辺りを見回してみたところ、周りには一面の木々が生い茂っていた。

 この付近だけ森が開けて広場のようになっており、近くには小さな湖もあった。

 暗い森の中で唯一だけ太陽の光が降り注ぐこの場所の景色は、まるで完成された一枚の絵のようであり、僕はしばらく、その幻想的な光景に目を奪われていた。


「どこだここ……」


 思わず僕が立ち尽くしてしまったのも、こんな景色は滅多に見られないからであって、当然、なぜこんな所にいるのかという疑問が生まれてくる。


「そうか、転送装置の実験をしていたんだっけ」


 状況からして、転送先の座標設定に失敗したのだとしか考えられない。

 本来ならば同じ建物にある別の実験室へと転送が行われる予定だったはずだ。

 幸い、僕が今も無事なので転送自体には成功したのだと思うが、これは少し困ったことになったかもしれない。

 柊研究室のある星戸市は、陸地から五十キロ以上離れた場所に浮かべられた人工島の上に位置しているが、その島には湖のある森など存在しない。

 つまり、かなり遠くまで飛ばされてしまったということになる。


「それにしても、転送先が地上で本当に良かった」


 よくよく考えてみると、かなり危険な状況だったのではないだろうか。

 転送先がずれただけといっても、空中や地下に移動しようものなら即死で間違いないだろうし、砂漠や海に放り出されたとしても助かる見込みはほとんどない。

 石の中というパターンもありえた。


「とりあえず博士に連絡するか」


 もちろん、即死は回避できたというだけの話なので現在も大絶賛遭難中である。

 助けを呼ぶため携帯を取り出してみるも画面には圏外の二文字が表示されていた。

 どうやら自力で脱出しなければならないらしい。

 近くに人が住んでいればいいのだが、この先、数キロにわたって森が続いているとなればさすがに命が危なかった。


「装備なしでサバイバルとか無理なんですけど」


 一応、聞きかじった程度のサバイバル知識はあるのだが、森の中で実際に行動するには経験も体力も足りない。ましてや、今は手ぶらである。

 僕はここが深い森ではないことを祈りつつGPSを起動して位置の確認を行う。

 結果は測定不能だった。樹木で電波が遮られているのかと考えたが、すぐに否定する。

 湖があるおかげか周囲には草しか生えておらず、頭上には雲ひとつない青空が広がっていた。


「いやな予感がしてきたなぁ」


 しばらく時間をおいて何度も試してみたのだが一向に成功する気配がない。

 人工衛星というのは常にその位置が変化しているため、これだけ試して一度も受信しないなどということは考えられなかった。

 何か電波を阻害する物が近くに存在しているのか、電波が受信できない場所にいる可能性がある。

 あまり考えたくはないが、地球外の惑星に転送されてしまったという線も考えておくべきだろうか?


「まさかね……」


 そもそも、人間が生存できる惑星はほとんどないのだ。

 広大な宇宙の中で運よくたどり着ける確率など皆無に等しい。

 どうやら、自分が思った以上に混乱しているのか、思考がおかしな方向に進んでしまっているみたいだ。

 ついに幻覚まで見え始めたらしい。


「…………」


 目の前には、僕のことを見つめてくる少女の姿があった。

 彼女の体はうっすらと光に包まれており、身長は十センチくらいで背中には金色の羽が輝いている。

 どうでもいいが、彼女が浮かんでいるのは羽のおかげというわけではなさそうだ。

 はばたきもせずに空を飛べるわけがない。

 まぁ、飛行機みたいな構造なら大丈夫なんだけど。


「なにこれかわいい」


 とりあえず、第一印象はそんな感じだった。

 なんというか、妖精と表現するのが分かりやすいだろう。

 僕のことが気になるのか、さっきからじっとこちらの動きを覗っている。

 幻覚ではないとすると、こいつは何なのだろうか。

 とりあえず、正体がわからないものは警戒するに越したことはない。

 そのまま少しずつ後に下がって距離の確保に努める。

 視線をそらさないようにしてゆっくりと移動することが重要だ。


「?」


 彼女はそんな僕の反応を見て困惑した表情を浮かべていたが、次第にその顔は驚愕へと変わり、信じられないとでもいうかのような声色でこちらに問いかけてきた。


「pO+kv6S3pM670aSspN+kqKTrpM6hqqGp」


 ただし、何を言っているのかは分からない。

 僕が使えるのは日本語と英語だけだ。


「いや、何言ってるか分からないんですけど……」


 ここは正直に、こちらの率直な気持ちを伝えておくべきだろう。もちろん日本語で。

 言葉は通じないことを伝えるには相手の理解できない言語で話しかけるのが一番だ。

 案の定、彼女もこちらに言葉が通じていないことを理解したようだった。


 僕はひとまず警戒を緩め、彼女の近くへ戻ろうと歩みを進める。

 言葉は通じないみたいだが、どうやら話の通じる相手のようだ。

 身振り手振りを使えば何とか意思疎通を図ることができるかもしれない。

 まずは自己紹介あたりか。

 しかし、元の距離の半分くらいまで進んだところで急に彼女の表情が険しくなった。

 こちらを睨んだかと思うと片手を前に突き出して鋭く声を発する。


「pKaktKSrpMqkpKTH」


 言葉は分からなくても雰囲気で言いたいことは伝わってきた。

 『そこから動くな』とでもいったところか。

 直後、彼女の手の周りに光が集まり複雑な図形が構成されていく。


「あれは……魔法陣?」


 自分でも何馬鹿なことを考えているのかと思ったが、そうとしか表現しようがない。

 あれはどうみてもゲームとかに登場するそれだ。


【pbWl86XAobyl3KXrpcgK】


 現に魔法陣が描かれてから数秒後、僕の予想に違わず彼女の手の平からは強力な電撃が打ち出され、僕のすぐ横をかすめていった。

 背後からすさまじい爆音が聞こえる。

 あれ、もしかしていまのは当たっていたら死んでいたということなのだろうか?


「wue+5snXpMCkw6S/oak」


 彼女がやさしく話しかけてくるが、もはや危険な存在にしか見えなかった。

 近づいてくる彼女を恐れ、震える足を動かして何とか後ろへと歩みを進める。


「こっちに来るな!」


 すでに別の惑星がどうとかいう問題じゃない。

 物理法則が異なる恐れがある。

 まさかの異世界説が現実味を帯びてきたらしい。


「うわっ」


 危険を知らせる本能に従い、後方の確認もしないまま後ずさっていたため、僕は何かに足を取られて転んでしまった。

 景色がぐるりと回転して青空が広がる。

 そして僕の視界の上のほう、つまりいままで下がっていた方向だが、そこには、数匹の黒い狼の群れが待ち構えていた。


「あー、詰んだわこれ」


 前方には電撃を飛ばしてくる妖精。後方には飢えた狼。

 完全にチェックメイトだった。

 走って逃げたところで野生動物の足に勝てるとは思えない。

 じりじりと近寄ってくる狼が動きを止め、こちらに飛びかかってくるのが見えたとき、いよいよ僕は死を覚悟した。


【pbml0aG8pa+lwaWnpaSl8w】


 しかし、飛びかかってきた狼が僕を捕らえる直前、彼女の作り出したで電撃が狼の体を吹き飛ばした。

 その上、電撃の直撃した狼からさらに電撃が連鎖し、たった一撃で全ての狼を行動不能に至らしめる。


【pemlpKXIpcul86Ww】


 続いて、晴れているはずの空から何本もの落雷が降り注ぐ。

 先ほどの電撃で弱っていた狼たちにそれを避ける力は残っておらず、彼らは次々と止めを刺されていった。


「wue+5snXoak」


 再び彼女のやさしげな声が聞こえる。助けてくれたのだろうか。

 そう思ってふと足元を見ると、僕がつまずいて転んだのは焼け焦げた狼の死体だということに気付いた。

 最初の電撃はこいつを狙ったものだったのかもしれない。


「u+Skz6Wopeqlr6W3obyl66GizeukzsC6zu6k6A」


 彼女は自分の胸に手を当て、何度か同じ言葉を繰り返した。

 自分の名を名乗っているのだろう。やはり最初は自己紹介からか。

 僕はそんなことを考えながら彼女に答えた。


「僕は水月流渡、これからよろしく」

2013.12.12 誤字訂正

2013.12.23 表現を一部変更

2014.01.14 全体的に改行を調整

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