A-019 森の中で5
重い体を引き釣りながら延々と森の中を歩き続けること早二時間。
体力の限界を感じてきた僕は近くの岩に腰を下ろし、雑談に興じることにした。
「魔物の討伐部隊……?」
「うん、ノーザリスの森が危険地帯になってるとかで」
話の相手は雷の精霊ことエリクシール。ここ数日は魔力切れの症状を少しでも緩和するために精霊の森との往復を繰り返していた。
「確かに最近、北のほうで嫌な気配を感じるとは思ってたけど」
「そういうのがわかるんだ」
「なんというか、最近よく魔力が乱れてるんだよねぇ」
「しかも、そこに僕も同行することになってね」
「えっ、ルートが?」
「基本的にベースキャンプでせっせとポーションを作り続けるお仕事だけど」
「なんだ、魔法で戦えるようになったわけじゃないんだ」
「一応、戦う方法なら思いついたんだけど……」
「けど?」
「マジックポーションを三分置きに消費するし、効果が切れたら魔力切れでしばらく動けなくなるというおまけがついていたよ」
「うわー、たしかにそれはちょっと」
「どう考えても他の魔術士にポーション渡したほうがいいっていう」
当初は魔法が使えるようになって喜んだものの、よく考えると散々な結果だった。
「一応、緊急事態が起こったときの保険としては使えるんだけど」
「出番が来ることはなさそうだね」
「何かいい方法はないかなぁ」
「んー、理論上可能な方法なら一つだけあったり?」
「ほんとに!?」
「条件が厳しすぎて机上の空論だけどね」
「念のために聞いておきたいかな」
「別にいいけど……。簡単に言うと、契約状態の精霊と契約するの」
「つまり?」
「契約によって魔術士から精霊へと魔力供給が出来るようになるから、精霊は魔力のない場所でも行動が出来るようになる。ここまでは理解出来てる?」
「大丈夫」
「実は、魔力供給は本来双方向に行えるんだよ」
「なるほどね。なんとなく言いたいことはわかった」
「そうそう。だからその状態でさらにルートが契約を行い、魔術士から精霊へ、精霊からルートへと魔力を供給してもらえれば魔法が使えるようになるってわけ」
「問題点としては?」
「それは簡単だよ。精霊より強力な魔法を使えないと意味がないでしょ」
「あぁ……」
「魔力の受け渡しの時にはかなり損失が起きるし、私達の使う魔法が人間に比べてかなり強力だからこそ精霊魔法は成り立っているんだよ」
「つまり、精霊よりも強力な魔法が使えれば可能性はあると」
「え、なに? まさか本気で実行する気?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「問題は他にもあるんだよ。移動召喚が出来ないっていうのも大きな欠点かな」
「移動召喚?」
「うん。精霊は契約しても常に魔術士の近くに居るってわけじゃなくて」
「へぇ」
「結構、例外もあるんだけどね」
「ふむふむ」
「だから、必要になった時に魔術士が精霊を呼び出す方法があるの。というより、精霊が望めば魔術士の近くへ瞬時に移動出来るから、召喚したいことを精霊に伝える魔法こそが移動召喚の正体だといったほうがいいのかも」
「──!?」
ちょっとまった。瞬間移動だって?
「あれ、どうしたの? そんなに驚くようなこと言った覚えは……」
「瞬間移動が出来るの!?」
「もしかして、故郷に帰る方法になるかもってこと? 期待してるところ悪いんだけど、たぶんルートが思っているようなものではないと思う」
「理由としては?」
「あまりにも速くて瞬間移動してるように見えるだけで、実際には超高速で移動しているだけなんだよねこれが」
あぁ、精霊は純粋なエネルギー体みたいだし。そういうことか。
「なんだ、ただの光速移動か……」
「残念ながら、ただの高速移動なんだよ」
確かに、あの難解な理論を魔法で簡単に再現できるというのも複雑な気分だ。
結局、魔法は魔法で様々な制限がついていて万能ではないということなのか。
「話を戻すと、生身の人間にそんなことは出来ないから常に行動を共にしなきゃならなくなるっていうのが問題だってこと」
「むぅ」
「だからいったでしょ。机上の空論だって」
「やっぱりだめだったか」
「それにしても、あのフレアが討伐隊のリーダーとはねぇ」
「みたいだよ? 直接、召集命令を伝えに来たくらいだし」
「そっかー、そうだよね。今や【迅雷】のフレアだもん」
「随分と彼女のこと気にしてるみたいだけど、具体的にはどういう関係なの?」
「フレアの祖母に当たる人物が私と契約してたんだよ。なつかしいな、昔はよく遊んだりしてたっけ。姿を見せるために長時間の召喚維持なんて無茶をやったものだよ」
精霊は契約した魔術士から一定以上の魔力を受け取ると誰にでも姿が見える召喚状態となり、この間は余剰分の魔力を使用しての魔法の行使が可能となる。
先ほどエリクシールも言っていたように、魔力供給の際には魔力の損失が発生するので長時間の召喚はかなり厳しいらしいのだが、さすがに最高精霊と契約するだけあって並々ならぬ魔術の使い手だったようだ。
「友人の孫がカワイイって感じなわけだ」
「うんうん。事故の後はどうなるかと心配したけど、立派に育ってくれて良かったよ」
「事故?」
「個人的なことだから詳しい話は避けるけど、彼女の目の前で死人が出ちゃって」
「…………」
「一時は大分落ち込んでたみたいだから、立ち直ってくれて安心ってこと」
「それは良かった」
「だから、もう一度彼女に同じ思いをさせちゃだめ。ちゃんと守ってもらわないと」
「そうだね」
「もちろん、危なくなったらルートが守ってあげるんだよ?」
「そんな機会は絶対にこないと思う」
「あはは、それもそうか」
全く否定してくれないのもちょっと。まぁいいや。僕は頭脳労働が専門なわけだし。
「じゃ、いってくるよ」
「はいはい。いってらっしゃい」
こんな感じで話を切り上げてエリクシールと分かれた僕は、その後しばらくは森を往復すると日が傾いてきた頃に町へと戻ることにした。