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【旧版】魔法世界の錬金術士  作者: エナ・フリージア
国境都市レインフォード
18/25

A-018 知名度

「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」

「こんにちは、リサさん」

「お久しぶりですね。ルートさん」

「数日前にあったような気もしますが……」

「いえ、こうしてギルドにいらっしゃるのがという話ですよ」

「確かにそうかもしれません」

「薬草が足りなくなりましたか?」

「それもありますが、今回は買取依頼ではなく別件です」

「了解しました。それでは、ご用件をどうぞ」

「フレアさん達、【疾風迅雷】のお二人にお会いしたいのですけど」

「えっと、依頼ということでしょうか? それですとこれくらいの金額が掛かってしまうのですが……」


 提示されたのは思わず桁を読み間違えたかと思うほどの金額だった。

 一応、レインフォードのポーション市場を独占しているので、なんとか払える金額ではあるのだけれど、まさか指名料だけでこれってことなのか?

 さすがに二つ名を冠するだけのことはある。トップレベルの冒険者、恐るべし!


「あぁ、いやその。依頼というわけではないのですが。ちょっとお話したいことがあってですね。出来ればお時間をいただけたらなぁと」

「高ランクの冒険者に依頼が殺到しないよう、ギルドで制限を掛けることになっているのです。一応ルールですので、私の一存ではなんとも……」

「これまで何度も会っているんですし、その縁で何とかできたりしないです?」

「ルートさんの冒険者ランクがもう少し高ければやりようはあったのかもしれないのですけれど、さすがにそれでは手の打ちようがないかと」


 手元にあるカードに記載されているのは悲しいかなランクFの一文字。

 ポーションを売ってるだけでは当然、ランクは上がらないんですよね。


「うーん、どうしたものか……」


 この際、依頼料を払ってしまうのが手っ取り早いのだろうか。でも高いしなぁ。

 カウンターの前でしばらく唸っていると、突然、背後から怒鳴り声が聞こえた。


「駄々こねてないで場所をあけろよ。他の客に迷惑だろ?」


 振り向くと、若干ガラの悪そうな冒険者の一団に囲まれかけていた。

 これはまさか、物語でよくある新人冒険者に絡む三流冒険者の構図!

 だがしかしだ、客観的に見ればごねる依頼者に注意を促す善良な冒険者達である。

 双方の言い分を比べた場合、彼らの主張に理があるのは明白だった。


「うぐ」


 なので、ここは忠告に従って大人しく引き下がろうとするも……。


「さっきから聞いてりゃぁ、身の程も知らずに好き勝手なことを」

「ランクFの癖に二つ名持ちにお目にかかりたいなんて百年早いんだよ」

「全くだ。近頃の新人はマナーってものがなっちゃいないから困る」

「役立たずはそこいらの草原でちまちまと薬草集めでもしてることだな」


 あの、さすがにこれはひどくはありませんかね。

 やっぱり新人に絡む先輩冒険者という構図で間違いなかったのか!?

 それと、薬草集めというのは大変役立つお仕事だと断言しておこう。

 僕達の使う薬草の七割がギルドで募集した採集依頼によって賄われている。

 つまり、最終的にこの街のほとんどの冒険者に寄与しているというわけだ。

 職業に貴賎なし! 僕はそう声を大にして言いたい。言いたいのだが……。


「あん?」

「うぅ……」


 さすがにその、全身フル装備で固めた男達に囲まれるとちょっとですね。

 僕の身長が低いのも相まってか、なかなかの恐怖感があるんですよこれ。


「おい、こいつ涙目になってるぜ」

「まじかよ、そんなんじゃまともに戦えないんじゃないのか?」

「実際その通りなんだろ」

「坊やは家に帰って大人しく寝てることだな」


 さて、完全にいじめの様相を呈してきたこの状況からどうやって脱出しようかと考えを巡らせていたのだが、その糸口は意外なところから持たらされた。


「その辺にしておくんだな」


 彼らのさらに後ろ側、今まで事の成り行きを見守っていた冒険者が口を開いた。

 どこかで会ったような気もするけど、もしかして何回かお店にきてた人かな?


「お前達、最近この街に来たばかりか?」

「だったら何だってんだよ」

「この街の冒険者を敵に回したくなければ、あまりその子に絡まないほうがいい」

「は? 何言ってんだおまえ」

「話には聞いてるんじゃないのか? この街に出回ってるポーションについてだ」

「そりゃ、あれだけ噂になれば嫌でも耳に入ってくるわな」


 話を聞くに、どうも販売したジェネリックポーションの一部は近くの街に持ち出されて高値で転売されているとのことだった。

 作っても作っても供給が追いつかなかったのは、こういった背景があったからなのかもしれない。全く以て迷惑な話である。


「それでだ。噂のジェネリックポーションの開発者というのがその子でだな」


 ぎょっとしてこちらを振り返るガラの悪そうな冒険者一同。


「恐らく、ことレインフォードに限っては【疾風迅雷】【五人十色】のツートップに続き第三位の知名度を誇る冒険者だといっても過言ではないはずだ」

「おいおい、冗談だろう?」

「まぁ聞け、重要なのはここからだ。その子は抜群の知名度を誇る上に人当たりも良い。おまけにこの容姿と来た。当人を前にして言うのはあれだが、小さな子が頑張ってる姿に癒される、笑顔がカワイイなどと評判でな。要するに、保護者気分なわけだな」


 なんだろう、この嬉しいようで悲しいような感じのする微妙な気持ちは。


「というわけで、俺もこれ以上黙ってみているのは忍びなくてなぁ」

「あ、あぁ」

「せいぜい気をつけることだ。召集命令が個人指定で出される程の人物だからな」

「なっ」

「召集命令……、あっ!」


 ここで、今まで困惑気味だったリサさんが何かを思い出したかのように声を上げる。


「どうしました?」

「召集命令の対象者には、発令者に対して面会を求める権利があったかな……と」

「…………」

「…………」

「…………」


 ここに来てこの展開。そもそもの原因が解消されてしまった。非常に気まずい。


「あ……の……」

「なん、だよ」

「ポーションがご入用の際には、是非うちにお越しくださいね」


 僕に出来たのは、なんとか、この一文をひねり出すことだけだった。




 ◆ ◆ ◆




「珍しいわね、ルートのほうから呼び出しが掛かるなんて」


 時は変わってその日の夜遅く、営業時間も過ぎ人のいなくなったララさんのお店の机の上に、ポーションを広げて僕達は向かい合っていた。

 今回集まったメンバーはフレアさんにアリスさん、それから僕とルルの四人である。

 結局、ギルドでの一件の後、彼女達への面会の申請は何の問題も無く受理された。

 むしろ、その日のうちに時間を取ってくれるほど優先してくれるのであれば、ギルドに何か一声掛けておいてくれてもいいような気もする……。


「討伐隊の出陣まで一週間を切りましたし、確認しておきたいことがあって」

「いいわ、話してちょうだい」

「まずは一番の仕事であるポーションの製作ですが、薬草の供給量はどれほどで?」

「絶対数自体は十分あることが確認されているわ。そうよね?」

「はい。調査の結果、最低でも草原の三倍の密度で分布しているとのことでした」

「基本的にはポーションの作成は材料持込の依頼制、さすがに熟練の冒険者を揃えているからそのあたりの重要度は分かっているはずよ。そうね、一日あたりポーション五百個を供給できれば上出来といったところかしら」

「五百ですか、道具と場所があれば特に問題は無いでしょう。それと、ポーション製作は意外と待ち時間が多くなりがちなのですが、その間の仕事は何かありますか?」

「特に無いわね。強いて言うならば休息をしっかりと取ることかしら。あまりにも暇ならベースキャンプ内で治療の補助や炊き出しに回ってもいいかもしれないわね」

「分かりました。では、今日の本題なのですが……」


 机の上に置かれた注射器を手に取って三人に見てもらう。


「見ての通り先の尖ったこの物体ですが、これを腕に刺すと聞いた場合は普通どういった反応を示すものなんでしょうか」

「剣やナイフを使ったほうが殺傷能力が高いかと思いますが……」

「あ、すみません。自分や味方に対してです」

「考えられるとしたら、魔法の行使のために血を触媒にするくらいかしら」

「これから治療行為をするという前提では?」

「混乱状態に陥っている可能性が高いでしょう」

「やはり、そういう反応になるんですね」

「いったい何をしたいのかしら」

「そうですね、まずは実際にやってみせます」


 この前と同じく、ポーションの効果を確かめるために軽く腕に切り傷を作る。


「なるほど、回復魔法やポーションの効果を確かめる場合の話でしたか」

「いえ、違います。とりあえず、通常はヒールポーションを使うとこの傷が回復するのに三十分ほどの時間が必要になるのはいいでしょうか」

「そうね」

「ですがこの器具──注射器と呼ぶのですが──を使ってヒールポーションを直接体内に注入すると……」


 皆の前でおもむろに針を腕に突き刺してヒールポーションの注射を行う。

 しばらくしてポーションの効果が現れ始めると、その一分後にはすっかり傷は見えなくなるまでに完治してしまっていた。


「これが治療のために体を傷つける理由です」

「驚いたわ」

「はい、まさかこんな使い方が出来るとは」

「昨日はこれの実験をしていたんですね」

「通常の手段でポーションを摂取した場合、食べ物と同じく徐々に吸収されるので効果が出るまでに時間が掛かり回復速度も遅くなります。しかし、この方法であれば吸収過程を無視して即座に効果が現れるため瞬間的に傷を治すことが可能です」

「確かに魅力的な方法ね」

「僕もこの方法ならば治療に貢献できるかと思いまして。ただ、昨日ルルに見せたときの反応が尋常じゃなかったので、先に周知してもらわないとまずいかなと」

「注射器……というのを皆に使ってもらうという方法ではダメなのかしら?」

「正直それはオススメできません。差し当たって問題となるのが衛生面の確保で、これを怠ると感染症などの恐れがあります。あとは専門知識でしょうか? 誤って多量の空気を血液中に入れると死亡するなど」


 話を聞いていた彼女達の表情に緊張が走る。

 使い方を間違えなければ大丈夫だと思うけどね。


「……それはちょっと、慎重に検討する必要がありそうね」

「お願いします。次はこれですね」


 続いて、机の上に置かれた五つのポーション瓶を指し示す。


「まず、こちらの二つがパラライズボトルとパラライズポーション。先日の戦闘時に僕が矢に仕込んでいたのと同じ麻痺薬と、それに対抗するための麻痺解除薬になります」

「たしかに、ノーザリスの森に生息する一部の動物は麻痺毒を持っていますが、解除薬はともかくとして麻痺毒はどういった使用方法を想定しているのですか?」

「単純に、剣に塗るだけで一定の効果が期待できると思います。実際、切りつけるだけで魔物化したビッグフットの動きを止めることに成功してますから」

「なるほど。撤退時はもちろん、攻撃の補助に使えると」

「麻痺させるだけなので止めはしっかりと刺さないといけませんけれど」

「それで、残りの薬は何なのかしら?」

「えっとですね、とりあえずこの二つは先程と同様にコンフューズボトルとコンフューズポーションになります。敵を混乱させるのが目的の薬ですね」

「同士討ちが狙えるということかしら」

「いまいち期待はできませんが、可能かといわれればそうでしょうね」

「分かったわ、この四つは薬は希望者に配布するという形にするわ」

「全員分は用意できないので調整をお願いします」

「もちろんよ」

「最後はイグノアポーションです」

「イグノア?」

「パラライズボトルとコンフューズボトルを元に作った薬なのですが」

「両方毒薬じゃないの!」

「はい、服用者の痛覚に限って機能を麻痺させる特殊な毒薬です」

「初めて聞く効果の薬ね」

「健全な使い方としては、重傷者の痛みを消して楽にしてあげるなど」

「……別の使い方もあると?」

「いかなる怪我を負おうとも、身体の許す限り闘い続けることが出来ます。難点としては致命傷を受けても気づかないことでして、自覚する頃には出血多量で体が動かなくなってそのまま……、というパターンに陥ることがほとんどかと」

「…………」

「…………」


 あれ、なんだか二人──ルルを含めると三人──の視線の温度が氷点下に。

 別にこれを使って死ぬ直前まで闘えと言っているわけではないんですよ?


「いやいや、だから不健全な使い方だって言ったじゃないですか! さすがに僕も推奨はしませんが、上手く使えば戦闘を有利にすることが出来……」

「あのね、ルート」

「はい……」

「皆が皆、物事をきちんと理解しているとは限らないのよ」

「えっと?」

「最後の使い方は論外ね。危険を把握出来なくなっては冒険者失格よ。私達は命あっての物種なの。そんな薬の使い方を想定すること自体間違っているわ」

「で、ても」

「重傷者の痛みを消す、確かに楽にはなるのでしょうね。けれど、使われた人たちは薬の効果を正確に把握してくれるのかしら? 痛みが消えれば怪我が治ったのだと考えるのが普通よ。最悪、重症を瞬時に直す万能薬があると勘違いして無理をするかもしれない」

「さすがにそれは」

「本当にいないと言い切れるのかしら?」

「…………」

「ポーションの注射にしてもよ。絶対に真似をする人達が出てくるわ。そのとき、彼らが正しい使い方をしてくれるとは限らないでしょう」

「いくらなんでも」

「ルート!」


 悪い方向に想定しすぎなのではないか。そう続けようとしたのだが、フレアさんの鋭い視線に突き刺されそれ以上言葉を続けることができなかった。


「もはやこの街で、あなたの知名度は私達に迫りつつあるの」


 昼間のギルドの一件、仲裁に入った冒険者の言葉は大げさではなかったのか。


「私達のちょっとした行動が大勢に影響を及ぼす。決して珍しいことではないわ。実際、あなたがポーションを作ってからは、それまで微量ながらも供給を続けていた錬金術士はほぼ市場から撤退してしまった。この状態であなたに街を去られたら大問題になる」


 それはつまり、製薬技術を普及させるまで街から出す気はないと……?


「いいわね、ルート。あなたが冒険者の皆と仲良くやっているのは知っているわ。だからこそ、彼らに無事帰ってきてほしいのであればよ。心配しすぎるくらいでいいの。自分の行動が及ぼす可能性を細部までしっかりと考えなさい」


 彼女の瞳は何かを慈しむように優しげで、けれど有無を言わせないほどの真剣な輝きを放っていた。この表情、確かあの人も良く浮かべていたような……。

 ちょっとした記憶が脳裏をよぎったが、少し間をおいてフレアさんが話を続ける。


「結論としては、イグノアポーションの使用は全面的に禁止よ。ポーションの注射は回復魔法だけでは捌ききれないほど大勢の怪我人が運び込まれた場合に限って使用すること。ただし、絶対に他の人に見られないよう注意しなさい」

「了解」

「それと、今日ここで話したことは他言無用。あなたもよ。いいわね?」

「は、はい! もちろんです!」


 急に話を振られて慌てるルルの返事を最後に、今日の会合は幕を閉じたのだった。


2014.07.28 タイトル修正

「知名度の代償1」⇒「知名度」


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