A-016 実戦経験
迫り来る敵の数はおおよそ三十、そのうち半数は地上を駆けて来ており、残りの半数は上空を飛行しつつも攻撃の機会をうかがっているようだった。
対するこちらは【疾風迅雷】と【五人十色】、レインフォードが誇る最強チーム二組に加え、半ば強制的に連れてこられた僕を含めた計八名の複合パーティーである。
「準備はよろしいでしょうか」
「あぁ、いつでもいける」
「ルートはそこから動かないで。弓による援護も厳禁よ」
「了解」
パーティーメンバーを見てもらえれば分かると思うが、今回、僕に求められているのは戦闘への参加ではない。むしろ、僕の安全を確保するための過剰構成である。
本来、この依頼は【五人十色】単独で十分に達成可能であるのだが、僕に実戦での立ち回り──特に守られる側の動き──を経験させるためにフレアさんが口添えをし、一緒に連れて行ってもらうことになったわけだ。
さすがに一流の冒険者なだけあって、素人をいきなり戦場に連れて行くのは危険極まりないという意見は皆持っていたらしい。
「俺とシェーラは上をやる。残りは任せたぞ」
「あぁ」
チームリーダーであるアレックスさんの指示に従い、前衛を担当する三人は敵の集団に向かって勢いよく走り始めた。同時にシェーラと呼ばれた魔術士の女性が詠唱を開始し、弓術士のアレックスさんも弓を引き絞って狙いを定める。
フレアさんとアリスさんは元から戦闘に参加する気がないのか、僕のそばから動かずに戦いの様子を眺めていた。
「パーティー戦闘の基本は、前衛と後衛で同じ敵を狙わないようにすることです」
「攻撃で味方を巻き込まないようにするため?」
「その通りです。彼らのようにチーム登録をして長年行動を共にしてきたパーティーなら高度な連携も可能となりますが、依頼達成のために臨時的に集まったパーティーの場合は無駄な危険を冒さないようにするのが賢明でしょう」
目の前の戦いを補足する形で、パーティーの立ち回りについて解説が入る。
間もなく、シェーラさんの魔法が完成すると強力な風が一帯を吹き抜けた。
【サイクロン】
突如発生した嵐の発生源は空を飛び交うロックバードの群れの中央。
魔力により生み出された風は不可視の刃となって空を駆け抜けていく。
「実戦で用いられる魔法の多くはオールレンジの範囲攻撃であり、主な使用方法としては近接攻撃が届かない位置にいる敵の殲滅、前衛に接近しつつある敵の排除、戦闘開始時に敵集団全体を攻撃して戦力を削ぐことなどが挙げられるでしょう」
吹き荒れる風はロックバードを次々と切り裂き、時には直接致命傷を与え、ある時には翼を落として地面に叩きつけた。
魔法の被害を逃れたロックバードは八体。あの暴風を耐え抜いた驚異的な耐久力と飛行能力は他の個体とは一線を画し、何らかの力で強化されているのはもはや明白だった。
「やはり魔物化が進んでいるようですね」
「それも、予想よりもはるかに早いペースよ」
そう、本来この依頼は、北の草原にまで行動範囲を広げてきた魔物の被害を防ぎながら状況の調査を行うために募集されたものだ。
ノーザリスの森では野生動物の魔物化が進み、縄張り争いが過激になったことで魔物が追われてきたのだと予想されている。
「こいつは骨が折れそうだな」
残ったロックバードの数を見てアレックスさんが苦々しい呻きをもらす。
だが、すぐに真剣な表情に戻って集中力を取り戻すと彼の持つ弓に変化が生じた。
【スピードシューター】
注意して見てみるとアレックスさんの使う弓には複雑な紋様が刻んであり、それが光を発したかと思うと放たれた矢は信じられないような速度で空高くへと昇っていった。
「あれはもしかして、法陣詠唱?」
「ご存知でしたか」
「そうよ。弓術士の真価は実戦の中で法陣詠唱を実用できる点にあるの。弓から放たれる矢の動きは常に同じだから術式を変える必要が無いのね」
「確かに……」
アレックスさんの放った矢を追っていくと、残ったロックバードの群れの中央を抜けるコースを取っていることが分かった。
風の魔法と干渉して狙いが外れたのかと思ったが、アレックスさんは慌てた様子もなく自分の放った矢を見守り──
【ブラストアロー】
──直後、空で大爆発を引き起こした。その光景はさながら花火を連想させる。
当然、爆風を至近距離で受けたロックバードは衝撃で飛行能力を失って地面に叩きつけられたようだ。あれではいかに身体強化があるとはいえ即死は免れないだろう。
恐らくは矢のほうにも何らかの魔法陣が仕掛けてあり、任意のタイミングで発動させて本命の攻撃を叩き込めるようになっているのだ。
「とりあえず、弓術士にも魔力が必須だということは分かったよ」
「ルートの狙撃能力は確かに驚異的ではあるのですが……」
「どうにも威力が足りないんですよね」
残念なことに、この世界では魔法が万能すぎるおかげか魔力を持たない者が戦うための道具や技術が確立されていない。
前衛として活躍するには身体強化の魔法が必須で、弓術士は魔法陣を発動させるための魔力と知識が、魔術士になるには加えて属性の加護が必要となる。
魔法の正体が分からない以上、魔力を自分で生成できない僕が戦闘時に直接役に立てる可能性はほとんど無いに等しいのである。
【ウィンドカッター】
【ブラストアロー】
そんなことを考えているうちにも空を飛び交う魔物の群れは次々と数を減らしていき、残りはすでに三体となっていた。
しかし、さすがは最後まで残った個体だと言うべきか、その中の一体は爆風を利用して急加速を行い、後衛の二人をすり抜けてこちらに突撃を仕掛けてくる。
「ちっ」
アレックスさんがすぐに振り返ってフォローに回るが──
「いいわ、私に任せて」
──フレアさんはそれを制すると迎撃のために魔法の詠唱に入った。
【サンダーボルト】
それからほとんど時間を置かずに放たれた雷の矢が刻々と迫るロックバードを見事打ち抜き、対象は黒焦げになりながら地面へと落下して土に還る。
「今みたいに敵に襲われた場合でも、誰かに守ってもらっている時にはむやみに動いてはダメよ。私の雷属性魔法は弾速が極めて高いから問題は起きにくいけれど、他属性の魔法だと予想外の動きで狙いが外れることも多いわ」
「わかった。自分でも迎撃しようかと思うんだけど、弓を使ったほうがいい? それともナイフを使うべきかな?」
「うーん、そうね……。一撃で倒せる自信があるのなら弓のほうが安全だけど、倒せずに接近されるようならナイフの方が有利だわ」
「私も同じ意見です。ルートは魔法を使った威力の増加が見込めませんから。先日の話を聞くに、ナイフに毒を仕込んで攻撃を避けながら動きを鈍らせるのが得策かと」
「やっぱりそうなるかぁ……。来る前にも言ったけど、一応、足りない威力を補うために矢に細工をしてきたから後で試し撃ちをさせてもらえる?」
「すでに伝えてあるわ。下手に攻撃して敵に注目されると厄介だから、数を減らした後で連絡してくれるはずよ」
フレアさんはそういうと先程から戦いを続けていた前衛の三人を指し示した。
今まで空ばかりに気を取られていたけど、地上では後衛の攻撃とは反対に地味ながらも高度な戦いが繰り広げられていた。
前衛の役目には敵の殲滅も当然に含まれるが、最も重要なのは後衛が狙われないように敵との間に割って入って相手の動きを引き付けることにある。
無論、結果として多くの敵を抱え込むことになるため、常に周囲に気を配りミスの無い判断を下す能力が求められるのだとか。
「はっ、やぁ!」
レナードさんはオーソドックスな長剣使い。敵の攻撃を剣で防ぎながらも強力な一撃を併せ持った攻撃と防御のバランスに優れるオールラウンダー。
僕が苦戦していたビッグフットを相手に危なげなく攻撃をかわすと彼の持つ剣が煌き、ビッグフットの左腕がバッサリと切り落とされた。
続いて、右側から近づいて来ていた別のビッグフットの放った一撃を剣で受け止めると正面に蹴りを繰り出して最初のビッグフットの体勢を崩す。
転倒して動きを止められた相手を正確に貫いて致命傷を与えると、二体目に適度に傷を与えて自分に引き付けながら後退し、前線を突破しつつあった三体目の進路上に体を滑り込ませる。
「くっ、次から次へと……」
「こっちはまだ大丈夫だ。無理せず目の前の相手に集中しろ!」
「わかった」
タイガさんはドワーフの盾使い。大量の敵を同時に相手に出来る防御の要。
重そうなシールドを軽々と持ち上げ、何度も飛び掛かってくるシャドーウルフの群れをたった一人でその場に釘付けにしていた。
ただ、防御が攻撃の直前ギリギリになったり、突撃を連続で受けて体勢が崩されそうになったりと、彼は戦の中で何度も危うい状況に陥っていた。
さすがに敵の数が多すぎて厳しいのか思ったのだが、しばらくしてそれが間違いだったことに気づかされた。
彼は単に攻撃を防ぐだけでなく、余裕が無い振りをしてもう少しで拮抗状態が崩せると錯覚させているのだ。
群れを作るタイプの動物は連携して獲物を仕留めようと勝手に集まってくる。
多くの敵を相手にしてなかなか自由に動けない状況でも、遠くの敵を引き寄せることの出来る高度なテクニックなのだとか。
「残りはオレにまかせときな!」
ケインさんはアニマの双剣使い。狼の特性を引き継いだ高い身体能力を武器に驚異的な速度と腕力で敵を翻弄し、パーティーの中では最強の攻撃力を誇る。
彼の動きは大勢の敵を同時に倒すことに特化しており、複数の敵に次々と攻撃しながら与えた傷が発生させるダメージの蓄積を待つというものだ。
レナードさんの使う騎士の剣術のように攻撃を受け止め、一撃で敵を倒して誰かを守る目的には向かないが、他の敵を相手にしている間にも過去に傷つけた敵にダメージが入る上に攻撃毎の隙が少ないので多数の敵を相手取るのに向いているらしい。
「フレア、そろそろか?」
「えぇ、さすがにもう大丈夫だと思うわ」
順調に敵の討伐は進み、タイガさんの引き付けていた敵は合流したレナードさんに切り捨てられ、ケインさんを囲っていた敵も動きが鈍りただの的と化してきていた。
「おい、ルートだったか」
「はい」
「なんでも敵と戦ってみたいそうだが、一体だけでいいのか?」
「あー、そうですね。確認もあるので出来れば二体ほどお願いします」
「おうよ」
一体目は通常の矢で、二体目は用意してきた特殊な矢を使って攻撃を行う。
「レナード、タイガ、二体だけ残してこっちに連れて来てくれ」
「わかったよ」
「あぁ」
「ケインはそのままそいつらの全部片付けを頼む」
「ほいきた」
タイガさんはそのままこちらに後退すると、僕の位置から大体五十メートルほど離れた位置で再び盾を構えて敵の足止めをはじめた。
レナードさんは少し離れたところで状況を見守っており、何かあればすぐに対応できるように準備を整えていた。
「撃ちます。なるべく動かないで下さい」
心を落ち着かせて狙いを定める。絶対外さないという自信はあるものの、さすがに人が近くにいる対象を攻撃するのは相当に神経を使う。
最初は通常の矢。以前ビッグフットに当てたときは軽く気を引くだけだったが……。
じっくりと時間をかけて動きを予測したので放たれた矢はシャドーウルフの頭を見事に撃ち抜いた。NGEの予測精度は情報が多ければ多いほど上昇していく。
「相変わらず命中力だけは完璧なのよね」
「あぁ、これだけはさすがの俺も勝てる気がしないんだよなぁ」
「良かったわね。一流の弓術士のお墨付きが出たわよ」
「いやいや、結果みたら分かるでしょう? 威力がないとダメなんだってば」
やはりというべきか、シャドーウルフは矢が当たった一瞬だけ周囲を気にした素振りを見せるも、特に脅威に感じた様子もなくタイガさんへの攻撃を続けていた。
「ま、ここまでは予想通りだけどね」
最初から魔物化した相手に普通の矢が効くとは思っていなかった。
矢筒の中から今回のために用意した専用の矢を取り出して追撃を行う。
「パラライズアロー!」
技名は特に叫ぶ必要は無い。ただ、こちら方が気分が出るというだけのものだ
もちろん矢は命中し、組み込まれていた仕掛けが効果を発揮する。
シャドーウルフは先程と同様、矢の存在など無かったかのように攻撃を続けていたが、それから約二十秒には突如体を震わせて地面に倒れこんでしまった。
「成功したかな」
「そんな……」
「何が起こったんだ!?」
「完全に動けなくなるなんて。予想以上に効果が高いみたい」
念のため、同じ矢を残りの魔物にも試してみるも同じ結果に終わった。
個体差はあるが、やはり二十秒ほどで戦闘不能に陥るのは変わらないようだ。
「ありがとうございます。試したかったことは全て済みました」
「あ……、あぁ。そいつはよかった」
「でも、今の攻撃は敵を麻痺させるなので止めを刺すのはお願いします」
「了解だ」
「それにしてもおかしいわね。まさか連携しているなんて」
「あぁ、それにロックバードは普段はもっとおとなしいはずだ」
「魔物化すると知能が上がり、好戦的になるとの報告がありましたが」
「どうやらそれは正しかったみたいね……」
すなわちノーザリスの森には連携攻撃を行ってくる魔物が大量に存在する。
討伐の難易度は思っていたものよりもはるかに高くなることは確実だった。
かといって、万全を期すために準備に時間を掛ければ魔物の発生も進んでしまう。
「これは相当厳しいわね。帰って対策を練り直しましょう」
「了解致しました。各方面との調整はお任せください」
「俺らも手伝ったほうがよさそうか?」
「もちろんよ。ぜひともお願いしたいわ」
敵を倒し終わったケインさんも戻って来たため、ここで依頼を終了して僕たちは帰路に着くこととなった。
「で、あれは一体どういう仕組みなんだ?」
途中、アレックスさんがなぜか小声でこっそりとそんなことを聞いてきた。
弓術士として、魔物を一撃で倒した特殊な矢の正体に興味津々といったところか。
「確か魔法は使えないんだったか」
「そうなりますね」
「じゃぁ、あれは攻撃は魔法ではないんだな?」
「隠すようなことでもないですし、これを見てもらえると話が早いかと」
アレックスさんと、同じく興味深そうに話を聞いていたフレアさんに回収してきた矢を一本ずつ渡した。矢の製作は手間だが再利用できるのできっちり拾ってきたのだ。
「変わった形の矢だな。しかも金属製とは……」
「まず、その矢は中が空洞になっていて液体が注げるようになっています」
「ほう」
「そして、矢じりの部分に開いた穴で外と中とがつながっているわけですね」
「なるほどな」
「空洞は二重構造で、圧縮空気で液体が穴から流れ出るようになっています」
「ほうほう」
「持ち運ぶときは穴の部分を円筒状の栓で抑えてありますが、対象に矢が刺さった瞬間に栓がずれて先端が体内に侵入し、穴の部分から液体が注射されます」
「なるほど、錬金術士の本領発揮ってわけか」
「えぇ、矢に仕込んでいたのは麻痺させる薬ですね。前回ビッグフットに襲われたときは草を潰しただけでしたが、今回のは専用に調合したので効果は抜群ですよ」
「全くだ。効果が出るまでに時間が掛かるのが難点だが、威力不足の件は一気に解決するだろう。弓術士として活躍できる日も近いかもしれん」
「いえ、あくまで緊急手段に限定しようかと思っています。矢が特殊な上に製薬作業まで必要になるので数が用意できないんですよ」
「確かにな……。俺も毎回魔法陣を用意して矢に巻きつける必要があるからその気持ちはよくわかってるつもりだ」
麻痺薬は販売用ではないため別途用意しないといけないのが問題だったりする。
僕とルルの製薬用品はポーション作りでフル稼働中だからあまり余裕がないのだ。
「それにしても、弓矢に金属を使うだけで珍しいっていうのに」
「ん?」
「さすがはルートよね。こんな発想よく思いついたと思うわ」
フレアさんが専用の矢をいじりながらしみじみとつぶやいていた。
元の世界では、動物の麻酔にこういった方法が取られていると聞いたことがあったのでそれを参考にして作ってみたというだけの話だ。
簡単にまとめてしまえば、注射器を矢を合体させたようなものである。
──注射器?
「まてよ? 体内に直接……注射器……薬…………吸収速度……」
「どうしたの」
「いや、ちょっとね」
そうだ、どうして忘れていたんだろう。こんな簡単な方法があったじゃないか。
薬剤──つまりはポーション──の効果を得る方法は飲むだけが全てではない。
「ふふっ。帰ったら早速試してみようかな」