A-014 森の中で4
いわゆる説明回
「エリクシールの魔法講座、はじまるよー!」
精霊の中心部、空間転移で飛ばされた直後にしばらく過ごしたその場所で、僕は木陰で休みつつも元気な声を放つエリクシールの話に耳を傾けていた。
事の発端は僕の発した一言。視界の彼方にて明滅する光の正体についてエリクシールにたずねたことだ。結論として、他属性の精霊達で間違いないとの答えが得られた。
「ハジマル」
「ハジマルヨー」
「ドキドキ」
「ワクワク」
僕の周りでは、色とりどりの淡い光──精霊──がふわふわと宙を舞っている。
普通の精霊は独自の姿を持たず、ただの光の集まりとして存在しているらしい。
「ちょっと! ルートは私とお話してるの!」
「エリクシール、イジワル」
「ヒトリジメ、ヨクナイ」
「うるさいうるさい! ほら、帰った帰った!」
「シカタナイ、マタクル」
「バイバイ、ルート」
目の前で先程から低レベルな争いが繰り広げられている気がするのだが、深く考えてはいけないのだろう。あれ、他の精霊が萎縮しちゃって近づいてこないとか言ってなかったか? どうみても自分で追い払っているように見えるのだが……。
とにかく、どうしてこんな状況になったかといえば、精霊が見えるほどの才能に恵まれているのにも関わらず、何の知識も無いのでは魔法を暴走させるかもしれなくて危険だと注意されたからだ。僕も魔法に興味があったし、詳しく教えてもらうことにした。
「最初は、魔法と魔術の違いについて」
魔法と魔術、極めて混同しやすい単語であるが、その意味は明確に区別されている。
魔法とは、魔力を操ることで引き起こされる現象そのもの表す言葉であり、この世界に存在している自然法則の中で魔力に関連する部分全体を指し示している。
一方の魔術は、魔法を扱うために考え出されてきた様々な理論や技術など、人間の作り出してきた魔法に関する知識の総称であり、元の世界でいえば科学に相当する技術だ。
例えば、街を守護する騎士にとって「剣」とはただの道具であり、自身の強さを決める絶対的な要素には成り得ない。武器の持つ力をきちんと引き出してやるためには、相応の知識たる「剣術」の習得が求められる。魔術士にとってもこれは同じで、彼らの武器たる「魔法」とは「剣」に等しく、知識たる「魔術」とは「剣術」に等しいのだ。
「次に魔法の使い方。イメージとしては、神様に手紙を書く感じ?」
魔法が発動するまでのプロセスは主に「展開」「構成」「発動」の三段階。
神の存在はともかくとして、エリクシールの出した例は確かに的を射ている。
まず、展開と呼ばれる操作で魔法の効果を定義するための特殊な領域を作り出す。
手紙で言えば便箋の用意だ。当然、用紙のサイズに応じて必要な魔力が増加する。
「何を書くのかは人それぞれなの。詠唱方法の違いはこのせいかな」
続いて、構成と呼ばれる操作では手紙の内容である「術式」の作成を行う。一般的には詠唱と言われている動作で、発声するしない関わらずまとめて詠唱である。
これまでに僕が使っていたイメージにより魔法の効果を規定する方法は「想像詠唱」と呼ばれ、直感的で分かりやすいために多くの魔術士達が採用している。手紙の例では絵を描いていると考えればよい。上手に絵が描ければそれだけ魔法も強力になる。
次に多く使われているのが「旋律詠唱」である。魔法の詠唱と聞いた時、真っ先に思い浮かぶのがこの方法だろう。特定の言葉を組み合わせて魔法の効果を定義し、発声により術式が構成される。オーソドックスに文章力が求められる方法だ。なお、音程を追加して詠唱速度を高める場合があり、旋律の名はこれに由来している。
他には、数字や記号を使って術式を表現する「法陣詠唱」が有名で、要するに魔法陣を使った方法だと思えばよい。あらかじめ紙や石版などに術式を書き込んでおくので詠唱は一瞬で完了するが、魔法陣の作成には高度な知識が要求される。
「魔法の仕組みは大体分かった?」
「それなりにね」
最後に、完成した術式に向けて魔力を注ぎ込めば魔法が発動する。
発動時に消費される魔力は「魔法の規模」と「術式の品質」の両方に左右されるため、同じ魔法でも魔術士としての熟練度でコストパフォーマンスが上昇していく。
また、術式に与える魔力量の調整も魔術士にとって重要な技術の一つで、少なすぎると魔法は発動しないし、逆に多すぎると余剰分の魔力が無駄になってしまうのだとか。
「ふと思ったんだけどさ」
「なになに?」
「想像詠唱の使い勝手が良すぎて、他の詠唱方法の出番が無い気がするんだけど」
「あー、属性の説明はまだしてなかったっけ」
「初耳です……」
「それじゃ、補習授業いっちゃうよー」
魔法属性は全部で十種類あり、無属性以外には「加護」という概念が存在する。加護の効果は対応した属性魔法の威力が上昇するなど多岐にわたるが、最大の利点は該当属性において想像詠唱が使えるようになることだろう。加護ついては、属性に対して深い理解を持つ者に授けられるとの説が有力ではあるが、詳しいことはまだ分かっていない。
これに対し、旋律詠唱と法陣詠唱は加護に頼らず全ての属性が使用できる反面、複雑なキーワードやルーンなどを暗記し、配置についての知識も身につけなければならない。
また、実戦を想定した場合には旋律詠唱では発動までに時間が掛かるし、法陣詠唱では魔法の効果が固定されているので状況の変化に対応出来ないことが多い。
このような理由から、冒険者として活動する魔術士のほとんどは加護持ちで想像詠唱を用いており、他の詠唱方法の使い手は避けられる傾向にあるのだという。
しかし、日常生活を送る市民の立場から見るとその評価は全く異なったものとなる。
術者のイメージに強い影響を受ける想像詠唱は使用者の精神状態を反映するため効果が安定しないといわれており、指定された呪文を唱えるだけで常に一定の効果が発揮される旋律詠唱のほうが好まれているというわけだ。
もっとも、効果の安定度ならば法陣詠唱が一番なのだが、旋律詠唱に比べて求められる知識が膨大となるのでほとんど使われていない。例外は公共施設など不特定多数の人物が利用する場所に設置する場合で、発動には何の知識も必要ないので重宝されている。
「つまりね、ルートは自然属性全部の加護を持ってるってこと」
十種類の属性の中でも、火、水、風、地、雷の五つは自然属性として区別されており、比較的加護を受けやすい上に威力も高く、非常に使い勝手も良いために様々な効果を持つ魔法が生み出されてきた。現存する魔法の約九割が自然属性であるとも言われている。
無属性は魔力をそのままの形で利用する魔法で、加護を持たずに想像詠唱で行使できる唯一の属性だ。身体強化の魔法である【フィジカルエンハンスメント】が有名である。
余談だが、この世界で前衛を務める冒険者達のほとんどが身体強化系の魔法を無意識に発動させているらしく、厳密には彼らも特殊な魔術士に分類されるとのこと。
残りの光、闇、念、聖の四つは加護を持つ者が少なく不明な部分も多いが、傾向として闇は強力な攻撃を、念は物体の運動を、聖は怪我の治療を司る。光は単純に明かりを作る魔法として認識されていて、洞窟や夜間の探索では【ライト】が使えると便利だ。
「ちなみに、私達精霊は想像詠唱しか使わないから他の方法は街で調べてね」
「後で図書館に行ってみるよ」
「そうだ、最後に精霊魔法についても教えておこうかな」
「精霊魔法?」
「うん」
「なんとなく想像がつくけど、代わりに魔法を使ってもらうとか?」
「正解だよ。よくわかったね!」
エリクシールが森から出られないように、基本的には精霊は魔力の存在している場所を離れることができない。しかし、魔術士と精霊の間で「契約」を結んだ場合は魔術士から精霊へと魔力が供給されるようになり、精霊達はこの制約から解放されることになる。
精霊と契約を交わした魔術士は特に精霊術士と呼ばれ、魔力を対価として精霊に魔法の発動を指示できるようになる。精霊達は例外なく強力な加護を持つため、精霊魔法は高い威力を誇ることが多く、精霊契約は魔術士達にとって憧れの行為となっているのだ。
「精霊魔法は魔力消費も大きいんだけど、同時攻撃ができるから便利だよ」
「エリクシールは僕とも契約できたり?」
「もちろん。けど、ルートと契約しても森から出られないんだよね」
「ですよねー」
「むしろ、契約するとしたらルートが精霊側じゃない?」
「その手があったか!」
「ごめん。人間同士では契約できなかったかも」
「…………」
「そ、そうだ! ルートは錬金術士なんだよね?」
「うん」
「森の薬草には魔力の回復効果があったりするから、それで少しは……」
「ほほう」
それはいいことを聞いた。街でも一時的に魔法が使えるようになるかもしれない。
早速、薬草を摘んでポーションの製作に取り掛かってみようと思う。善は急げだ。
「ありがとう。色々と参考になった」
「私も楽しかったよー」
「そう? じゃぁ暇になったらまた遊びにこようかな」
「うん、またねー」
さてと、日も傾いてきたしさっさと街に帰ることにしよう。
【フィジカルエンハンスメント】
身体強化の魔法を発動させ、軽く地面を蹴って走り出してみる。
魔法の効果は本当にすごい。ほとんど力をいれてないのにも関わらず森の木々は流れるように前から後へと移動していき、自転車ほどの速度が出ているように感じられた。
全力で走ったら自動車にも匹敵しそうな勢いである。なるほど、前線で戦う冒険者達が反射神経を鍛えている理由がよくわかった。あまりに速度が出すぎるので障害物の回避が大変なのだろう。僕には補助してくれるシステムがあるので問題ないけど。
「ちょっと、そんなに速く走ったら!」
エリクシールが何か言いかけていたが、最後まで聞き取ることができなかった。
まぁ、またすぐに魔法を試しに森に入る予定なのでそのときにでも聞けばいいか。
──そう思っていた時期が僕にもありました。
「あぅ……」
体から急激に力が抜ける感覚。すっかり忘れていたが魔力切れの典型症状だった。
当然、支えを失った体は速度を殺しきれずに勢いよく地面に倒れこんでしまう。
「ほらね。だからいったじゃん」
追いついてきたエリクシールがあきれたような目でこちらを見下ろしていた。
あぁ、さっき言おうとしていたのはこれか。そりゃ急いで伝えようとするわけだ。
「ごめん、ちょっとテンションがあがってて」
「今度この辺りを往復するといいかも」
「うん。時間があったら試してみる」
「とりあえず、少し戻ってからゆっくり歩いて帰るんだよ?」
「りょーかい」
なお、森から出るまでにかなり時間を取られてしまったが、ルルと約束していた閉店の時間までにはなんとか間に合うことができた。
2014.04.27 誤字訂正
「部分を全体を」⇒「部分全体を」