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【旧版】魔法世界の錬金術士  作者: エナ・フリージア
国境都市レインフォード
12/25

A-012 錬金術士の卵

 魔物──それは数年前より現れた未知なる脅威。フレアさんは僕にそう語った。


「この世界で魔法が使える種族は知ってるわね? ヒューマ、アニマ、エルフ、それからドワーフの四種族よ。ドワーフは魔法が苦手だけど使えないというわけではないわ」

「知ってます」

「そして、それ以外の種族は本来魔法を使えないはずなの」

「でも、僕の戦ったビッグフットは身体強化を使ってきた」


 身体強化は紛れもなく魔法の一種で、無属性に分類されるとのこと。


「そうよ。けれど、魔法を扱うには高度な知識が要求されるの。それも、何代にも渡って積み重ねていかなければならないような膨大な量の知識がね……」

「要するに、文字による知識継承が不可欠だというわけですか」

「理解が早くて助かるわ」

「だけど、その常識に逆らい、文字を持たずして魔法を使う存在がいる」

「そう、それが──魔物よ」


 魔物という存在が、どれだけ危険か想像できるだろうか。

 この世界では、科学の変わりの技術として魔法が発達している。

 つまり、元の世界で言えば野生動物が科学の力を手にしたに等しいのだ。

 思い浮かべてみてほしい、銃を使いこなす猿を、鎧をまとった熊を。

 知能では負けないとしても、人類の持つ優位性は大きく崩れてしまう。

 そのため、魔物の発生はこの街でも重大な懸念事項となっているのだった。


「魔物が現れ始めた時期ははっきりしていないわ。けれど、ここ数年で急激に目撃報告が増加しているの。特に、北の森では実際に被害も発生していて、近々予定されている討伐依頼の準備というのはその件ね」

「あー、あの時に言ってましたね」

「詳しい事情も分かったことだし、そろそろお開きにしようかしら」


 また話を聞きにくるかもしれない。フレアさん達はそう言い残して帰っていった。


「さてと、これからどうしようかな」


 いまさら病室に戻るつもりもなく、ポーション作りの続きでもしようかと考えた矢先、ルルから意外な一言が発せられた。


「ルートさんルートさん。よければうちに来てもらえませんか?」

「ルルの家に?」

「はい、お母さんが食堂を開いているんです」

「へぇ、そうなんだ」

「ご迷惑でなければ、一緒に夕食でもどうかなと思って」

「うーん、まだ怪我が痛いから家まで歩くのはちょっと……」

「大丈夫です! わたしの家はギルドのすぐ近くにあるんですよ!」


 ルルに腕をぐいぐいと引かれ、なすすべもなく外へ連れ出されてしまった。

 あれ、おかしいな。怪我してるとはいえ力で勝てる気配が全くないんですけど。

 これが種族の壁というやつか……。アニマの大人? 考えるだけでも恐ろしい。


「着きましたー」


 ルルの言った通り、ギルドから彼女の家までの距離は百メートルもなかった。

 ただ、見た目は普通の一軒家なので、食事がとれる場所だとはとても思えない。

 店先にひっそりと置かれた看板が、唯一ここが食堂であることを主張していた。


「お母さん、ただいま」

「おかえりなさい。そちらの方は?」


 建物の中は一階部分が全て繋がった大きなフロアになっていて、机と椅子が一定間隔で並べられている。奥のほうにはカウンター席も作られており、その裏側から一人の女性が現れてこちらに歩いてきた。容姿からして、ルルの母親で間違いないだろう。


「はじめまして。僕は流渡といいます」

「昨日話した、わたしをビックフットから助けてくれたひとなの」

「本当ですか!? 娘を助けて頂き、感謝の言葉もございません」


 彼女は深々とお辞儀をすると、僕の手を取って何度も礼を繰り返してきた。


「いえいえ、人として当然のことをしたまでですよ」

「申し遅れました。私はルルの母親でララといいます」

「ララさんですね。よろしくお願いします」

「わざわざお越しいただかなくても、こちらから挨拶に伺いましたのに」

「それが、ルルにぜひとも家に来てほしいといわれまして」

「ルル、そうなの?」

「えっとね、お礼にうちでご飯を食べていってもらおうかと思って」

「あらあら、それはいい考えね!」

「すみません。お手数をおかけします」


 ララさんが厨房にて料理の準備をしている間は、カウンター近くの四人掛けテーブルへ移動して店内を眺めていた。カウンター席八つにテーブル席六つ。定員が三十人くらいでなかなか趣のある内装だ。雰囲気的には、下町の食堂とでもいったところか。


「そういえば、ルルは料理とかするの?」

「挑戦はしているのですが、まだ上手に作れなくて……」

「そっか、がんばって」

「はい! もちろんです!」


 時間があったら、久々に料理を作ってみるのもいいかもしれない。

 ルルも料理には力を入れているらしく、この世界の食材について色々聞いたりと夕食が完成するまでの三十分間、僕達はひたすら話に花を咲かせていた。


「お待たせしました。ルートさんのお口に合えばよろしいのですが」


 献立はシチューにパン、それからサラダの三品だ。

 ちなみに、この世界のパンは結構固い。

 スープ類に浸して食べるのが一般的なのだとか。


「それじゃ、いただきます」

「なんですか、それ?」

「んー? あぁ……。僕の故郷の風習で、食材となった生き物や料理を作ってくれた人へ感謝を表す挨拶みたい。まぁ、そこまで意識して言う機会はあんまりないのかな?」

「そうなんですか」

「うん。それにしても、このシチューは具がたくさん入っていておいしいですね」

「でしょー。お母さんのシチューはこのお店で一番人気なんだよ!」

「確かに、これはついうっかり食べ過ぎてしまうかも……」

「あら、遠慮しなくてもいいのよ。おかわりはいっぱいあるんだから」

「お母さん、おかわりー」

「じゃぁ、僕もお願いしていいですか」


 体重大丈夫かな。でも、生活リズムはこっちに来てから格段に改善されたような?

 お肉の値段が高いせいで最近は野菜ばっかり食べてる気がするし、案外健康的かも。


「それでね、もうだめかと思ったときに声が聞こえたの」

「まぁ!」

「ビックフットの攻撃も全部避けてて、もうすごかったんだから!」


 食事の後も話は続き、いつの間にかルルが僕の活躍を力説していた。

 いや、そういう話は本人の目の前でするものじゃないと思うんですけど。

 とにかく、お店に来てからそろそろ三時間が経過しようとしている。

 ここで問題なのは、店主であるララさんが一歩も動いていないことだ。


「付かぬ事をお聞きしますが、このお店は営業中なんですよね……?」


 誰もいない室内を見回しながら、やや遠慮がちに聞いてみた。

 ルルに招かれたのが夕方。すでに日は落ち、冒険者達は街に帰ってきている。

 すでに他の料理店のほとんどでは、席が埋まっているであろう時間帯だった。


「もう少し経つと常連の方が来てくれるのですが」


 ララさんの表情はあまり優れない。経営も紙一重といったところか。

 目の前に置かれた皿を見て考えてみる。ここの料理は確かにおいしい。

 けれど、ギルドの近くという好条件の下、数ある名店が凌ぎを削るこの付近で生き抜くにはやや難がある。お袋の味という観点から見ればトップレベルであろうが……。

 一方、値段を考えると街のいたるところにある大衆食堂に太刀打ちできない。あそこはコストパフォーマンスに優れる食材を組み合わせて驚きの低価格を実現している。


「ふむ」


 早い話が、値段と味のバランスが中途半端なのだ。

 立地は比較的優れているので、何か強みがあれば流行るとは思うのだけど。


「一応黒字ではあるのです。だた、元々趣味で開いたお店なので」

「ということは本職が別に?」

「以前は夫がポーションを作っていました。けれど、体調を崩してしまいまして」

「それはお気の毒に」

「恥ずかしながら、娘の収入と合わせてなんとか生活が成り立っている次第です」


 あぁ、昔はポーションを買いに来たついでに食事も摂る人が多かったのか。


「私がお父さんみたいにポーションを作れたらもっとよかったんですけど」

「あれ、ルルは錬金術士を目指してるの?」

「ポーションを作れるようになったらきっと、みんながこのお店に戻ってきてくれるはずだから……。お母さんの料理を食べていってもらうのが夢なんです」

「いつか叶うといいね」

「はい! いつもギルドで薬草の収集依頼を受けてるのはそのためなんです」

「へぇ」

「あっ、昨日の薬草……、買い取ってもらうの忘れちゃった」

「あれ? ポーションの材料にするんじゃないの?」

「わたしはまだポーションが上手く作れないので」

「でも、練習しないと上達しないんじゃ」

「製薬に失敗してしまった分、収入が減ってしまうんです」

「…………」

「数枚だけ残して練習しているんですけど、やっぱり難しいですね」

「うん……」

「それに、今は新しいポーションの方が人気ですから」


 自分が薬草を無駄にしてしまうより、みんな喜んでくれるはずです。

 ルルはそう言って笑っていたけれど、耳と尻尾はシュンと悲しみを表現していた。

 夢を犠牲にしながらも、ひたすらに皆の幸せを願う彼女の一途な心は美しく、そして、今にも砕けてしまいそうなほどに脆く儚い。何とかしてあげたかった。


「せっかくだし、ポーションを作るところ見せてもらっていいかな」

「え、でも」

「少しだけでいいから。ちょっと興味があるんだ」


 そろそろ、この世界本来の製薬技術がどの程度のものか確認しておきたい。

 レシピを公開したとしても、製法を理解しなければ発展は見込めないのだから。


「わかりました。でも、あんまり期待しないで下さいね?」

「ありがとう」

「こっちです。ついてきてください」


 案内されたのは、家の二階に作られた十畳ほどのスペース。

 部屋を囲うように並べられた机の上には、所狭しと実験器具が並んでいた。

 埃の積もる中、唯一手入れされた形跡のある区画がルルの領域なのだろう。

 そこには製薬道具の他、使い込まれてボロボロになった一冊のノートがあった。


「これは?」

「お父さんが使っていたノートです」

「ルルはこれを見てポーションを?」

「図書館に入るにはお金が掛かりますから」

「読ませてもらってもいいかな」

「はい、どうぞ」


 パラパラとノートのページを捲ってみる。前半はポーションの基本的な作り方。

 そして、後半にはポーションを改良するために行った実験の結果が記載されていた。

 紙の端にまでびっしりと書き込まれた文字からは、筆者の強い意志が感じられる。

 ルルのお父さんが極めて優秀な錬金術士だったことは間違いない。しかし……。


「知識の継承は行われず、生み出された知識はやがて忘れられていく」

「ルートさん?」

「ルルはこのノートの内容、どのくらい理解できるの?」

「えっと、最初の数ページだけなら……」

「やっぱりね」

「ルートさんには、そのノートに書かれていることがわかるんですか!?」

「まぁ。一応は僕も、錬金術士だから」

「そうだったんですか」

「うん」

「あの、よければノートの中身を……」

「あと五年」

「え?」

「あと五年もあれば、ルルのお父さんはジェネリックポーションの開発に成功していたのかもしれない。それだけの成果が、このノートには記されている」

「じゃあ!」

「だけど、それは試行錯誤により偶然作り出されるものだ。新しいポーションを作り出すための、汎用的な理論には成り得ない」

「何を言って……」

「僕なら教えてあげられる。ジェネリックポーションの作り方も、開発に至った道筋も。ねぇ、ルル。錬金術の行き着く先、化学の世界を知りたくはない?」


誤字訂正

「はっきりいない」⇒「はっきりしていない」

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