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A-001 始まりの日

「六百八十二単位……、どうしてこうなった」


 さきほど配布された資料を目にした僕は思わずそうつぶやいてしまった。

 僕が五年間で取得した単位の合計が異常なことになっているのである。

 ちなみに、卒業に必要な単位数は百五十くらいだったと思う。

 なぜこんなことになったかというと、僕は所属している研究室で色々な実験を手伝っているのだが、皆のレベルが高すぎるせいで様々な分野の知識を求めてくるのだ。

 そのため、本来情報系の学科に属していたのにも関わらず、今では物理や化学、生物、医学、電気、機械、物質など他の学科の卒業要件まで満たす謎の学生となってしまった。


「あぁ、そういえば今日は新しい装置の実験をするんだったっけ」


 昨夜は睡眠時間を生贄に捧げたのだ。ちゃんと動いてもらわなくては困る。

 僕は授業が行われていた教室を後にすると研究室へと足を進めた。

 しばらく移動すると授業に使用される建物とは別の、研究室が集められた専用のエリアへと到着する。

 そこに建てられている建物の一つが僕の所属する柊研究室だ。

 正式名称は星戸学院連合柊機関柊研究室というらしい。

 名前が長いので正式に呼ばれることはあまりないけど。


 星戸学院連合は今から二十年程前に作られた最先端の研究組織で、近年、各国が熾烈な争いを繰り広げている科学技術分野の発展を目的として設立されたのだとか。

 都心から約百五十キロ離れた海上に人工の島を浮かべて星戸市を建設し、全国から大学や研究所を集約した上で関連企業の進出も念頭に効率的な街づくりが行われたらしい。

 研究を円滑に進めるため、市内に適用される法律の一部を条例で変更可能とする制度も導入され、安全基準に関わる各種制限が大幅に引き下げられたのは有名な話だ

 専用の線路も整備され、本土とは片道三十分で移動できるというのだから驚きである。


 そして九年前、この街に突如現れたのが柊大地、その名の通り柊機関の設立者だ。

 彼は高校に入学するとその才能を一気に開花させ、飛び級を繰り返してわずか四年で博士号を取得する。飛び級も条例により認められたらしい。

 卒業後は研究所を設立し、研究室としても運営することで人員を集めているというのが現在の状況だ。

 本当かどうかは分からないが「大地のために臨時の市議会が召集された」など僕も彼に関する伝説をいくつも耳にしている。

 そんなわけで、柊研究室は毎年配属希望者が定員の十数倍になる人気の研究室となっているのだった。


 しかしながら、僕はその狭き門を潜り抜けた選ばれし人間というわけではない。

 ある日学校を歩いていたところ、いきなり柊研究室に引っ張り込まれたのである。

 すると当然、才能あふれる周りの皆様に圧倒されることになり、いつの間にか研究の手伝いから雑務にいたるまでなんでもこなせる秘書的ポジションに収まってしまった。

 しかも最近、本当に秘書として登録されてしまったのだから笑えない。

 ある時、通帳を確認してみたらなぜか給料が振り込まれていて驚いた覚えがある。


「こんにちはー」


 建物に入ってすぐ左側にある部屋に入ると、そこが柊研究室だ。

 ほかの場所は実験室や会議室などに使われている。

 みんなが出張で忙しいのか、今日は僕だけのようだった。


「やっときたか」


 しかし部屋の奥のほう、書類の積み上げられた机の影から返事が返ってきた。

 先客がいたらしい。入り口からは全く気がつかなかった。

 この声の主こそが全ての元凶、柊機関の創設者、柊大地である。


「あ、博士も来ていたんですか。予定の時刻まではまだ結構ありますよ?」


 研究室では、彼は皆から博士と呼ばれている。

 博士いわく『なんだかそれっぽいから』だそうだ。

 確かに、博士の言動を見ているとそう呼ばれるのが似合っている気もする。


「当然だ。準備が整ったのなら早く実験するべきだろう?」

「その準備のために僕は寝不足なんですよ」

「徹夜でダウンとか情けない。流渡はそろそろ歳なんじゃないか?」

「あの、僕まだ成人すらしてないんですけど。今年で二十です」

「それは知っているが、その体は二十歳としてどうなんだ」

「む……」


 ひそかに気にしていることを指摘され、鏡の前まで移動して自分の体を眺めてみる。

 とりあえずもう少し身長がほしい。あと少しで百六十センチに届くのだが……。

 しかしここ数年、成長した記憶がないのでそろそろあきらめるべきなのかもしれない。


「入学したころからあんまり成長してないんですよねー」

「ふむ、もしかしたら例の薬の副作用かもしれんな」

「えっ?」


 さらっと博士がとんでもない発言をしたのが聞こえた。

 例の薬とかいわれても全く記憶にないんですけど。

 まさか勝手に実験台にされていたのか?

 確かにそのうち人体実験にまで手を染めるんじゃないかと危惧していたのだが、すでに始まっていたとは予想外だった。とてもいやな予感がする。


「え、あの、博士? 僕に何かしたんですか!?」

「まぁそれはいいとしてだ、頼んだものはできたのかね?」

「ねぇ? ねぇってば!」

「君の飲み物にちょっとな。頼んだものはできたのかね?」

「ちょっとー! 僕なに飲んだんですか!」

「体に害はないから安心しろ。むしろプラスだ。頼んだものはできたのかね?」


 だめだ、話を聞いてくれない。完全に実験モードに入っている。

 ここでの追求は諦めて素直に質問に答えたほうがよさそうだ。

 無論、あとでじっくり問いただす必要があるのだが……。


「はいはい、できてますよ。今度は何の装置を作ったんですか」

「それは見てのお楽しみとでも言っておこう」

「まぁいいですけど」

「じゃ、早速準備に取り掛かるとするか」

「了解」


 博士の後に続き、研究室を出て反対側にある実験室に入る。

 一辺の長さが十数メートルもある巨大な研究設備だ。

 体育館より少し小さいくらいだろうか?

 部屋の中央には半径二メートル、高さ二十センチ程の大きさの装置が設置されていた。

 円形のステージのような形になっており、中央部分の手の高さの位置には操作用の端末が用意されている。


「今回は随分とおとなしい見た目なんですね」

「さすがに、デザインに凝るような余裕はなかったからな」

「その時点でかなりやばそうなんですけど」


 今までの実験では、毎回、機能とは全く関係のない外観にこだわるあたり博士の余裕が感じられたのだが、今回は全くその気配がない。

 これほど神経を使って調整しなければならない実験装置となれば、当然その危険度も折り紙つきなのだろう。


「さすがに、失敗して地球ごと吹き飛んだらいやだろう」

「……実験は中止にしましょう」

「まぁまて、そんなに危険なものじゃない。これは物体を転送する装置だ」

「あー、それで座標の計算があんなに多かったんですね」

「別次元に接続したら何が起こるかわからんからな」

「いつもそんな感じじゃないですか?」

「実験時には最悪の想定をしておかなければならん。といってもどうしようもないが」

「諦めるしかないですね」


 博士と適当に会話しつつ、僕は装置の端末を操作してプログラムの設定を行う。

 ここで間違いがないか完璧にチェックしておかなければならない。

 さすがに地球ごと吹っ飛ぶということはないだろうが、この建物くらいなら木っ端微塵になるかもしれない。


「準備できました」

「よし、では始めるか」


 装置の上に適当な荷物を配置し、僕達は隣の部屋へと移動した。

 この部屋と実験室の間は透明なガラスの板で仕切られており、実験の様子が観察できるように作られている。


「それでは、実験を開始する」


 博士が意気揚々と宣言し、部屋にある制御盤を操作して装置の電源を入れた。


「プログラムの起動を確認しました。今のところ問題ないですね」


 続いて、実験室の中にいくつか光が現れ、次第に装置の中心に向かって集まっていく。

 しかし、その光が拳ほどの大きさになり、ついに空間の接続が行われようとした瞬間、僕の視界は白く塗りつぶされた。

 直後、制御盤からは警告音が一斉に鳴り響く。


「なにっ!?」

「え……?」


 あまりの光景にしばらく呆然としてしまった僕だが、状況を理解して我に返ると慌てて行動に移る。

 実験室では膨大な光の奔流が荒れ狂っており、何か異常が発生したのは明らかだった。

 急いで緊急停止スイッチを押して装置に供給される電力を断つ。


「止まらない!?」


 ところが、実験室を満たす光の勢いは全く衰える気配をみせなかった。


「博士! あれって」

「あの装置にはバッテリーの類は搭載していない」


 質問の途中にもかかわらず、的確な答えが返ってきた。

 どのくらいで蓄えられた電力が消費されるのかと聞こうとしたのだが、事態はかなり深刻のようだ。


「そんなっ!」

「接続先からエネルギーが流れ込んでいるとしか考えられん」


 物理的に止めることが無理なら、あとはプログラムの実行を止めるしかない。

 しかし、実は緊急停止の命令はすでに何度も送っているのだ。

 考えれられる原因とすれば……。


「まさか、すでに転送が始まっている?」


 本来、装置自体は転送の効果範囲に含まれないのだが、暴走により空間がゆがめられているとなれば通信ケーブルが切断されていてもおかしくはない。

 つまり、装置に近づいて直接停止命令を打ち込んでみればいいだけの話だ。


「まてっ、危険だ!」


 その考えに至ったとき、僕はすでに走り出していた。

 視界の利かない中で勘を頼りに突き進み、なんとか装置のある場所へとたどり着く。

 転送装置の中央に設置された画面には、正常動作していることを示すメッセージが表示されていた。


「良かった、ちゃんと動く」


 端末に緊急停止の命令を打ち込むと、今までの光景が嘘だったかのように光が収まっていった。

 全力で走ったせいでかなり息が上がっていた僕は、安堵してその場に座り込んだ。

 それがいけなかったのかもしれない。

 装置はまだ完全には停止しておらず、終了動作中であるということ失念していたのだ。

 気づいたときにはもう遅く、僕の体は無数の光で包み込まれていた。


「流渡! いますぐそこを……」


 追いかけてきた博士の声が聞こえる。

 しかし、僕の記憶はそこで途切れており、博士の言葉を最後まで聞き取ることはできなかった。

 いきなりすさまじい衝撃に身を揺さぶられたのは覚えているので、たぶんそれで気絶してしまったのだと思う。

 けれど、薄れ行く意識の中で、こちらに向け必死に手を伸ばしている博士の姿が見えた気がした。

2013.12.11 誤字訂正

2014.01.14 全体的に改行を調整

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