若き赤狼は夢を見る1
鎖につながれた夢を見た。
檻の中で空を見上げた。
優美な鉄格子のはめられた窓越しに細い月が見えた。
『あれ』が首に食い込む鎖を引いた。
そのまま『あれ』にくみしかれる。
『なにを見てるの?』
優しいような声でいって私の耳に歯をたてる。
痛みをこらえ声をこらえた。
反応すれば『あれ』が喜ぶだけだから。
もうどのくらいここから出ていないんだろう。
与えられた薄物を透かして『あれ』に傷つけられた赤いあとが見えた。
『親戚連中がうるさいからソロソロ結婚しようとおもうんだ。』
『あれ』が私の肌に自らかけた鎖を弄びながら言った。
少しの刺激で痛め付けられた身体が悲鳴をあげる。
声を出したら狂ってしまういっそ死んでしまいたい。
私は歯を食いしばった。
わめいても泣いても『あれ』は自分の欲望を果たすまでやめないことはわかっている。
だれでもいい結婚して私のかわりをしてくれるなら少しでもこの苦痛から逃れたい。
いっそ花嫁に夢中になって忘れてもらいたい。
『反応ないの?私の花嫁は君しかいないのに。』
『あれ』が嬉しそうに笑って『私』の首もとをかんだ。
その瞬間、私は絶望した。
『あれ』に一生せめさいなまれる人生はどうしても嫌だ。
それならばいっそ死んでしまいたい。
窓越しの月を虚ろな目でみながら思った。
あれが刃物なら楽になれるのに。
『しばらく忙しい逃げようなんて思わなければ少しは優しくしてあげるよ、君はいい子だからね。』
『あれ』が珍しく優しく抱き締めた。
絶望の中の私にはどうでもいいことだった。
久しぶりに山奥の別荘から出されて
結婚準備で一応実家に挨拶に行かされた。
『お前が〇〇〇様と結婚?よくやった。』
狸腹のお父様が『あれ』が少し席を外したすきに嬉しそうに革張りのソファーで笑った。
皮算用でもしてるんだろう。
『あれ』の家と親戚になればどれだけ利益が出るのか。
なにをいっても無駄なのはこの人も同じだ。
お母様もしょせん政略結婚だから私には無関心だ。
育ててくれた家政婦さんも『私』が『あれ』に囲われた時点で引退させられたらしい。
『私』はため息をついてやり過ごした。
久しぶりに着せられた服に傷がすれて痛い。
『さあ結婚式の打ち合わせにいこうか。』
優しいふりをして『あれ』が私の手首を拘束するように持った。
衣装あわせの時傷だらけの身体を見てもスタッフがなにも反応しないのには恐怖を覚えた。
恐らく特別な店なのだろう。
絞められ過ぎて苦しいコルセットにも耐えた。
『あれ』が無関心を装いながらも見つめてるのがわかる。
その夜は『あれ』の本宅に泊まった。
いつも通りつながれて、もうどうでもよかった。
『君はいい子だ。』
『あれ』は私をせめさいなみながら囁いた。
『うるさい者共とは違う、私の花嫁にふさわしい昔からそうだったね。』
『あれ』が妖しく笑った。
ああ、絶叫すれば解放されたのか?
それとも殺されたのか?
無理だ、もう叫べない。
我慢を覚えてしまった。
『君は私の宝物だよ。』
ハートマークでもつきそうなくらい甘くいって『あれ』が私の胸元に噛みついた。
「夢?」
私はベッドから飛び起きた。
心臓の鼓動が耳につくくらい早いことがわかる
与えられた部屋はまだ暗い
落ち着こうと起き上がり窓の外を見ると王都は夜中なのに光がそこここにともっている。
音もかすかだが聞こえる。
別に『あの世界』に帰ったわけではないようだ。
頭に手をやるとちゃんと狼耳が鎮座していた。
「ミノン嬢の話を聞いたからかな?」
私は窓ガラスに映る赤狼の顔にほっとしながら呟いた。
ミノン嬢は蛇族の男に誘拐されかけたとお祖父様は言ってた。
最初は普通のお付き合いだったらしい。
ミノン嬢は赤狼でも良家のお嬢様で王都での異種族交流のパーティで相手の蛇族の男に出会ったらしい。
あの一族の優美で妖しい魅力に魅了されたミノン嬢は赤狼特有の追いかける本能でアプローチして付き合いだした。
そこまでは追っていたのはミノン嬢だった。
それなのにいつのまにか立場が逆転する。
家族に反対されて家をとびだし同棲を迫ったミノン嬢に蛇族の男微笑んだ。
『お前は私の所有物だよ。」
甘くささやかれ牙を突き立てられた時点でミノン嬢は戦慄した。
数日間閉じ込められ恐怖味わったと泣きながら言っていた。
隙を見て逃げ出したとき満身創痍だったらしい。
飛び出した実家には帰れず。
ここを頼ったらしい。
その話が『私』の記憶をあおったのだろうか?
私は少し気分を変えようとベランダに出た。
少し寒い空気が私を包む。
王都は故郷より建物が高い。
ふと道に目をやると誰かが道でたたずんでいる。
こんな夜更けでも人が道にいるんだな。
少し寒気を感じたので部屋に戻った。
やっぱり風邪も引くのかもしれない。
弱ってるからあんな夢を見るんだよね。