若き赤狼は黙り込む3
どうしてあんな気持ちになったんだろう?
私は王都の赤狼の屋敷に与えられた寝室の窓から頬杖をついて夕闇迫る町並みを見ながら思った。
「カルティス飯だぜ。」
部屋の扉が開いてアンリが顔を出した。
もうそんな時間か?
「わかった。」
私はうなづいて立ち上がった。
王都の屋敷がソコソコ大きいのは赤狼の一族の駆け込み場所の意味合いもあるからだと聞いた。
王都の生活でトラブルを起こしたり食い積めたりしたとき保護したり仲裁するところだからだ。
長でレーイド公のお祖父様が定期的に王都に行くのもそう言う事情がある。
食堂には大きい丸テーブルが置いてあり見かけない赤狼の親子連れとか疲れた様子の赤狼の女性とかが同席していた。
お祖父様月の吠える赤狼の紋章のタペストリーが飾られた壁の前に陣取っている。
隣には王都の屋敷を管理しているお父さまの弟のケインティス叔父様が座ってる。
「カルティスはミノン嬢のそばに座るがよい。」
お祖父様が疲れた様子の赤狼の女性をみた。
ミノン嬢と言うことは未婚の女性らしい。
「はい。」
会釈をして座るとミノン嬢も会釈を返してくれた。
可愛らしい黄色い耳を持つ赤狼で同じいろのくせ毛とよくあってる。
緑の瞳が沈んだ感情を写し出している。
何があったのだろう?
アンリは家族連れの方に座るようにおじい様にいわれて子供の隣に陣取ったようだ。
「まずは食事としよう。」
お祖父様が言うと横に控えた使用人頭のジェーアスが動き出した。
ジェーアスはジェーエスさんとイライザさんの息子でアンジーさんの兄だ。
昔はよく一緒に遊んでもらった。
今は線引きされているような態度で寂しい。
まあ、しかたないこれが大人になるということなんだろう。
ジェーアスと使用人のセルアスがお盆を運んできた。
テーブルに透明の液体で満たされたガラスの水差しと小さいグラスがおかれた。
水差しの中から芳醇な酒の香りが漂う赤狼の里の米の清酒のようだ。
「酒は召されるか?」
おじい様が家族連れのお父さまらしい若い男性に言った。
「ありがとうございます。」
家族連れのお父さまががちがちになって言った。
セルアスが小さなグラスを家族連れのお父さまに渡すとおじい様自ら酒を注いだ。
「長自らもったいない。」
それだけで家族連れのお父さまは感動している。
「細君は酒はいかがだろう?」
おじい様が家族連れのどこか好奇心旺盛そうなお母様に話かけた。
「はい!いただきます!」
家族連れのお母様が嬉しそうに手をあげた。
「お前、少しは遠慮しろ。」
家族連れのお父さまが小声で言った。
「あら長様にお酒を継いでもらう機会なんてないものいただくわよ。」
ニコニコして家族連れのお母様が言った。
セルアスが家族連れのお母様にグラスをわたすとおじい様が酒を注いだ。
「ありがとうございます、家族旅行王都にして正解でしたわ。」
家族連れのお母様が嬉しそうにグラスを揺らしながら言った。
「つつがなく見聞されるがよい。」
おじい様が言った。
家族連れは本当に王都の旅行で赤狼がもれなくこの屋敷に宿泊出来るのを利用して滞在しているだけらしい。
そういう人たちはまあいいんだけどそれより私の隣のミノン嬢だよ。
とても疲れててそして不安そうで怯えている?
「ミノン嬢酒は?」
おじい様がミノン嬢に言った。
「いえ、私は。」
短くミノン嬢が答えた。
「そうか。」
おじい様はそう言って自分のグラスを持った。
ケインティス叔父様が酒を注ぐ。
「カルティスとアンリ君はどうする?」
ケインティス叔父様が水差しをもって言った。
一杯だけでも飲んだ方がいいのかな?
飲酒はあまりしないんだけど。
「いただきます。」
私はセルアスからグラスをもらった。
「ありがとうございます。」
アンリもセルアスからグラスを受け取った。
「二人とも大人になったんだね。」
ケインティス叔父様が酒をそそいでくれながら笑った。
芳醇な酒の香りが手元でたった。
「お子さまとミノン様にはジュースをお持ちしました。」
ちょうどよいタイミングでジェーアスさんが青紫の液体に満たされたコップを持ってきた。
「お母さん綺麗。」
家族連れの女の子が嬉しそうに耳をピコピコさせた。
かわいいなぁいくつくらいだろう?五歳くらいかな?
「そう、よかったわね。」
家族連れのお母様がそういって女の子の頭を撫でた。
「王都名物のルリの実ジュースです。」
ケインティス叔父様がそういいながら御自分のグラスを手にとって自分で酒を注ごうとしたのであわてて水差しを持った。
「私が。」
そういってケインティス叔父様のグラスに酒をそそいだ。
「ありがとう気がきくね。」
ケインティス叔父様が笑って言った。
「全員行き渡ったようだな。」
お祖父様がそういってグラスを掲げた。
みんなそれにならってグラスをかかげる。
「赤狼族の繁栄を岩山と月に祈って。」
お祖父様はそういって酒をあおった。
皆黙礼して飲み物に口つけた。
芳醇なそして少し甘い酒が喉を通り抜けた。
「うまい酒だな。」
お祖父様がグラスを見ていった。
「明正和次元から取り寄せました清酒『桜の誉れ』です。」
ケインティス叔父様が水差しをもってお祖父様のグラスに継ぎ足した。
ジェーアスが酒の肴の小鉢をだした今日は揚げ出し豆腐に野菜あんかけがかかっている。
「そうか、ところでカルティス、隣のミノン嬢はじつは蛇族の被害にあっている。」
お祖父様が唐突に切り出した。
ミノン嬢がビクッと振るえるのがわかった。
蛇族か…その言葉を聞くだけで寒気を覚えるのはどういうことだろうか?
正確にはあの蛇王ジャセル殿を思い出すとだけど…なにをされたわけでもないのに。
「そのようですね。」
ケインティス叔父様がお祖父様をみて答えた。
「わが一族の乙女が蛇族の男に付きまとわれさらわれかけるなどあってはならない。」
お祖父様がそういって小鉢に手をつけた。
「大丈夫か?」
私は隣のミノン嬢を見た。
「油断した私もいけなかったのです所有の印などもつけられてしまって。」
ミノン嬢は弱々しく微笑んだ。
よくみるとミノン嬢は若い乙女なのに首もとも手首もきっちりと覆う服を来ている。
「長として命じるカルティスはこの問題を解決せよ。」
お祖父様が鋭い眼差しで言った。
「はい。」
はいっていったけどやっぱり寒気が走る。
お祖父様は私に蛇族ごとき克服しろということで命じてくださったんだろうな。
「長は相変わらずスパルタだね。」
ケインティス叔父様が水差しを差し出したので酒をいれてもらったおかえしにケインティス叔父様のグラスに酒をいれる。
「カルティスは次代若長だ、これくらい解決できずどうする。」
お祖父様がつぎにきた炊き合わせと粕汁を突っつきながら言った。
「美味しそうな炊き合わせですわ。」
家族連れのお母様が雰囲気を明るくするように言った。
「お母さんの煮物と違って美味しい。」
女の子が笑った。
「ローラひどいわね。」
家族連れのお母様がそういいながらはこばれてきた炊きたてご飯を鶏肉の柚子みそ焼きをおかずに食べた。
「ナエ、話のじゃまをするな。」
家族連れのお父様が苦い顔をした。
「よい、細君は明るい太陽のような御仁のようだ。」
お祖父様が楽しそうに笑った。
「そうですね、よい奥さまですね。」
ケインティス叔父様が微笑んだ。
「お前も早く所帯を持てばよい。」
お祖父様がケインティス叔父様の方を見ていった。
「出会いがないのです。」
ケインティス叔父様が茶目っ気たっぷりに言った。
そんなことはないだろう。
ケインティス叔父様はおもてになるとお父様に聞いたけど。
「今夜はゆるりと語り合おう。」
お祖父様がそういって酒をあおった。
「ミノン嬢、カルティス君に任せれば大丈夫だからね。」
ケインティス叔父様が優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。」
ミノン嬢がやっと少し笑った。
私は信頼に答えられるだろうか?
不安だけど次代若長として一族の平和と幸せをまもるためにやるしかない。
まずは話をきかないとだが…。
アンリと聞くか。
無口過ぎておびえさせるといけないからね。
しゃべりすぎると女言葉でるし。