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 『あの日6』

 「ティナさん……」


 少しお話しませんか。


 そう呼びかけようとしたセシルだったが、最後まで言うことはかなわなかった。


 最初は驚いたように固まっていたティナだったが、セシルが息を整えようとしてる間に走り出したのだ。


 セシルから逃げるように。


 ──かくれんぼの次は、鬼ごっこですか。子供の頃を思い出しますね。


 セシルは冗談めかしてそんなことを考えながら、息を整えることもできないまま駆け出した。





 セシルとティナは、ひっそりとしたバーの、カウンターに並んで座っていた。


 まだ十歳のティナが入るには少し……いや、大分違和感がある店だが、生憎、この時間帯になっても開いている店となると、此処くらいしか近くになかったのだ。


 あの後、走って逃げたティナをずっと追いかけてきたセシルは、やっと捕まえたティナにこう言ったのだ。


 『お茶でもどうです?』


 いい加減走り疲れて、頷くこともできなかったティナは、半ば強引に、セシルに連れてこられた。


 そして、今に至る。


 「………」


 「………」


 まだここに入ってから二人とも一言も喋っていなかった。


 二人の前には、それぞれグラスが置いてある。が、セシルの方はもうほとんど残っておらず、氷が入れられているようにしか見えない。それに対して、ティナのグラスは、全く手がつけられていなかった。


 「本当はお酒を飲みたいんですけど、まだ仕事中ですからね」


 長い沈黙を破ったのはセシルだった。


 言葉の内容的には、まるで世間話のようだ。昼間の会話の続きような。


 しかし、ティナは、とても世間話のようには感じられなかった。


 なぜなら、………セシルの言葉の響きが、とても楽しそうに聞こえたからだ。


 彼は明らかにこの状況を楽しんでいた。  


 作為的なこの言葉だって、この状況で、こんな話をすると言うある種のスリル、を楽しんでいるようにティナには、思えたのだ。


 「お酒飲めるんですか?」


 しかし、ティナもその世間話に付き合うように答えた。


 セシルが間違いなくこの状況を楽しんでいるのはわかっていたが、もうティナにとってはどうでもよかった。


 と言うのもある。


 しかし、それだけではない。


 ティナは嫌だったのだ。セシルから、自分の試験の話をされるのが。


 もう遥か昔の事のように思えるが、試験があったのはほんの数時間前なのだ。


 ティナでなくても、試験があった日に、試験官と会ったなら(セシルは追いかけてきたが)、誰だって試験の話をされると思うだろう。それを聞きたいか、聞きたくないかは人それぞれ。試験の出来次第であっても。


 だから、正直ティナはセシルが全く関係の無い話をしてくれて、ほっとしていた。この無駄話に付き合って、試験の話をしなくてすむならそれで良いと。


 「飲めますよ。ティナさんは飲まれないんですか?」


 十歳の子どもになにを言っているんだろう、とティナは思った。


 「私まだ十歳ですよ」


 考える力が落ちているのか、思ったことをそのまま言葉にするティナ。


 一瞬きょとんとしたセシルだったが、すぐに思い立ったように、あぁ、なるほどと、言って、


 「そういえば、この街では、飲酒に年齢制限があるんでしたね」


 「はい。そうらしいです」


 そう。このシャルアートでは、十八歳以上でないとお酒を飲むことはできない。


 「なんでお酒を飲むのに規制をするのが僕にはわかりませんが」


 肩をすくめながら、笑うセシル。


 ティナには苦笑と言うものがまだわからなかったので、セシルがなにを面白がっているのかわからなかった。


 「さて」


 『まぁ、無駄話はこれくらいにしましょうか。』


 そう言って、こちらを向くセシル。


 相変わらず笑顔を浮かべている。が、さっきまでとはまるで違う表情のようにティナには思えた。


 「………」


 ティナは、ただ、黙っていた。





読んでくださってありがとうございます!

遅くなって本当にごめんなさい!

前話から1ヶ月以上もたってしまいました。

次話がいつになるかわかりませんが長い目で待ってもらえたら幸いです。

では!また次回あえることを祈って!

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