天井
ナターシャの家を、半ば逃げるように飛び出したティナは、魔法瓶を売る気にもなれず、街をぶらぶらする気力もなく、拠点の一つにこもっていた。
頭の中では、ナターシャの言葉が延々と反響していた。
『仕事を認めてもらいに行かないか』
『 急でもなにもない』
『もう5年もたってる』
『もう15才』
『いい加減受け直してもいい』
──言われなくても分かってるよ……。でも…
ティナ自身分かっていた。このままでは行けないことくらい。
でも、わからなかった。
この状態が行けないことはわかっている。この状態を変えるためにどうしたらいいのか。そして、それが分かったとして、どう変えたらいいのか。
それも、分かっている。
ただ、自分に、変えることが、出来るのか。
それだけがわからなかった。
わからないが故に、ティナはこの現状のまま、立ち止まり、五年もの年月を過ごしてしまった。
ティナがわからないこと。それはもちろん、自分の仕事が、『仕事』として認められるのか、とゆうことだ。
ティナにとって、この問題を解決しないことには、もどることも、ましてや、進むことなんて、できなかった。
今、自分が、最も解決しなくてはならない問題。
それなのに、五年もの時間をかけても、何も変わらず、変えようとしてこなかった。
そのことを、誰も責めなかった。ナターシャや街の人々、師匠のローリアまでもが、何も言わず、何も変わらず、ただいつものように接してくれた。
ティナはその『コウイ』に甘えたのだ。街の人々の変わらない『行為』に、ナターシャやローリアの『好意』に。
それを悪いことだと、ティナは思わなかった……。思いたくなかったのだろう。
私は悪くない。そう自分に言い聞かせ、甘えることしかできない、自分の罪悪感を消そうとしていた。
そんなことを五年続けて、少しずつ前向きになれてきていた、とティナは思っていた。
昔の話も、以前より抵抗なく話せるようになってきていた。
なのに―。
『仕事を認めてもらいに行かないか』
ナターシャに言われたとき、ティナは返事を返す事が出来なかった。
結局変わっていなかったのだ。ティナはなにも。
そのことに打ちひしがれながら、ティナはずっとベッドに横になり、天井を仰いでいた。
――今日の夜、またあの夢を見るんだろうな
なにかを諦めたような表情のティナ。
ティナが、そんな表情をする理由。
それは、この話をした日、決まってあの日のことを夢に見るからだ。
あの日―それはつまり、五年前の、試験を受けた日のことだ。
三年前の誕生日に、ナターシャに同じことを言われた時もそうだった。その時もナターシャの家に泊まったいて、うなされていたところをナターシャに起こされたのだ。
恐らく、今日ナターシャの家で夢を見たとき、起こしてくれるのはウォーカーだろう。
根拠はないが、そうなるような確信が、ティナにはあった
。
――そんなことになったら、今度こそ恥ずかしくて顔を合わせられないよ
ただでさえ、昨日の夜、一緒に寝てしまい、気まずいまま会っていないのだ。(気まずくなった原因はほかにもあるのだが)
――そのうえに、うなされているところを起こされたりなんかしたら、もう一生ウォーカーさんの顔をまともに見れない…
「うにゅー……」
思わず声が漏れるティナ。
そこで、ティナは思いついた。
そんなことになるくらいだったら、今ここで寝てしまえばいい。と。
幸いなことに、昨日は夜遅くまで話していたので、寝ようと思えばいつでも眠れそうなのだ。
そんなことを思ったとたんに、まぶたが重くなってきた。それに逆らわず、目を瞑るティナ。
――おばさんに…悪いことしたな
眠りに落ちる寸前に、ティナの頭の中に浮かんだことは、そんなことだった。
読んでくださってありがとうございます!
ホントのあとがきは、あの日2で!




