『仕事』
「『仕事』をしていない」とティナは言った。
ウォーカーは不思議には思った。が、訪ねることはしなかった。ティナは自分から話してくれるとわかっていたからだ。
「私は働いています。でも、『仕事』ではないんです」
ウォーカーは静かに聞いていた。
「私の職業はメルクリウスに認められていない、だから、私は働いていても、『仕事』はもってないんです」
「けど認められないまま働いていたら捕まるのでは?」
これはさっきティナ自身が説明したことだ。
「その通りです。メルクリウスに所属した以上、メルクリウスの法を守らなければなりません。だから、5年前、加盟した年には、シャルアートで働くほぼすべての商人や職人が書類を書いたり、実技試験を受けたりしました。もちろんそれは私も例外ではありません」
「ティナさんは5年も前から働いてたんですか!?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「言ってないです! そもそも、ティナさんの過去も今初めてちゃんと聞いています」
それもその通りだ。色々なことがあって実感がわかなかったが、この旅人と会ったのは今日が初めてだったのだ。
「まぁ、それはともかく。とりあえず私も書類を書きました」
「………」
結果など聞くまでもないだろう。
もし認められていたならこんなことを語る必要がない。
「なぜ認められなかったのですか?」
「まず、年齢と性別だったと思います。その時は、私は10歳の女の子だったので」
「実技試験の方は?」
そこでティナは、困ったように笑った。
「実技試験は受けていません」
「なぜ受けなかったのですか?」
「受けなかったと言うより受けれなかったんです。試験を受けに行くのに、シャルアートの中心にある専用の役所に行ったんですが……門前払いされちゃいました」
途中で間をおき、開き直ったように笑いながらティナは言った。
その笑顔にウォーカーは若干の違和感を感じていたが黙っていた。
今、ティナが話していることが、ティナにとって真実にしておきたいことなのだ。例え事実とは異なるとしても。
「もちろん私がまだ幼いことが原因です。職人の弟子でも、もっと大きくなってから独り立ちするんですから。10歳の私が相手にされなくても仕方ありません」
「では、街を歩きながら『魔法瓶』を売っていたのは……」
「常に移動し続けることで兵士に見つかる可能性を減らし、私の拠点をばらさないようにするためです。中心街に行かないのも見つからないようにするためです」
そうゆうティナの声は震えていて、寂しそうだった。
ウォーカーは昼間疑問に思っていたことがやっと解消された。
ティナがこの街の道や店に詳しすぎたこと。町の外周に沿う形で歩き、中心街に近寄らないようにしていたこと。
ティナはきっと、独りで自分の『仕事がない』というコンプレックスを抱えてきたのだ。
『仕事がないくらいで』と思う人もいるかも知れない。確かに、この世界の大体の国ではティナくらいの年齢で働いている人は少ないだろう。五大国や教育に力をいれている国などでは、相応の教育機関に入れられているかもしれない。
しかし、ティナが生まれたのはこの街なのだ。働いている、仕事を持っているということが当たり前のこの街で、ティナはずっと劣等感に苛まれてきたのだろう。「周りの人は皆『仕事』を持っているのに、自分は……」と。
「明確な『仕事』を持たず、ただ放浪の旅をしている僕がティナさんに対してこんな言葉を言うことは失礼かもしれません。しかし、それでも僕はあなたに……」
ウォーカーはティナの翡翠色の目を真っすぐ見つめながら言った。
「あなたはちゃんと働いています。誰に恥じることもない立派な仕事を持っています。仕事が仕事足り得る定義は、国に認められているかどうかではなく、人に認められているかどうかです」
ティナはそれを聞いて一瞬キョトンしたあと、笑いだした。
「本当にあなたがゆえたことじゃありませんね」
ティナの目から一筋涙がこぼれた。ティナはそれに気づかないふりをし、ウォーカーもそれにならった。
その後は2人で朝までくだらない話をずっと続けていた。ウォーカーは今まで通ってきた様々な国や街のこと。ティナはそれに様々な反応を見せ、たまに自分の経験談やこの街の噂話などを話していた。
*
「そろそろ起きなさーい。ご飯できたわよー」
ドアをあけて部屋に呼びかけるナターシャ。
「……」
黙ってナターシャはドアを閉めて部屋を後にした。
―もうちょっと寝かせといてあげようかしら
部屋の中には何故かベッドが2つあるのに、ひとつのベッドにくるまって眠る2人の姿があった。
起きたときのティナの反応が楽しみだと思うナターシャだった。
読んでくださってありがとうございます!
遅くなって申し訳ありませんでした!
この話ではティナの抱える暗い部分を書きました。
これでようやく物語が動き出す……筈です。
最後までお付き合いしていただけたら幸いです。
ではまた次回会えることを祈って!